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大体、自分が働いてやってるんだといって威張ったのでは「 自分作自受」は起こりませんからね。こころの得幸福は得られないんです。無心に働くことです。大体、嬉しいから働くから物質が残るんです。物質が残るから嬉しいんじゃない。ここをよく知らなきゃいかんのです。
日本民族は一つの大きな民族体だから、仲良くして欲しい。それが基です。教育もそれが基です。懐かしさというと、外界はことごとく懐かしさです。これなしには心の喜びというものは出るものじゃありません。外界懐かしくないとするとねぇ、懐かしいのは自分の体だけでしょう!これじゃ心の喜び得られんということ分るでしょう!そんなもの、自分の五尺の体以外、皆敵になってごらん、何で嬉しいものか。ところが欧米人、それに近いんですよ。無心に働きますと前頭菜を離れている。頭頂菜だけ働くんです。無心に働くというのは第一の心を忘れ去って、第二の心の中で働くということです。
仏教では、世界の実相は大円鏡智の世界だと、こう言ってます。大宇宙っていいますが、宇宙は大円鏡智の世界である。その大円鏡智の地金は平等性智であるといっております。それをある言い方で言いますと、大円鏡智であるったらどんなことか。一切が喜び、喜びの世界ということです じゃあ、平等性智というのはどういうことかと言いますと、懐かしさということです。人を見れば人懐いしく、動物を見れば動物が懐かしく、植物を見れば植物が懐かしく、雨、降れば雨懐かしく、風、吹けば風懐かしい。これ、平等性智。その懐かしさから湧出る喜びだけ、真の喜び。赤ん坊はそこに住んでいます。
欧米の特にアメリカの真似はもうやめて欲しいから言ったんです。火宅というのが当ってる。火の燃え盛るような。この、前頭葉の世界というのは仏教でいう欲界。この意いうのは欲です。全てが欲です。欲の火が燃えている。だから、もうこん真似はせんようにして欲しい。この真似されるのが一番かなわんのです。日本民族の自滅です。
そうすると自由主義、共産主義の大戦争が起こる。この時は核兵器だけじゃありません。毒ガス皆使う。それから一番困ることは細菌使う。中共なんて貧乏で、その上、学問ないでしょう。だからペスト菌なんかを、アメリカ軍砂漠へでも入ってごらんなさい、ペスト菌まくに違いない。そうするとあいにく地球が変な方ヘ回ってる。だからゴビ砂の砂と共にペスト菌が上空を覆うて日本へ来るよ。
そうすると、共産主義色は相当行き渡っていますから、日本は共産主義になる。日本は共産主義になれば どうなるかというと、今、国が近代国家として生きて行くためには二つの力が要る。一つは創造力。もう一つは、よく働くことです。 アメリカはマネージメントといってますが、この二つが力です。ところが、日本の共産主義の先生方の教え方見てますと、これはもう二っとも駄目です。 そうすると独立国を作って行くことはできない。 そうすると、かってのどっかの属国になって、
頭頂葉の心が自分だと分ってる人を 目覚めた人というんですが、そう いう人でなければできないんです。ところが袈裟はその死によって、どういうことをしたいとたいうと、大勢の哀れな女性達に、全く虚無に陥っていた哀れな女性達に、人生には尊ぶべきものあることを教えた。 即ち、生る望みを与えた。これが日本色なんです。
今、世界のリーダーシップは欧米人がとっている。 だから世界がどんな有様か、ちょっと描写すればいい。今は共産主義というもがある。 ともかく、こんなもの知性ではない。狂信者の集団です。
本を書くでしょう。 日本民族は優れた民族だっていう本を書く。何故って、それは欠点もありますけど、何しろ今は、日本民族というのは 詰まらん民族だとしか言ってませんから、優れた民族だと書く 。そちら要りますから、書こうとする。そうすると、どーしても本の色彩が日本色になる 。そうするとペラペラッと ページを繰って、アメリカ色でないってこと分る 。そうすると本屋でちょっと見ても、また返してしまう。即ち読んでもらえない、とこうなる、これが困る!。
今、日本について 何が一番困るかと言いますと 日本は明治以後、西洋の物質主義を取り入れたんです。 それから戦後になって アメリカの物質主義、自然主義を、これは徹底的に取り入れたんです。どれ程、徹底的に取り入れたかと言いますと、憲法を変え て、個人というのは五尺の体のことであると、間違った基礎の上に、不道徳なものを散々認めたのです。これが憲法です。無茶です。それから、多分もっとひどいのは、アメリカの学制をそ まま取り入れたんです。 新学制といわれてるものがそれです。これはしかも、あれは大体、デューイという アメリカ人の教育学です。 私、読んでみましたが、実にひどいもの!それで大体、教育は頭頂葉の発育を図らなきゃいけない。 それをデューイの教育字はもっぱら側頭葉の発達を図ってる。
しかしながら、余程 の人でないと、雰囲気を形あるものに側頭葉で練り上げてる間に、もとのものを忘れてしもう。だから標語が忽然、意となる。そんな風になり勝ちなんです。これ、大多数なんです。これが東洋人なんです。実際、特に終戦後の日本で言いますと、標語 ような観念を使って、しきりに議論してますよねえ。直ちに行為する。これ、東洋人だから。だから少しは理性が欲いと思うんです。やれ民主主義だ、やれ共産主義だ、やれ、いわなくなりいわなくなり、ことごとく標語でしょう。その観念を掘り下げょうなどと、したことないでしょう。 即ち、雰囲気を忘れてしう。
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