
Sign up to save your podcasts
Or


「主の祈り」には、この世のあらゆる知恵が含まれていることがわかります。この主の祈りの「七つの願い」を理解できるとすれば、それは宇宙のより深い根源について知っている場合だけであると言えるのです。
したがって「主の祈り」を、ただ素朴に祈る場合には、その奥義を理解することはできないでしょう。また、その必要もないのです。
「主の祈り」が生まれるためには、「世界と人類の最も深い秘密」と呼べるものが、世界の包括的な知恵から言葉として形作られることが必要でした。
しかし、それが今、すでに「主の祈り」の中に含まれているので、たとえこの祈りの深さを理解するにはまだほど遠いとしても、「主の祈り」の言葉の中にはその効果が働いているのです。
しかし、それこそが真の祈りの秘密であり、それは宇宙の叡智から引き出されなければならないものなのです。そして、この祈りが、宇宙の叡智から引き出されたものであるからこそ、たとえ私たちがまだそれを理解していなくても、それは有効なのです。
祈りと神秘主義が準備するより高い段階へと昇華したときに、私たちはそれを理解することができます。祈りは神秘主義を準備させ、神秘主義は瞑想や集中を準備させ、そしてそこから私たちは霊的研究の実際の作業へと導かれていくのです。
私たちは、自分自身が、あたかも世界の多様性に身を委ね、そこで埋没しているように感じています。しかしそれは、最初に私たちの魂が自らを失い、さらに本来の姿に戻ることを世界が許さないので、そう感じるのです。
しかし、自分自身の中に自分を見出そうとする努力が目覚めたとき、高次の自我と低次の自我の闘いが始まるのです。
この戦い、この葛藤の中で私たちの気持ちは大きく揺れていきます。もしこの戦いに敗れたとすれば、私たちは自分の見失ってしまうことでしょう。しかし、私たちは祈りにおいて、この自分を見失う感覚やその気持ちを乗り越え、そしてついに、ヤコブの物語で示されているあの瞬間がやって来るのです。
朝日がヤコブを照らすとき、ヤコブの魂の夜の闘いは均衡が取れて、そして明るくなり、調和されるのです。私たちは自分を取り戻するのです。これこそ真の祈りが、人間の魂の中でどのように働くかということなのです。
現実の出来事における神の叡智と呼ばれるものへの献身、これから起こることはきっとそうなるに違いない、そしてそれは何らかの方向でよい結果をもたらすに違いないという、その考えとその感情、その衝動を何度も何度も自分の中に呼び起こすこと、魂の中にこの気分を呼び起こすこと、そしてこの気分を言葉、 気持ち、想いの中に生かすこと、これが第二の祈りの気分、献身的な祈りの気分なのです。祈りと呼ばれるものの衝動は、こうした魂の気分から引き出されなければなりません。その衝動は魂そのものに与えられるものであり、基本的には今の自分の在り方を少しだけ超えたあらゆる魂に、その祈りの気分が生まれるのです。私たちが祈りの気分とこの気分の表現としての祈りを把握するとき、 私たちは祈りそのものの中に、私たち自身を越えさせる力の導きを見出すのです。なぜなら、祈りが、そのように私たちの中に現れるとき、その祈りは一瞬のうちに私である自己を越えようとする、私たちの内なる力の輝き以外の何ものでもないからです!そして、この努力によってのみ自我が把握されるのであれば、そのとき、その発展の力であるその輝きはすでに自我の中に生きているのです。私たちが過去から学ぶとすれば、その過去の中には私たちが使った以上のものがあるのです。私たちの祈りは神への叫びとなります!
過去の出来事を振り返るとき、私たちの感情や感覚は自責の念や羞恥心、または否定的な判断のようなものに見えるかもしれません。しかし未来に直面したときには、初めから不安や恐れ、希望や喜といった感覚や感情が生まれるのです。もちろん、これらの感情や感覚はまだ現実的な出来事の流れそのものに直面しているわけではなく、それを見抜いているわけでもないのです。この未来の流れにおいては、過去の場合よりももっと簡単にその概念や観念を感情に変えることができるのです。これは、魂そのものがそうしているのです。未来から私たちに向かって流れて来るものは、実の感情だけを与えるので、その未来に対する私たちの感情や感覚は、私たちが知っている未知の流れから現れる何かのようにそこに立っているのです。それは何らかの形で私たちに影響を与えることができるのです。いま、私たちが未来という暗い子宮から確実にやってくるもを正しい認識へと変換し、それが私たちの魂にどのように流れ込み、私たちの感情の世界がそれに対してどのように反対しているかを感じるのなら、私たちは自分の魂がどのようにそれを感じているのかを理解するのです。そうすることで私たちは、未来からやってくるその経験によって自分の魂が新しく燃え上がるのを感じるのです。
私たちは、この魂が、私たちの中でどのように生きていて、そして、その発展において、私たちを前進させていることを、次のような方法で把握しなければならないのです。
神秘主義におけるその神秘的な感覚が良い準備となり、それが霊的な研究へと至るためのあらゆる場所を指し示すものであるとすれば、その効果は次のように表現することもできるのです。
蛋白質は、生体の形成力によってもたらされる様々な変化に最も適した生体物質です。その結果、この変化した蛋白物質から生じるものが、私たちの肉体器官および肉体全体の構造に現れるのです
私たちが外部から受け取ったものは何であれ、私たちの肉体器官が自らの活動を展開するための機会を提供するものとなります。そうでない場合は、体内に一度侵入してきた食物である異物の活動が、体内の活動自体と区別できないようなものでなければなならないのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーー
From the publisher's feed