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今日の論語は、雍也篇 第十九章。
「子曰く、人の生くるや直し、これ罔くして生くるや幸いにして免る。」
この章では、正直な生き方をすることが本来の人の道であり、誤った道を進んで一時的に危機を逃れたとしても、それは真の幸せではないと説かれています。正々堂々と生きることの大切さを一緒に考えてみましょう。
今日の論語は、雍也篇 第十八章。
子曰く、質、文に勝るときは則ち野、文、質に勝るときは則ち史、文質彬彬として然して後君子なり。
質(じつ)と文(ぶん)のバランスを大切にすることが、真の君子と言えるのです。どちらかが過ぎると、粗野や形式ばっただけになってしまいます。
今日の論語は、雍也篇 第十七章。
子曰く、誰か能く出ずるに戸に由らざらん、何ぞ斯の道に由る莫き。
孔子は、「誰もが家から出るためには戸を通る。道を進むためにも適切な方法があるはずだ」と述べています。この章では、目的を達成するためには正しい手段を選ぶことの重要性を示しています。私たちも、日常生活の中で適切な方法を見つけ、賢く行動することが大切ですね。
今日の論語は、雍也篇 第十六章。
「子曰く、祝它(しゅくだ)の佞(ねい)あらずして、宋朝(そうちょう)の美あるは難いかな、今の世に免れんことは。」
孔子は、祝它が巧言を持たず、宋の朝廷のような風雅を持つことが難しいと述べ、現代における道徳の保持が難しいことを嘆いています。この章では、見かけの良さや言葉巧みさよりも、誠実さや本質の重要性が示されています。
今日の論語は、雍也篇 第十五章。
「子曰く、孟之反は伐らず。奔って殿たり。将に門に入らんとして、その馬に策ちて曰う、敢えて後れたるには非ず、馬進まざるなりと。」
孔子は、孟之反が自分の功績を誇らず、遅れた責任を自分ではなく馬のせいにすることで謙虚さを示したことを称賛しています。孟之反のように、謙虚な心を持ち続けたいものですね。
今日の論語は、雍也篇 第十四章。「子游、武城の宰となる。子曰く、汝、人を得たるか。曰く、澹台滅明という者あり。行くに径に由らず、公事に非ざれば、未だ嘗て偃の室に至らざるなり。」
今回の章では、孔子が弟子の子游に武城で優秀な人材を見つけたか尋ねる場面です。子游は、澹台滅明という真面目で公務以外では道を外れない人物を紹介します。
真面目で忠実な人を見つける秘訣は、普段の行動に注目すること。孔子の洞察力が光る一章です。
今日の論語は、雍也篇 第十三章。
「子、子夏に謂いて曰く、女(なんじ)、君子の儒と為れ、小人の儒と為る無かれ。」
孔子は弟子の子夏に対して、立派な人(君子)のような儒者になりなさい、卑しい人(小人)のような儒者になってはいけません、と教えています。どんな知識を持っていても、その使い方次第で人の評価は変わるのです。
今日の論語は、雍也篇 第十二章です。
「冉求曰く、子の道を説ばざるには非ず。力足らざるなり。子曰く、力足らざる者は中道にして廃む、今汝は画れり。」
冉求が孔子の教えを理解できないのは力が足りないからだと述べたが、孔子は彼が途中で諦めているだけだと指摘した、というお話です。
今日の論語は、雍也篇 第十一章。
子曰く、賢なるかな回や、一箪(いったん)の食(し)、一瓢(いっぴょう)の飲(いん)、陋巷(ろうこう)に在り。人はその憂いに堪えず、回はその楽しみを改めず。賢なるかな回や。
孔子は、顔回の質素な生活にも関わらず揺るがぬ幸せを讃えています。彼の賢さとは、外的な環境に左右されず、心の充足を見つけることにあるのです。
皆さん、こんにちは!「アホでも分かる論語ラジオ」、第134回です。今日は、雍也篇の第十章を取り上げますよ。
今回の論語は、「伯牛、疾あり。子、これを問う。扁よりその手を執りて曰く、これを亡ぼせり、命なるかな。斯の人にして斯の疾あるや、斯の人にして斯の疾あるや。」です。
一言で言うと、孔子が病気の友を訪ね、その運命を深く嘆いた場面です。親しい人が苦しんでいる時の孔子の心情に触れてみましょう。
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