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私の専門とする資源、材料、環境、エネルギーなどの分野を中心として、現在の日本に蔓延する「知を侮辱した流行」を個別に指摘し、知を大切に思う人たちとともに「お金中心の貧弱な日本」から、日本の文化、自然と調和したしっとりとした生活を取り戻したいと思います。 現在の日本に蔓延する「知の侮辱」について、一つずつ解説を加えていくつもりです。... more
May 22, 20142.森林はCO2を吸収しないこのことを「知の侮辱」の最初に書こうと思ったのは、理由があります。今から10年ほど前でしょうか、小泉純一郎内閣の時です。当時、政府に「科学技術戦略会議」というのがあり、ノーベル賞学者や東大教授が多く名前を連ねていました。ある学問のシンポジウムで、私が環境と国際関係の話をしたのですが、それをお聞きになっている人の中に科学技術戦略会議の議員の先生がおられました。実直な先生でしたから、私が「森林はCO2など吸収しないのに、このような科学的な間違いが蔓延するのは科学者として残念だ」ということを言いましたら、話の後で真っ先に手を上げられて「森林がCO2を吸収しないって本当ですか?!」と言われました。 その時、私は懇切丁寧にその理由を説明しましたが、十分には理解されなかったと思います。それでも、「これは大変なことだ。本当に武田先生の言われることがただしければ・・・、科学技術戦略会議では吸収すると言っていた!!大変なことだ!」と言われました。 「科学技術戦略会議」とは「正しい科学技術の認識のもとで日本国家の方針を決める」という会議ですから、そこで科学技術に反することが前提になるとは考えてもおられなかったのでしょう。 1997年の京都議定書で、日本は国際的に大きな不利を被りました。このことを少しでも回復しなければならない環境省は、日本が削減すべきマイナス6%(6%は形式的な数値で本当はマイナス19%)を実質的に減らすために国際会議で「森林吸収分を参入する」という交渉をしました。 ヨーロッパ勢は日本だけが不利だったのですから「ま、しかたないか」ということで「科学的には無関係だが認める」というコメントを出しています。いわば国際的にも日本の恥をさらしたことになります。 これに基づいて政府は国際的な間違いを国内に持ち込まざるを得なくなり、「森林の働きでCO2を減らす」という非科学的方針を打ち出したのです。これに乗ったのが、森林関係のお金を取ることができる林野庁や森林総合研究所、森林関係の学者などでした。 すべてはお金で動く時代ですから、その人たちが一斉に「森林はCO2を吸収する」と言い始め、マスコミはそれに追従し、ついに子供たちまで科学的な間違いを教え始めたのです。学問的に間違ったことが社会的な常識になったのです。これについて私が名古屋市の経営アドバイザーになった時に、一つのもめ事がありました。当時、名古屋市は(どういう理由か)CO2の削減を市民に指導していました。その一環として名古屋市でもっとも賑やかな「栄の交差点」に大きな「CO2監視計」を市民の税金で作っていたのです。 私が正しい経営のアドバイザーとして「CO2の濃度を測定しても意味がないですよ」と言いましたら、担当室長は色をなして「先生!なに言っているのですかっ!そばに樹木があって昼間は光合成でCO2を吸収するから値が低くなって、夜は光合成が止まるのでCO2が増えているんですっ!小学生や中学生にCO2と樹木のことを教えるのに役に立っていますっ!」と言いました。 これこそロンドン天文台長が「現代社会では自分の学問に忠実な学者は絶滅した」と言った意味なのです。社会に誤解が蔓延し、それに学者が合わせて生活をする。だから、誰も学問的に間違ったことでも指摘できなくなるのです。 昼間にCO2が減って、夜、光合成が止まるのでCO2が上がるのは確かですが、それは「樹木がCO2を吸収する」ということにはなりません。樹木がCO2を吸収するのなら「昼と夜の合計」を測定して、その増減を調べなければならないのであり、「昼と夜の差」を調べても結果は得られないのです。 もちろん、栄の交差点はオープンな場所ですから測定自体がCO2の増減を調べることはできないという基本的な問題もあります。 「科学的な心」というものの一つは、「何を測定したら何が判るか」ということですから、残念ながら名古屋・栄のCO2計は「子供たちの科学の心を破壊する」ものなのです。これでは先生方が一所懸命「科学の心」を教えても、子供は成長しないでしょう。 お金で子供の発達を阻害するという典型的な例の一つだったのです。このブラウザでは再生できません。...more9minPlay
May 22, 20141.三日坊主にならないように学者は「社会のため」などと肩肘を張る必要もなく、自分の学問的な興味にそって社会の片隅でそっと研究をするものでしょう。というのは、学者が研究していることは必ずしも社会に役立つかどうかも判らないからです。でも、長い人類の歴史を見ると学者が研究していることが、あるいは社会の危機を救い、日常生活を豊かにし、そして人類の知恵を拡げて迷信や差別を無くしてきたことも確かです。ガリレオが当時、まだできたばかりの望遠鏡を使って、おそるおそる天体を見始めたとき、彼自身もまた社会も「地球が宇宙の中心だ」ということが覆されるとは思ってもいなかったのです。またダーウィンがビーグル号にのって生物観測のために海にこぎ出したときも、彼が帰国して程なくして人類は自分たちの祖先が「神」ではなく「猿」であると告げられることを予想もしていなかったのです。これらの発見や、自動車、テレビなどの発明が私たちの思想、生活などに大きな影響を与えたことを否定することはできないでしょう。ライオンの生活が1万年前からほとんど変わっていないのに、人間の一生が大きく変わるのは、人間の頭脳の働きによるもので、それは単に生活を豊かにするばかりではなく、私たちの頭脳の働きをも根本的に変えるものだったのです。ところが、ロンドン天文台帳のブラウン博士、作家のオルテガ・イ・ガセット、それにマックス・ウェーバーらが20世紀の初頭の現象として指摘したように、人間の知の働きはお金に強い影響を受け、それが交通・通信網の発達、帝国主義の進展などの技術的、政治的な変化にともなって、知的活動の低下、「知」そのものへの軽蔑と変化していると感じられます。私が学問的環境に身を置くようになった今から30年前から、さらにバブルが崩壊した20年前から、その動きは特に顕著になってきているように思います。今回の東北大地震と福島原発事故はその一つの大きな結末とも考えられ、私たちはこの際、「知の重要性」を深く認識しなければならないと思います。私の専門とする資源、材料、環境、エネルギーなどの分野を中心として、現在の日本に蔓延する「知を侮辱した流行」を個別に指摘し、知を大切に思う人たちとともに「お金中心の貧弱な日本」から、日本の文化、自然と調和したしっとりとした生活を取り戻したいと思います。次回から、現在の日本に蔓延する「知の侮辱」について、一つずつ解説を加えていくつもりです。このブラウザでは再生できません。...more9minPlay