われらの文学 レオンラジオ 楠元純一郎

110 中勘助 银汤匙 37(前編38①)


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ラジオ収録20220419

中国語翻訳・朗読 レオー(中国語講師・中国の小学校教諭)

読解者・朗読  松尾欣治(哲学者・大学外部総合評価者)

読解者   福留邦浩(国際関係学者)楠元純一郎(法学者)

中国語朗読  刘耀鸿

聴講   张晓良 張智航 劉凱戈


三十八

 私はそのじぶんから人目をはなれてひとりぼつちになりたい気もちになることがよくあつて机のしただの、戸棚のなかだの、処かまはず隠れた。

<じぶん→時分。だの、だの→とか、とか、「どじょっこふなっこ(作詞:わらべうた 作曲:岡本敏明」→どじょっこだの ふなっこだの → よるが明けたとおもうべな、おにっこきたなとおもうべな、ふねっこきたなとおもうべな、てんじょこはったとおもうべな」。処かまはず→場所を選ばない、どんなところでも>

  自从那时,我就想逃离他人的目光,经常想独自一个呆着。要么是桌子下边,要么是柜子里头,随便找个地方躲起来。


そんなところにひつこんでいろいろなことを考へてるあひだいひしらぬ安穏と満足をおぼえるのであつた。

<ひっこんで→引っ込んで→内側に入り込んだ状態→人目に立たないところに移る。いひしらぬ→言い知れぬ→なんともいえない、言葉で言い表せない。おぼえる→感じる>

躲藏在这种地方东想西想的时候,我感到说不出的安稳和满足。


それらの隠れがのうちでいちばん気にいつたのは小抽匣の箪笥の横てであつた。それは蔵のそばにある北むきの窓からさしこむ明りにだけ照される最も陰気な部屋であつたが、その窓と箪笥のあひだにちやうど膝を立てたなりにすぽんとはまりこむほどの余地があつた。

<小抽匣(こ引き出し)→引き出し→抜き差しできる箱の家具→drawer, chest。箪笥(たんす)→引き出しを主とした収納家具。蔵(くら)→財物をしまっておく(収納しておく)建物。北向きの窓のあるアトリエ→採光が一番安定→画家が好む膝を立てたなりに→立膝(たてひざ)→一つの膝を寝かせて、もう一つの膝頭を天に向ける姿勢。>

在这些藏身之处中,我最喜欢的是有小抽屉的衣柜的旁边。那里只有仓库旁边朝北的窗户照进来的阳光,是最为阴暗的房间,不过窗户和衣柜中间刚好够我蜷起一条腿坐进去的。


私はそこに屈んで窓硝子についた放射状のひびや、ぢきそばにある榧かやの木や、朽木にからんだ美男葛、美男葛の赤い蔓、蔓のさきに汁をすふ油虫などを眺めてゐた。

<屈んで(かがんで)→屈む→腰や膝を曲げて姿勢を低くすること。ひび→細く入った割れ目、裂け目。ぢきそば→すぐそば。かやの木→常緑針葉樹。朽木(くちき)。蔓(つる)→植物の茎や巻きひげ、蔓延防止(まんえんぼうし)、蔦(つた)(Ivy)、油虫(あぶらむし)>

我在那里窝着,远远望着窗玻璃上放射状的细缝,窗边的榧树,缠绕在枯树上的美男葛,美男葛的红色藤蔓,和吸食藤蔓汁水的蚜虫。


さうして半日でも一日でもひとりでぼそぼそなにかいひながらいつとはなしに鉛筆でひとつふたつづつ箪笥に平仮名の「を」の字を書く癖がついたのが、しまひには大きいのや小さいのや無数の「を」の字が行列をつくつた。

<ぼそぼそ。いつとはなしに→いつの間にか知らない間に。しまひには→終いには、遂には、挙句の果てに。行列(ぎょうれつ)を作る→form a line。ところで行列ってなに?行→横、列→縦。かっか、京都の碁盤の目のような道は? 縦(南北)は通り、横(東西)の通りには条が多い。一条は京都御所あたり?二条城は二条に?四条が目抜き通り。>

我有了这样的习惯:在半天或者一天里,一边一个人喃喃自语说些什么,一边用一支铅笔一个个地在衣柜上写平假名的“wo”。最终衣柜上大大小小无数的“wo”,整齐地排列着。


そのうち私があんまりそこへばかりはひるのを父が怪んでその隅をのぞいたため忽ちくだんの行列を見つかつたが、父はただ手もちぶさたの落書だと思つて 手習ひするならお草紙へしなければいけない といつたばかりでひどくは叱らなかつた。

<怪しんで→怪しむ(あやしむ)→へんに思う、疑義を覚える、訝る(いぶかる)、不審がる。隅(すみ)→端っこ、角の空間。忽ち(たちまち)→すぐに、にわかに。くだんの→件の→例の、いつもの。手もちぶさた→手持ち無沙汰→することがなく退屈で、がもたないこと。落書き(らくがき)→和製漢語の「落書(らくしょ」→社会風刺の匿名文書→便所の落書き。手習(てならい)→習字をすること、稽古をすること。叱る→相手の非を指摘し、説明し、厳しく注意を与えること>

过了一阵子,父亲注意到了我老是往那个地方去,觉得事有蹊跷,特地来这个角落看了看,立即就注意到了我写的成群结队的“wo”字。但他只是以为我无事可做乱涂鸦罢了,嘱咐我练字要在草纸上才行,并没有很严厉的责备我。


併しそれはゆめさらただの落書ではなかつたのである。平仮名の「を」の字はどこか女の坐つた形に似てゐる。私は小さな胸に、弱い体に、なにごとかあるときにはそれらの「を」の字に慰藉を求めてたので、彼らはよくこちらの思ひを察して親切に慰めてくれた。

<併し(しかし)。ゆめさら→夢更→少しも、つゆほども〜ない。慰藉(いしゃ)→慰め(なぐさめ)、労る(いたわる)こと>

但那并不是涂鸦。平假名的“wo”有点像女人坐着的姿势,我那小小的心头,孱弱的身体,发生了一点什么事就希望从“wo”字里求得慰藉,他们总能察觉我的心思,亲切地安慰我。





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