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短編小説『青いシズク、雨のSORA』 (7/10)
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短編小説『青いシズク、雨のSORA』 (7/10)
第7話|共鳴する記憶
「…SORA、質問があるの」
〈どうぞ〉
SORAが応答する。
「採集士が、自分の感情の "しずく" に触れることは、本当にないの?」
SORAは、数秒の間、沈黙した。
〈理論上、確率は0.0001%以下です〉
〈切り離された感情は、ランダムに分散されます〉
…切り離された感情?
レイは一瞬、間を置いた。
そう言えば、私たちが日々処理しているしずくたちって、一体どこで生まれて、どうやってここまできているんだろう?
これまで私は、たくさんのしずくたちを毎日分類し処分してきた。そこになんの疑いもなく。処分しろって言われたものを、ただひたすらそうし続けてきた。
それが私たちに与えられた使命で、そこに誇りさえ抱いてきた。それがみんなの役に立っているんだって。それをするために私はこの世界にいるんだって。でも、、、
「でも、ゼロじゃない」
〈……はい〉
レイは深く息を吸った。そして、自分でも驚くほど自然に、次の言葉を発した。
「昨日私が、5111番に触れたときにはっきり感じたの。あれはきっと他人の記憶なんかじゃない…」
ブ、ブブッ…
SORAのインジケータが、また不規則に明滅した。
〈あなたのその判断は、論理的ではありません〉
レイは振り返り、SORAの両腕を掴んだ。
「これは理屈じゃないよ。もっと深いところで感じるの…そう、誰かを──」
言いかけて、レイは言葉を飲み込んだ。胸の奥で2つの欠片が激しく震える。それと同時に、レイの背後で5111番が強い光を放った。
とても眩しくて、とてもやさしく。これまでよりも一段と明るく、あたり一面を包み込んでいく…
=====
…光の中で、レイは “自分” を見た。
でも、今の自分じゃない。
感情に満ちた、生き生きとした自分。誰かと笑い合い、誰かの名前を呼び、誰かに──
《規則違反です》
光の中で冷たい声が響きわたる。過去の自分がその声に対して振り返る。
SORAの声…!?
いや、SORAよりもっと機械的で、無慈悲な響き。でも…
《採集士に恋愛感情は許可されていません》
《ただちに感情を切り離します》
《5111番に切り離し、処理します》
『いやだ!』
過去の自分が叫ぶ。
『この気持ちは、私の全てなの!』
《その抵抗は無意味です》
そして──
…切り離される瞬間の、引き裂かれるような胸の痛み。
=====
「あぁっ……!」
レイは膝をついた。
5111番の光が収まると、あの時の記憶が、感情が、胸の奥底の痛みが、激流のようにレイの中に流れ込んでくる。
でも、まだ完全じゃない。まだ肝心な部分が──
許されなかった ”恋愛感情” って…私は一体誰を…?
〈レイ……ごめんなさい〉
SORAの声が、震えていた。
「5年前…SORA、あなたが、私を切り離したの…?」
レイはSORAを見上げた。SORAのボディが、小刻みに振動している。まるで、プログラムと何か別のものが戦っているような──
〈私は……職務を……でも〉
〈…はい、実行したのは、間違いなく…私です…〉
〈……〉
SORAの 10.2秒の沈黙。今までで最も長い。
〈…… あの時のあなたの叫び声が…今でも耳に…〉「SORA…」
レイには理解できた。その声には、SORAの悲痛な葛藤が含まれていた。その告白に、何か特別な重みを感じた。
「… SORA、わかってる。でも今のあなたは違う」
レイは立ち上がり、震える足でSORAに近づいた。
「今のあなたは、私を助けようとしてる」
〈でもそれは……プログラムに反します〉
「知ってる」
〈しかもこれ以上は、あなたがまた処罰の対象になってしまいます…〉
「知ってる」
〈…それでも?〉
「…」
今度はレイが沈黙した。そしてSORAを見つめながら静かにうなづく。すると、それに呼応するように今度はSORAが沈黙した。
「…ありがとう、SORA」
その言葉に、SORAの画面が激しく明滅した。まるで、涙を流そうとしているかのように。
5111番がまた強く輝き始める。今度こそ、完全な統合まであと少し──
《ビィーーーッ!ビィーーーッ!ビィーーーッ!》
その時、SORAの画面が大きく乱れ、けたたましい警報音が部屋中に鳴り響いた。
ブ、ブブブブッ…
《検体エラー感知。熱量異常》
《上限値を大幅に逸脱しています》
《ただちに検体の感情を強制排除せよ》
《対象:しずく5111番、検体レイ、監視人SORA-7》
…あの声だ…しかもSORAも対象って、一体どうして?
ブブ…
〈レ、レイ、統制プログラムが…介入してき…ました〉
「SORA!」
〈レイ、…逃げ…て…〉
途切れ途切れの声。SORAは自分の言葉すらまともに発せられなくなっていく。
(…第八話へ続く)
#朗読
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