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質問を入力すれば、わずか数秒で整った答えを返してくれる生成AI。便利さを享受する一方で、私たちは「考えること」や「言葉を探すこと」までAIに任せてはいないでしょうか。
月刊『潮』11月号では、特別企画「AIと生きる時代の人間力」を掲載。思想家で武道家の内田樹さんによる論考「師弟関係こそが学びを起動させる」では、AI時代における教育と学びの本質を考えます。
内田さんが教育で重視するのは、師匠やメンターと出会い、その人についていくなかで自分自身が変わっていくことです。しかし、すぐに答えや対価を求める消費者的な姿勢では、こうした学びは始まりません。
自分で悩み、考え、言葉を探す前にAIへ質問する。内田さんは、これを「言語活動の外部委託」と表現し、母語を身につける大切な過程が失われる危険を指摘します。
さらに、災害による停電やサービスの終了などでAIが使えなくなったとき、私たちは学び続けられるのか。阪神・淡路大震災を経験した内田さんが語る「紙の本」の耐久性や、顔と顔を向き合わせる関係の大切さも紹介します。
AIを否定するのではなく、便利に使いながら、自分自身で学び続ける力も手放さない。そのために必要な備えとは何か。月刊『潮』編集長の末松が、本稿の読みどころを紹介します。
ChatGPTをはじめとするAIが、私たちの暮らしや仕事に急速に入り込んでいます。便利さが増す一方で、私たち人間はAIとどのように向き合えばよいのでしょうか。
月刊『潮』11月号では、特別企画「AIと生きる時代の人間力」を掲載。ゴリラ研究の第一人者で、元京都大学総長、総合地球環境学研究所所長の山極壽一さんが、「身体性」と「共感力」から人間の本質を考えます。
言葉を持たないゴリラは、全身を使って仲間とつながります。一方、人間は言葉を得たことで、目の前にない出来事まで想像できるようになりました。しかし、頭の中だけで物事を処理し、画面越しの交流が増えるほど、失われてしまうものもあります。
生身の人間と時間や空間を共有すること。相手の姿を見て学ぶこと。そして、同じ食卓を囲むこと。山極さんは、一緒に食べるという行為には「私とあなたは食料を巡って争わない」という信頼の確認が込められていると語ります。
AI時代だからこそ忘れてはいけない、人間らしさの原点とは何か。月刊『潮』編集長の末松が、本稿の読みどころを紹介します。
学ぶのに、遅すぎることはない――
ドキュメンタリー企画「民衆こそ王者 池田大作とその時代」の新章「第二の開学――通信教育篇」がスタートしました。
創価大学が開学した1971年、池田先生は通信教育部の同時開設を構想していました。しかし、当時は前例がなく実現には至らず、5年後の1976年に通信教育部が開設されます。
新章の冒頭で紹介されるのは、11歳のときに広島で被爆した山中恵美子さんです。病と向き合いながら還暦を越えて通信教育に挑戦し、15年をかけて卒業。学びを通して見いだした「被爆の歴史を語り継ぐ使命」は、今ではお孫さんへと受け継がれています。
後半では、女性のための通信教育に力を注いだ牧口先生、「校舎なき総合大学」と語った戸田先生、そして夜学や通信教育に学ぼうとした池田先生の歩みを紹介します。
年齢や環境を越えて学び続けることは、人生をどう変えるのか。月刊『潮』編集長の末松が、本稿の読みどころを紹介します。
関係が厳しいときに、なぜ中国を訪問するのか。災害の被災地で、政治家は何をすべきなのか。
月刊『潮』11月号では、衆議院議員・いさ進一さんの「日中関係の未来と『中道』のこれから。」と、参議院議員・秋野公造さんの「徹底した現場主義で公明党は熊本の復興に尽くしていく。」を掲載しています。
いさ進一さんは、超党派の議員団を率いて中国を訪問しました。当初1時間の予定だった会談は2時間に及び、儀礼的な面会ではなく、実務的な意見交換が行われたといいます。
中国訪問に対しては、「中国にこびている」といった批判も寄せられました。しかし、相手が何を考え、どこまでなら合意できるのかは、顔を合わせて話さなければ分かりません。
厳しい関係にあるからこそ、対話の糸口をつくる。その訪問をきっかけとして、その後も政界や経済界による交流が続きました。いささんの行動から、日本外交と「中道」の役割を考えます。
後半では、秋野公造さんが熊本地震の復旧支援について語ります。
被災地へのトイレカー派遣では、国会議員が車両を手配し、地元の議員が下水道や浄化槽への接続を自治体と調整。国と地方の連携によって、現場で実際に使える環境を整えました。
さらに、大きな被害を受けた地域では、生活用水を井戸に頼っている家庭も少なくありません。従来、私有財産である井戸の修繕は公的支援の対象になりにくいという問題がありました。そこで被災地の実情を国に訴え、井戸の復旧に対する財政支援の実現につなげました。
報道が少なくなっても、被災地の復興が終わったわけではありません。対話を続けること、現場の声を政策に反映すること。2人の政治家の取り組みから、政治に求められる役割を考えます。
「耳が聞こえないことは、人のために生きることを諦める理由にはならない」
月刊『潮』10月号の「読者手記発表!」では、「ボランティア活動の喜び」をテーマに、読者の皆さまから寄せられた7本の手記を掲載しています。
図書館での読み聞かせ、赤ちゃんのいる家庭への訪問、被災地で泥まみれになった写真の洗浄、日本語を学ぶ外国人の支援、観光案内、小学校での授業のサポートなど、活動の形はさまざまです。
今回の「編集長の仕事部屋」では、そのなかから「手話でつなぐ『お互い様』の心」という手記を紹介します。
手記を寄せた男性は、祖父母から両親、兄弟まで家族全員がろう者で、自身もろう者です。偏見や差別が今以上に強かった時代にも、希望を失わず、誰かを責めることなく「お互い様」の心で生きてきた両親。その背中を見て育ったといいます。
現在は妻とともに、映画上映会での手話通訳や手話翻訳、チラシ配布などのボランティアに取り組んでいます。
「障害、認知症、病気、老いは、決して他人事ではない。誰もが人生のどこかで、支えを必要とする当事者になり得る」
だからこそ、「お互い様」の心で支え合える社会を築いていく。読者の体験から、ボランティアの意味と、共に生きることの大切さを考えます。
▼チャプター
00:00 オープニング
00:14 地域のお祭りを手伝って感じたこと
01:16 子どもみこしと老人ホームへの訪問
01:54 月刊『潮』の「読者手記発表!」
02:11 84回を迎えた人気企画
02:21 テーマは「ボランティア活動の喜び」
03:20 掲載された7本のボランティア体験
04:15 心に残った一編
04:30 「手話でつなぐ『お互い様』の心」
04:39 家族全員がろう者という環境
05:22 両親から受け継いだ「お互い様」
05:32 夫婦で取り組む手話ボランティア
05:53 「諦める理由にはならない」
06:35 誰もが支えを必要とする当事者になる
06:51 支え合う社会を築くために
07:22 読み応えのある7本の手記
07:59 まとめ
『潮』最新号の読みどころをご紹介する「編集長の仕事部屋」。
月刊『潮』編集長の末松が、最新号の注目記事や、取材を通して感じたことをお届けします。
#ボランティア #手話 #ろう者 #支え合い #潮
「タイトル通り、赤い爺様が75人出ることだけは言っておきます」
直木賞作家・今村翔吾さんによる新連載小説『赤じい七十五騎』が、月刊『潮』10月号から始まりました。
今村さんは2022年に直木賞を受賞。代表作『イクサガミ』はNetflixでドラマ化され、国内外で注目を集めています。小説の執筆だけでなく、自ら書店を経営し、全国の学校をワゴン車で巡るなど、出版界を盛り上げるための活動にも力を注いでいます。
新作の舞台は、慶長18年の北近江。現在の滋賀県彦根市周辺です。
物語の主人公は、徳川家康に仕える名門・井伊家の若武者。主君のそばで警護にあたるエリート集団に所属していましたが、物語の冒頭で突然、役目を解かれてしまいます。
失敗をした覚えもなく、理由も知らされないまま、周囲から遠巻きに見られる主人公。なぜ自分が外されたのか。その葛藤と戸惑いのなか、同僚から重大な事実を告げられ、物語は一気に動き始めます。
そして、タイトルにある「赤」と「七十五騎」は何を意味するのでしょうか。
今回の「編集長の仕事部屋」では、第1回の読みどころに加え、編集部が今村さんに連載を依頼してから実現までに7年を要した舞台裏も紹介します。
▼チャプター
00:00 オープニング
00:14 月刊『潮』10月号を紹介
00:19 今村翔吾さんの新連載が始動
00:35 直木賞作家としての活躍
00:47 出版界を盛り上げる活動
01:30 舞台は慶長18年の北近江
01:49 井伊家の若武者を襲う突然の左遷
03:06 理由なき役御免と周囲の視線
03:42 同僚が明かす重大な事実
04:32 「赤い爺様が75人出る」
05:18 連載開始まで7年 編集部の舞台裏
06:23 関係者の思いが集まった新連載
07:02 今後の展開への期待
『潮』最新号の読みどころをご紹介する「編集長の仕事部屋」。
月刊『潮』編集長の末松が、最新号の注目記事や、取材を通して感じたことをお届けします。
#今村翔吾 #赤じい七十五騎 #歴史小説 #直木賞 #潮
件名案
今村翔吾「赤い爺様が75人出る」新連載『赤じい七十五騎』始動
本文案
直木賞作家・今村翔吾さんによる新連載小説『赤じい七十五騎』が、月刊『潮』10月号から始まりました。
舞台は慶長18年の北近江。主人公は、徳川家康に仕える名門・井伊家の若武者です。
主君のそばを守るエリート集団に所属していた主人公は、何の前触れもなく役目を解かれてしまいます。失敗をした覚えも、理由の説明もない突然の左遷。周囲の視線にさらされながら、主人公は思いがけない事実を知らされます。
「タイトル通り、赤い爺様が75人出ることだけは言っておきます」
今村さんが明かした、この意味深な言葉が指すものとは何なのでしょうか。
今回の「編集長の仕事部屋」では、第1回の読みどころと、連載開始までに7年を要した編集部の舞台裏をご紹介します。
「タイトル通り、赤い爺様が75人出ることだけは言っておきます」
直木賞作家・今村翔吾さんの新連載小説『赤じい七十五騎』が始動!
舞台は慶長18年の北近江。井伊家に仕える若武者が、理由も分からないまま突然役目を解かれるところから物語は動き始めます。
タイトルにある「赤」と「七十五騎」が意味するものとは。
第1回の読みどころと、実現まで7年を要した編集部の舞台裏を紹介します。
#今村翔吾 #赤じい七十五騎 #歴史小説 #潮
「子どもの頃から、自分は変わり者なんや。でも、それでいいんやという自覚があった」お笑い芸人として、そして芥川賞作家として独自の道を歩んできた又吉直樹さん。その原点には、周囲と違うことを気にせず、自分の感覚を信じ続けた少年時代がありました。月刊『潮』10月号に掲載された人気連載対談「鎌田實の男の変さ値」。今回のゲストは、又吉直樹さんです。小学生の頃、将棋の駒の動かし方を自分で考え、独自のルールで遊んでいた又吉さん。上級生から「動かし方が違う」と言われても、「自分で考えて遊んでいるのだから、好きにしていい」と思っていたそうです。高校時代にはサッカー部のレギュラーとして全国大会に出場。右利きでありながら、アルゼンチンの名選手・マラドーナに憧れ、左足だけでプレーすると決意します。仲間から反対されても練習を続け、左足を利き足のように使えるまでになりました。さらに、太宰治との不思議な縁や、小学校の遠足で起きた出来事をユーモラスな作文にしたエピソードも紹介します。芸人の世界にある「こうあるべき」というイメージにもなじめなかった又吉さん。それでも「自分はこれでええんや」と、自分のやりたい芸を貫いてきました。周りと違うことは、欠点ではなく「生きる武器」になる。鎌田實さんと又吉直樹さんの対談から、自分らしく生きることの意味を考えます。▼チャプター00:00 オープニング00:14 月刊『潮』10月号を紹介00:22 「鎌田實の男の変さ値」00:50 ゲスト・又吉直樹さん01:34 独自のルールで将棋を楽しんだ少年時代03:00 マラドーナに憧れ左足だけで猛練習04:43 読書と太宰治への思い05:38 太宰治とアパートの不思議な縁06:40 同級生が覚えていた又吉さんの作文07:15 遠足で起きた出来事を笑いに変える08:44 「変わり者でいい」と思えたから09:20 周りと違うことが生きる武器になる09:52 まとめ 『潮』最新号の読みどころをご紹介する「編集長の仕事部屋」。月刊『潮』編集長の末松が、最新号の注目記事や、取材を通して感じたことをお届けします。#又吉直樹 #鎌田實 #男の変さ値 #火花 #潮
「終活」と聞くと、身辺整理や相続、葬儀の準備などを思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。しかし、本来の終活とは、人生の終わりに備えるだけでなく、残された時間をより豊かに生きるためのものでもあります。月刊『潮』10月号では、特集「人生後半を豊かにする『終活』」を掲載しています。今回の「編集長の仕事部屋」では、そのなかから、順天堂大学名誉教授で「がん哲学外来」を創設した樋野興夫さんの論考「『クオリティ・オブ・デス』から人生を考える。」を中心に紹介します。「がん哲学外来」は、診察や検査ではなく、患者や家族の悩みに耳を傾け、対話を重ねる取り組みです。人生最後の時間を感謝と笑顔で満たし、最後まで自分らしく生き抜く。その姿勢こそが「クオリティ・オブ・デス」を高めるのだと樋野さんは語ります。このほか、和田秀樹さんによる「幸齢期」の生き方、上東丙唆祥さんが考える生前整理、黒澤史津乃さんが提案する「ライフリレー」など、終活を前向きに捉える特集の読みどころを、月刊『潮』編集長の末松が紹介します。
1975年、創価学会と日本共産党の間で結ばれた「創共協定」。当時の創価学会会長・池田大作と、日本共産党委員長・宮本顕治の対話を仲介したのは、作家の松本清張でした。
月刊『潮』10月号では、評論家・與那覇潤さんの連載「平成の回廊――創価学会と日本社会」第5回「昭和の『左右対立』のはざまで――貧困と戦争を越える対話。」を掲載しています。
今回の冒頭に登場するのは、與那覇さん自身が創価学会の任用試験を受験する場面。会館の入口を埋め尽くしていたのは、受験者だけではありません。家族や友人を励ますために集まった、多くの人々でした。
そこから論考は、高度経済成長期に都市へ移り住んだ若者たちを支えた創価学会と日本共産党、そして立場の違いを越えて実現した「創共協定」の歴史へと進みます。
互いに顔を合わせないまま、自らの意見を一方的にぶつけがちなSNS時代。左右の立場や世代の違いを越え、人と人が対話する場所はなぜ失われてしまったのか。
昭和の対話の歴史から、分断が深まる現代社会を考えます。月刊『潮』編集長の末松が、本稿の読みどころを紹介します。
かつて、核ミサイル「メースB」の発射台が置かれていた沖縄。その跡地は現在、創価学会沖縄研修道場として、戦争の記憶を伝え、平和を発信する場所になっています。月刊『潮』10月号では、連載「民衆こそ王者―池田大作とその時代」の〈識者の声〉篇として、政治学者で名桜大学名誉教授の仲地清さんによる論考を掲載しています。仲地さんが沖縄研修道場を訪れたのは、2000年以来、26年ぶり。核ミサイル発射台の生々しい痕跡が残る場所が、平和を考え、学ぶための施設へと生まれ変わったことに、深い感銘を受けたといいます。仲地さんは、沖縄研修道場を平和学の研究拠点として発展させ、平和を担う人材を世界へ送り出してほしいと期待を寄せます。また、沖縄戦の体験を描いた「沖縄戦の絵」を収集し、未来へ残してきた人々の尽力にも光を当てています。教育、文化、対話を通して平和を築く。その歩みを次の世代へどうつないでいくのか。月刊『潮』編集長の末松が、仲地清さんの言葉とともに紹介します。
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