アサーティブネス、アサーティブコミュニケーションスキルなくして平和なし
共感で終わるコミュニケーションは人間が自己憐憫に陥るだけでなく
共感を求めるコミュニケーションには当事者と非当事者の対立が起こります。
そうなれば共感できない人を叩き合うシステムが確立します。
このような幼稚なコミュニケーションでは多様化した社会を継続できません。
共感は大切なことですがそれをし合っても根本的な問題解決には至りません。
人間を自己憐憫に陥らせるということは魂の成長の邪魔にもなります。
だから『暴力とは何か?』を知らずして平和構築なし、だということを日本人は決して忘れないでください。
スイスの心理学者で元精神分析家のアリスミラーの著書は日本人ならば1冊は読んでおきたいはずです。
対立が悪いのではなく対立の扱い方を知らないことが危険なのです。
コミュニケーションの中で対立を解決する視点がなくてはコミュニケーションそのものを継続できません。
さらに互いの思いが平和のためであるという着地点がなくてはコミュニケーションは何のためにするのでしょうか?
皆、平和が良いと思っているならば、暴力とは何かを知り考え続け
真の平和構築のためにコミュニケーションスキルを学びましょう。
私たちが使う言葉が子どもたちにとって希望の種蒔きとなる表現を使うことで
私たちの自尊感情(魂、コア)もアップして行くのです。
(境界線については、共依存や境界線人格障害=ボーダーのチェックリストがわかりやすいかもしれません)
つまりコミュニケーションにおいてYOUメッセージを使うことは対立の種蒔きをしていることと同じでから
相手の尊厳を傷つけることになります。それは自分のコアも無自覚に傷つけていることになります。
だから共感で終わるコミュニケーションには自己憐憫がつきものとなり被害者意識だけが強まることを
私たちは先住民の現在の対応をみて考える必要があるでしょう。
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