自作のショートショートの朗読です。
下の本文を読みながら聞いていただけると、理解しやすいかと思います。
処女作なので拙い部分ありますがご容赦ください。
#朗読 #ショートショート #誕生日 #感動してほしい #バズれ
【20回目の誕生日】
今日は私の20回目の誕生日。まさかこの日を迎えられるなんて、小さい頃の私は想像もしなかった。
私の生まれた町はとにかく田舎だった。両親は、町1番の大きな畑で野菜を作る農家だった。父の仕事姿は男らしくてカッコよかったし、父が育てる野菜は本当に美味しかった。だけど、それを手伝う母の柔らかくてあったかい手が、畑の黒い土で汚れるのは嫌だった。山を二つ超えた先にある学校に通ってたから、毎朝5時に起きて電車に乗った。1人で電車に乗るのは心細かったけど、帰りに駅まで迎えに来てくれる母と、手を繋いで家まで歩くのが毎日の楽しみだった。その日の学校での出来事を私が話すと、母はいつも楽しそうに微笑んでくれた。
私の3回目の誕生日、母が初めてワンピースを買ってくれた。真っ白のワンピースに、母は青いスミレの刺繍をしてくれた。お気に入りすぎて毎日着てたから、近所のみんなは私のことを「すみれちゃん」と呼ぶようになった。私はそう呼ばれるたびに、「すみれじゃない!じゅんこ!」と訂正していた。大好きなお母さんがつけてくれた自分の名前が大好きだから。みんなは笑ったけど、私はそう言わないと気が済まなかった。
私の5回目の誕生日。町のみんなはいつにも増して盛大に祝ってくれた。母はもちろん、いつも寡黙な父でさえもその日だけは涙を流して喜んでくれた。それがとても嬉しくて、なんだか急に大人になった気がした。
私の9回目の誕生日。その翌日に、愛娘の弥生は私より先に10回目の誕生日を迎えた。そういえば、娘が生まれた時に「3月生まれだから"弥生ちゃん"だなんて、単純すぎるんじゃない?」と母に言われた。私が、「お母さんにだけは言われたくないよ」と言うと、「確かにそうね」と母は笑った。
私の15回目の誕生日。母は帰らぬ人になった。病室のベッドで横になる母の手を握り、私は母と2人きりの駅から家までの帰り道を思い出していた。「誕生日おめでとう」母は最後に私にそう言って息を引きとった。
そして今日、私はついに20回目の誕生日を迎えた。親戚一同勢揃いで田舎まで来て、お祝いをしてくれている。卓上のバースデーケーキには『Happy Birthday じゅんこおばあちゃん』と書かれている。そう、私はこの名前がお気に入り。2月29日。うるう年のうるう日に生まれたから"閏子"。大好きなお母さんがくれた名前。
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