神のかたちを学ぶシリーズの最終回です。今回は神の栄光について、また神に栄光を帰すことについて学びます。神に栄光を帰すことは賛美歌を歌ったり、決まった生き方をすることを指しているのでしょうか?神様はなぜご自身の栄光を大事にするのでしょうか?これはすべて神のかたちと関係あるのです。私たちクリスチャンは「神の栄光」と良く言いますが、それは果たしてどういう意味なのでしょうか?
最初の方では、神のかたちと神の栄光の関係性について話します。神に栄光を帰すということは、自らを小さくしたり、神様がされる働きの邪魔をしないようにすることでしょうか?私たち人間は神のかたちなので、普段の生活を通して神を現すことができて、これは神に栄光を帰すことができます。これは、賛美歌を歌ったりすることに限られたことではありません。使徒パウロも、私たちが何をするにも、神の栄光のためにすることができると言っています。
続いて、「栄光」と訳されるヘブル語の言葉、カボド(“kavod”)について学びます。この言葉の本来の意味は「重い」ですが、人の評判や重要性をも指します。人間はカボドをもっていますが、神のかたちであるが故にカボドを持っています。カボドを動詞にした場合、カベド(“kaved”)になります。それは、誰かにカボドのもたらす言動や行動を指します。誰かに敬意を払うことにとても似ています。
エピソードの最後で、私たちがなぜ神に栄光を帰すかについて考えます。イエスに従うものとして、なぜ神に栄光を帰すかについて、あまり考えることがないかもしれないです。これは単に神様を重要な存在と認めるだけではなく、敬意を示すことも含めます。私たちは何をするにも、神の栄光を現すことができるんです。
ビデオ
このポッドキャストは、「神のかたち」というビデオと一緒に見ることをお勧めしています。こちらでご覧になれます:https://www.youtube.com/watch?v=2MKGZd9myGI
参考文献
ウィキペディア | ウェストミンスター小教理問答
参考聖書箇所
第一コリント10:31
士師記3:17
詩篇7:5
創世記49:6
詩篇8:5
出エジプト記24:17
イザヤ書6:3
詩篇19:1
詩篇71:8
音楽
"Defender (Instrumental)" by Rosasharn Music