オーディオドラマ「五の線」リメイク版

3,12月20日 日曜日 0時03分 県警察本部刑事部捜査二課


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課長補佐の古田は捜査資料に目を通していた。
短く刈り込んだ髪。顔に深く刻み込まれた皺。タバコのヤニで黄色くなった歯。ゴツゴツとした岩のような手。
一見ヤクザかといった荒削りの風貌の男だが、彼が属しているのは会社犯罪や贈収賄、詐欺といった知能犯を取り扱う捜査二課。その風貌から連想される部署とは真逆の非常に神経と頭を使う部署である。
その道30年のベテラン刑事で、警察内では関わった事件は執念で必ず解決するところから「スッポン」の異名をとっていた。
仕事一筋でそれが趣味でもある古田にとって深夜まで捜査資料に目を通す事は全く苦にならない。彼はひとつひとつ丹念に捜査資料をじっくり分析していた。
ふと壁に掛かっている時計を見ると時刻は0時を回っていた。
「ちょっと休憩してくるわ。」
同じ部署の当直勤務である部下にそう言うと、古田は喫煙所に向かった。
―一課が騒がしい。
喫煙所へ向かう途中、いつもはこの時間には静かな捜査一課に捜査員が数名、慌ただしく入室して行く様子を横目で見て、彼は何かを感じた。
古田は深夜の喫煙所がお気に入りだった。窓の外から見える金沢の夜景と静寂。無糖の缶コーヒーと煙草のベストマッチが彼の脳に安らぎを与えてくれる。ひと時の休息が捜査への更なる闘志をみなぎらせてくれた。
煙草に火をつけ今までの捜査を自分なりに頭の中で整理しようとした時に、捜査一課課長の片倉がやって来た。
「おう、トシさん。」
片倉は自分より5歳年上の古田に挨拶をした。役職は古田より上であるが、片倉と古田は旧知の仲であるため、二人の間には堅苦しい上下関係は無いに等しい。
「どうした、何かあったんか。」
古田は意外そうな声で片倉に言った。
「ホトケさん二体発見。ということで今来たところ。」
「どこで。」
「熨子山。」
「心中か。」
「わからん。とにかくすぐ現場に捜査員を派遣しないと。今はその前に気合いを入れる一服。」
そう言うと片倉は胸から煙草を取り出し、火をつけた。
「また部長の鬼捜査やな…。」
苦笑いを浮かべて古田は缶コーヒーの蓋を開け、それに口をつけた。
「ああ、そうだな。」
片倉と刑事部長の一色は反りが合わなかった。
一色は東京の国立大学から国家公務員一種試験をパスし、警察庁に入庁したいわゆる警察キャリア。ここ県警察本部には4年前に配属となった。
当初は捜査二課の課長であったが、昨年警視から警視正となり捜査一課、二課、組織犯罪対策課、鑑識課を束ねる刑事部長となった。
年齢は三十六歳であり、その昇進スピードは早い方である。
しかし、彼の捜査手法には多くの問題点があり、その強引さに対しては警察内部でも批判があった。
法律上問題であるおとり捜査を行ったり、時折単身で現場を押さえるような行動があった。
管理者という立場であるにもかかわらず現場に直接介入するし、スタンドプレーも目立つ。こんな上司がいては現場捜査員から批判が出てもおかしくない。
そんな問題を抱えるキャリアも結果は出していた。
捜査二課は知能犯との戦いである。知能犯というものはプライドが高い人間が多い。
一色はこれらの参考人や被疑者の取り調べに自ら臨むことがあった。その彼の取り調べは見事だった。決して直接的な言動は使わない。遠まわしにじわじわと攻める。まるで真綿で首を絞めるように。ときには柔らかく包み込むように、時には非情とも思える冷淡な言動。この硬軟合わせた彼の巧みな取り調べに、知能犯の黙秘の壁は崩壊させられた。
理論武装をした知能犯の口を割らせるということは、彼らの最も拠り所とするところを無効化させること。それは彼らの人格自体を崩壊させることにもつながる。
彼の取り調べにかかった者たちは皆、落ちた。
取り調べを終えたそれらの者たちの表情は抜け殻のようになり、精神障害に陥った者さえいた。
結果は手段に勝るという捜査。ときには被疑者の人格さえも崩壊せしめる取り調べ。
このような一色の捜査手法を県警では「鬼捜査」と呼んだ。
キャリア警察の暴走。これが事実上黙認されているには理由があった。捜査二課の検挙率が一色の着任後、飛躍的にアップしたのである。
組織内部の不協和音と検挙実績の向上。どちらが警察にとって大事かといえば考えるまでもなく後者だ。
「鬼捜査」の存在は決して外に出ることはなかった。
実績を積み、捜査二課課長から刑事部長に昇進した一色は「鬼捜査」を刑事部全体に適用した。
二課の連中はすでに彼のやり方に免疫を持っていたが、一課にはそれが無かった。
警察組織において上司の命令は絶対である。しかし一色の「鬼捜査」によって一課の不協和音がどんどん拡がっていく。この状態を見るに見かねた片倉は折を見て彼に意見した。
だが彼の意見は取り合ってくれる事は無かった。
一色が刑事部長になって三ヶ月後、片倉は「もうついていけない」と言うことで古田に警察を辞めたいと相談を持ちかけた。
しかし慰留され、彼は現在も一色の下で働いている。
片倉は一色のやり方を認めた訳ではなかった。しかし彼が刑事部長になり一年経った現在において、捜査一課の殺人や強盗などの重大事件の検挙率は100%。それまでの実績は70%であり、彼の実績については認めざるを得ない状況だった。また、彼の捜査方法に対する市民からの苦情等も受け付けていない。不満が出ているのはもっぱら組織内部からのものだけだった。
「どうした片倉。さっきから携帯ばっかりいじって。」
古田は自分の腕時計に目をやった。時刻は午前0時10分。
家族や友人に電話をかけるような時間でもない。喫煙所に入ってきてから、携帯ばかり気にしている片倉を不審に思った古田は彼に声をかけた。
「トシさん。マズいんや…。」
「ん?」
「部長と連絡がとれんげん。」
「…え?」
「さっから何回も携帯に電話しとるんやけど、電源が切られとるんや。」
「どういう事ぃや。」
片倉は首を横に振った。
「お得意のスタンドプレーが始まったかもしれんな…。」
とにかく通報が入っているのだから、初動は迅速にせねばならない。片倉はそう言うと一課へ早足で向かって行った。
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