一週間のご無沙汰でした。71のポッドキャスターよっしーです。お元気でしょうか?
「今週のエッセイ」の時間となりました。「タイトルは 春どなり です。」
2023年も早いもので二週間を過ぎてしまいました。早くない?
今年はウサギ年、私の干支ですが、4月で72歳になります。何か問題でも?
昨年も思ったのです。あっという間に次の正月がくるんだろうなぁ。その通り!
だから、やりたいことは躊躇せずにやらなければ。老人は後がない!
このエッセイ「春どなり」は、2009年3月の作品です。
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「春近し」と言うよりも「春どなり」と言った方が風情があってよい。寒い中にも凛として梅の蕾がふくらみ、やがて花をつける。それが「春どなり」の風情だと思う。厳しい寒さの中にあったとしても、何かしら春の気配を感じさせる。まだまだ冬の空なのに足元の土に春の息吹が生まれている。まるで、冬の隣にいる春を引き寄せているようだ。
「春どなり」という言葉を聞いたのは、ラジオの天気予報だった。予報士が春がそこまできている事を形容する言葉として「春どなり」を使っていた。この言葉、気象用語かなと思っていたら、季語の中にもあるようだ。「春どなり」だけではなく、「夏どなり」「秋どなり」「冬どなり」と一年中あるとすれば、来たるべく季節に思いを馳せる先取り季語だろうか。日本の四季なればこその言葉である。
そろそろと 起きだす老犬や 春どなり(インターネット掲載)
犬は庭先かけずりまわり、猫はこたつで丸くなるのが、冬の風景のひとつであるが、この老犬は、もう動きまわるのが億劫なのだろう。冬の間、動きが乏しいままだった。でも、冬の隣にいた春を何かで感じたのであろう。そろそろと動き出した、そんな風景を詠んだものだと、インターネットで見つけた「春どなり」の句に、勝手に解釈を加えてしまった。
「春どなり」は春の季語ではなく冬の季語である。外は寒い北風が吹いていたとしても、心の中には希望の春が温められている。そんな心の持ち様が自分を温かくし、人をも温めてやることともなる。言葉にはそんな力がある。その力が人を感動させたり癒したりする。人を生かしたり殺したりするのも言葉の力である。
ひとつの季語の中にも、そんな言葉の力が宿っている。
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72歳の私が一年を駆け抜ける時間は、1/72で0.014秒
10歳の人は、1/10で0.1秒、早いはずである。
19世紀のフランスの哲学者・ポール・ジャネが発案し、
甥の心理学者・ピエール・ジャネの著書において紹介された法則だそうです。
簡単に言えば、生涯のある時期における時間の心理的長さは年齢に反比例すると主張したものである。
例えば、50歳の人間にとって1年の長さは人生の50分の1ほどであるが、5歳の人間にとっては5分の1に相当する。よって、50歳の人間にとっての一年間の心理的長さは、0.02、単位を時間の単位であらわすと
わかりやすいですね。50歳の人は、0.02秒、5歳の人は、0.2秒。だから、50歳の人は5歳の人の10倍の速さですぎさっていくのです。早いはずですよね。
それでは、私の自己満足の世界におつきあいくださって、ありがとうございました。
皆さんの明日が希望にあふれたものとなりますように・・・。 ヨッシーでした。