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「ご苦労さん。捜査本部長の朝倉だ。」
北署では19時より熨子山連続殺人事件に関係する捜査員が集結し、朝倉を長とした体制での会議が開かれていた。朝倉は議事進行役の北署署長深沢から新たな捜査本部長としての挨拶を賜りたいということで、マイクを手にしていた。
「堅苦しい挨拶は抜きだ。本題から行く。」
つい1時間前までは松永が捜査本部長だった。しかし突然彼はそれを降ろされ、朝倉が指揮を取ることとなった。松永が引き連れてきた察庁組は全員撤収。松永だけがいまだに捜査本部に籍をおくという事態。現場捜査員は一体何が起こっているのか分からずに、みな一様に腑に落ちない顔つきで目の前の朝倉を見つめていた。
「片倉捜査一課課長と松永管理官には我々とは別に動いてもらっている。諸君は今後、村上隆二に関する情報と鍋島惇に関する情報を収集して欲しい。」
本部内はざわついた。今まで一色に関する情報を収集してきた自分たちに、全く別の人物の情報を収集せよと朝倉は突然言い放った。今回の事件の被疑者は一色貴紀であるとのことで、彼の行方に関する情報を集めることが捜査員に与えられた最大の任務であったのに、それを変更するとは一体どういうことだろうか。みな首を傾げて納得がいかない表情である。
納得がいかないのは一般の捜査員だけではない。彼の横に座っている警備を担当する警備部の三好課長も同様で、驚きを隠せない様子だ。
「深沢署長。写真を。」
深沢は捜査員の一人に指示を出して、プロジェクターに二人の顔写真を映し出させた。
「この髪の毛を真ん中で分けた男が村上隆二。丸型のサングラスをかけた男が鍋島惇だ。村上は衆議院議員本多善幸の選挙区担当秘書。鍋島は仁熊会に出入りする男だ。この2人は金沢北高の同期であり、現在行方が分からない一色貴紀の同期でもある。この2人が今回の事件に何らかの形で関わっている疑いがある。捜査員は全員、この村上と鍋島の情報を収集せよ。」
本部内は落ち着きがない。突然の重要参考人の登場に皆が浮き足立っている。
「ちょ、ちょっと待ってください。」
朝倉の横から声が聞こえた。彼が声のする方を見ると、隣に座っている三好警備課長が拳を握りしめて、肩を震えさせていた。
「どうした。三好警備課長。」
「本部長。いったいどうされたんですか?何なんですか突然。」
「重要参考人だ。」
「被疑者はどうしたんですか。こんな二人の情報より、マル被の情報でしょう〓︎」
突然の大声に本部内は水をうった静けさとなった。
「本部長。しっかりして下さい。要らぬ情報で捜査本部を混乱させてはいけません。マル被は一色貴紀ただひとりです。奴をどうにかすればそれでこの捜査は終わりです。」
朝倉は胸元で震える携帯を手にした。
「失礼。緊急だ。」
「何ですか、こんな重大会議の最中に携帯なんて…。」
「どうした。…そうか…わかった。警備部の精鋭を送る。…了解。」
朝倉は携帯をしまって三好に言った。
「警備部の精鋭を内灘大橋に派遣しろ。」
「はぁ?」
「はぁじゃないだろう。命令だ。今すぐ送れ。」
「ちょっと…本部長…どうされたんですか?」
「命令に従えないのか?」
「は?」
「命令に従えないのかと聞いている。」
眼鏡の奥に潜む朝倉の細い目から三好に対して恐ろしいまでの鋭い視線が浴びせられた。彼の凄みに三好は言葉を失った。
「三好。お前、検問情報を改竄しただろう。」
朝倉のこの言葉に一堂が騒ついた。
「な、何を…お、おっしゃってるんですか…。」
「更迭だ。」
「は、はい?」
「イヌは貴様だな。」
朝倉は警備部から提出された検問状況報告書を三好の前に突き出した。
「ここを見ろ。」
彼は20日の氷見、七尾間の県境で行われた報告書を指差した。
「ここに何故、村上の情報がないんだ?」
「本部長…。どうされたんですか…私は改竄なんぞ…。」
「じゃあ、これは何だ。」
朝倉はNシステムによって洗い出された村上の移動経路をまとめた書類を三好の目の前に叩きつけた。
「あ、あれ?」
「お前、松永が宇都宮の手先と思ったか?」
「な、何をおっしゃいます。」
「現場の意見を無視して、情報だけを捜査本部に吸い上げ、机の上で考えた指示ばかりを出す典型的な頭でっかちキャリアだとでも思ったか。」
三好は言葉を失っていた。
「残念ながらその反対だ。貴様は村上の通過を事前に何らかの形で知り、氷見七尾間の検問実施時刻を意図的に遅らせただろう。だから村上がここを通った記録がないんだ。」
「ぐぬぬ…。」
「貴様はたった今から総務部付だ。追って沙汰する。」
朝倉は警務部長の別所を呼んで、三好を謹慎させるよう命令した。別所は二人の署員に三好を別室まで移送するよう指示した。
「ま、まって下さい本部長。」
署員に腕を抱えられた三好は抗うように声を発した。
「こんな事して、あなたただで済むと思ってるんですか…」
「どういう意味だ?」
「上が黙ってませんよ。」
「上?なんだそれは?」
「長官も官房も黙ってませんよ。あんたもあいつらと同じ穴の狢だろ。いいのかよ〓︎」
朝倉は三好に詰め寄った。そして凄みのある表情を一変させて穏やかなものとした。そして三好の首筋に手を当てて口を開いた。
「心配するな。松永が良くやってくれたよ。」
「え?」
「今頃、長官は公安委員長からお呼び出しだ。」
「は?」
「お前もここをよく洗っておけ。」
そう言って朝倉は三好の首をトントンと軽く叩いた。
そして目障りだからさっさと留置所にぶち込めと言って席に座った。
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