LeoN Radio Sunrise レオンラジオ日の出

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By 楠元純一郎&レオーEducationLanguage Learning
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LeoN Radio Sunrise レオンラジオ日の出 episodes

  • 65 魯迅 故郷 09(第17 18 19 20 21 22 23段落)@ LeoN Radio 我らの文学
    オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」
    エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」
    作詞作曲 楠元純一郎
    編曲 山之内馨
    <我らの文学65 魯迅「故郷」09(第17、18、19、20、21、22、23段落) ラジオ収録20210518>
    翻訳 レオー(中国語講師・美術家)
    翻訳 楠元純一郎(法学者)
    監訳・朗読 松尾欣治(哲学者・大学外部総合評価者)
    参加者 何激(東洋大学大学院博士後期課程1年)
    刘耀鸿(東洋大学大学院博士前期課程1年)
    张晓良(東洋大学大学院博士前期課程1年)
    刘凯戈(東洋大学大学院法学部5年)
    第二日,我便要他捕鸟。他说:
    その翌日、私は彼に鳥を捕まえてもらいたかった。彼が言うには、
    “这不能。须大雪下了才好。我们沙地上,下了雪,我扫出一块空地来,用短棒支起一个大竹匾,撒下秕谷,看鸟雀来吃时,我远远地将缚在棒上的绳子只一拉,那鸟雀就罩在竹匾下了。什么都有:稻鸡,角鸡,鹁鸪,蓝背……”
    「それはできない。大雪が降らないといけない。我々の砂地に雪が降ったら私は雪を掻いて空間を作り、短いつっかえ棒で大きな竹籠を支え、その下に籾殻を蒔き、小鳥が来てそれを食べるとき、我々は遠くから棒に結んである縄をただ引っ張るだけで、その小鳥は竹籠の下に被せられるんだよ。稻鸡(ダオージー),角鸡(ジャオジー),鹁鸪(ボーグー),蓝背(ランベイ)などなんでもありだよ。」
    我于是又很盼望下雪。
    私はそれからまた雪が降るのがとても待ち遠しくなった。
    闰土又对我说:
    闰土はまた私に言った。
    “现在太冷,你夏天到我们这里来。我们日里到海边捡贝壳去,红的绿的都有,鬼见怕也有,观音手也有。晚上我和爹管西瓜去,你也去。”
    「今はとても寒いけど、夏になってあなたがまた我々の里に来たら、我々は昼間は海に貝殻を拾いに行くからね。赤いのも緑のものもなんでもあるよ。「鬼おどし」もあるし、「観音様の手」もあるよ。晩は父と西瓜の見張りに行くから、あなたもいこう。」
    “管贼么?”
    「泥棒の見張り?」
    “不是。走路的人口渴了摘一个瓜吃,我们这里是不算偷的。要管的是獾猪,刺猬,猹。月亮底下,你听,啦啦的响了,猹在咬瓜了。你便捏了胡叉,轻轻地走去……”
    「違うよ。通りがかりの人が喉が渇いて西瓜を一個ぐらい食べても、我々の里では泥棒の数には入れないよ。見張りが要るのは、猪(イノシシ)、ハリネズミ、土竜(モグラ)のことだよ。月明かりの下で、あたながガリガリという音を聴いたら、土竜が西瓜をかじっているんだ。そしたら、あなたは刺股を持って、忍び寄って・・・。」
    30 min
  • 64 魯迅 故郷 08(第14 15 16段落)@ LeoN Radio 我らの文学
    オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」
    エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」
    作詞作曲 楠元純一郎
    編曲 山之内馨
    <我らの文学64 魯迅「故郷」08(第14、15、16段落) ラジオ収録20210512>
    翻訳 レオー(中国語講師・美術家)
    翻訳 楠元純一郎(法学者)
    監訳・朗読 松尾欣治(哲学者・大学外部総合評価者)
    参加者 何激(東洋大学大学院博士後期課程1年)
    我的父亲允许了;我也很高兴,因为我早听到闰土这名字,而且知道他和我仿佛年纪,闰月生的,五行缺土,所以他的父亲叫他闰土。他是能装弶捉小鸟雀的。
    父はこれを許した。私もとても嬉しかった。というのは、私は前から閏土のこの名前を聞いていたし、しかも、彼と私は年が同じぐらいであり、閏月(うるうづき)の生れで、五行の土が欠けていたので彼の父親が彼を閏土と名づけたことを知っていたからである。彼は罠で小鳥を捕ることができた。
    我于是日日盼望新年,新年到,闰土也就到了。好容易到了年末,有一日,母亲告诉我,闰土来了,我便飞跑的去看。他正在厨房里,紫色的圆脸,头戴一顶小毡帽,颈上套一个明晃晃的银项圈,这可见他的父亲十分爱他,怕他死去,所以在神佛面前许下愿心,用圈子将他套住了。他见人很怕羞,只是不怕我,没有旁人的时候,便和我说话,于是不到半日,我们便熟识了。
    私は日々、新年が待ち遠しかった。新年になると、閏土もやって来ることになっていたからである。やっと年末になり、ある日のこと、母親が私に閏土が来たことを知らせた。そして私は彼に会いに飛んで行ってみると、彼はちょうど台所にいた。彼は紫色の丸顔で、小さな毛糸の帽子をかぶっており、キラキラ光る銀の首輪をはめていた。これは、父親の溺愛を示すものであり、父親は彼が死ぬのを恐れていたため、神仏に願をかけて、首輪で彼の命をつないでいた。彼はかなり人見知りであったが、私にだけは恐れなかった。傍に誰もいないときは、私と話をした。そして、半日も経たないうちに、我々は親しくなった。
    我们那时候不知道谈些什么,只记得闰土很高兴,说是上城之后,见了许多没有见过的东西。
    我々はそのとき、何をしゃべっていたかわからないが、ただ閏土がとても喜んでいたのは覚えており、街にやってきて、まだ見たことのない多くの物を見た。
    35 min
  • 63 魯迅 故郷 07(第13段落)@ LeoN Radio 我らの文学
    オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」
    エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」
    作詞作曲 楠元純一郎
    編曲 山之内馨
    <我らの文学63 魯迅「故郷」07(第13段落) ラジオ収録20210505>
    翻訳 レオー(中国語講師・美術家)
    翻訳 楠元純一郎(法学者)
    監訳・朗読 松尾欣治(哲学者・大学外部総合評価者)
    这少年便是闰土。我认识他时,也不过十多岁,离现在将有三十年了;
    この少年が閏土(ルントゥー)であった。私が彼を知ったのはまだ十数歳であったが、もうかれこれ30年になる。
    那时我的父亲还在世,家景也好,我正是一个少爷。那一年,我家是一件大祭祀的值年。这祭祀,说是三十多年才能轮到一回,所以很郑重;
    そのときはまだ父は存命中で、家の暮らし向きもよく、私はまさにお坊ちゃんであった。ちょうどその一年は、我が家は大祭の当番に当たっていた。この大祭の当番は、30数年に一度回ってくるとかで、とても重要であった。
    正月里供祖像,供品很多,祭器很讲究,拜的人也很多,祭器也很要防偷去。
    お正月には、先祖の像にたいへん多くのお供え物を供え、祭器もよく吟味し、拝みに来る人もとても多いので、祭器を盗まれないように防ぐ必要もあった。
    我家只有一个忙月(我们这里给人做工的分三种:整年给一定人家做工的叫长工;按日给人做工的叫短工;自己也种地,只在过年过节以及收租时候来给一定人家做工的称忙月),
    我が家には忙月(マンユエ)が一人いるだけである。(私たちのここ故郷では、使用人に三種類ある。一年を通して決まった家で働くのが「長工」)、日雇いで働くのが「短工」、自分で耕作をしつつ、年末や節句や年貢を納めるときなどに決まった家で働くのが「忙月」であった。
    忙不过来,他便对父亲说,可以叫他的儿子闰土来管祭器的。
    忙しくて人手が足りないので、彼(忙月)は父親に、彼(忙月)の息子の閏土に祭器の管理をさせてもよいか申し出た。
    34 min
  • 62 魯迅 故郷 06(第9 10 11 12段落)@ LeoN Radio 我らの文学
    オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」
    エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」
    作詞作曲 楠元純一郎
    編曲 山之内馨
    翻訳 レオー(中国語講師・美術家)
    翻訳 楠元純一郎(法学者)
    監訳・朗読 松尾欣治(哲学者・大学外部総合評価者)
    “你休息一两天,去拜望亲戚本家一回,我们便可以走了。”母亲说。
    「一日二日、ちょっと休んで、一度親戚の本家を訪ねて挨拶して、それから、私たちは(故郷を)出発してもいいですよ。」と母は言った。
    拜望 bai4 wang4 訪ねて挨拶をする、暇乞いをする 亲戚  qin1 qi4
    “是的。”
    「はい、そうですね。」
    “还有闰土,他每到我家来时,总问起你,很想见你一回面。我已经将你到家的大约日期通知他,他也许就要来了。”
    「(親戚の)闰土(じゅんど)がね、この家に来るたびにね、いつもあなたのことを聞いて、あなたに一度会いたいって言うのよ。だから彼にはあなたが家に着くだいたいの日をすでに知らせておいたからね。もうそろそろ来るころだわよ。」
    这时候,我的脑里忽然闪出一幅神异的图画来:深蓝的天空中挂着一轮金黄的圆月。
    忽然  hu1 ran2 闪出  shan3 chu1 神异的 神がかった、不思議な
    挂 gua4 ~にかかる、 挂着 gua4 zhe ~にかかっている 一轮  yi4 lun2
    この時、私の脳裏に突然、不思議な画像が浮かび上がった。紺色の空にかかる黄金色の丸い月であった。
    下面是海边的沙地,都种着一望无际的碧绿的西瓜,其间有一个十一二岁的少年,项带银圈,手捏一柄钢叉,向一匹猹尽力的刺去,那猹却将身一扭,反从他的胯下逃走了。
    都  dou1  すべて  种  zhong4   栽培する 植える 着 zhe  している
    碧绿  bi4 lv4  其间  qi2 jian1  圈  quan1  捏  nie1  一柄  yi4 bing3
    钢叉  gang1 cha1 鋼鉄製の銛(もり) 一匹  yi4 pi3  猹  cha2
    刺去  ci4 qu4   却 que4 しかし  扭  niu3 かわす  胯下  kua4 xia4
    下は浜辺の砂地で、果てしもなく青緑のスイカが栽培されており、その中に11、12歳ぐらいの少年がいて、首には銀の輪を掛けており、手には鋼鉄製の銛(モリ)を握って、土竜(もぐら)に向かって力いっぱい突き刺そうとしたが、土竜は身をかわして彼の股下をくぐって逃げ出した。
    22 min
  • 61 魯迅 故郷 05(第7 8段落)@ LeoN Radio 我らの文学
    オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」
    エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」
    作詞作曲 楠元純一郎
    編曲 山之内馨
    翻訳 レオー(中国語講師・美術家)
    翻訳 楠元純一郎(法学者)
    監訳・朗読 松尾欣治(哲学者・大学外部総合評価者)
    我的母亲很高兴,但也藏着许多凄凉的神情,教我坐下,歇息,喝茶,且不谈搬家的事。
    私の母は、とても嬉しがった。寂しさを堪えながら、私を座らせ、一息つかせ、お茶を飲ませたが、さしあたり、引越しの話はしなかった。
    凄凉  qi1 liang2 さびしい 神情  shen2 qing2 顔
    歇息  xie1 xi1 短い休みをする
    宏儿没有见过我,远远的对面站着只是看。
    宏儿はまだ私に会っておらず、遠くの方に立ち尽くして、ただ私を見ていた。
    站着  zhan4 zhe
    但我们终于谈到搬家的事。
    そして、私たちはついに引越しの話をし始めた。
    我说外间的寓所已经租定了,又买了几件家具,此外须将家里所有的木器卖去,再去增添。
    私は言った。「私は別の家もすでに賃借することに決め、そして、いくつかの家具も買いました。その他、家のすべての木製家具を売却し、また向こうで買う必要があります。」
    母亲也说好,而且行李也略已齐集,木器不便搬运的,也小半卖去了,只是收不起钱来。
    母も、「その方がいいね。引越荷物はもう揃えたし、運ぶのに不便な木製家具は半分ぐらい売却したけど、たいしたお金にはならなかったわ」と言った。
    16 min
  • 60 魯迅 故郷 04(第5 6段落)@ LeoN Radio 我らの文学
    オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」
    エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」
    作詞作曲 楠元純一郎
    編曲 山之内馨
    【パーソナリティー】
    中国語講師・翻訳 レオー
    翻訳    楠元純一郎
    監訳・朗読 松尾欣治
    我这次是专为了别他而来的。我们多年聚族而居的老屋,已经公同卖给别姓了,交屋的期限,只在本年,所以必须赶在正月初一以前,永别了熟识的老屋,而且远离了熟识的故乡,搬家到我在谋食的异地去。
    私は今回、故郷に別れを告げるためだけに戻ってきたのである。我々は長年家族と一緒に住んでいた古い家屋(屋敷)はすでに公売にかけられ、別の人に売られ、家を明け渡す期限は本年限りとなっていた。それで、お正月元旦の前に急いで慣れ親しんだこの古い屋敷とおさらばし、そしてさらに、この慣れ親しんだ故郷を遠く離れ、私が今働いている別の場所に引っ越さなければならないのである。
    为了A而B AのためにBをする
    赶在A以前B Aの前に急いでBをする gan3zai4
    而且 そしてさらに
    第二日清早晨我到了我家的门口了。瓦楞上许多枯草的断茎当风抖着,正在说明这老屋难免易主的原因。几房的本家大约已经搬走了,所以很寂静。我到了自家的房外,我的母亲早已迎着出来了,接着便飞出了八岁的侄儿宏儿。
    その次の日の朝、私は家の門の前に着いた。屋根瓦の上にはたくさん枯草の折れた茎が風にふるえており、この古い屋敷が主を替えざるを得ない原因を物語っている。その屋敷の本家の家族はすでにほとんど引っ越しており、それゆえ、とても物静かである。私は実家の外に着いたとき、私の母がすでに迎えに出てきていた。そして、8歳になる甥っ子の宏儿が外に飛び出してきた。
    瓦楞 wa3 lang4 屋根瓦
    许多 xu3 duo1 たくさんの
    茎 jing4
    当风 dan1 feng1 風に当たり
    抖着 dou3 zhe ふるえている
    正在 ~している(現在進行形)
    寂静 ji4 jing4
    难免 nan2 mian3 免れがたい、どうしても免れない
    易主 yi4 zhu3 主を替える
    接着 jie1 zhe そして
    17 min
  • 59 魯迅 故郷 03(第4段落)@ LeoN Radio 我らの文学
    オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」
    エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」
    作詞作曲 楠元純一郎
    編曲 山之内馨
    【パーソナリティー】
    翻訳 レオー(中国語講師・美術家)
    翻訳 楠元純一郎(法学者)
    監訳・朗読 松尾欣治(哲学者)
    我所记得的故乡全不如此。我的故乡好得多了。但要我记起他的美丽,说出他的佳处来,却又没有影像,没有言辞了。仿佛也就如此。于是我自己解释说:故乡本也如此,——虽然没有进步,也未必有如我所感的悲凉,这只是我自己心情的改变罢了,因为我这次回乡,本没有什么好心绪。
    所  suo3 by ~によって   虽然~也  sui1 ran2  ye3 ~だけれども
    ※ 也は但是よりやわらかい表現
    未必  wei4 bi4 必ずしも~ない    于是  yu2  shi4=そして
    有如  you3 ru2 ~みたいな         罢了 ba4 le ~にすぎない
    心绪  xin1 xu4  jqxの後では、uのウムラウトが省略される
    私が思い出す故郷は、まるでこんなものではない。私の故郷は、これよりもっとよかった。しかし、故郷の美しさを思い出そうにも、そのいい処を説明しようにも、印象がなく、言葉もない。ただそのような感じである。そして、私は自分自身の解釈によれば、故郷はもともとそのようなものだったのだろう。故郷は発展していないけれども、私が感じるほどの悲しみは必ずしもあるわけではない。これはただ、私自身の心境の変化にすぎない。なぜなら、私は今回、故郷に帰ってきたとき、もともと気分が優れなかったからである。
    29 min
  • 58 魯迅 故郷 02(第2・3段落)@ LeoN Radio 我らの文学
    オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」
    エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」
    作詞作曲 楠元純一郎
    編曲 山之内馨
    【パーソナリティー】
    翻訳 レオー(中国語講師・美術家)
    翻訳 楠元純一郎(法学者)
    監訳・朗読 松尾欣治(哲学者)
    时候既然是深冬,渐近故乡时,天气又阴晦了,冷风吹进船舱中,呜呜的响,从蓬隙向外一望,苍黄的天底下,远近横着几个萧索的荒村,没有一些活气。我的心禁不住悲凉起来了。
    季節はもう真冬。だんだん故郷に近づくにつれ、天気はまたどんより曇ってきた。冷風が船室にびゅうびゅうと吹き込んできた。草ぶきの屋根の隙間から外を見ると、薄茶色の空の下に、いくつかの荒廃した村が遠くにも近くにも(あちこち)横たわっており、少しも活気がない。私は悲しい気持ちが沸き起こるのを禁じ得なかった(悲しい気持ちを抑えきれなくなった)。
    阿!这不是我二十年来时时记得的故乡?
    ああ、これは私が20年来ときどき思い出してきた故郷じゃない。
    13 min
  • 57 魯迅 故郷 01 (第1段落)@ LeoN Radio 我らの文学
    オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」
    エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」
    作詞作曲 楠元純一郎
    編曲 山之内馨
    ー中国語の初学者が中国の国語教科書を読むー
    この番組では、中国はもちろん、日本でも中学校の国語の教科書に採用されている魯迅の小説『故郷』を素材にして、日本人が中国語を学ぼうとするものです。そのため、ここでの日本語訳は文法に則して意味がある程度通ればそれでよしとし、必ずしも文学的な表現を追求するものではないことをあらかじめお断りしておきます。
    講師は中国人の小学校美術教諭、レオー君で、学習者は哲学者の松尾欣治先生と私、法学者の楠元純一郎です。
    レオー先生:魯迅先生の文章は文法的には現代中国人にとっても古めかしく、やや堅苦しい感じもします。しかし、その文体や表現はたいへん格調が高く、中国語の学習者はみな、その美しさに魅了され続けています。
    松尾先生:この作品は、日本の国語教育でも定番となっていて、多くの人びとに読まれ、親しまれてきているものです。ちなみに、魯迅を日本に最初に紹介したのは、桜美林大学の創立者である清水安三と盲目のロシアの詩人、エロシェンコです。中村つねという画家がエロシェンコ像を描いていて、これが美術の教科書に出ておりますから、日本人なら誰でも知っているはずです。
    楠元:ああ、日本の文化サロンの原点とも言われている新宿中村屋の関係者ですか。私は中国語を正式に習ったことがないので、いまからワクワク、楽しみです。
    【パーソナリティー】
    翻訳 レオー(中国語講師・美術家)
    翻訳 楠元純一郎(法学者)
    監訳・朗読 松尾欣治(哲学者)
    【出典】
    魯迅「故郷」『魯迅全集』(改造社・1932年)
    本書は、中国では中学3年生の国語の教科書に採用されています。
    我冒了严寒,回到相隔二千余里,别了二十余年的故乡去。
    私は厳しい寒さを乗り越え、危険を冒して、二千里以上離れた故郷(こきょう)に20余年ぶりに帰ってきた。
    質問: 回到~去 なのか?
    回答: この場合、去はあってもなくてもよい動詞であるが、それがあれば遠く離れた故郷に帰ってきたという感じが出る。
    11 min
  • 56 我们的第一个总结篇 青空文库 夏目漱石 こころ 下 55+56 @ LeoN Radio 我らの文学
    オープニングソング「水魚の交わり(魚水情)」
    エンディングソング「バイオバイオバイオ(遺伝子の舟)」
    作詞作曲 楠元純一郎
    編曲 山之内馨
    五十五
    「死んだつもりで生きて行こうと決心した私の心は、時々外界の刺戟(しげき)で躍(おど)り上がりました。しかし私がどの方面かへ切って出ようと思い立つや否(いな)や、恐ろしい力がどこからか出て来て、私の心をぐいと握り締めて少しも動けないようにするのです。そうしてその力が私にお前は何をする資格もない男だと抑(おさ)え付けるようにいって聞かせます。すると私はその一言(いちげん)で直(すぐ)ぐたりと萎(しお)れてしまいます。しばらくしてまた立ち上がろうとすると、また締め付けられます。私は歯を食いしばって、何で他(ひと)の邪魔をするのかと怒鳴り付けます。不可思議な力は冷(ひや)やかな声で笑います。自分でよく知っているくせにといいます。私はまたぐたりとなります。
    波瀾も曲折もない単調な生活を続けて来た私の内面には、常にこうした苦しい戦争があったものと思って下さい。妻(さい)が見て歯痒(はがゆ)がる前に、私自身が何層倍(なんぞうばい)歯痒い思いを重ねて来たか知れないくらいです。私がこの牢屋(ろうや)の中(うち)に凝(じっ)としている事がどうしてもできなくなった時、またその牢屋をどうしても突き破る事ができなくなった時、必竟(ひっきょう)私にとって一番楽な努力で遂行(すいこう)できるものは自殺より外(ほか)にないと私は感ずるようになったのです。あなたはなぜといって眼を睜(みは)るかも知れませんが、いつも私の心を握り締めに来るその不可思議な恐ろしい力は、私の活動をあらゆる方面で食い留めながら、死の道だけを自由に私のために開けておくのです。動かずにいればともかくも、少しでも動く以上は、その道を歩いて進まなければ私には進みようがなくなったのです。
    私は今日(こんにち)に至るまですでに二、三度運命の導いて行く最も楽な方向へ進もうとした事があります。しかし私はいつでも妻に心を惹(ひ)かされました。そうしてその妻をいっしょに連れて行く勇気は無論ないのです。妻にすべてを打ち明ける事のできないくらいな私ですから、自分の運命の犠牲(ぎせい)として、妻の天寿(てんじゅ)を奪うなどという手荒(てあら)な所作(しょさ)は、考えてさえ恐ろしかったのです。私に私の宿命がある通り、妻には妻の廻(まわ)り合せがあります、二人を一束(ひとたば)にして火に燻(く)べるのは、無理という点から見ても、痛ましい極端としか私には思えませんでした。
    同時に私だけがいなくなった後(あと)の妻を想像してみるといかにも不憫(ふびん)でした。母の死んだ時、これから世の中で頼りにするものは私より外になくなったといった彼女の述懐(じゅっかい)を、私は腸(はらわた)に沁(し)み込むように記憶させられていたのです。私はいつも躊躇(ちゅうちょ)しました。妻の顔を見て、止(よ)してよかったと思う事もありました。そうしてまた凝(じっ)と竦(すく)んでしまいます。そうして妻から時々物足りなそうな眼で眺められるのです。
    記憶して下さい。私はこんな風にして生きて来たのです。始めてあなたに鎌倉(かまくら)で会った時も、あなたといっしょに郊外を散歩した時も、私の気分に大した変りはなかったのです。私の後ろにはいつでも黒い影が括(く)ッ付(つ)いていました。私は妻(さい)のために、命を引きずって世の中を歩いていたようなものです。あなたが卒業して国へ帰る時も同じ事でした。九月になったらまたあなたに会おうと約束した私は、嘘を吐(つ)いたのではありません。全く会う気でいたのです。秋が去って、冬が来て、その冬が尽きても、きっと会うつもりでいたのです。
    すると夏の暑い盛りに明治天皇(めいじてんのう)が崩御(ほうぎょ)になりました。その時私は明治の精神が天皇に始まって天皇に終ったような気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後(あと)に生き残っているのは必竟(ひっきょう)時勢遅れだという感じが烈(はげ)しく私の胸を打ちました。私は明白(あから)さまに妻にそういいました。妻は笑って取り合いませんでしたが、何を思ったものか、突然私に、では殉死(じゅんし)でもしたらよかろうと調戯(からか)いました。
    五十六
    「私は殉死という言葉をほとんど忘れていました。平生使う必要のない字だから、記憶の底に沈んだまま、腐れかけていたものと見えます。妻の笑談(じょうだん)を聞いて始めてそれを思い出した時、私は妻に向ってもし自分が殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだと答えました。私の答えも無論笑談に過ぎなかったのですが、私はその時何だか古い不要な言葉に新しい意義を盛り得たような心持がしたのです。
    それから約一カ月ほど経ちました。御大葬(ごたいそう)の夜私はいつもの通り書斎に坐って、相図の号砲(ごうほう)を聞きました。私にはそれが明治が永久に去った報知のごとく聞こえました。後で考えると、それが乃木大将(のぎたいしょう)の永久に去った報知にもなっていたのです。私は号外を手にして、思わず妻に殉死だ殉死だといいました。
    私はで乃木大将の死ぬ前に書き残して行ったものを読みました。西南戦争(せいなんせんそう)の時敵に旗を奪(と)られて以来、申し訳のために死のう死のうと思って、つい今日(こんにち)まで生きていたという意味の句を見た時、私は思わず指を折って、乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえて来た年月(としつき)を勘定して見ました。西南戦争は明治十年ですから、明治四十五年までには三十五年の距離があります。乃木さんはこの三十五年の間死のう死のうと思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私はそういう人に取って、生きていた三十五年が苦しいか、また刀を腹へ突き立てた一刹那(いっせつな)が苦しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。
    それから二、三日して、私はとうとう自殺する決心をしたのです。私に乃木さんの死んだ理由がよく解らないように、あなたにも私の自殺する訳が明らかに呑(の)み込めないかも知れませんが、もしそうだとすると、それは時勢の推移から来る人間の相違だから仕方がありません。あるいは箇人(こじん)のもって生れた性格の相違といった方が確かかも知れません。私は私のできる限りこの不可思議な私というものを、あなたに解らせるように、今までの叙述で己(おの)れを尽したつもりです。
    私は妻(さい)を残して行きます。私がいなくなっても妻に衣食住の心配がないのは仕合(しあわ)せです。私は妻に残酷な驚怖(きょうふ)を与える事を好みません。私は妻に血の色を見せないで死ぬつもりです。妻の知らない間(ま)に、こっそりこの世からいなくなるようにします。私は死んだ後で、妻から頓死(とんし)したと思われたいのです。気が狂ったと思われても満足なのです。
    私が死のうと決心してから、もう十日以上になりますが、その大部分はあなたにこの長い自叙伝の一節を書き残すために使用されたものと思って下さい。始めはあなたに会って話をする気でいたのですが、書いてみると、かえってその方が自分を判然(はっきり)描き出す事ができたような心持がして嬉しいのです。私は酔興(すいきょう)に書くのではありません。私を生んだ私の過去は、人間の経験の一部分として、私より外(ほか)に誰も語り得るものはないのですから、それを偽(いつわ)りなく書き残して置く私の努力は、人間を知る上において、あなたにとっても、外の人にとっても、徒労ではなかろうと思います。渡辺華山(わたなべかざん)は邯鄲(かんたん)という画(え)を描(か)くために、死期を一週間繰り延べたという話をつい先達(せんだっ)て聞きました。他(ひと)から見たら余計な事のようにも解釈できましょうが、当人にはまた当人相応の要求が心の中(うち)にあるのだからやむをえないともいわれるでしょう。私の努力も単にあなたに対する約束を果たすためばかりではありません。半(なか)ば以上は自分自身の要求に動かされた結果なのです。
    しかし私は今その要求を果たしました。もう何にもする事はありません。この手紙があなたの手に落ちる頃(ころ)には、私はもうこの世にはいないでしょう。とくに死んでいるでしょう。妻は十日ばかり前から市ヶ谷(いちがや)の叔母(おば)の所へ行きました。叔母が病気で手が足りないというから私が勧めてやったのです。私は妻の留守の間に、この長いものの大部分を書きました。時々妻が帰って来ると、私はすぐそれを隠しました。
    私は私の過去を善悪ともに他(ひと)の参考に供するつもりです。しかし妻だけはたった一人の例外だと承知して下さい。私は妻には何にも知らせたくないのです。妻が己(おの)れの過去に対してもつ記憶を、なるべく純白に保存しておいてやりたいのが私の唯一(ゆいいつ)の希望なのですから、私が死んだ後(あと)でも、妻が生きている以上は、あなた限りに打ち明けられた私の秘密として、すべてを腹の中にしまっておいて下さい。」
    1 hr 5 min

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