FactorISMRadio

FactorISMRadio

By FactorismBusiness
Download on the App Store

FactorISMRadio episodes

  • #38 ファクトリズムから生まれたバンド「みせるばんど」。メンバーがほぼ全員経営者というゴージャス!楽曲クオリティも激やばい①

    みせるばんどとは・・・

    ファクトリズム参加企業の経営者が集まって作られたバンド。

    ファクトリズムのオリジナル楽曲を作成した。


    ●Guitar & Vocal

    カネエム工業 北村さん

    http://www.kanem.com/

    ●Guitar

    チトセ工業 中西社長

    https://www.chitose-kk.co.jp/

    ●Bass

    ボードゲームカフェインスト 泉谷さん

    https://instyao.wixsite.com/inst

    ●Drums

    株式会社オーツー 梶原社長

    https://otu.co.jp/brand/



    14 min
  • #39 ファクトリズムから生まれたバンド「みせるばんど」。メンバーがほぼ全員経営者というゴージャス!楽曲クオリティも激やばい②

    みせるばんどとは・・・

    ファクトリズム参加企業の経営者が集まって作られたバンド。

    ファクトリズムのオリジナル楽曲を作成した。

    ●Guitar & Vocal

    カネエム工業 北村さん

    http://www.kanem.com/

    ●Guitar

    チトセ工業 中西社長

    https://www.chitose-kk.co.jp/

    ●Bass

    ボードゲームカフェインスト 泉谷さん

    https://instyao.wixsite.com/inst

    ●Drums

    株式会社オーツー 梶原社長

    https://otu.co.jp/brand/

    12 min
  • #37 社長になって1年目、加入していた年金基金が解散!なんとしてでも社員の退職金を守るとを決意した。大阪府堺市 八田工業 隅谷さん  後編

    https://www.hatta.co.jp/

    ●財務や採用をおこなっている。また研究開発の部門を作りたいと考えている

    ●できることを全部やりたい

    ●社長の弟様が一緒に働いていた

    ●社員数が40名になるまで、全部自分でやろうと決めている

    ●新卒採用と育成の仕組みづくりは最も力を入れている

    ●会社に来てもらうための努力をしている

    学生と出会う機会はインターンや合同説明会など

    ●自社でアルバイトをしていた

    ●7年目まで現場をやっていたが、営業部長/総務部長/専務になった。

    ●弟さんが総務課長として仕切って助けてくれた

    ●専務時代の隅谷さんは最も自由だった。

     なんでもやりたいことをやっていた

    ●社長交代は突然だった

    ●社長1年目はうまくいかなかった(40歳のとき)

    ●創業社長を見ていた社員もいた

    ●2年目から数字の勉強を始めた

     どんな会社にしたいか、ということを考え始めた

    ●隅谷さんが社長になって定年に到達する社員がで始めた

    ●西日本自転車厚生年金基金に加入していたが、解散することに

    ●4500万円の負担金の仕払いを求められた

    ●なんとしてでも社員の退職金を守ると決意。社長として成長した出来事

    24 min
  • #36 主にステンレスを熱処理するこうば様、祖業はなんと!?大阪府堺市 八田工業 隅谷さん 前編

    https://www.hatta.co.jp/

    ●熱処理の工場様

    ステンレスがメイン

    ●祖父が熱処理を始めた

    ●自転車の摺動部分(ギアやベアリングなど)を扱っていた

    ●自転車メーカーの第二工場のような形で仕事を回していた時期があった

    ●自転車の事業が困難になり、社長のお父さんが熱処理を始められた

    ●真空の焼入れは6~7兆円くらいの市場

    ●日本全体の外注熱処理の会社は700社弱、真空メインでやっている会社は多くても200社くらい

    ●金型・刃物・軸受(ベアリング)を熱処理加工している

    ●焼入れを行うと金属が固くなる


    13 min
  • #35 もっと早くやっていれば・・オープンファクトリーを初めて会社が変わった。大阪府八尾市のフライパン製造、藤田金属株式会社社長、藤田さん 後編

    http://www.fujita-kinzoku.jp/


    ●40歳のときに社長に

    ●社長業を実際に行っている時期は既に長かった

    ●社長になってもやることは何も変わらない

    ●2011年までは営業のみやっていたが、そこからは父と一緒に社長業をやってきた

    ●その当時は販売店が強く、メーカーである自分たちが弱い。

    ●自分たちの作る商材に自信がなかった

    ●ものづくりをしている側の立場が強い

    ●ドイツのアンビエンテという展示会に行き、スタンスの違いにショックを受けた

    ●自信を持って売ろうというスタイルに変更

    ●日本国内で2900万枚/年のフライパン流通があり、5~10%が鉄製

    ●鉄製のフライパンは長持ちする

    ●鉄のフライパンを40年使用していたお客様も

    ●へら絞り加工で薄くすることで、従来のフライパンより20%軽い

    ●役職を作ったらうまく機能した


    21 min
  • #34 世界三大デザイン賞を2つも受賞している!大阪府八尾市のフライパン製造、藤田金属株式会社社長、藤田さん 前編

    HP

    http://www.fujita-kinzoku.jp/profile.html


    ●フライパンがお皿になる

    ●デザイナーとの細かいやりとりの中で苦心して出来た

    ●取手が着脱できるフライパンがあまりなかった

    ●鉄であり、なおかつスタイリッシュ

    ●試作品はたくさん制作した

    ●難しい案件でもチャレンジし続けてきたら顧客との関係性が強くなった

    ●「フライパン物語」というヒット作までは年商1.5億、現在は3.5億程度

    ●学生が商品のメールの問い合わせフォームから応募してきた!

    ●会社の飛躍のきっかけは7年前に新潟のオープンファクトリーを見に行った

    ●工場をオープンしている様子に刺激をうけてすぐに取り入れた


    21 min
  • #33 会社を大きくしようという気持ちのあまりなかった20代、跡継ぎとしての成長を語ってくれた一瀬社長-【後編】


    http://ichi.co.jp/company/


    ●ユニフォームを変えたら意外なくらい反応があった

    ●社長業に力を入れる前は営業的な部分を行ってきた

    ●前職ではアルミサッシをつくる会社で営業をしていた

    ●跡継ぎになる気持ちは全くなかった

    ●父から戻ってくることを要請されて、27歳のときに入社した

    ●自分の主張をしないことで周囲に溶け込んだ。

    ●会社を大きくしようという気持ちは特になかった

    ●30歳を越して来たらすこしづつ、経営者の気持ちになっていった

    21 min
  • #32 ニッチトップ!大阪府門真市で、ステンレスを使用し、美しい建築素材をつくる一瀬製作所-【前編】


    http://ichi.co.jp/company/


    ●意匠性の高い建築の装飾材を作っている


    ●使用する素材はステンレス


    ●ステンレス素材を使用すると建物がキラッと輝き、一味違った雰囲気ができる


    ●ステンレス建具を作っている会社は少ない


    ●実は小さな世界でもある。60名以上の規模で運営している会社は日本に10数社


    ●ステンレス建具業界ではニッチトップである


    ●アートに近い制作物を作るCHROMES様の話も


    ●創業が昭和60年(バブルの中)でなぜ創業をした?


    ●もともと、祖父が長崎県から大阪に丁稚奉公で出てきて、洋服店を始めた


    ●注文オーダーの紳士服から金属加工の業態に鞍替えした


    ●建築ラッシュが始まる前に創業

    21 min

About FactorISMRadio

From the publisher's feed

Japan Podcast Award2021 推薦番組。