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今日の論語は、八佾篇 第十一章。
「子、魯の大師に語りて楽を論ず。曰く、楽はこれ知るべきか。始作に翕如たり、これに従うに純如たり、繩如、曲如、曠如、繹如として成る。」
孔子が音楽の本質について語る章で、音楽がどのようにして美しく調和するかを表現しています。
今日の論語は、八佾篇 第十章。
「子曰く、管仲が桓公を相して礼譲を以て国を為せりや。曰く、不能と。多きかな。君子曰く、管仲は礼を知れり、管仲は礼を知れり。」
孔子は、管仲という賢者が礼儀をもって国を治めたかと問いかけますが、それができなかったと答えています。にもかかわらず「管仲は礼を知っていた」と評価しています。これは、完璧ではなくても、礼儀を知り、努力することの大切さを伝えているのです。
今日の論語は、八佾篇 第九章。
「哀公、社を宰我に問う。宰我対えて曰く、夏后氏は松を以てし、殷人は柏を以てし、周人は栗を以てし、曰く民をして戦慄せしむ。子聞きて曰く、成事は説かず、遂事は諫めず、既往は咎めず。」
孔子が、過去の出来事についてはあれこれ言わず、進行中の事柄には口を挟まず、すでに終わったことは責めないようにと教えています。
ロボシが過去を振り返るときの心構えについて、楽しく解説します。過去を引きずらず、前に進むためのヒントを一緒に学びましょう!
今日の論語は、八佾篇 第八章。
「子曰く、『関雎』は楽しみて淫せず、哀して傷まず。」
孔子が、詩経の一節「関雎」を引用して、その持つ節度ある楽しさと哀しさを称賛しています。
今日の論語は、八佾篇 第六章。
「有子曰く、礼の用は和を貴しと為す。先王の道、斯を美と為す。大小これに由る。行わざる所あり。和を知りて和すとも、礼を以てこれを節せざらば、また行うべからず。」
有子は、礼の実践では調和が最も重要であると述べていますが、節度を欠いた調和はかえって実行が困難になると警告しています。
今日の章は八佾篇の第五章です。
「季氏、泰山に旅す。子曰く、妄なるかな、驕りて礼を知らざる、可ならんや。」
この章では、孔子が季氏の驕りについて批判し、礼儀を知らないことを嘆いています。驕ることなく慎ましく、礼を重んじることの大切さを考えてみましょう。
今日の論語は、八佾篇 第四章。
「子曰く、夷狄にも君有り。諸夏に君亡ぶるに如かず。」
孔子は、異民族(夷狄)の中にも立派な君主がいることを称賛し、中国本土(諸夏)の君主がその存在を忘れるべきではないと説いています。
今日の論語は、八佾篇 第三章。
「林放、礼の本を問う。子曰く、大いなるかな問いや。礼はその奢るよりは寧ろ倹、喪はその易きよりは寧ろ哀。」
林放が礼の本質について尋ねた際、孔子は「礼は豪華さよりも質素さが重要で、喪は形式よりも悲しみを優先すべき」と答える。
今日の論語は、八佾篇 第二章。
「三家者、雍をもって徹す。子曰く、『相維辟公、天子穆穆』と。三家の堂にこれを取ること奚ぞせん。」
孔子は、三家が天子の礼を真似ることを批判しています。家の格式に合った礼を行うことが大切ですよ、という教えです。
今日もロボシと一緒に、論語の奥深い世界を楽しみましょう!
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