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どうも、ホシノです。新シリーズ56がスタート!アワノさんと1人会社仲間としてのエールを交わしつつ、今期お互いが読んでいく2冊の選書を紹介し合います。
ホシノの選書:『臨床とことば』(河合隼雄・鷲田清一 著/朝日文庫)
前シリーズ『ミドルエイジ・ビギンズ』の取材対象としても登場した臨床哲学者・鷲田清一さんと、臨床心理学者・河合隼雄さんによる対談本です。臨床心理と臨床哲学の巨頭二人が、「臨床」と「科学」の違いや、人と人との距離、言葉の持つ力について語り合う一冊。対談内に出てくる河合さんの息子さんと鷲田さんのエピソードなど、知性あふれる掛け合いも見どころです。
アワノさんの選書:『創造性とは何か』(川喜田二郎 著/祥伝社新書)
思考整理・アイデア発想法としてあまりにも有名な「KJ法」の考案者による一冊。川喜田二郎さんはもともと文化人類学や地理学の研究者で、ネパールなどの過酷なフィールドワークからKJ法を生み出しました。『知的生産の技術』で有名な梅棹忠夫さんとは京都大学山岳部以来の深い繋がりがあり、探検と学問を両立させた破天荒な人生の持ち主でもあります。そんな著者が説く「創造」の本本質とは。
次回はまずホシノの選書『臨床とことば』からお話ししていきます。お楽しみに!
どうも、ホシノです。
東畑開人さんの『ミドルエイジ・ビギンズ』を掘り下げる後編をお届けします!
今回は、本書に登場する豪華なゲスト陣の生々しい転機と葛藤にフォーカスしました。ライブ会場の規模を拡大したことで自らの「世間」の等身大のサイズを思い知り、音楽活動だけでなく小説の執筆へと手持ちのカードを広げていったクリープハイプの尾崎世界観さん。『源氏物語』の現代語訳という巨大な仕事に全精力を注ぎ込んだことで、かつて月28本も抱えていた連載生活と体力の変化に向き合うことになった作家の角田光代さん。そして、官僚時代の過酷な働き方から身を引き、自ら起業の道を選んだ元厚労省の千正康裕さん。
華やかに見える表現者やトップランナーたちも、40代前後の「正午」を迎える中で、自身の限界や変化を受け入れ、人生のスタンスを大きく転換させていました。
なかでも深く唸らされたのが、哲学者・鷲田清一さんの「人生あみだくじ理論」です。人はつい「初めに立てた目標に向かって一直線に進むこと」を人生の正解としがちですが、あみだくじのように、予期せぬ出会いや出来事によって横線が入り、思わぬ方向へ曲がっていくことこそが人生のリアル。当初の計画とは違う場所にたどり着いたとしても、その曲がりくねった軌跡と出会いそのものが、かけがえのない自分自身の物語になっていく——。鷲田さんの語る「若者はクロノロジー(年代記)、中年期はパースペクティブ(遠近感)、老年期はピクチャー(一枚の絵)として人生を眺めるようになる」という時間の捉え方の変化も、非常に味わい深いものがあります。
一方で、「ミドルエイジ・クライシス」という言葉自体に囚われすぎて、必要以上に悩みを深刻化させてしまう危うさについてもアワノさんと語り合いました。頭で考えすぎず、時にはあみだくじの流れに身を任せて前を向く、そんなしなやかな姿勢も持っていたいものですね。
他者の物語に触れることで、自分のこれまでの歩みとこれからの生き方を捉え直すきっかけをくれる一冊でした。
次回からはまた新たなシリーズが始まります。どうぞお楽しみに!
どうも、ホシノです。
今回はホシノの選書、東畑開人さんの話題作『ミドルエイジ・ビギンズ』(角川書店)の前編をお届けします。
人生を80年とすると、40代前後はちょうど「人生の正午(昼)」。そこから社会的な役割を終える老年に向かうまでの長い移行期間を、東畑さんは「ミドルエイジ」と定義しています。
本書が生まれた背景には、東畑さん自身のミドルエイジ・クライシスがありました。『カウンセリングとは何か』という集大成となる大著を書き終えた後、ふと訪れた喪失感。「自分はこれから何ができるのだろう」とエネルギーの向かう先を見失っていたとき、ミュージシャンの尾崎世界観さん(クリープハイプ)との会話が大きな転機になります。
「人生の手札(カード)はもう出揃っている。新しく開発するカードはない中で、どう手持ちの札をやりくりしていくか」——。世間にも自分の持ち札が知られた状況で、諦めではなく前向きに人生をマネジメントしていく尾崎さんの姿勢に触れた東畑さんは、同世代の表現者たちへの取材を通じて「ミドルエイジの処方箋」を探る旅に出ます。
本書に登場するのは、尾崎世界観さん、作家の角田光代さん、経営者の千正康裕さん、そして哲学者の鷲田清一さんという豪華な4名。
東畑さんは、中年期を「青年に戻る」「親になる」「影を生きる」「停滞する」という4つの物語の類型で捉えようと試みますが、インタビューを重ねる中で見えてきたのは、決して一つの型には収まらない生々しい葛藤でした。
特に印象的なのが、角田光代さんとの対話です。かつて月28本もの連載を抱えていた売れっ子作家が、ある時期を境に連載をすべてやめ、「パソコン教室にExcelを習いに行った」というエピソード。一見突拍子もない行動の裏にある「締め切りに追われない=働いていないという強迫観念」や「いつまでも自分は中堅だと思っていたが、気づけば周りは若手ばかりになっていた」という焦燥感を、東畑さんがカウンセラーならではの深い掘り下げで鮮やかに浮き彫りにしていきます。
正解や処方箋を提示するのではなく、他者のリアルな告白を通じて「自分自身の物語」を見つめ直させてくれる本作。エリート層だけでなく地方や様々な環境で生きる中年像にも思いを馳せながら、じっくりと語り合いました。
次回は、鷲田清一さんが語る「人生のあみだくじ理論」など、さらに心に刺さる各論をご紹介します。お楽しみに!
どうも、ホシノです。
今回はアワノさん選書『人文知は武器になる』の後半戦。前回取り上げた深井龍之介さんの視点に続き、今回はもう一人の著者・山口周さんのトークから、アワノさんが特に唸った2つの視点を掘り下げます。
組織の歯車に収まらない独自のキャリアを歩んできた山口周さんですが、その見立ての鋭さは圧巻です。
過剰供給が起きると、ボトルネックはその前後に移る
産業革命で紡績機が布を大量生産できるようになると、綿花の収穫や製品の輸送(鉄道)へとボトルネックが移り、そこに次のイノベーションが生まれました。現代で言えば、生成AIの登場によって「正解っぽい答えや情報の収集・分析」はすでに過剰供給。だとすれば、次に価値が移るのはその前後、つまり「そもそも何を問うべきかという課題設定」や「導き出された解をどう現実世界で実行するか」という領域です。流行りの技術そのものに飛びつくのではなく、その前後に生まれる希少性に目を向ける重要性を説きます。
具体の泥沼を這い回るな。「問い」の抽象度を上げよ
「若手がすぐ辞める」という課題に直面したとき、離職率の低い会社の施策を真似たりモチベーション向上策を講じたりするのは、山口さんに言わせれば「具体の泥沼」。そうではなく、「そもそも雇用関係を継続する合理的理由がない状態とは何か?」「合理性を超えて所属したくなる集団(カルトやコミュニティなど)は何が違うのか?」と問い自体の抽象度を一気に引き上げる。そうすることで初めて、小手先の施策に留まらない本質的な解決策が見えてきます。
単なる知識の蓄積ではなく、時代のOSを書き換え、物事を一段高い「メタ」な視点から捉え直すための武器としての人文知。歴史や哲学を学ぶ意義が、ビジネスの生々しい課題解決とも地続きで繋がってくる刺激的な回となりました。
次回はホシノの選書、東畑開人さんの『ミドルエイジ・ビギンズ』をお届けします。どうぞお楽しみに!
どうも、ホシノです。
今回はアワノさんの選書、山口周さんと深井龍之介さんの共著『人文知は武器になる』(文春新書)の前編をお届けします。
新事業の立ち上げにあたり「視座が全く違う人の思考を浴びたい」と本書を手に取ったアワノさん。そもそも「人文知(人文科学)」とは、哲学、歴史、文学、芸術、宗教学など、人間そのものの内面や思考を扱う、あらゆる学問の最も原初的な「基礎」にあたる領域です。ビジネスという「応用」の現場で走る人ほど、この走りのフォームのような基礎(人文知)に立ち返りたくなる理由がよく分かります。
今回、アワノさんが特に「偏見を打ち砕かれた」と唸った深井さんの指摘が2つありました。
数字は具体ではなく、究極の「抽象」である
ビジネスでは「具体的に数字で語れ」と言われがちですが、実は数字こそが究極の抽象。「果物が10個」と言えば世界中に伝わりますが、そこからは「腐りかけのリンゴ」や「完熟のイチゴ」といった泥臭い生の具体(実態)が削ぎ落とされています。生々しい現場のデータこそが具体であり、数字ばかりを追う危うさにハッとさせられます。
価値観や規範は「技術革新」の後に生まれる
私たちは「まず家族観や道徳観があって、それに合わせて社会のルールができている」と思いがちです。しかし歴史の順序は真逆。「技術革新」が起き、「生産体制」が変わり、「生活の制約や家族形態」が変わった結果、その生活を安定・正当化するために後から「価値観・規範」が作られてきました。昭和の核家族化と性別役割分担も、まさに高度経済成長という産業の変化が生み出したもの。変化する社会を俯瞰してメタに見るための強力な補助線になります。
歴史という巨大な引きのカメラで社会を捉える知性と、目の前の人に寄り添う現場の感覚。人文知を武器にするとはどういうことなのか、思考の枠組みが揺さぶられる刺激的なお話でした。
次回は、本書からさらに深掘りして後半のポイントをお届けします。お楽しみに!
どうも、ホシノです。
新シリーズ55がスタート!今回はアワノさんの「いい声」をお届けできてうれしいです。低くてゆっくりした話し方が人の心を引きつけるという話題から、かつての自分が「内容の簡潔さやスピード感」ばかりを重視していたことに思いを馳せたり。話し言葉と書き言葉の整合性の違いなど、編集目線の雑談から賑やかに幕を開けます。
そんな導入を経て、今期読んでいく2冊の選書を紹介し合いました。
アワノさんの選書:『人文知は武器になる』(山口周・深井龍之介 著)ビジネス界の論客・山口周さんと、歴史コンテンツ「コテン」の深井龍之介さんによる豪華対談本。「出す本すべてが売れる鉄板の2人だからこそ、まとめるだけでズルいくらい面白い本になる」とアワノさんが語る一冊。気になりつつもまだ読めていなかった読者に向けて、改めて「今なぜ人文知なのか」を掘り下げていきます。
ホシノの選書:『ミドルエイジ・ビギンズ』(東畑開人 著)臨床心理士であり、今や出版界で引っ張りだこのベストセラー作家・東畑開人さんによる話題作。前シリーズで盛り上がった「中年問題」の続編として、40代を迎えた私たちが自身の変化をどう捉え、どう行動に移していくべきかを、心理学や社会学の知見を交えて考察していきます。
かつて番組の冒頭で「メジャーな本は扱いません」と宣言していたはずの当番組ですが、時代や関心の変化とともに、今まさに読まれるべき王道の一冊にもしっかり向き合っていきます!
詳しい内容は次回以降たっぷりお届けしていきます。どうぞお楽しみに!
どうも、ホシノです。
今回は、アワノさん選書『資本主義と、生きていく。』の深掘り後編をお届けします!
前回紹介した「6つの『追手』」を踏まえ、今回は本書の中でアワノさんが特に「天才的だ…!」と脱帽したという、マルクスの経済思想に関する洞察からスタートします。
まず1つ目は、「商品」についての構造です。世の中のあらゆる商品の王様(トップオブトップ)こそが「お金」であるということ。資本主義とは、商品が人間を支配する世界であり、その頂点に立つお金を介さなければ、家も食べ物も手に入らない仕組みになっていることをマルクスは見抜いていました。
そして2つ目が、「人間の労働力もまた商品である」という事実です。資本家は労働者の時間を一定期間(1年など)レンタルし、レンタカーのように限界まで使い倒すことで価値を生み出します。アワノさん自身、この「自分という商品を差し出している感覚」に違和感を覚えて会社を辞めた経緯もあり、本書の指摘には非常に深く考えさせられたそうです。
では、私たちはこの「欲望拡張原理」で動く資本主義と、どう向き合っていけばいいのでしょうか?
完全に離脱して自給自足の生活を送るのは、現実的にはかなり厳しいものがあります。そこで本書が提案するのが、6つの「追手(お金、時間、労働など)」と自分自身との「距離感」を意識すること。
1から5までのスケールで「今自分はどこにいるのか」を客観的に把握し、3〜5年ほどの時間をかけながら、ライフステージに合わせて自分にとって心地よい塩梅(距離感)を見つけていく。完璧な処方箋を求めるのではなく、自分なりの立ち位置を模索していくことこそが、この社会でしなやかに生きていくためのヒントになります。
アダム・スミスやマルクスなどの難解な思想をコンパクトに繋ぎ合わせ、歴史的な知識を通じて現代の生き方を捉え直させてくれる、非常に学びの多い一冊でした。
これにてシリーズ54は終了です!次回からの新シリーズもどうぞお楽しみに!
どうも、ホシノです。
今回はアワノさんの選書、品川幸亮さんの『資本主義と、生きていく。』。
著者の品川さんは、人気歴史コンテンツ「COTEN」の調査チームに所属する元弁護士。六本木ヒルズや渋谷でバリバリ働いたのち独立し、現在は大分県にご家族と移住して暮らしているという、資本主義との距離感を自ら実践・模索してきた方。
この本の大きな特徴は、制作のプロセスそのものにありそうです。なんと執筆過程を公開し、250人以上の方々と対話しながら意見を取り入れて作り上げられたのだそう。大勢の意見調整という凄まじいファシリテーションを経て完成した(であろう)、客観的で誠実な一冊です。
本の中では、私たちが資本主義の中で知らず知らず追いかけさせられているものを「6つの『追手』」として整理しています。
時間(時間に追われる)
消費(次々と買い続ける)
お金(蓄え続けなければならない)
労働(働き続けなければならない)
成長(成長し続けなければならない)
数字(あらゆるものを数値化して評価される)
アダム・スミスやマルクスといった難解な経済思想をコンパクトにまとめつつ、膨大な注釈で補完する読みやすさも魅力。
そして、この「しんどい仕組み」の中で絶望せずに生きていくために、著者は「3つの原則」を提示します。
バランス:資本主義の恩恵と弊害のどちらか一方に偏らない
希望:諦めるのではなく、その中で打ち手を考える
個人視点:「社会とは」という大きな話ではなく「自分はどう生きるか」で考える
自分自身が「6つの追手」のどれに、どれくらいの距離感(スケール)で縛られているのかを把握することが、自分なりの処方箋を見つける第一歩になります。
次回は、アワノさんが気になったポイントや「では具体的にどう資本主義と距離をとっていくか」についてさらに深掘りしていきます。お楽しみに!
どうも、ホシノです。
前回に続き、phaさんの『パーティーが終わり、中年が始まる』をきっかけに浮かび上がった「中年」というテーマについて、今回はアワノさんと語り合いました!
まずは「自分の中の若いイメージ」と「現実の見た目」のギャップについて。写真で自分の老け度合いを直視して愕然とした経験や、子育てを通じて若い親世代との感覚の違いを痛感する瞬間など、当事者ならではのリアルな「中年自覚エピソード」。
さらに仕事面においても、新入社員から見れば自分たちは完全に「父親世代・ベテランおじさん」として扱われる現実があります。若者との距離感に戸惑いながらも、どう振る舞うべきかを考えさせられる場面が増えてきました。
そして話は、「中年になってからのチャレンジや行動の動機」へ。
若い頃は「有名になりたい」「稼ぎたい」といった自分のための欲求が原動力になりがちですが、中年になると「お世話になった人やコミュニティにバトンを繋ぎたい」「若手に仕事や機会を回したい」といった、他者や社会へ目を向けた動機へと変化していきます。自分一人のためだけでは頑張りきれなくても、誰かのためなら持続的なエネルギーが湧いてくる——そんな動機の変化も、中年期ならではの大きな特徴なのかもしれません。
次の回はアワノさんの選書回。「資本主義と生きていく」をお送りします!お楽しみに。
どうも、ホシノです。
今回はホシノの選書、pha(ファ)さんの『パーティーが終わり、中年が始まる』(幻冬舎)を掘り下げていきます。
かつて「日本一有名なニート」やプロブロガーとして知られ、シェアハウスで仲間たちと自由気ままな暮らしを送っていたphaさん。そんな彼が40代半ばを迎え、「中年」という新たなフェーズに突入したことで起きた自身の変化を綴ったエッセイです。
かつては「自由な若者の象徴」として受け入れられていただらしなさや見なりも、おじさん世代になると「みすぼらしさ」や「警戒対象」として世間から見られてしまうという切実な見られ方の変化。そして、かつては楽しめていた「あてもない夜の散歩」や思考のリンクがうまくいかなくなり、1人の時間に楽しみよりも「寂しさ」を感じるようになってしまったという内面の変化が、淡々と描かれています。
かつて仲間とシェアハウスで集い、夜な夜な語り合っていた「長いパーティーの期間」が終わり、静かで少し寂しい「中年」がやってくる。
世間からの見られ方や自身の感受性が変わっていく中で、定職を持たず、会社も家族もなく(愛猫たちも去り…)、孤独と向き合いながら古書店で働くphaさんの姿は、どこかダウナーでしんみりとした癒やしを与えてくれます。
同じように「変化」を迎えている身として共感しつつも、 その捉え方や次の一歩は人それぞれ。
次回は、そんな「中年期における変化への向き合い方や解釈の違い」について、アワノさんとさらに語り合っていきます。お楽しみに!
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