短編小説『しずく採集士レイ』(1/10)
第1話|拒絶されたしずく
── ヴゥーーーン……
低く唸るような機械音と、シズクを識別する青白いスキャンライト。
静かな記憶貯蔵区に、レイの足音だけが淡く響いていた。
<記録ナンバー5111、シズク識別…開始します>
AIユニット〈SORA-7〉の声が、いつも通り冷静に鳴った。
分類対象は、感情素性不明のシズク。透明で、ふるえるような光の粒だ。
── ピピッ
「えっ、素性不明……?」
でてきた測定結果にレイは一瞬眉をひそめた。初めて見る分類だった。素性不明なんて、マニュアルにも載っていない。
通常なら、喜び、悲しみ、怒り、懐かしさ──ナニかしらの感情カテゴリに収まるはずだ。
──なのに、スキャン結果は、さらに見たことのない表示を映し出していた。
『感情分類: 拒絶』
『感情波長: 干渉不可』
『記録履歴: 該当なし』
「……拒絶…って、ナニ?」
そのレイのつぶやきにSORA-7は応じず、隣でただ静かにスキャンを続けていた。
___________
みなさん初めまして。ワタシは「レイ」。
生まれたときの記憶もないし、感情もない。だから名前は「レイ」。
SORAに名付けてもらったんだ。どうやら "ナニも持たざる者" という意味らしい。
でも、別に不便はないよ。感情がなくても、日常はまわるし、仕事もできるし。むしろワタシは、この"空っぽさ"にちょっと誇りさえ持ってる。
だって「シズク採集士」──これは、感情を持たないワタシたちにしかできない仕事なんだから。
他人の感情を扱っても、ワタシたちなら共鳴しない。巻き込まれない。ただ、淡々と分類できる。
ほら、ワタシたちにぴったりの仕事だってよくわかってきたでしょ。うふふっ。
そして隣にいる相棒のSORA-7は、感情記録のサポートをしてくれる支援ロボット。金属の体に、機械的な声。見た目も話し方も、まさに"ロボット"そのもの。
でも、ワタシはSORAのことは全然嫌いじゃないよ。無駄がなくて、信頼できて、どこか先生みたいな安心感があるんだ。
ちなみにこの施設だって、食事も栄養バランスも、部屋の温度管理だって、ぜんぶプログラムが管理してくれてるから、生活自体もすごく快適。
あ、そういえば──プログラムが暴走したときの緊急停止コードもあるとかないとか。
ふふっ、そんなこと起こるわけないけど、さすが、万が一の備えも万全、ってわけよね。
___________
「うーん…」
(それにしてもなにかがおかしい。これまで、"拒絶" なんて反応、聞いたことないもん…)
レイは、そのしずくにそっと右手の人差し指を伸ばしていく。
本当は解析中の検体に触れるのは規則違反。でも、なぜか確かめずにはいられなかった。
指先が、そのしずくに触れた瞬間──レイの中に、なにか "音のない震え" が走った。
「え…?」
レイは、初めての感覚に思わず指を離した。
それは"記憶"ではなかった。でも、"記憶の予感"みたいなもの。心の奥に、ひびのような違和感が生まれ、その輪郭に、ほんの少しだけあたたかさが滲んだような気がした。
〈レイ、集中力が低下しています〉
「…あ、ごめん」
… SORAには気づかれなかったのかな。そのまま隣で作業を続けている。いつもと変わらない様子で。
でも、その時レイは気づいていなかった。SORAが次の作業に移る動作が、いつもより0.7秒遅延していたことに。
──次の日の朝。
レイはベッドの上で目を覚ました。いつも通り、夢は見ていない。
けれど、頬に一筋、冷たい感触だけが残っていた。
「あれ…?」
その時ふと、右の手のひらに、微かな光の粒が一つ、朝日を受けてきらめいているのが目に映った。
「……なに、これ」
それは、シズクよりももっと小さくて、かすかで──触れようとした瞬間、それは皮膚に吸い込まれるように消えた。手のひらに、ほんのわずかな温もりだけを残して。
「気のせい、かな……」
ワタシは首を振りながら、いつも通り支度を始める。でも、右手の人差し指が、まだかすかに疼いているような気がした。
(…そういえば、あの5111番は、どこに保管されたんだろう)
通常なら、分類後すぐに一般保管庫へ。
でも、あの「拒絶」という結果のあと、SORAは何も言わなかった。
きっと、まだどこかにあるはず。
レイはなぜか、あのシズクにもう一度会えるような気がした。
(…第二話へ続く)
▼第一話のnoteはこちら▼
https://note.com/chikara_ctd/n/nddeeb87ba533?sub_rt=share_b
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