オーディオドラマ「五の線」リメイク版

73,12月21日 月曜日 17時10分 田上地区コンビニエンスストア


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この時期にもなると、17時を回った頃に日はとっぷりと暮れる。それに追い打ちをかけるように、北陸特有の低く垂れ込める雲たちが月明かりをみごとに遮り、辺りは人工的な灯りがないと闇であった。片倉は古田と別れた後、一路アサフスに向かい、店の前にあるコンビニエンスストアに陣取ってその様子を伺っていた。月曜のアサフスは休みだ。そのため店のシャッターは閉められている。来客らしい人の行き交いはなかった。
片倉は携帯電話を見た。古田からの連絡はまだ無かった。彼は目を瞑って事件の情報を整理することとした。
矢先、運転席側の窓をノックする音が聞こえた。
「あん?」
そこには十河の姿があった。片倉は外で身をすくめる彼を助手席に座らせた。
「マル暴が何の用や。」
「いやぁ本部長からの命令でしてね。」
「本部長?」
「ええ。片倉課長の代わりに赤松を見張れって言われまして。」
「は?」
「本日18時をもって捜査本部の指揮は朝倉本部長が取ることになったんですよ。ほんで、ちょっとフライングでここに派遣されました。」
「何?察庁は?」
「撤収ですわ。」
「松永が?」
「いえ、松永理事官は引き続き朝倉本部長の下で捜査します。他の連中は全員撤収です。」
「なんじゃそりゃ。」
「ワシもようわからんですわ。」
片倉は自分の頭を乱雑に掻き乱した。
「なんで松永は残るんや。」
「言うたでしょ。わかりません。」
「何で本部長は俺がここで赤松を見張っとるってわかったんや。」
「知らんですわ。課長から本部長に聞いてくださいよ。」
片倉には古田と合流するように指示が出ているらしい。古田には岡田が交代要員として派遣されているようだ。片倉と古田の捜査は察庁組が撤収することで極秘扱いを解除されるようだが、そのまま二人は継続して捜査するようにとの朝倉からのお達しだ。応援が必要になれば直接朝倉まで連絡せよとのことである。
「松永は一体何をしとるんや。指揮権が本部長に移ってしまったら、あいつには何もすることがないだろう。」
「さぁ…ワシには上の考えはさっぱりわかりません。あのお方はあのお方でやることがあるんでしょう。」
「あいつ…一体何ねんて…。」
片倉のこの言葉には十河は笑みを浮かべるだけだった。
「さぁ、課長。すぐに古田課長補佐と合流して下さい。ここはワシに任せてください。」
十河はこう言って車を降りた。そしてそのドアを閉めようとしたところでこう言った。
「あと少しですよ。」
「は?」
「今日一日が正念場です。課長。詰めをよろしくお願いします。」
「今日一日?」
「ええ。」
「なに?お前ひょっとして何か知っとるんか。」
十河はニヤリと笑った。そのとき車内の無線から松永の声が聞こえた。
「捜査本部より関係各所。本日ヒトハチマルマル(18時)をもって熨子山連続殺人事件捜査本部の本部長は朝倉警視長が担う。本件捜査員は今後朝倉本部長の指示に従うように。以上。」
「今後、捜査の指揮を執る朝倉だ。検問体制維持。本件捜査員は全員捜査本部に集合。ヒトキュウマルマル(19時)より捜査会議を行う。以上。」
「俺もか?」
無線を聞いた片倉は外にいる十河に自分の顔を指さして呟いた。左耳にはめたイヤホンから無線を聞いていた十河は片倉を見て首を振った。
「課長はそのまま続けて下さい。」
「なんで。」
「本部長からそう言われとります。あ…。」
車の傍らに立って通りをはさんで見えるアサフスの様子を時折見ながら、片倉と接していた十河は動きを止めた。片倉も彼の視線の先に目をやった。
「誰や…。若いな…。」
アサフスの通用口からひとりの女性が出てくるのが見えた。片倉はすぐさま窓を開けて十河を手招きした。彼はそれに応じるように片倉が座る運転席側に身を寄せた。
「課長。あの女誰ですか。」
「わからん。アサフスってのは赤松剛志とその妻の綾、そして剛志の母親の文子の三人構成や。今日の昼ぐらいにトシさんとあそこ行ってきたんやけど、あんな女おらんかったぞ。ひょっとしてあれが綾か…」
「いや課長。ちょっと若くないですか。何かまだ学生みたいな雰囲気ですよ。」
「…確かに、そう言われてみればそうやな…。」
片倉は胸元からスマートフォンを取り出して、通りの向こう側を歩く女性の写真を撮影した。
「歩きか。」
「この近くにでも住んでるんですかね。」
片倉と十河は彼女の動きを観察した。彼女は携帯電話に目を落としながらそのまま大通りを歩いた。そしてしばらく歩いた先にあるバス停の前で立ち止まった。
「バスか。」
「アサフスは月曜定休。となると、あの女はアサフスに何かしら関係がある人物っちゅうことですか。」
「ああそうだろう。」
金沢という土地柄は車がないと生活に困る。何をするにしても車は必須の道具だ。金沢中心地、特に香林坊、武蔵が辻、金沢駅周辺ならば比較的公共交通機関の整備がされているので日常の足としてバスを利用するのは理解できる。しかし田上のように市街地から離れたところへバスを使ってわざわざ行くのは理解できない。普通の金沢市民ならば車を使って行くところだ。もちろんこの辺りには学生が多数いるので、それらの者はこのバスが大事な足になる。しかし彼女が訪れたのは定休日の花屋。ちょっと不自然だ。片倉はこの女性が気になった。
「十河。アサフスを頼む。俺はあの女をちょっとつけてみる。」
「え?課長、古田さんと合流は。」
「わかっとる。ちょっただけや。」
「わかりました。赤松はお任せ下さい。」
片倉はそう言うと車に乗り込んだ。そしてエンジンをかけ、再び彼女が佇むバス停を見た。
「何や?」
バス停の際にSUV型の車両が滑りこんで停車し、彼女を遮ってしまった。
「くそっ。」
彼女の姿を見失った片倉はすぐさま車を出して、彼女の姿が見える位置に移動した。
「知り合いか?」
女の前に停車したSUVの助手席に向かって、女はなにやら困ったような素振りで話している。
片倉はスマートフォンのカメラで今度はその車を撮影した。
彼女は何度か車に向かって手をふり、何かを拒んでいるようにも見えた。しかし間もなくその車は彼女を乗せてその場から走り去って行った。
「なんや男か?」
片倉はアクセルを踏み込んで、その車を追跡しようとした。しかし間が悪いことにバス停にバスが二台連なるように侵入してきて、客を乗降させはじめた。そのため後続の車はそれらをよけるため進路変更をする。無理矢理に入り込もうとする車もあるので、片倉はSUV型の車を見失ってしまった。
「あの女。何者や。」
何か引っかかる感覚に襲われた片倉であったが、そのまま彼は古田が待つ金沢銀行駅前支店へと向かってアクセルを踏み込んだ。
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