
Sign up to save your podcasts
Or


【真剣な人生】
故郷に帰ることは、ヤコブにとっては甘い事ではありませんでした。それは、彼をうらみ殺そうと決心していた兄のエサウがいるからです。しかし、彼は恐れつつも出発します。
あれほど自己中心で、欲張りで、策略をめぐらす男が、神中心の人間に変えられるのです。もう、彼は、神以外の何ものも恐れなくなっていました。彼は、まず、兄に対する悔い改めの気持ちを誠実に示しました。すると兄は、両腕を広げて彼を受け入れてくれたのです。二人の再会の涙は、すべての恨みを流し、喜びに変えられてのでした。こうしてヤコブは、故郷に錦を飾る事ができたのです。真実な神との出会いを持たずに、人生の成功はありえないということを、信じたいものです。
人生の歩みの中で、人が何を拾って歩くかは、その人の生涯を創造する重大な要素なのです。
ヤコブは、子どものころから長子の特権というものの価値を認識していました。それは父親が死なないと力を発揮することはありませんし、子どもの時にはまったく意味のないものですが、彼はこの見えないものの価値を知っていたのです。
あるとき、チャンスが訪れました。ヤコブが母の手伝いをして豆を煮ているとき、兄のエサウは野山を走り回り、くたくたになって帰ってきたのでした。そして、腹をへらしていたエサウは、ヤコブに豆のあつものを食べさせてくれとせがみます。
ヤコブはさりげなく、長子の権利をゆずってくれるのなら食べさせてやる、と取引を申し出るのです。エサウにとっては、まだまだ両親が健在であり、長子の権利の事などは考えてみる余裕もなかったのです。いま、腹のへっている自分にとって、そんなことよりも、一杯の豆のほうがもっと大事だったのです。ただ食べたいだけの事だったのです。
これを、他人事として笑うことはできません。私たちは、すべてのことについて霊的なものより肉体的なもの、見えないものよりも見えるものに、心を引かれてしまうのです。
もし、聖書の中から成功の秘訣を見つけ出すとするならば、この目に見えない霊的なものに気付く事が一番大切なのです。
目に見えない霊的な真理をおろそかにすることによって、多くの人が、知らずして成功のカギを紛失しているのです。
とくに最近の社会の風潮は、このことを明確に証明しています。わずかばかりの金銭の授受のために、大臣や首相の職を失ったり、社会的な立場を失う人があまりにも多すぎるようです。
このブラウザでは再生できません。【社会での不公平】
ヤコブを学びながら、私は限りない興味をこの人に抱くのです。人をだます男が真実な人へと変化していくその過程が、そのまま成功物語になっているからです。
ヤコブの人間としての性格の悪さを問題にする事は容易なことですが、人間の社会の中には、しばしば不公平と見られる状況が存在する事を避ける事は出来ません。
ヤコブは、双子の弟して生まれたのでした。それは、欲しいものが多くあるのに、彼には生まれつきさまざまの制約があったということでした。
しかも、それは彼にとっては変えようのないものでした。
彼は、どちらかというと気が弱くて、母親にまとわりつくタイプの子どもでした。それにくらべて、兄のエサウは快活で、野性的で父に愛されていました。
それよりも決定的な事は、双子の弟としてヤコブが生まれてしまったことであって、その時代、兄には長子としてのすべての特権が生まれつき与えられていたということです。父の財産も、名誉も、権力も、兄エサウには黙ってついてくる約束になっているのです。
このことは、ヤコブが成長するにしたがって心の負担になり、表現し難い嫉妬の種となったことは想像できる事です。
ヤコブは、神を信じていました。しかし、ほんの一瞬の誕生の差が、自分の運命を決定してしまうことは、彼には納得のできにくいことであったのです。
しかも、その価値を自覚せずに無頓着に生きているエサウが相続者であり、欲しいと心から願っているヤコブには与えられないと知ると、ヤコブにしてみれば、自分の知恵を絞り出してでも、策略を用いる以外には方法がなかっただろうと同情したくなるのです。
策略を用いてでも、と考えたヤコブにくらべると、あまりにも多くの現代人は、人生の戦いを始める以前に戦いを放棄していると考えるべきでしょう。現代でも、ヤコブに似た条件はいくらでも私たちの周囲に発見できます。
すなわち、男女の差別、出身校の差別、さらに金持ちに生まれるか、貧乏人に生まれるか-など、そのことで神は不公平である、と愚痴を言う人もいるほどです。
人間の社会では、それらの条件が明らかに人の生涯を左右し、それが当然のこととして受けとめられ、ただ金満家に生まれたばかりに社長となって、それを自分の力だと思い上がっている人もいるし、反対に、自分の不幸を恵まれない環境の責任にして、自分の努力を放棄している人々もいます。
しかし、ヤコブ物語の偉大さは、神の世界ではまったく違った展開になることを示しているのです。
それは、人間の差別、資格などは全く関係なく、神はご自身をさがし求めるものを祝福されるということであって、神は彼に顔を向けるものを突き放されないということなのです。
それは、決して、ヤコブの悪い性格、欠点をそのまま受け入れるということではなく、ヤコブの人生のさまざまな試練、訓練を通して、神は彼を時間をかけて作り変えられて、最終的には、祝福に導いてくださるということなのです。
ヤコブの成功物語は、双子の兄エサウとの対決の中から見ると明確になるので、ここではそのことを記憶の中に入れて話を進めましょう。
From the publisher's feed