聖書の中の成功物語

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聖書の中の成功物語 episodes

  • サムエルの燃える使命感④
    【神に聞け】

    サムエル自らがイスラエル王国の王として選んだサウルは、やがて優れた政治家として成長し、遂に民族統一を果たして王国を確立するのです。
    しかし、王となったサウルは、高慢になり、傲慢になってゆくのです。
    王サウルの精神的動揺に連動するかのように、サムエルの心も大きく動き、彼は苛立ちと悲しみを感じるようになるのです。

    イスラエルの王を自らが選んだ責任を痛感するサムエルは、新しい王をさがすために腐心するのです。
    彼は、ベツレヘムに神に導かれて出かけていき、エッサイの息子たちに出会って、新しい王となるべき候補者をその中に求めるのです。

    エッサイには八人もの息子がいましたが、いずれ劣らぬ立派な青年たちでした。
    感覚的に人の表面だけに目を奪われていたサムエルは、その中の一人、エリアブを見たとき「確かに、主の前で油を注がれるものだ」と思ったのです。その瞬間、彼に神の声が聞こえてきたのです。
    「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る」(第1サムエル16:7)

    それは、サムエルの若い日、彼の耳にとどいたのと同じ神の声でした。
    彼は、この神の声に目の覚めた思いで、野原で父エッサイの羊の世話をしていた末の息子ダビデを選ぶように導かれるのです。
    それは、彼の魂の中に響く神の声に素直に応答する信仰が健全であった事を証明するものです。
    ここに、スケールの大きな使命感と、それを与えてくれた天の声に忠実なものがたどるべき成功人生の縮図があります。

    一人の成功者の人生に、すべての幸運が味方したと考えるのは間違いです。
    サムエルも、自らが選んだイスラエルの王サウルに手を焼き、さんざん悩まされているのです。
    サムエルは、王サウルに大して、彼の失脚を宣言しなければならない苦しい立場をも経験するのです。
    自らが選んだ王に、自らがその失脚を宣言しなければならないのは、自らの失敗を認めるに等しい事です。

    しかし、天の声に忠実なサムエルは、鉄の意志をもってそれを通しぬくのです。
    イスラエルとアマレクの戦いのとき、王サウルは、預言者サムエルを通して語られた神の命令に背いて自分勝手なことをするのです。
    サムエルは、「あなたが主のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた」と宣言します。
    王サウルは驚いて、サムエルの上着の裾をつかんで、それが裂けるほど引き止めて許しを乞いますが、サムエルはことばを変えることがなかったのです。

    今日の混沌とした社会の中にあって、私たちの考えを狂わそうとして氾濫する情報の渦の中で、私たちの人生目標も方向を見誤る可能性がいくらでもあります。
    この中で、自分に与えられた使命のために天よりの声をはっきりと聞けるものを、社会と国家は必要としているのではないか、と思うのです。
    使命感に燃えつつ、神の声に聞き従う者には、偉大な成功の道が開けているのです。

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    5 min
  • サムエルの燃える使命感③
    【積み重ねの成果】

    サムエルはイスラエルの宗教界の指導者として人々の尊敬を集めるようになりますが、当時それは、同時に政治的社会的指導者でもあったのです。サムエルは、イスラエルの歴史の中であらわれてくる数多くのすぐれた預言者たちの中で、決してずばぬけていた存在ではありません。しかし、彼は自分の人生での責任を一つひとつ忠実に成功させていくタイプであったのです。

    その当時、イスラエル人とペリシテ人との戦いが激化して、イスラエルは敗戦の色が濃くなって来るのです。逆にイスラエル民族にとって、民族の生命ともいうべき、主の契約の箱といわれるモーセの十戒を入れてある箱が、敵軍の手に渡るという悲しむべき状況になってしまいました。

    こんなとき、老師エリが死に、代わってサムエルが指導者になったのです。自らの手で獲得した指導者の立場ではなくて、嗣業として指導者の権利を手にしたサムエルが、どのようにして驚くべき影響力をもつようになったかは明らかではありません。ですが、考えられることは、若い日に、老師エリのところで、夜中に呼びかける声に、飛び起きて「はい、ここにおります」とエリのもとに走った素直さと純真さ。また、老師に対する細かい配慮、鋭い判断力。それらに加えて、神への絶対的信頼、燃える信仰にもとづいた勇気は、来るべき出来事を予期して悟る預言者というより、直面する現実を見つめ、神のことばを自分へのことばとして悟り、警告する事をむしろ本質として活躍したのです。

    こうしたサムエルであればこそ、多くの問題を抱えたイスラエルを統合するために、サウルを発見して王とし、王国を形成するに到らせる陰の力となりえたのです。
    サムエルの指導者としての手腕は、彼の信念を語る勇気によって遺憾なく発揮されていると思われるのです。

    周囲がどのような雑音を立てても、迷うことなく一人の王を選び出していくということの重大な責任は、凡人にできることではありません。しかし、サムエルはこのことを、彼の中に与えられていた信仰にもとづく信念によってやり通した事は、容易にうなずける事なのです。

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    3 min
  • サムエルの燃える使命感②
    【使命感を受けた人生】

    サムエルの人生で特筆すべき出来事は、幕屋で老祭司エリと寝起きをともにしていたとき、ある夜、「サムエル、サムエル」と呼びかける声を聞いて飛び起き、老師エリの安否を気遣って彼のもとに走ったことです。
    このとき、3回も同じことがあり、その都度、少年サムエルは理屈抜きで飛び起きて、老師エリの寝床に走ったのです。それは、老師エリに対する忠実でありたいという気持ちと老体を気づかう少年の純粋な気持ちのあらわれでしょう。
    老師エリは、3回目の時、それは神が少年サムエルを呼んでいるのだと気づいて、サムエルに、次に声を聞いたら神にお答えするように教えるのですやがて、神が「サムエル、サムエル」と呼びかけられたとき、サムエルは「お話ください。しもべは聞いております」と答えた事は有名な話です。
    こうして、彼は神の預言者となる命令を神から受けるのです。人生において、自分の個人的な欲望のレベルを超えた一つの使命感を心の中にもつことのできた人は、成功を約束されているといえるでしょう。
    使命感を持たない人生は、往々にして人間の持つ本能的欲望の充足だけに終わる危険性が高いといえるでしょう。
    そして、その使命感は、厳しい自己訓練の中で生まれてくるものであって、自己中心的な生活の中からは決して生まれないものであることは、肝に銘じておくべきなのです。
    サムエルに与えられた神からの使命感は、彼が幕屋に幼少からあずけられて、老師エリに忠実に服従していた生活と無関係ではありません。
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    3 min
  • サムエルの燃える使命感①
    【強固な目標設定】

    預言者サムエルが出現したのは、イスラエルの歴史の中で、いわゆる士師(さばきつかさ)と呼ばれた人々の時代の末期でした。サムエルは、部族の集合体に過ぎなかったイスラエルに王国をもたらした中心人物でした。一人の人間の誕生は、決して降ってわいてきたようなものではありません。そこには、歴史的、人間的なさまざまな要素が介入してくるのです。

    サムエルの誕生は、まさしく、一人の女性の強烈な思いの中に目標設定されていたといっても過言ではありません。サムエルの父エルカナには2人の妻があって、ひとりの妻の名をハンナといい、もうひとりの妻の名はペニンナといいました。ペニンナには子どもがありましたが、ハンナには子どもがなかったのです。エルカナはハンナを愛していましたが、子どもに恵まれなかったのです。

    2人の妻が同居していれば、そこに人間的な醜い心の葛藤があるのは当然のことであって、二人の女の心の中には燃え上がる嫉妬の炎が渦巻いていたのです。ハンナを憎むペニンナは、ハンナが子どものできない事を気にしているのに、いよいよハンナのいら立つようなしぐさをしたと聖書は語っています。

    今日の学問的研究によると、子どもが母の胎内に宿った時から、その親の生活の全ての状況は生まれてくる子どもに、様々な影響を与える事が証明されています。無責任な立場の中から産み落とされた子どもは、多くの不幸を背負っているといえるでしょう。その反対に、明確な目標意識の中で、期待されて世に生まれてくる子どもたちは幸福であると言うべきでしょう。

    ハンナは、女性としてどうしても子どもを産みたいとの願いを消す事が出来なかったのでした。彼女は、神に誓願を立てたのです。これは強烈な目標を掲げて神に訴えることを意味しますが、聖書によると彼女は主に祈って激しく泣いたとあります。
    「万軍の主よ。もし、あなたが、はしための悩みを顧みて、私を心に留め、このはしためを忘れず、このはしために男の子を授けてくださいますなら、私はその子の一生を主におささげします。そして、その子の頭に、かみそりを当てません」(第1サムエル1:11)

    この彼女の祈りの中には、彼女の目標が実に明確に語られているのです。彼女は、男の子を与えられたいと切望したのです。そして、その子どもは、神に捧げられるものであって、神のために奉仕するものなのです。そして、その子の頭に、かみそりを当てないと祈っているのは、ナジル人の誓願と呼ばれるもので、自発的な誓願によって、自らを特別な状況においたナジル人がいたところから、神への聖別、献身の具体的なしるしとして、ぶどう酒と濃い酒を断つこと、聖別の期間中、髪の毛を切らないこと、そして死体に近づいてはならないことなどが定められていました。

    ハンナは、生まれてくる子どもに代わって誓願を立てたのでした。サムエルは、こうした母の強烈な祈りの中の目標設定によってこの世に生まれてきたのでしたそして、母の決断で、幼くして妻子エリのところに預けられたサムエルは、神に仕える修行をはじめたのでした。

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    サムエルに関する聖書の箇所をお読みになりたい方はこちらからどうぞ

    5 min
  • ギデオンの劇的な大勝利④
    【勝利の条件】

    このギデオンの勝利は歴史の中に語り継げられていて、最も弱い氏族の最も小さいものの勝利として、人々を励ましつづけているのです。
    現代の社会での著しい科学技術の進歩は、目を見張るものがあります。
    経済的にも巨大な産業のシステムの中に、人々はのみこまれてしまいそうになります。
    教育界も、レベルアップは限りなくはかられて終わることを知りません。
    そうした仕組みの中で、個人個人は無視され、疎外されていると感じられるのです。
    しかし、ギデオンは、小さいものの価値、その小さいものの中に秘められた無限の可能性を奮い立たせてくれる物語を展開しているのです。
    数をたのみ、量をあてにして、弱者を圧倒しようとたくらんでいる現代社会の中で、小さい個人個人の中に秘められた能力の偉大さに、私達は気づいていくべきではないかと考えるのです。
    弱者の勝利ともいうべき、ギデオンの勝利と大成功をまとめてみると、次の通りになると思います。

    1. 敗北を容認しない
    あまりにも多くの人々が自分の弱さを認めることに寛容でありすぎます。ギデオンも、そのはじめは「ああ主よ、私にどのようにしてイスラエルを救うことができましょう。ご存知のように、私の分団はマナセのうちでも最も弱く、私は父の家で一番若いのです」といっていたのと同じことです。

    2. 使命感を手にする
    人生での成功の目標は、人生における使命感をつかむことだと断言しても良いほど、これは大切な事です。人生をかけて、持ちつづける使命感はそのまま、遠大な人生目標だと断言して、決して間違っていないのです。
    これを確立すると、他の小さな目標の達成は非常に簡単になるという仕組みの不思議に驚かされます。
    ギデオンが指導者として仰がれ、後世に名を残す事になったのも、使命感に燃えて行動した事の結果であって、それを目標にしていたら実現できなかった事でしょう。

    3. 周囲の状況にまどわされない
    数に対しては数で当たるというのが常識であるとすれば、ギデオンが3万人の中から300人を選んで敵と戦う事を計画したのは無謀というものです。
    そこには、あらゆる批判と攻撃が味方の陣営から出たことでしょう。
    しかし、目標達成のためには、強固な意志が求められるのです。だれがどのように批判しても、やり通す意志は成功者に欠かせないものです。

    4. 用意周到な計画と行動力
    ギデオンの300人を選んだ方法、そして、敵に奇襲をかけるときの準備の細かい配慮に感心しますが、同時に、300人で10万人の中に突入していく行動力の強さにも驚きます。
    新しい時代に向かって、私たちは、成功は最も小さい者に備えられたものであることと、数を頼まない少数者の価値を再確認したいものです。ここまでくると、成功は目前です。

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