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私たちが求めているのは、イエスご自身でしょうか。それとも、イエスが与えてくださるものだけでしょうか。使徒の働き8:9–25では、サマリア人たちが同じ福音と同じ聖霊を受ける一方で、霊的な力を求めたシモンの心の状態が明らかにされます。私たちの心は、本当は何を求めているのでしょうか。
使徒の働き8:1-8では、神がサウロによる迫害を用いて、信者たちを散らし、福音をユダヤとサマリアへ広げられたことを見ていきます。この箇所は、悲しみや困難の中にあっても、イエスが私たちの喜びを支えてくださることを教えてくれます。そして、福音を通して、イエスにしかない喜びを他の人々にも届ける者として、私たちを用いてくださるのです。
最悪の状況の中でも、どうすれば喜びを持つことができるのでしょうか。今日の個所では、死を前にしたステパノが、よみがえられた王イエスに目を向けます。憎しみに囲まれる中で、キリストの栄光が彼の心を喜びと信仰、そして赦しで満たします。
ステパノは、モーセの律法と神殿がそれ自体で終わるものではなく、神のことばであり、神の臨在そのものであるイエスを指し示していたことを語ります。神のみことばと臨在に、私たちはどう応答しているでしょうか。
今回の聖書箇所で、ステパノは、神が遣わされた解放者モーセをイスラエルが拒んだことを語り、私たちを、救いのために拒まれたさらに偉大な解放者イエスへと導きます。また、神の完全な計画の中で、待つ時間は決して無駄ではないことを見ていきましょう。
今回のメッセージでは、使徒の働き7:1–16から、ステパノの説教の前半を見ていきます。ステパノは、神のご計画が神殿やモーセの律法よりも前から始まっていたことを、アブラハムとヨセフの物語を通して語ります。神の栄光に満ちたご計画は、私たちの理解を超え、苦しみや拒絶さえも通して救いを成し遂げてくださいます。
使徒の働き6:8-15では、ステパノが聖霊に満たされ、イエスの証人として立つ姿が描かれます。人々は彼を攻撃し、偽りの訴えをしますが、主は彼とともにおられました。私たちの歩みも、イエスの栄光を映し出すものとなるように、みことばから学びましょう。
傷つけられた心は、どのように癒やされ、和解へと向かうのでしょうか。神は痛みの中で私たちとともに歩み、教会家族を通して支え、赦しへ向かう恵みを与え、イエスを通して回復の道を示してくださいます。
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