オーディオドラマ「五の線」リメイク版

4,12月20日 日曜日 0時30分 県道熨子山線


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熨子町の集落を過ぎて細い車道を猛進して行くと、路肩に一台の軽トラックがアイドリングをしたまま止まっていた。
鈴木は車をその後ろに止めた。
軽トラックの運転席に男らしき人影が確認できた。おそらくこの男が通報者なのだろう。鈴木はエンジンを切り、助手席に備え付けていた懐中電灯を手に取ってパトカーを降りた。
「こんばんは、警察です。」
白い吐息を出しながら、彼は運転席側の窓をノックした。しかし、反応がない。続けて鈴木は懐中電灯で運転席を照らした。そこには熨子町集落の住人のひとり、塩島一郎が確認できた。
畑仕事や犬の散歩、冬にはスキーに出かけたりするせいもあって、七十歳とは思えぬ若さを保っている塩島の表情には生気が無かった。彼は一点を見つめ、体を小刻みに動かしていた。
「塩島さん、大丈夫け!」
鈴木はドアノブに手をかけた。しかしそれはロックされている。
「塩島さん!鈴木です!駐在所の鈴木です!」
鈴木はさらに激しくドアを叩いた。運転席に座っている塩島がこちらの方をゆっくりと見た。
「塩島さん…ドアを開けてください。」
塩島は震える手で運転席側のロックを解除した。すぐさま鈴木はドアを開けた。車内のエアコンは全開でかかっていたのか、熱風が車外に漏れて来た。しかしそのような車内温度にも関わらず塩島の震えは止まらない。
―ただ事ではない。
「塩島さん。さっき警察に通報したけ。」
鈴木は塩島に話かけた。
彼は小刻みに震える体全体を使って頷いた。
「塩島さんが見たっちゅう山小屋って、どこにあるんかね。」
塩島はかすかに震えた声で言葉を発した。
「置いていかんでくれ…。」
両手で顔を覆い、極寒の地に全裸で放り出されたかのごとく、体を大きく震えさせた。
この男は凄まじい恐怖に襲われていて、とても冷静に物事を話せる状況に無い。鈴木はそう判断した。
―こんな状態なのによく警察に通報したものだ。
ひとまず彼に安心感を与え、現在最低限聞かなければならないことだけを聞き出そう。そう鈴木は判断した。
「塩島さん。大丈夫や。もうちょっとしたら本部から応援来るさかい、心配しせんでもいいよ。」
塩島は自分の顔を覆っている指の隙間から鈴木の顔をみた。
「ほんで、その小屋ってどうやっていけば良いんけ。応援が来たら確認しに行くさかい。」
塩島は未だ震える右手でもって暗闇を指した。彼の指す先の舗装されていない濡れた地面にはタイヤ痕が残っていた。その土の生々しさから推察して、塩島が自分の車でこの先にあると思われる小屋へ行ったのだろう。
「この先ねんね。」
鈴木が確認すると彼は小さく頷いた。
「ここからその小屋まで大分時間かかるけ。」
塩島は僅かに首を振る。
鈴木はパトカーに戻り、通信指令室へ無線を繋いだ。
「こちら熨子駐在所の鈴木です。たった今通報者と接触。通報者はひどく怯えている様子。応援が到着次第、通報者の保護と同時に現場に向かいたい。」
『了解。間もなく所轄の捜査員が到着する。通報者の保護をされたい。』
10分後、2台のパトカーが到着した。1台につき2名の合計4名の応援だ。
「お疲れさまです。北署の刑事課、警部補の岡田です。」
捜査員のひとりが鈴木の方へ寄って来て敬礼をした。
「熨子駐在所巡査部長の鈴木です。」
鈴木も応えるように敬礼し、挨拶をする。
「現場がどこなのかは聞き出しましたが、通報者がひどく怯えています。先ずは彼の保護が先決かと思います。」
鈴木は岡田に提案した。
「了解。ウチの若い者に保護させます。」
そう言うと岡田は捜査員の2人に通報者をパトカーの後部座席に乗せるよう指示した。そして携帯無線機で通信指令室に無線を繋いだ。
「こちら北署刑事第一課の岡田です。たった今、通報者を保護。これより現場に向かう。」
『了解。』
「では鈴木巡査部長。行きましょう。」
岡田はパトカーの後部座席にあるコートを見に纏い、トランクに入っていた懐中電灯を取り出した。
「通報者によると、この小道の先に現場があるようです。」
鈴木は小道に光を当てた。
二人はタイヤ痕が残る小道の先を歩き出した。先頭の鈴木は道の先を照らし、後方の岡田は足元を照らす。小屋への道は車の轍によってかろうじて残っているような悪路であった。懐中電灯が照らす先以外は漆黒の闇。聞こえてくるのは自分たちの足音のみ。深夜の山の冷たい空気はコートに包まれた体をちくりちくりと刺してくる。薄気味悪い小道を5分程進んだだろうか。2人は少し開けた場所に出た。
「あれか。」
10メートル先に二間半ほどの間口の小屋が建っている。奥行きもありそうだ。小屋の傍にはセダン型の乗用車、そして一台の原動機付自転車が止まっている。二人は息を殺して慎重に小屋に近づいた。
口の中に溜まってきた唾液を飲み込むとその僅かな音さえ、この開けた場所に響いてしまうのではないと思う程、この場は静寂に包まれている。
小屋は木造のものであった。屋根はトタンで葺いてある。随分と前からこの場所にあるような風化具合である。小屋を形成する朽ちた木材を間近で照らすと、以前はペンキかなにかで白く塗装されていただろうと思われる痕跡が確認できた。
鈴木は入口であると思われる引き戸を懐中電灯で照らした。握りこぶしひとつ分程開いている引き戸。えも言われぬ緊張感が彼らを襲った。鈴木の一挙手一投足を傍で見ている岡田は、その張りつめた雰囲気に飲み込まれないように注意しながら無線を入れた。
「所轄、現着。これより建物に入る。」
岡田がそう言うと、鈴木は引き戸に手をかけた。二人ともお互いの鼓動が聞こえるかと思える程、自己の心臓が激しく活動している。
『本部捜査一課の片倉だ。万が一の場合も考えられる。十分に注意して入れ。』
「了解しました。」岡田は鈴木の目を見て合図した。
鈴木は頷き勢い良く引き戸を開いた。
すぐさま二人は懐中電灯で暗闇の内部を照らす。直線的な光の線が室内を探る。二本の光の先が一点に集中し動きを止めた。そこで目に飛び込んで来た状況に二人は愕然とした。
「なんだ…これは…。」
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