働くみんなの朝の番組「あさのば」

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By 中澤信幸(キリスト教牧師✕ライフコーチ)Society & CultureBusinessReligion & SpiritualityChristianityPersonal JournalsCareers
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働くみんなの朝の番組「あさのば」 episodes

  • 0046 他人のゴミを拾える人

     
    どうも、早起き牧師の中澤信幸(@nobun)です。
     
    2017年4月3日月曜日、第46回目の放送です。
     
    さっと身近なところで必要なことに対応できる、そういうことをお話ししています。
     
     

    20117年4月3日月曜日、第46回目の放送、お相手は中澤信幸です。
    他人のゴミを拾う人に聞いてみた
    私の身近なところにゴミをさっと拾う方がいらっしゃいます。床に落ちているゴミとか、テーブルにちょっと落ちているゴミとか。本当に、さっと、さりげなく、パッと片付けてくれる人がいるんです。いつも、そういう姿を見ていましたので、どういうふうにしているのかなぁ、と聞いてみました。
    どうしてゴミを拾うですか?と聞いてみると、「だって、ゴミがない方がいいでしょ?」って、答えるんです。それ以上の特別な理由なんかないよ、何も特別な事じゃないよ、っていう感じで答えていました。
    心がけていつも気にしてやろうとしてるんですか?と聞いてみると、「そんなことないよ、気がついた時に拾ってるだけだよ」ゴミを探して、いつもきれいにしようって思っているわけではなくて、気がついたときに、目の前にあるよくないものを拾って、片付けらるだけのようです。
    めんどうくさくないですか?と聞いてみると、「そんなことないよ、だって拾って捨てるだけだもん」と言います。そういえばただ拾って、ゴミ箱に捨てる、ほんのわずか5秒が10秒、そのくらいのことです。確かにそのとおりです。
    自分が捨てたゴミでもないのに、ゴミを散らかすの誰だよって思わないんですか?「誰のゴミなんて思わないなぁ」あぁ、そうなんですね。
    小さな対応をさっとする
    ゴミを拾うなんてことは、カンタンなことだし、誰にでもできるし。でも、すごく大事なことですよね。それを、さっとできるかどうかって、結構いろんなところに大きな違いになって出てくるかな。
    ゴミのことだけじゃなくて、身近なところで、対応の必要なことに、さっと対応できるっていうのは、大事です。当たり前のことっていうか、必要なことだな、って思いました。
    繰り返すなら、違った対応も
    もちろん、いつも同じところに、同じようなゴミがあるとかだったら、全然違う対応になりますよね。そうならないような仕組みをつくるとか、散らかす本人に片付けさせるとか、いろいろ対応の仕方があると思うんです。いつも同じようことの対応に追われていたら、それはちょっと違うかな。
    基本的な対応力
    でも、たまたまのゴミってありますよね。誰のゴミか、とか、これどうしようか、とか考えるよりも先に、パッと片付けておいた方がいい。自分のためにも、人のためにも、何かといい。自分のなかの機動力というか、対応力を身に付けておくことって結構大事じゃないかな。そうすると、自分も気持ちいいですし。それ以上の大きなトラブルも防げますし。みんなのためにも助けになりますしね。すごく基本的なことですけど。

     
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    7 min
  • 0045 失ってわかる、当たり前のありがたさ

     
    どうも、早起き牧師の中澤信幸(@nobun)です。
     
    2017年3月31日金曜日、第45回目の放送です。
     
    いいペースで当たり前にやっていたのに、ちょっとペースが乱れたためにわかったこと。当たり前のありがたさについてお話します。
     
     

    2017年3月31日金曜日、第45回目の放送、お相手は中澤信幸です。
    あさのばが公開されていない!
    火曜日の朝「あさのば」が公開されていませんでした。失ってわかる当たり前のありがたさ、といっても、「あさのば」が公開されているのが当たり前で、失ってわかるでしょ、「あさのば」のありがたさが!という話ではありません。
    公開されていないというのは、リスナーさんに教えていただきました。そういうリスナーさんがいることに感謝しています。時間通りにいつも聴いてくださっていて、公開されてないと教えてくれる。ありがたいです。
    大変だってことになって、調べることができました。チェックしてみると、確かに公開されていませんでした。なにが原因なのか、ちょっとわからない。それ以来、再現してもいない。
    理由は私の設定ミス
    そんなことで、私が予約投稿の設定をミスしたんだろうなぁと考えざるを得ない。自分がしたことなので、自分がよくわかってるはずなんですけど。どうも心当たりがないんですよね。でも確かにその時間に公開されるような設定になっていないので、これは私がミスをしたんだなぁ。本当に、ご迷惑をおかけしました。これからは、そういうことがないようにしたいと思っています。
    当たり前になりつつあった日常
    この番組は、当たり前のように予約投稿の設定を使って公開しています。朝の4時45分の前に番組を作ってお送りするなんてことは、毎日は難しいので。ちなみに、今日は朝に録音しています。毎日することは難しいので、だいたい前の日に作って、次の日の朝4時45分の予約設定をすることが多いわけです。
    この頃は番組制作のペースも整ってきていました。あさのばを録音し、公開するっていうのが日常の一部になりつつあったわけです。こうやってできることを当たり前だと思っていたんですよね。
    失ってわかるありがたさ
    でも、ペースが狂ってみて、というか、設定をミスしてみて、とか、いろんなことがあって。なかなかそのことをすることができないっていう状況が訪れて、初めてわかる当たり前に出来てることのありがたさっていうんですか。今、こういうふうにいいペースできちんとできてる、っていうのは、決して当たり前のことではないんだなーというのが、わかった経験でした。
    ありがたい、という言葉が、そもそもありえないという意味なんですよね。有り難い、という。あることが難しい、有り難いことが起こっているので、私にとってそれがありがたいことだ。そういう意味の言葉ですね。当たり前というのが、決して当たり前ではなくて、本当はありえないことなのに、そう整っていると。これはありがたいことなんだ、と本当に思います。
    ありがたい当たり前、教えてください
    皆さんも、当たり前の日常を生活していらっしゃることが、多いんじゃないかと思うんですけれども。その中で、失って気が付く。本当は失わないで気が付くのが一番いいんだと思うんです。当たり前のありがたさというもの。ぜひ、ご一緒にかみしめたいと思います。
    どうでしょう?あなたが感じている、当たり前のありがたさ、どんなところにあるでしょう?ぜひ、教えてください。ちょうど金曜日になりますね、土曜日、日曜日と少し時間のある方、メールやコメントをして下さったらうれしく思います。あなたの知っている当たり前のありがたさを教えてください。

     
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    8 min
  • 0044 あぁ、なんてあなたは罪な人…

     
    どうも、早起き牧師の中澤信幸(@nobun)です。
     
    2017年3月30日木曜日、第44回目の放送です。
     
    毎週木曜日は聖書のことばの紹介。今日は、「罪」ということの意味がわかることばを紹介します。
     
     

    2011年3月30日木曜日、第44回目の放送、お相手は中澤信幸です。
    善を行うことができない
    今日紹介する聖書の言葉は、「私は自分でしたいと思う善を行わないで、かえってしたくない悪を行っています」ローマ人への手紙という、聖書の中でも後半の方、新約聖書に書かれていることばです。
    誰でも悪いことをしようと思ってする人はいないわけですよね。ごくまれに、そういうことしようと思ったんだって言う極悪犯罪人のような人がいたりしますけれども。多くの身近な出来事というのは、「イヤ、そんなつもりじゃなかったのに」「私は良いことしようと思ったのに」ということが多いものです。
    「自分でしたいと思う善を行うことができない」「かえってしたくないと思う悪を行ってしまう」これが私たちの現実なのではないでしょうか。良い生き方をしたい。悪い生き方はしたくない。人に親切にしたい。人に冷たくはしたくない。そんな私たちの思いがあるにもかかわらず、毎日の生活、実際の行動についてといえば、いつの間にか本当はしたいと思っていることをすることができず、本当はすべきでないと分かっているのにしてしまう。そんな現実がありますよね。
    完全に正しい人でさえ
    これを書いているのはパウロと言う人物です、この人のことを考えてみると、言葉の重みがさらに増してきます。彼はユダヤ人として生まれて、律法的に厳格な教育を受けてきました。律法というのは、事細かに生活様式を定め、こういうふうに歩むことが正しいのだ、と教えているものです。それを一つ一つ、誰よりも守り行ってきた、そう自負していた人ですし、また人からもそう尊敬されてきた人物です。それにもかかわらずですよ。その彼ほどの人物が「私は自分のしたいと思う善を行わないで、かえってしたくない悪を行っている」という。あなたもですか?って感じなんですよねぇ。
    厳格な律法を守る人であってもそうだ、と言うことは、私たちの誰もが同じ性質を抱えていることを表しているでしょう。世の中のいい人は例外、とかですね。あるいは、こんなふうに意志が弱くて情けないのはごく一部の限られた人、とか。そういうふうには言えないのでしょう。人であれば誰しも、したいと思う善を行わず、したくないと思う悪を行ってしまう、という弱さや愚かさの性質を持ってしまっているようです。
    罪とは私たちの性質のこと
    聖書が罪というときには、一つ一つの行動や行為を指して罪と呼んでいるのではありません。もちろん、それらも含まれていますけれど、むしろそのことを生み出してしまう、私たちの性質を指して「罪」と指摘します。いいことをした、悪いことをしたっていうこと以上に、そういうものが出てきてしまう、これが私の罪なんだ、と書いているわけなんです。
    いやーこう理解すると、聖書のこの箇所というのは、私たちのことを書いてるんだなぁ、と思わされます。私自身も、本当にこういう弱さとか、愚かさとかに日々向き合って、情けないものだなぁと思って生きています。
     
    みなさんはどうでしょうか?今日の聖書のことばを聞いて、何か思い当たるところがありましたか?

     
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    7 min
  • 0043 ちょっとだけNOが言いやすくなる方法

     
    どうも、早起き牧師の中澤信幸(@nobun)です。
     
    2017年3月29日水曜日、第43回目の放送です。
     
    Noというのが苦手な人も多いことでしょう。そんな人でもNoがちょっとだけ言いやすくなる方法をお話します。
     

     


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    5 min
  • 0042 決めなければいけないリーダー、受け入れるメンバー

     
    どうも、早起き牧師の中澤信幸(@nobun)です。
     
    2017年3月28日火曜日、第42回めの放送です。
     
    サーバント・リーダーシップの中でも、決断、判断ということについて、お話します。
     
     

    2017年3月28日火曜日、第42回目の放送、お相手は中澤信幸です。
    リーダーの重要な役割は判断し、決断すること
    ロバート K. グリーンリーフという人が書いた、「サーバント・リーダーシップ」、緑色の本です。そこから少しずつ内容をお伝えしています。今日は、リーダーが決断するときに重要なことについてお話しをします。
    この本には、リーダーシップについて書かれています。リーダーが決断するときに重要なのは、タイミングと実際に決断をしようとすることだ、と書いてありました。なかなか深いことだなぁと思います。
    リーダーが直面する情報量のジレンマ
    情報量のジレンマっていうことがそこに触れられていました。速やかに、いいタイミングで決断をしようと思ったら、情報が少ない。限られた情報の中で決断しなければいけない。心許ないことです。でも、たくさんの重要な情報を得ようとすればするほど、必要なタイミングから遅れてしまう。それがジレンマです。いつどのくらいのタイミングで、決断をしていくのか、それが問われます。
    となると、あるときには、直感的な判断をしなければならなくなるわけです。ある程度のところで、もうこの情報で決めなければいけない、もういくら情報ばかり求めてもしょうがないし、いうような場面が出てきます。
    決断を受け入れられるサーバントリーダー
    その直感的な判断を、リーダーはしていくわけですけれど、その決断や判断を受け入れられる場合と、受け入れられない場合があるわけです。もう少し言い方を変えると、直感的な判断をして受け入れられる人と、直感的な判断をして受け入れられない人とがいるということです。
    結局は、信頼の問題になります。日常的な行動原理が問われるというか、ですね。そういう部分がありますね。日常的に自分のために勝手な行動を選択している、ということであれば、なかなかその判断は受け入れ難いということになるでしょう。日常的にみんなのことを考え、チームのことを考え、一人一人のことを受け止めながら判断してる、そういう信頼があれば、その判断も受け入れられやすくなります。
    リーダーという人は、決断をするということ1つをとってみても、それまでの積み重ねの中で受け入れられていったり、受け入れられなかったりするんだ、ということですね。心に留めておきたいことです。
    あなたが考えてみて、この人にだったら決めてもらってもいいかな、もうこのことは決めてください、って言える人はどんな人ですか?そんなふうに任される人って、どんな人でしょうか?

     
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    5 min
  • 0041 人は攻めの姿勢のほうがクリエイティブになりやすい

     
    どうも、早起き牧師の中澤信幸(@nobun)です。
     
    2017年3月27日月曜日、第41回目の放送です。
     
    毎日の生活でも、創意工夫をしながら、よりよい生活を目指していくことについて、お話しします。
     
     

    2017年3月27日月曜日、第41回目の放送、お相手は中澤信幸です。
    人は創意工夫をする動物である。
    アダム・グラントという人が書いた「ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代」という本があります。この人は大学の教授です。オリジナリティーということにこだわって本を書いているんですね。1人1人がそれぞれ固有の人物である、オリジナルの存在だっていうことを書いていて。創意工夫をするっていうんでしょうかね、人が自分らしく歩んでいるときに、人っていうのは創意工夫とか、そういうものをもって生きてるだろう、と。
    クリエイティブであることへのあこがれ
    私は、クリエイティブである、ということに憧れがあるんですね。昔から、人とちょっと変わったことを考えていたり、ものの見方が斜めからだったりする、っていうのは、自覚があるんです。ちょっと面白いことを考えるとか、なるほどそういうふうにねっていうことを考えるとか、けっこう好きなんですよね。
    牧師にならなかったら、そういうクリエイティブな企画をするところに行きたかったなぁっていうのがあります。広告の代理店みたいなところで、そういう企画を立てるようなことをできたら、すごくうれしいなーという気持ちもなくはなかったですね。
    もちろん、牧師になったらそういうことができないか、というと、そんなことはありません。牧師になっても、教会のいろんなことの企画とかですね、聖書の話をするのもちょっと面白い企画で話すとかね。そういうことは十分できるんです。
    けれども、なにせ時間がないっていうか、日常的なことにそんなにクリエイティブって持ち込まないだろう、と。
    攻める姿勢から生まれる創意工夫
    そのことについて、ちょっとアダム・グラントがおもしろいこと言っていたんです。守る側よりも、攻める側の方がクリエイティブになりやすい、って言うんですね。攻める姿勢のほうがよりクリエイティブになれる、って。
    守る側に立つと、いろんなことがあるときに、たいていいまと同じ状況を維持するんだろうと思うんです。とりあえずこのままでいいや、不都合がなければそのままで、と。あまり創意工夫の入り込む余地がないですね。
    でも、攻撃側に立つとですね、今までと同じではダメで、どうにかこの状況を打開しなきゃいけない。もっとよくしなければいけない。じゃ、そのためにはどうしたらいいだろうか。どうしたらいいだろう、というところに、創意工夫っていうのがあるわけです。
    日常生活の中で、攻める姿勢での創意工夫を
    私も、日常生活がまわっているときには、このままでいいやって思います。クリエイティブになる余地っていうのは、ほとんど無いわけです。これが、このままじゃまずいよなと思うと、どう工夫してこれを打開しようかなぁ、道を開いていくための創意工夫ですよね。
    例えば、時間のことなんて考えてみると、日常生活が穏やかにまわってる分には、創意工夫が必要ないわけです。けど春みたいに生活のペースが変わります、新たにすることが増えました、新しいところに行くようになります、なんていうと、せっかくのペースが変わったり、時間がなかなか見つけられなくなったりしますね。そんなときに、時間を確保したい、どうしよう?電車に乗りながらこれをやればいいんだとか、人に任せてみようとか、ですね。自分なりの工夫をして時間を生み出しますよね。その自分なりの工夫が、創意工夫、クリエイティビティになるわけです。
    考えてみると、そうだなぁ、私ももう1つ、2つはこういうふうにしたいなぁ、どうしたらいいだろうな、と工夫する部分を見つけて、取り組んでみたいと思います。
    あなたは、こういうふうにしたいなぁ、どうしたらいいだろうなぁ?っと考えてることがありますか?

     
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    7 min
  • 0040 人生は個人競技ではない

     
    どうも、早起き牧師の中澤信幸(@nobun)です。
     
    2017年3月24日金曜日、第40回目の放送です。
     
    英語の聖書メッセージで聞いた、Life is not a solo sports. というフレーズを紹介します。
     
     

    2017年3月24日金曜日、第40回目の放送、お相手は中澤信幸です。
    人生は個人競技ではない
    英語で聖書のメッセージを聞くことがたびたびあります。ちょっと余談ですけど英語の勉強法を教えてくださいって聞かれることがあリマス。リスニングに関しては、もう英語を聞きまくるのが1番手っ取り早いでしょうね。ポットキャストで何か自分の気に入った番組を聴く、いくつか聞く、速度を早めて聞く、そんなことすると英語のリスニング力って格段に上がっていくと思います。
    英語の聖書のメッセージを聞いている中で、1つのフレーズが聞こえてきて、とても納得したというか、心に残ったんですね。それはLife is not a solo sports.という表現でした。人生というのは個人競技じゃない、っていうんです。日本語で言うと、人はひとりで生きてるんじゃない、ということですね。
    助けてくれる人、一緒に協力する人、そういう仲間の存在があるよね、っていうことを、このフレーズが教えてくれています。人生に目的があって、それを果たそうと頑張っている。ひとりでしているんじゃない、一緒に仲間がいる、協力をしてくれる人、助けてくれる人、そういう存在があって、私たちは一緒にやろうとしてるんだっていうこと。それが、この言葉に込められてる意味です。
    お互いに気に掛け合う仲間の存在
    考えてみると、どんなチームがあるでしょうかね?例えば、そうですね、家族がそういう仲間になっている方もあると思います。お互いに気にかけあって、前を向いて進んでいけるような、そういう仲間ですね。職場の仲間がそういう仲間になっている人もいるでしょう。あるいは、友人たちですね。親しい仲間が文字通りお互いの人生の仲間であると言うこともあるでしょう。クリスチャンの人は、教会のグループがお互いに気にかけあう仲間になっていることもあるかもしれません。
    チームであるっていう意識が、私たちにもたらすものって本当に大きなものだと思うんです。ただの知り合いだけでもない、ただの友達だけでもない。チームメートであるっていうんですか。この人の歩みが私の歩みと直結していて、お互いに応援しあっている、支え合っている。お前の歩みがやっぱりいいものじゃないと、俺にとっても困るんだよ、というような感覚。あなたが頑張ってくれるからこそ、私も頑張れる、というような感覚。そういうですね、お互いをチームメートとして認め合えるような関係って素晴らしいなぁと思うんです。
    あなたにとってのチームメートは?
    でも、そういう仲間、なかなか有り得るわけじゃなくて、そういう仲間を見つけづらい。仲間を持っている実感てなかなかないんじゃないかなぁ、と。あなたにとって人生のチームメートって呼べる存在はいるでしょうか?あなたにとって、どんな人たちがそうなりえると思いますか?人生のチームメートと呼べる仲間になるために、もう一つ必要なことがあるとしたら、どんなことでしょうか?ちょっと考えてみてください。

     
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    6 min
  • 0039 生かされている目的、3つのよいこと

     
    どうも、早起き牧師の中澤信幸(@nobun)です。
     
    2017年3月23日木曜日、第39回目の放送です。
     
    前回、前々回と同じ聖書のことばから、お話します。
     
     

    2017年3月23日木曜日、第39回目の放送、お相手は中澤信幸です。
    よい行いをするために造られた
    聖書の言葉ですね。「私たちは神の作品であって、良い行いをするために、キリスト・イエスにあって造られたのです。」エペソ人への手紙に書かれている言葉です。この前、その前は、神、神の作品ということをお伝えしてきました。で、今日はですね。何のために作られたか、という部分を見たいと思うんです。
    ここには「神の作品であって、良い行いをするために造られた」のだと書いてあります。そこに目的が込められている。作品として造られた目的が込められてる、ということですね。良い行いをするために、っていうのが、その目的だというんです。
    よい行いとは何か?
    良い行いというのは、3つぐらいのことで考えられると思います。
    ひとつめは、自分のことについてです。自分の歩みが神様に造られたにふさわしい、神様の似姿として造られたにふさわしい、そういう良いものである。心の中に平安や喜びがあり、また自分自身の歩みが生産的である。そういう自分の歩みが、良いものであるということ。これがまず、第一の良い行いをするために、ということ。
    ふたつめは、自分の歩みが、人の助け手であることですね。神様が人を造ったときに、お互いに隣り合う良き助け手となるように造った、と書かれています。人って、基本的に人を助ける存在として造られている。そういうことを考えてほしいと思うんです。自分の歩みが人の助けになる、そのために作られたんだ、っていうことですね。
    みっつめです。自分の歩みが社会や世界に良い影響を与える。仕事や役割、立場そういったものを通して、この社会、世界をよいものとして作り変えていく。そういう目的を持って私たちが作られてる、っていうことなんですね。
    造られた方の願い、思い、意図
    で、この「良い行いをするために作られた」という言葉です。ここに造った方、神の願いとか、その助けとか、そういったものが込められています。私たちは導かれてる、ということでもあるんですよね。
    良い行いをするというとね、なんか聖人君子になるような、あるいは道徳の授業で習うような、これをしなさい、あれをしないで、という、なんか窮屈な感じがしたり。それでは、社会で生きていけないよ、みたいなことがあると思うんですけれど。
    良い行いをするっていうのが、私たちの本来の造られた目的であって、そこに私たちの本来の幸せというか、心の満たしというか、そういうものがあるんだって。また、そこに神の助けがあるんだって。ぜひ心のどこかに覚えておいて欲しいなと思うんです。
    そういうことが問われる場面って出てくるんですね。このとき私はどっちを選べばいいんだろうか。うーんと悩んだときに、私は本来は良いことを選ぶために作品として作られたんだよなあ、と。心のどこかで、きちんと受け止めることができたら、けっこう私たちの歩みは違うものになってきますよね。ぜひね、このことを知っておいて欲しいなと思って、今日お話しました。

     
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    7 min
  • 0038 自分のように困っている人がいたらどうアドバイスする?

     
    どうも、早起きポッドキャスターの中澤信幸(@nobun)です。
     
    2017年3月22日水曜日、第38回目の放送です。
     
    自分が困り果ててしまったとき、どう考えたらいいのか、そういうお話しをします。
     
     

    2017年3月22日水曜日、第38回目の放送、お相手は中澤信幸です。
    困ってしまった、どうしよう?
    あるとき、1歳にならないぐらいでしょうか、小さな赤ちゃんがずっと泣いていました。もうずっとずっと泣いていたんですね。その様子にお母さんがも困り果ててしまって。何をしても泣き止まない。もう周りの目もありますしね。とても困っている様子でした。
    まわりのお母さんたちが、こういうときはしょうがないよ、とかって言いながらですね、フォローしていたんです。すごく意外だったのは、自分のことだとすぐにテンパってしまうような若いお母さんたちが、案外といいフォローをしあっていたことでした。
    自分のことを人のことのように見てみる
    そんなふうに見るとですね、人のことって結構わかるんだよな。自分のことだとわかんないのに。そういうことありますよね。人が困っていると、そのことを客観的に見る。私はそのことを助けてあげられる。でも、自分が当事者になっていると、自分のことで精一杯になって、よく状況が分からなくなってしまう。私たちってそういう性質を持ってるんじゃないかなぁと思うんです。
    そんなときにね考えてみると、人を助けるって言ったときには、少し客観的になってみる、引いた状況で物事を捉えて考えてみる、そういう部分がどうしても必要になりますよね。困っている当事者も、実はその視点を手に入れる必要があって、そういう意味でですね、アドバイスを聞くとか、あるいは自分でこの状況を話してみて自分なりに整理してみるとか、そういうことが必要になってくるんだと思います。
    もし自分みたいに困っている人がいたら?
    そうなんですよね。自分の事だとねぇ。なかなか分かっていても、その状況にどっぷりはまっている。引いて見ることって、できないんですよねぇ。自分が困っているときに、ちょっと考えてみたいことがあります。それは、自分みたいに困っている人がいたら、私だったらどうアドバイスするだろう?ということです。自分みたいに困っている人が、もし他の人でいたら、私はその人にどういうふうに関わり、どういうことをアドバイスするだろうか?そんなことを考えてみると、自分ともう1人の自分との会話の中で、ちょっと今の状況が客観的に見れるようになるような気がします。
    「もし自分みたいに困っている人がいたら、どうアドバイスするだろうか?」覚えておいて、考えてみてほしい質問です

     
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    6 min
  • 0037 リーダーがサーバント?サーバントがリーダー?

     
    どうも、中澤信幸(@nobun)です。
     
    2017年3月21日火曜日、第37回目の放送です。
     
    サーバントリーダーシップについて、リーダーの性質が先か、サーバントの性質が先か、そんな話しをします。
     
     

    サーバント・リーダーシップの2つの方向性
    サーバント・リーダーシップといっても、2つの方向性があるように思います。サーバントとリーダーという2つの言葉がありますので、全く逆のように思えますけれども。そのどっちが先なんだろう、って言う話です。
    1つの方向性はリーダーが後からサーバントになる方向ですね。人の上に立っている、導くリーダーが、人々の信頼を勝ちえて、その権限を用いて人々に仕えていくようになる。そういうリーダーの性質が先に立つ人もいます。あるいはリーダーの立場に立ってしまって、そこで一所懸命やっていく中でサーバトとして生きることを学ぶということもあるでしょう。
    もう1つの方向性は、元々サーバント気質の人ですね。人の上に立つというよりも、人のそばで人の役に立つことで喜びを得ている、サーバント気質の人が何故かリーダーになってしまって。その立場で人々に仕えていくようになる、その2つの方向性があるように思うんです。
    もちろん、最初から両方の性質を持っているなんて言う、類い希な人もいます。リーダーシップをとれる気質もあり、サーバントとして人の役に立ちたいという気質もあり。そういう人であれば、おそらく何の苦もなく、そして矛盾を感じることもなく、葛藤を感じることもなく、サーバントリーダーとして、こんなこと学びなんかしないでも当たり前じゃないか、ってやっているような気がするんです。けど多くの人は、たぶんそうじゃないんじゃないかと思うんですね。
    サーバントこそいいリーダーになれる
    通常、僕たち、私たち、皆が考えるリーダーシップっていうのは、多分リーダーの気質があることが、最初にあるんだと思うんですね。そういうふうに、人の前で立って歩める能力がある、みんなに認められる、そういう人が、チームを引っ張っていく。ついてこいって言ったって、ついてくるもんじゃないから、だから一生懸命に人のために奉仕しながら、皆の信頼を勝ちえて、導いていこうっていう。そういう方向が多いんじゃないかなーと思うんです。
    でもね、今読んでいる緑色のサーバント・リーダーシップ、ロバート K. グリーンリーフという人が書いた本の中には違う方向。つまりですね、元々はサーバントなんだけれども、そういう人こそ実はリーダーになって行ったときに大きな可能性を持ってる、ってことを言ってるんじゃないかと思うんですよ。
    元々サーバント気質で、人の前に立つなんていうよりも、私は人の役に立つことを願ってるんだっていう、そういう人がですね。実は、コミュニティの中でとっても良い影響を与えていたり、みんなの仕える気持ちを増やしていく、促していくのに、すごく大切な役割を担っていたり。そうやってコミュニティ・グループを建てあげていくリーダーとして機能している。そんなことがあるんじゃないかと思うんです。
    考えてみると、私たちの周りには、その人がいるおかげでこのグループはとってもいい雰囲気だとか。この人のこういう事柄、こういう態度、そういうふうな助けのおかげで、私たちとっても気持ちよくチームとして機能してる。そういう人が、実はいるんじゃないかなぁと思うんですよね。その人がいると、みんなもそういう同じ気持ちで、メンバーのために一生懸命やろうとか、助けることを一所懸命しようとか、そんなふうに自分たちの気持ちも何か変わって。整えられていく、というか、励まされていくというかね。
    あなたもサーバントリーダー
    グループ、コミュニティーの中でいい雰囲気を作れる、要の人物がちょっとリーダーとして歩むことを自覚してもらえると、すごくいいチームや組織になっていくんだろうと思うんです。このサーバント・リーダーシップは、普通だとリーダーって思われないような人が、でも小さな静かなリーダーとして、本当に良い影響力を持っていく、そんなことを励ましたいと思っています。
    聞いてくださっている皆さんにとっても、自分はリーダーなんかじゃないよっていう人は、たくさんいると思うんですね。いわゆるなんとか長とか名前がついて、リーダーと言われなくても、でもあなたも静かな1人の確かなリーダーとして歩むことができるんですよ。いやいや、そんなことしたくないって思うかもしれませんけど。そうじゃなくてね。人に良い影響を与える、みんなが気持ちよく歩めるためにあなたが果たす役割というのがあるって。静かなリーダーシップっていうの、ぜひご一緒に身に付けていきたいと思います。身につけるとも違うかな。もうすでに持ってるもので、良い形で自覚しながら、取り組んでいきましょう。

     
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