カフエ マメヒコ 井川啓央WEB

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カフエ マメヒコ 井川啓央WEB episodes

  • いかひこ深夜便2020 #11/4月の桜の下で聞こえたはなし


    この騒ぎも、数ヶ月後には、すっかり収束しててほしいなと思います。
    日本の医療は世界に誇れる素晴らしいプロの集まりだし、ほんとに、命を削って頑張ってくださってるのテレビで見たりすると、なんか頭が下がります。
    政治家も頭の良い選ばれたヒトたちがやってるわけで、日夜、ワタシたちのことを真剣に考えてくれてる。いまだけ、ほんの少しだけの我慢ですよ。
    合言葉は、Stay at home。家にいろ。
    いまは、外でやりたいことは我慢して、誰とも会わないようにして。この緊急事態をはやく収束させて、もとの社会に戻れたらいいなと思います。そうです。
    政府には、家賃などお金については、しっかりと補償してもらいたいです。
    他の外国でもそうしてるみたいだし、補償してくれなくちゃ、日本中がどうかなっちゃいますから。どうかなっちゃったらそのときはほんとに困りますから、どうかしてくれると思いますよ。
    国とか、会社とかに、きちんと補償さえしてもらいたいです。そして、またみんなで笑える社会に戻そう。
    コロナは、ほんとうに怖いです。早くノーベル学者にワクチンを作ってもらって、根絶してもらうしかないのかなって。
    それまでの辛抱ですけど、早くできてほしいと祈るばかりです。
    あぁ。医療崩壊なんかしたらほんとに怖いですよね。一人でも感染者が出ないように、政府は行動をもっともっと、本気になって制限すべきですよ。
    それができないなら、みんなが自覚して行動すればいんです。これだけの事態になっても、無自覚なヒトっていますよね。あのヒト達って何考えてるのかなって。
    大事なのは、他人を思いやる気持ち、愛なのかなって。結局最後は、愛の力で根絶するんだと思います。そうやって人類はいままで生きながらえてきたんですよね。
    一番怖いこと、それは。無意識に自分が、愛するヒト、とくにお年寄りとか、子どもたちとかに、感染させてしまうことです。
    自分がかかるのも怖いですけど。うつすのは、つまり無意識に親しいヒトを殺すってことだから、ほんとに、ほんとに怖すぎます。
    5月の連休後、緊急事態宣言は解除になったら、またみんなで会いたいねって、友達とはラインしてるんです。収束したら、またみんなでわいわい騒ぎたいねって。来年は楽しみにしてた東京オリンピックもあるし。ワタシ、チケット、当たってたんですよー。
    今回のことは、大切なヒトを守るために、なにをしなくちゃいけないかを考える、良い機会だったなって、あとから考えれば思うと思います。
    こういうときこそ、暗くなっちゃダメですっ。希望を持たなくちゃっ。
    桜はここ数日の寒さから、長く持ちこたえている。花びらが風になびいて、仙川の川面を薄ピンクに彩っている。
    ボクの前を二人並んで歩く顔の見えない女性たちの声が、後ろを歩くボクの方まで聞こえてくる。彼女たちはボクのことなどお構いなしに、大きな声で楽しそうに歩いている。
    彼女たちが、ボクの友人だったら、ボクは彼女たちになんと声をかけるだろう。そんな風に考えたら、足が止まった。
    きっと。
    ボクはなにも聞こえなかったふりをするだろう。卑怯でずるい、そういう男なのだ。そして盗み聞きを悟られまいと、何事もなく、ほんとうにポーカーフェイスで、
    「ここにいたんだ?探したよ。お腹すいたね。なんか食べようか」と夕飯に誘うだろう。
    47 min
  • マメクル2020 #13/ほんとうの出会い


    40年以上渋谷で営業しているレストランの店主が知り合いにいます。その彼が、
    「ランチで並んでるお客を、ボクは順番に入れない。常連は先に、新規は後回し。それで文句言われても、うちはうち」って言ってました。
    そういう考え方が大事だよなー、さすが長くやってるとこは潔い、とボクは思いました。
    そんなはなしをどこかでしたら、こんな意見をボクに言ってくれるヒトがいました。
    「常連をひいきするのは、身内びいきですよね?それはあまりいい気がしません。身内びいきされなかった人の気持ちを想像すると、仲間はずれにされた時のいや~な気持ちがわかるからです。
    もし自分がひいきされる側にいたとしても、何かがまかり間違えば、いつか自分が差別される側にまわるな~と思っちゃう怖さもあります。
    これは、真の意味での「ひいき」をされたことがないからでしょうか??」
    そう言ってくれたんですね。はい、たしかに、その気持はよくわかります。
    ボク自身は、身内びいきではないので、身内をこれみよがしにえこひいきするヒトは嫌いです。
    ただ、お店をやっているとですね。やれること、やれないことがあるとしたら、やれないことのほうが圧倒的に多いのが現実です。
    では微力な自分たちは、なにを優先してやるのか。いつも常に考えて取り組む必要があります。
    やれることだけを、やるしかないのです。たとえなんと言われようと、やれないことまではやらない。ボクがマメヒコで学んだ教訓のひとつです。
    ボクが一番避けたい結論は、全部やろうとして、結局、なにひとつやれなかった、なのです。
    通常、ランチで並んでいるお客さんは、並んだ順番にランチにありつけると思っている。
    それは誰しもが理解できる、単純明快なルールですが、それはけして万能ではない。
    そもそも、人間とはかなり複雑です。長くお店をやっていれば、店とお客との関係もそれぞれ複雑でしょう。
    その複雑な人間の営みは、生きる上でとても魅力的ではないでしょうか。運用しやすい単純なルールは万能で、その単純さからはみ出る複雑な営みは、例外なく許してはいけない、とするのは、とてもつまらないことだし、むしろ乱暴だとボクは思います。
    「ランチで並んでるお客を、ボクは順番に入れない。常連は先に、新規は後回し。それで文句言われても、うちはうち」と言ったレストランの店主も、お客さんをこれみよがしにえこひいきするような、乱暴なヒトではありません。
    ともすると、運用しやすい単純なルールが万能だと思い間違ってはいけないのではないかと。
    対談の中でも、ボクらカフェ店主は色んなお客さんと出会うけれど、ほんとうの出会いは少ない、というような話をしています。
    自分たちの両手が小さくなるときほど、その両手に乗せるものは、慎重に選ぶようになるものです。
    時代が変わろうとしてますが、みなさんは選んだり、選ばれたりするのは苦手でしょうか?
    47 min
  • いかひこ深夜便2020 #10/ホントのこと言うと


    「いま飲食店は大変なことになっている」と飲食店の今後、そんな話を酒井氏としています。酒井氏もレストランにいたので、思うところがあるようです。ニュースにもなってますけど、実際、そりゃもう相当大変に決まってますよ。だけど、だけどですね。それはそうなんだけども、大変なのは、今に始まったことではないでしょう。ごはん屋さんが、いわゆる飲食ビジネスとなってから、いろんなことがおかしくて、街の喫茶店が、カフェビジネスなんて言い出してからおかしいわけです。だから流行病になって、急に大変大変と言ってるけど、だから流行前に戻そうと言ってるヒトいうけど、それはどうなの、違うんじゃないのとボクは思う。ボクらマメヒコのスタッフは、ほんとによくよく、よくよく働いてますよ。朝も夜もね、土日も祝日も関係なくね、年がら年中、休みなく働いて、それでお給料がいいとかそういうんじゃないからね。店というのはなにがあるかわからないから、夜討ち朝駆け当たり前、メインのスタッフは、みんなお店の近くに住んでます。生活と商売の切り離しなんか、できるわけなくてね。完全に一体化してますよ。そんなのけしからん、とか言われたってね。そうじゃないとやってけないんだっつーの。それだけのこと。だからオススメなんかしないよ。もっと合理化できねーかなと、といつも考えてるけど、合理化なんてしようがないよね。機械化って言ったって、せいぜい食洗機を入れるくらいのことだよ。すでにボクらは無駄な会議なんかひとつもしてないし、徹底して無駄を省いてる。アスリートみたいなもんだから、スリム化なんかできないよ。うちのお店なんかはさ、スタッフとお客さん、互いの信頼とか、笑顔での接客、ありきみたいなもんで成り立ってるわけだからさ。ずっと笑ってるなんて誰でもできることじゃないよ。珈琲にしたってデザートにしたって、すべて手作りでやってれば、そうとうな手間なんで、とにかく一生懸命やるしかないのよ。お店とは、そういうものだと感覚的に理解できるスタッフとだけやってきたのよ。いまのマメヒコを良いと思ってなくて、いまよりもっとよくしていきたいんだ、カフェの仕事に誇りを持って取り組んでいきたいんだというスタッフがうちには何人かいる。それが失くなったら、ボクらはそのとき終わりで、売上とかそういうことだけで成り立ってるわけじゃないんだよ。ホントのこと言うと、うちだって、あしたには閉店かもしれないわけよ。お客さんいなければ店はやってけないわけだから。でも、まぁ、そのときはそのときでね。喜ばれなくなったらお終いなのは、いつの時代だってそう。そういうものでしょ。もしそうなったら、ボクと一緒にやろうというヒトたちと、また新しいカフェを創ればいいだけだと思ってます。今回の騒ぎで、飲食店はもう懲り懲りなんてボクは、そんな風には考えないわね。それが本音です。
    47 min
  • マメクル2020 #12/予測とコントロール


    喫茶店に勤めているボクの考えを申し上げたいと思います。教育にしても、法律にしても、経済にしても、政治にしても。あらゆることを予測し、コントロールし、合理的に振る舞うよう求めるいまの現代社会は、明らかに行き過ぎであり、狂っていると、喫茶店に勤めているボクは感じています。たとえば。自然に対しても、徹底した予測とコントロールを求める。小さな子供に対しても、過度な予測とコントロールを求める。世論に対しても、操作をしてまで予測とコントロールを求める。「あのねぇ。そんなことを続けてればさ、予測とコントロールがなけりゃ動けない、何をしていいのかわからない。そんなやつが続出するってのがわからんのかね」つまりですな、その、とても非合理的な社会になるとわかんないのかね、と喫茶店に勤めているボクは、カウンター越しにお客様に繰り返し申し上げているのです。「まったくよぉ、科学は万能じゃねんだぞ、こら」と、ありとあらゆる制服を着た「現場」が、大きな声で叫べばいいのよ。「薬は万能じゃねぇぞ、こら」、「教師は万能じゃねぇぞ、こら」「だからよぉぉぉぉぉぉ、自分である程度考えてくんないとよぉぉぉぉぉ、困っちゃうのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」喫茶店に勤めているボクは、なんでみんな、文句言わないのか謎です。たとえば子供というものは、突飛なことをするものです。突飛なことをすると書いて子供と読むんです。子供の突飛に付き合ってあげるのが、教育なんじゃないですかっ。突飛なことをしちゃダメっというのは、教育でもなんでもないんじゃないですかっっ。あなたね、予測できずコントロールできないことはそんなに恐ろしいですか。そちらのあなたね、予測できずコントロールできないことはそんなに不安ですか。現場ではないどこかで。予測とコントロール可能なデータを操って、「ほら予測できた、コントロールできたよ」と呑気に鼻を膨らませてる連中を見て、「そったらこと 当たるも八卦、当たらぬも八卦に、なにを偉そうに」と。現場はみんなで笑えばいいのにと、喫茶店に勤めているボクは思いますです。路地裏の喫茶店で、今日も蝶ネクタイを締め灰皿を洗っているボクは、お客さんの小さな声がよく聞こえるよう、今日も念入りに耳くそをほじっています。
    47 min
  • いかひこ深夜便2020 #09/考えるほかありません


    渋谷の大きなお店はほとんど閉店しているなか、カフエ マメヒコは、相変わらず、いつも通りやっています。もともと、すごい流行ってる店じゃありませんから、それほど変化が少ないといえば少ないんですね。ボクらなりに、開店以来お店を存続させるため、色んなことを考えて実践してきました。いつも思うんですけど、こういうときって、あとから振り返れば他愛ないことに一喜一憂しがちです。いろんなニュースがありますでしょ。そのどれが正しいとか間違ってるとか、そんなことはね、考えたってわかんないんですよ。だってそうでしょ。わかんないことが起きてるから、みんな慌ててるし、色んな情報が飛び交ってるわけです。普通に知ることのできる範囲のニュースを見て、ボクが判断するほかないです。ボクの判断が間違ってるかどうか、そんなものは知ったこっちゃありませんよ。間違ってれば、お店が存続できなくなる。ただそれだけのことです。それにしても、いつでもほんとに大変なことは予告なく起こりますですね。心配して、備えたところで、起こるものは起こっちゃう。自分たちでは、飛んでくる弾を避けることができない。それが人生だし、それがまた生きている証です。だから、ちっぽけなボクにできることといえば、考え方を変えることくらい。どうしても心配して慌てると、まずは自分たちの身を守ろうってなりますね。飛んでくる弾に当たらないように、隣のやつには当たっても自分だけは当たらないでおこうってね。だけどそれでは商売はやれませんよ。だってお客さんあっての自分たちなんですから。==◯少しでも店を開けて、売上を確保する。そうして甘い誘惑の「運転融資」には手を出さない。結局、返さなくちゃいけないんだから。◯長年かけて築き上げたお客さんたちとの絆は、継続的に続けていく。お客さんあってのお店です。こういうときでも、マメヒコはやってるのよねぇ、そう言ってわざわざ来てくれるお客さんの具体的な顔が浮かんでるから、長いスタッフはこんな日の朝でも、店でお客さんを待てるんです。シフトが入ってるから仕方なく行くっていう人種ではないんですよ。◯お店に帰属意識の強いスタッフの雇用は、なんとしても守る。ばらばらにして、また集まろうって言ったって集まりませんよ。去る者日々に疎しです。==とまぁ、こんなことを考えています。震災のときもそうだったように、今回のこともこれだけ騒げば、沈静化するには長期化けするでしょう。いやむしろ、再び浮き上がってくるなんて、ボクは無い気がします。世の中が変わったんですよ。そう思います。
    47 min
  • マメクル2020 #11/円の内側か外側か??


    お店をやっているとその仕事柄、たくさんのスタッフと関わってます。ボクが関わっているのは、だいたい10代から40代の主に女性です。
    たくさんのスタッフと関わってきたなかで、一様に言えるのはみんな、とてもとてもとても、相談する相手がいなくてみんな困っているということです。
    相談相手の少ないスタッフばかり選んで採っているというわけではありませんよ。もうみんな、一様に相談相手がいないのです。
    希薄な人間関係にこじれて、行き場のないヒトがとても多いという印象です。感情の問題に鈍感な男たち、鈍感な年配者たちに対し、彼女たちは肌身で失望を感じています。
    そんな女のヒトが、次から次へとボクのもとに愚痴を言いに集まってきます。ボクには話しやすいというより、それだけ話を聞いてくれるヒトも圧倒的に少ないんだと思います。
    ボク自身、もそうです。自分が抱えている感情の問題を誰に相談しようかと考えてみても、困ってしまいます。たとえば人生の先輩にですね。いろいろとお店で困っている話をしてみるじゃないですか。
    たとえば、「いまの若い子たちって、ほんとに自信がないんですよ。どうしたらいいでしょう」「ふーん。自信の無い若いヒトってそんなに多いのかしら。まぁ、若いうちは誰だって自信がないものよ。私の若い頃もね」
    それで、終了なのです。
    スタッフが疲れてるなら、勤務時間を減らしたほうがいいよとか、就業規則を見直したほうがいいわねとか、モチベーションの上がる査定をしたらどうかしら。
    具体的かつバカバカしいアドバイスをしてくれるヒトはいっぱいいますが、問題はそういうことじゃない。
    とにかく、ちっともわかっていないのです。
    こんな調子では、若い子達の微妙な変化、今の時代の問題、そして気持ちや感情の苦悩から体調にまで出てしまっている、それらの愁訴になんの打つ手もないという感じでしょう。
    これでは、自分の子供が、自分の奥さんが、同じようなことで悩んでいても、きっとなんにも気づかないはずです。
    うちの◯◯に限って、というやつでしょう。
    この動画のなかでは、ある円の内側と外側の倫理、の話をしています。円の内側と外側。いろんな問題は縁の内側では解決できずに、外側でしか解決しようがない。
    そんな話にピンときて、会話を継いでくれるのは、影山くんくらいしか思い当たらないのです。ボクらの孤独は、こういうことな気がします。
    47 min
  • いかひこ深夜便2020 #08/コツが多すぎる


    ハタケマメヒコについて語っています。東京と北海道のふたつを行き来してると、両方の長所と短所が見えてきます。できれば、長所と長所を組み合わせられたらなあと思って始めましたけど、なかなか難しかった印象です。そもそも。農家ではないボクらが、ハタケを借りて作物を作るということが、そもそも法の内側では不可能なのです。詳しいことは割愛しますが、法の内側では不可能なので、法の外側で模索するしかありません。ひょんなことから、「いいよ」とたまたま言ってくれた、奇特な方にすべてボクらは乗っかるほかないのです。その中でやれることをやる、ということしかできないのです。困ったことはいくらでもありますが、一番困ったのは、コミュニケーションです。東京で仕事をするということは、たくさんのヒトが働けるよう、引き継ぎのコミュニケーションが、いわば仕事です。ところが北海道でハタケマメヒコをやっているときは、そんなものは通用しません。もうここでしか使えないコツ、いわば属人的なことが多すぎて、まったく時間的、合理的に作業を進められないのです。ボクが作った「ハタケマメヒコ コツ全集」はノート10冊ほどあります。古いトラクターを動かすにしても、謎のコツがありすぎる。たとえば。「ここのレバーをギューッと引いてよ、エイッと放すとよ、ブーンとかかっから。したらさ、グーっとこいつ踏んで、うしろ見てみれ、あれがこっちに回るから、したらゆっくりギア戻して、ハタケを2速で走れ。自動で堆肥まかさるから。わかるしょ?」「ええ。・・・はい?」と、一事が万事、「わかるしょ?」「いやわかりません」という感じなのです。農業委員会に挨拶に行ってこいや。あっ、やっぱあんなとこ行く必要ないわ。資材はホーマックより農協のほうが安いからさ。あっ、農協はあんたらじゃ買えないよ。まったく何が正解なのかわからないのです。いつもボクはハタケにいると憂鬱で、ずっと、????????とモヤモヤのなかにいました。なぜハタケマメヒコなんかをボクは言い出してしまったんだろう。なぜやり始め、なぜ継続しているのだろう。属人的なことが多いということは事業化や合理化はまず無理なのです。ハタケマメヒコとはこういうものだったのです。行政を活用するなり、投資資金を積むなり、ほかにやり方はいくらでもあろうことは、もちろん知っています。ただ。こういうボクらのように、東京のカフェとハタケを、実際に行ったり来たりしている人間たちの目から見えてくるなにか。それを汲み取って、次に続けたいと思って始めたのだから仕方ないのです。ただひとつ。ハタケマメヒコは、東京のマメヒコのお客さんを遠足という形で巻き込んでいく。そうやってできた小さいけれど強い人間関係は、その後のボクが進む道を大きく決定したのでした。
    47 min
  • マメクル2020 #10/継続とは忍耐ですか


    今回は、継続について話をしています。影山くんは、「赤ちゃんみたいに学ぶ」という言いかたをしています。ブッダは、人間の苦悩のもとである生老病死に対して、なんらかの解決策をみつけたわけではないんですよと。ブッタが菩提樹の下で座禅をし行き着いた、ある悟りの境地とは、ずっと同じ問いを考え続けること、なのですよと。影山くんはそれを「赤ちゃんみたいに学ぶ」という言い方をしたんです。解決策を見つけるために、ヒトは思案するのではダメなのだと。答えの出ない問いを、思案し続ける。学ぶ姿勢そのものが、悟りなんだよと。なるほどね、とボクは思いました。なぜか。マメヒコをやっていて、そこで起きうる課題はちっとも解決しません。どんだけ考えたって堂々巡りなことばかりです。(あぁ、一体ボクはなにをやっているんだろう)真夜中の店内で一人ぽつんと、小銭を数えながら思ったりします。しっかりしてないと無力と虚脱に、すぐ苛まれてしまいそうになるんですね。そしてそれは、きっとはっきりとは言いませんけど、影山くんも同じなんだと思います。彼の目を見ればわかります。ボクらはカフェを、一度もビジネスだと思ってやって来なかったんです。うそつけ、だったら金取るな、とバカに言われれば、うるさいあっちいけとムッとしますけど、金儲けだと思ってやらないように互いに気をつけてきたんです。ボクにしても影山くんにしても、お金を稼ぐだけなら、もっとほかの仕事を探したほうがいい。甘っちょろい中年の良心です。ただ、ボクらはその良心を捨ててまで金儲けするような、みっともないことだけはすまい、と約束したのです。良心なんて言い方をしたけど、そんな難しいことではない。ボクらの子供時代、普通にあった、アバウトな人間どうしの繋がりや営み、それをカフェを通して、いまも再現したいだけなんです。おかげさまでした。事業効率なんて尺度で測ったら、さっさと退場したほうがいいボクらも、なんとか理解者たちに応援してもらいながら、理想に近い営みでお店を成り立たせてはいます。ずっと考えてきてよかったと思っています。ボクらの話ばかりしましたが、日夜ヒトのことを優先して考え、今日も仕事に向き合っているヒトたちが大勢、それも目立たぬところにいるのを、ボクは知っています。そのヒトたちを傍で見ていて思うんです。彼らは日常という単調な地平線に、まこと鮮やかに、山と谷をデザインしているなと。いつも自分が周りが、飽きない工夫を考え実践している。ボクは若い頃、誤解してました。継続とは忍耐であり、忍耐とは鈍感であり、持っている感受性を捨て去ることなのだと。そうか継続とは工夫なのだと思ったら、希望が湧いたのです。とまぁまぁ、そんなような話をしています。継続とは、忍耐なのでしょうか?
    47 min
  • いかひこ深夜便2020 #07 ハタケに向かった


    ハタケマメヒコについて語っています。ラジオでもいくらか語ったけど、2010年、ハタケマメヒコを始めた当初は、のちのち大きな意味を持つ可能性があるんじゃないかと思っていたんです。2005年にマメヒコを出店して、三茶、渋谷と立て続けに店を出し、店の借金は膨れ上がっていたし、とくに渋谷の街の過当競争に巻き込まれていく、そんな感じがしてた。カフェ以外のことも色々とやりたかったけど、とにかく借金を返してからね。とそんな感じでした。借金を返し終わってからと言っても、それでは人生が終わってしまう。そういう焦りがいつもあったのね。そんなときに、北海道で豆を栽培しようと思いついて。帯広から南の外れ、大樹町でハタケマメヒコは始めたんですけど。たしかに地代は東京に比べて格段に安い。東京と行き来しながら、ここなら、好きにやれるかもしれない。だけど、若いヒトがちっともいないのね。あたりで最大の都市である帯広さえも閑散としている。あー、これは思ってたよりやばいなー、といつも思ってました。落ち行くものに打つ手なしという感じで、良いところはいっぱいあるのに、あまり活かしきれてなくて、もったいないなとも思ってた。そんなこんなで、好きで始めたとはいえ、いつもハタケでは歯ぎしりばかりで、随分と歯のすり減った10年だったなと言う感じです。色々と事業化したら面白そうとぼんやりと描いてたものは、どう考えてもボクには力不足だなと諦めてた頃に、ハタケの遠足が盛り上がりました。結局、ヒトとの様々な出会いという違う形に落ち着いて、ハタケマメヒコはなんとなく今に至っています。
    47 min
  • マメクル2020 #09/お金はどうしますか


    ボクらのような小さなカフェはなかなか見つけてもらえず、やがては、忘れ去られ、そして存続できなくなってしまうのではないか。「寄付」という形でもいいから、資金を補填することで。ボクラは存続できないでしょうか。
    そんな、ため息が影山くんから語られ、ボクもごちょごちょと言っています。ます。これを見た多くの人達が、CAFEの店主がなぜ、募金のようなものを言い出すのか。きっとちんぷんかんぷんでしょうから、そのことについて、ここで解説します。(もっとちんぷんかんぷんになるかもしれないけど)

    カフェは開かれた場所です。あらゆるヒト、街、社会に開かれています。まさにOPEN CAFEです。
    空き地や広場に集い、お茶を飲む。それがCAFEであると。たしかに、そうです。なんとはなしに集まったヒトたちとの予期せぬ出会いがある。それはとてもロマンチックです。
    そのロマンがボクや影山くんを毎日お店に立たせている。日々の糧なのです。
    さて、ほとんどのお客さんは、ボクらがやっているOPEN CAFEにだけアクセスし、ボクらを、美味しいだのまずいだの、高いだの安いだのと、評価したりしているのです。
    だけど、実はね。
    マメヒコやクルミドコーヒーの奥には、秘密のお店が奥にあるのです。それをCLOSED CAFEと呼んでもいい。奥にひっそりとその入り口が隠されているんですね。
    扉を秘密にしているのには、わけがあります。
    ボクらはそのCLOSED CAFEで、そこに関わってくれたヒトたちと、互いの関係を慎重に、時間をかけて築いているからです。

    その扉を開けていい条件はひとつ。
    お店もお客も、心理的な境界線を取っ払うことです。ボクらスタッフは、お客さん個人の気持ちに寄り添うこと。そして、お客さんもおなじ、ボクらお店のスタッフの気持ちに寄り添わなくてはいけない。
    けして、そんなことしてなんの意味があるの?そんなのおかしいよ、あんなのおかしいよと、やいのやいの指摘しないこと。
    イヤなら出て行け。それがCLOSED CAFEの約束です。
    少なくともボクは、OPEN CAFEとCLOSED CAFEの二つの扉を、出たり入ったりして、長いことマメヒコをやってきたのです。
    影山くんもボクとアプローチは違えど、似たような思いでCLOSED CAFEをやっている。それは、けして偶然ではない。

    商店街がスーパーマーケットになり、あらゆるものがコンビニ化した現代に、これはおかしいと感じているヒトがいるからです。
    孤独を感じているヒト、変化についていけてないヒト、もっと面白く生きてもいいでしょうワタシ!!と叫ぶヒト。
    彼ら、彼女たちと関係を育むためには、扉はあえて秘密にしなくてはいけないのです。
    人間関係が解体されたヒトの受け皿として、ボクらはCLOSED CAFEをやっているのです。完全にCLOSEしたほんとの秘密ではだめで、OPEN CAFEとCLOSED CAFEの両方の扉の鍵を握っている人間こそが、期待されていると自負しているのです。
    けれど、いくら社会的意義をもち CAFEを営んでいると言っても、所詮はCAFEなのです。
    ボクラの活動や意義をつまびらかにし、たとえば助成金のような公的資金で運営することは、CAFEの意義から外れてしまうのです。それでは、役所の作った組織と変わらなくなる。
    かといって、OPEN CAFEも、それを回すだけでも、かなりのエネルギーが要る。いまのところ、そこにいる人達の力技で、なんとかやっていけてるだけです。
    さて。いつまでその力技が持つんだろう。
    そんなため息を、ボクらは気持ちが萎えたとき、つくんですね。
    だけどボクはこう思う。
    なにごとも思いを形にするには、スケールとスピードを選ばなくてはならないと。つまりはビジネスセンスが必要だと。
    かたちなんてどうでもよくて、如何様にも変化させながら続けていけば、やがてどっかですこんと抜けるはずだろうと。
    そう。時代がボクラに追いつく日は近いんじゃないかしら、なーんてと、楽観視はしているんだけどね。
    47 min

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