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現場に一人残された村上は震える手で井上の顔面めがけてハンマーを振り下ろした。何度も。彼の身につけている白いシャツにおびただしい量の血液が付着した。
その後、塩島の携帯で警察に通報した村上はひとまず山頂を目指した。山頂から麓まで一気に駆け下りることができる場所ががあることを村上は高校時代の鬼ごっこで知っていた。しかしその山頂には間宮と桐本がいた。自分の姿を目撃され万事休すと思った時だ。気がつくと目の前に二人が倒れていた。おそらく自分がやったのだろう。無我夢中だったためなのか全く記憶にない。村上はこれも一色の犯行とするため、2人の顔面を破壊したのだった。
鍋島と村上は20日の午前3時ごろに落ち合った。鍋島が仁熊会経由で用意した車のトランクには、頸部をナイフで切られた変わり果てた姿の一色があった。一色を村上のトランクに移し、鍋島は七尾で休む旨を伝えその場から去った。一人になった村上は一色をそのまま乗せ、ひと気がない河北潟放水路近くの茂みにそれを埋めた。20日の検問時にトランクにかぶら寿司を載せていたのは、遺体が放つ匂いのようなものが警察に気づかれないようにするための工作であったようだ。
村上は一色の遺体を埋めながら考えていた。
束縛と鍋島は言った。赤松の父親も、一色も穴山も井上も四年前の病院横領に関係する人間も皆、鍋島が自分の手で始末した。このままこれらの犯行を闇に葬り去るのは容易なことだ。だがそれは鍋島を束縛しているものから解放させることになるのだろうか。鍋島がこうなった原因はすべて村上隆二という自分にある。自分という存在が鍋島を束縛している。ならば鍋島を束縛から解放させる方法はひとつしかない。自分が消えることだ。
ー俺が消える?
ーそうだ…俺が消えればいい。
一色を埋める手を止め、村上は彼の懐にあった拳銃を手にとった。そしてその銃口を自分のこめかみに当て、引き金に指をかけた。
しかしそれを引けない。目を瞑って歯を食いしばり、右手に精一杯の力を込めるが指だけが動かない。ほどなく彼はそれを落とした。
ー無理だ…。俺にはできない。
大粒の涙が村上の頬を伝った。
ー俺は。俺は何やってたんだ…。
ー鍋島ひとりも救えず、何が大義だ。
彼は溢れる涙を拭うことなくそのまま一色に土を被せていた。
ー鍋島。せめてお前を束縛から解放してやる。時期に俺も行く。
その日の昼に村上は七尾で鍋島を殺害した。
「なるほど。鍋島がコンドウサトミの名前をおりあらば使用しとったのは、どんどんキツくなる束縛から解放してくれる存在を潜在的に求めとったからねんな。」
古田はこう言ってソファに身を預けた。
「足がつきやすい状況をあえて作っとったか…。」
「あの…村上さんは大丈夫ですか?」
「村上ですか?あいつは病院です。容体は回復してきています。」
「いえ、そうじゃなくて。」
「何ですか?」
「あの…あの人、言っていたんです。」
国立石川大学付属病院の廊下を男が俯き加減で歩いていた。ニットキャップを深くかぶり、黒のコートをまとった彼は両手をポケットに突っ込んだまま、足早に歩いている。夕方という時刻もあり、外来患者がほとんどいない大学病院内の人はまばらだ。彼はエレベータに乗り込んだ。中には彼以外の人間はいなかった。そこで彼は深呼吸を何度かした。身につけている時計を見た。時刻は16時58分であった。
エレベーターの扉が開くとそこは外科病棟であった。目の前のナースセンターでは日勤の看護師が夜勤の看護師へ申し送りをしている。その様子を横目に彼は面会受付もせずにその場を通過した。
「ちょっと。」
男を呼び止める声が聞こえた。彼は足を止めてゆっくりと振り返った。スーツを着た男が立っていた。コートを纏った男が胸元から取り出した警察手帳を見せると、彼は何事もなかったかのように、再びその場のベンチに腰をかけた。
コート姿の男は病室のドアの前に立った。そしてノックすることなくそれを開いた。目の前にはカーテンが吊り下げられており、それによって患者のプライバシーを守っているようだった。男は病室のドアを静かに閉めた。そしてそのカーテンを勢い良く開いた。目の前には右腕と右肩を包帯でぐるぐる巻にされ、左腕に点滴を打たれた状態の村上があった。呆然とした状態で天井を見つめていた村上が、開かれたカーテンの方に視線を移すとコートをまとった男が銃口を向けていた。
「おせーよ。」
村上が男に向かって笑った瞬間のことだった。消音化された拳銃から銃弾が発射された。それは彼の肺を貫通した。すぐさま再度引き金が引かれ、村上の頭が撃ち抜かれた。村上が絶命したのを確認し、男は銃を懐にしまい何食わぬ顔でその場を後にした。先ほど呼び止められた男と再び遭遇し、コートの男は彼に敬礼をしてその場から立ち去った。
「自分も消される?」
「ええ。」
「馬鹿な。」
片倉は苦笑いをして山内の顔を見た。
「誰があいつを消すってんだ。」
「わかりません。自分が消されたら全てが闇の中。だからせめて誰かに本当のことを知っておいて欲しいって…。」
古田はメモ帳を閉じ窓の外を眺めた。雪がちらほらと舞い降りてきている。ひとつひとつの雪の粒が窓ガラスに張り付いては雫となり消え失せていった。
完
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