10年ぶりに高浜(高取)へ帰って来た理由は祖母のお葬式。祖父の代まで農家だったが、祖父亡きあとは祖母がこじんまりと畑を継いでいた・・・(CV:桑木栄美里)
風は彼岸花の黄色を揺らしながら、私の頬に触れて流れていった。
変わったのは、おばあちゃんのいない世界になったこと。
10年間も故郷に背を向けて、私は東京でがむしゃらに働いた。
いまの時代、人気の職業は、そのままハードな仕事を意味する。
大好きなおばあちゃんが、1年前から体を壊していたことも知らずに
おばあちゃんも、頑張ってる孫娘に要らぬ心配をかけるな、
近所の人たちにいつも私の仕事の話をしてたんだって。
私は基幹システムの最終チェックで徹夜が続いていた。
父は、告別式に間に合えばいいから、と返信してくれたけど。
稼働することを確かめたのは、ちょうど通夜が終わる頃。
大きなひとつの花に見えるのは、6個とか8個の花が集まっている。
言われなくても、瞼の奥に懐かしい追憶が蘇ってくる。
私が小さい頃、共働きの両親は忙しく、私の横にはいつもおばあちゃんがいた。
(※あまり「じゃ」は使いません。「言うんだわ」とか「言うんだよ」)
『食べんでに目で愛でるんだ。ほれ、黄色い絨毯みたいだら』
祖母は、半分以上を売却して、小さな畑でいろんな野菜を育てた。
当時の私はアレルギー性の皮膚炎に悩まされていたから
春には新玉ねぎや春キャベツ、冬には里芋が食卓に並んだ。
大好きなのに小さい頃はアレルギーで食べられなかった。
それが嘘のように、おばあちゃんの地豆ならペロっと食べられる。
おばあちゃんは、私のために、採れたての地豆を茹でてくれる。
私は、やけどしないように気をつけながら、柔らかくなった皮を剥く。
その瞬間、香ばしい匂いが私の鼻から脳へ抜けていった。
素焼きの地豆を使って、ピーナッツバターも作ってくれた。
『そうそう。油を使ってないし、薄皮も入っとるから体にいいぞぉ』
最近おばあちゃん、変わった地豆を作っていたらしい。
収穫の途中だったみたいだから、見よう見まねでやってみようかな。
きっと、こう言ってくれるだろうな、という希望が生みだす幻聴。
おばあちゃんの畑、私が引き継いでみようかな、って。
仕事も一区切りついたし、これをきっかけに高浜に戻ろうと思うんだ。
私、プログラマーだけど、実はプロのマーケターでもあるから、
おばあちゃんが大切にしてきた野菜をネット販売してみたいの。
だって、あんなに健康的で、あんなに美味しいんだもの。
可愛らしいサイトを作って、ターゲティングさえしっかりすれば
おばあちゃんの美味しい野菜をみんなに共有してもらえるわ。
レシピはおばあちゃんにしっかり教えてもらったからね。
もうひとつ、おばあちゃんが最後に作ってたジャンボサイズの地豆。
なんか、ダサかわいい、っていうか、昭和の香り満載でイケてるでしょ。
ようし、私が蓄積してきたスキルと知識、すべてつぎこむぞ!
心の目が、暮れなずむ稗田川のほとり、彼岸花の群れに佇むおばあちゃんを見つめる。