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「俺はその鍋島を殺しただけだ。」
「え…。」
「確かにお前が言うとおり、俺は人殺なんだろう。しかしお前は事実関係を間違って認識している。」
「な、なんで…。」
「理由はいろいろある。」
村上はポケットに手を突っ込んで地面だけをみていた。
「いや…待て…俺はお前の言っていることがわからない…。お前、いま鍋島のような境遇にある人間を救うために政治家になろうとしているとか言ってただろう。」
村上は佐竹と目を合わせない。
「なに適当なこと言ってんだよ…。」
村上は佐竹に背を向け、河北潟を見つめた。
「なぁ村上。これは何かの間違いだ…。なぁ間違いだよな。…そうだ嘘だ。そう嘘…。」
「佐竹。残念だが全て本当のことだ。」
佐竹は絶句した。膝から崩れ落ちた。体に力が入らない。
「お前が言ってることちやってること…矛盾するじゃねぇか…。」
「…そうかもしれないな…。」
「残留孤児の地位向上がお前の信条なんだろ?え?…なのに、何でその当人の鍋島を殺さないといけないんだ〓︎」
村上は佐竹の方を見ずに俯いたままである。
「何でだよ…何でなんだよ〓︎それで、鍋島が何で殺人鬼みたいな事をしないといけないんだ?で、なに?一色がお前にとって都合が悪かった〓︎意味わかんねぇよ〓︎」
村上は佐竹の姿を見た。佐竹の顔は涙とか汗とか、憎しみとも悲しみともつかない表情をしていた。
「佐竹さぁ…。」
佐竹から見る村上には表情がない。
「俺だって鍋島を殺したくはなかった。佐竹…。でも結果として俺はこの手で人を殺めてしまった。」
村上は自分の右手のひらを見つめた。
「でも…こうするしかなかった…。」
「…。なんでお前はその救うべき対象の鍋島を手にかけた…。」
手のひらを見つめていた村上は顔を上げて佐竹の表情を見つめた。佐竹はまっすぐ村上を見つめている。
「…それに答えたらお前、俺に協力してくれるのか。」
「俺はそういうことを言ってるんじゃない。」
村上はため息をついた。そしてポケットに突っ込んでいた手で頭を掻いた。
「佐竹。お前もか…。」
「お前もか?」
「ああ。」
「村上、お前誰と一緒にしてるんだ。」
「お前もそうやって、いち日本国民としてなんの行動も起こさずに、俺の行く手を遮るのか。」
村上は自分の腰元にゆっくりと手をやった。左手でベルトのあたりを押さえつけ、右手を左腰のあたりに当てる。その様子を見ていた松永は即座に無線機に口をつけた。
「警備班。狙撃準備。村上に照準を合わせろ。」
「了解。」
「まってください理事官。早まらんといてください。」
片倉が松永を制するように言った。
「あいつを撃つのはダメです。今までの詰めが全部ぱぁになります。」
「片倉、心配するな。保険だ。」
「しかし警備班が引き金に指をかけると、何かの拍子になんてことも考えられます。」
「理事官。片倉の言う通りです。ここはもう少し佐竹と村上のやりとりを見守りましょう。」
「古田警部補。もしものことがあればどうするんだ。」
「それは…。」
「人ひとりの命がかかってるんだ。」
「…確かにそうですな…。」
「お前ら、大事なことを見失うな。」
松永の一喝に古田と片倉は黙り込んだ。松永の言うことは間違っていない。
「佐竹。お前も結局何も分からんのだな。」
左腰に回した村上の右手になにやら黒い物体が握りしめられている。
彼はそれを取り出して佐竹に向けた。その様子を見ていた松永は呟いた。
「M60。」
「51ミリの銃身。」
古田が続けて言ったのを聞いて、双眼鏡から目を離した片倉がこう言った。
「一色のやつや。」
「警護班、気を抜くな。あの距離であれば村上は佐竹を撃てない。奴らの間合いが5mまで詰まったらスタンバイだ。」
「了解。」
銃口を向けられた佐竹は体が硬直していた。絶体絶命というのはこういう状態なのか。
「どうだ佐竹。」
声が出ない。このまま村上が引き金を引けば自分めがけて銃弾が飛んでくる。どうだなんて言われても、なんの返事もできない。
村上はそのままだらりと右腕を下ろした。
「だりぃんだよ。これ。以外と重いんだわ。」
銃口が地面に向けられたことで、佐竹はホッとした。佐竹はとっさに高校時代の剣道の感覚を思い出した。高校剣道で使用する竹刀の重さは480g以上である。腕を地面と水平に上げて竹刀の切っ先を天に向けて持っていても、しばらくすれば肩や腕がだるくなる。よく映画やドラマで拳銃を片手で地面と水平に構えて、そのまま対峙するシーンを見るが、金属製のものをそのままの体制を保って突きつけるなんぞ出来っこない。村上はだるいと言っている。この言葉が佐竹にとって彼が持つ拳銃が本物であるとリアリティを持って受け止められた。
「俺はもうこれ以上、身内を巻き込みたくないんだよ。」
「何…。」
「佐竹。俺と一緒に組まないか。」
「何言ってんだ…おまえ…。」
「俺はいま追い詰められている。マルホン建設にはじきにガサが入るだろう。そうなりゃウチの事務所にも仁熊会もおまえのところの会社にも入る。」
「ガサ?」
「とにかくそうなるのが俺にとって一番絶望的なことなんだ。本多が飛べばいままで俺が取り組んできた残留孤児の問題の解決なんてもんも吹っ飛ぶ。そうなっちまったらこんな俺に協力してくれた鍋島も浮かばれない。なぁ佐竹…。頼むから協力してくれよ。」
自分が殺めておきながら、鍋島が浮かばれないとはどういうことだ。村上は佐竹の鍋島殺害の動機に関する問いかけに答えようとしない。さっきから自分の政治信条について語ったかと思えば、佐竹に銃口を向けたりと話をはぐらかしているかのようにも受け止められる。佐竹は憤りを通り越して、安定しない村上の精神状態を案じた。
「なぁややこしい話は無しだ。佐竹。俺と組んでくれ。悪いようにはしない。」
佐竹は沈黙した。
「なぁ頼むよ。」
村上は両腕をぶらぶらさせている。人にものを頼む姿勢ではない。
「おい佐竹。聞いているのか?ん?」
「…村上。てめぇなんだその態度は…。」
「なんだ?佐竹、怒ってんのか?」
佐竹の精神状態も一定しない。心配、驚き、悲しみ、怒り、呆れ。これらがループしている。この忙しない感情の振れ幅に佐竹は疲れ始めていた。
「あぁ、俺の態度が気に食わなかったか?」
「おう。」
「じゃあこれでどうだ。」
村上はぺこりと頭を下げた。
「お願いします。」
お望み通りにしましたよという雰囲気がありありとして伝わってくる適当なお辞儀に佐竹は爆発した。
「気に食わん。」
「あぁ?」
「気に食わんよ村上。」
「何が気に食わない?お前が望むように頭まで下げたんだぞ。」
「全部だ。」
「なにぃ?」
「お前の物言い、行動、態度その全てが気に食わん。」
「ほう…。」
「お前の存在そのものが気に食わん。」
佐竹は拳を強く握りしめて、村上に近づき始めた。
「佐竹…。お前も駄目か?」
「知らん。てめぇさっきから何言ってるんだ。」
「お前も一色と同じか?」
「一色〓︎一色が何だ〓︎」
村上は手にしていた銃を握りしめた。そしてそれを再びゆっくりと佐竹に向けた。2人の距離はみるみる縮まってきていた。
「交渉決裂かな。」
「うるせェてめぇぶっ殺す。」
「せめてもの配慮だ。佐竹。心配するな一瞬だ。」
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