朝7時。
ベランダに出た瞬間、空の色が変だと思った。
冬の青じゃない。
うっすら茶色い。
息を吸うと、喉の奥がざらっとする。
指で手すりをなぞると、見えない粉がつく。
春みたいなのに、今日は1月。
黄砂が16日から17日にかけて、九州から東北南部まで広く飛ぶ予測だという。しかも冬としては異例の規模らしい。
「なるほどね」と言いながら、洗濯物は室内に逃がした。
外出のときはマスク。
帰ったら洗顔とうがい。
できる範囲の防衛を、淡々とやる。
でも、正直こうも思う。
いまの生活って、いろんな“霧”が同時に出るな、と。
その日の昼。
海外の記事を読もうとして、chatgpt.com/translate を開いた。
OpenAIが出した「ChatGPT Translate」ってやつ。
翻訳に特化したWebアプリで、画面が二分割されていて、左に原文、右に訳文が並ぶ。
文章を貼って、文体を「カジュアル」に寄せてみる。
すると、意味だけじゃなく“言い方”まで一緒に運ばれてくる。
単語の置き換えじゃない。
文脈が、そのまま移ってくる感じ。
便利すぎて、少し怖い。
翻訳が自動になればなるほど、学ぶ動機が薄れるかもしれないし、モデルの癖が訳に混ざる可能性もある。
透明になったぶん、こちらの注意が薄くなる。
夕方、別のニュースが目に入った。
リコーが「RICOH GR IV Monochrome」を1月15日に発表したという話。
色を捨てた、モノクロ専用機。
カラーフィルターがないから、デモザイク処理もいらない。
そのぶん解像感が出て、ノイズが減って、階調が滑らかになる。
これを読んだとき、私はちょっと安心した。
足すんじゃなくて、削る道具が、ちゃんと作られている。
情報が多すぎる日に、光だけ見たい、って思うことがあるから。
そして夜。
YouTubeが、AIで作られた「偽の映画予告編」を配信していた複数チャンネルを削除した、という話。
精巧すぎる偽物は、視聴者を迷わせる。
俳優の顔や声を合成して、権利を踏む。
再生数で広告収益まで稼ぐ。
もう“悪ふざけ”では済まないラインに来ている。
黄砂で物理の視界が曇る日。
翻訳で言葉の壁が薄くなる日。
モノクロで情報を削って、芯を見たくなる日。
偽物が増えて、本物の証明が必要になる日。
結局ぜんぶ、「霧」の話だった。
霧が出る場所が、空だったり、言葉だったり、映像だったりするだけで。
だから最近は、ひと呼吸だけ置くようにしている。
翻訳は、原文も一度見る。
動画は、出どころを一回だけ確かめる。
写真は、色を足す前に光を眺める。
窓を拭いても、また粉は乗る。
それでも拭く。
その小さな反復が、自分の視界を守る気がする。
あなたは最近、「これ本物かな」と思った瞬間、ありましたか。
そのとき、何をひとつ確かめましたか。
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