##############################
短編小説『しずく採集士レイ』(6/10)
第6話|透き通った朝に
目覚めたはずなのに、頭はまだ少しぼんやりしていた。けれど、身体の奥のほうが、昨日よりもさらに透き通っているような気がした。
まるで、自分のなかの何かが、ゆっくりと目覚めていくような —— そんな朝だった。
〈……起きていましたか? レイ〉
SORAの声が、いつもより少しだけ近くから聞こえた気がした。
「うん、今……」
そう返しながら、レイは毛布を軽く握りしめた…
昨夜の夢。雨音。傘。そして誰かの温度。
(… 夢? ううん、きっと違う)
そう。あれが夢じゃなくて、記憶だったという確信が、レイの中で静かに育っていく。
「……ねぇ、SORA」
〈なんでしょうか?〉
「“検体同士の接触”って、どういう意味?」
SORAは、2.7秒の間をおいた。
〈統計的には、実験サンプル間の相互干渉を指す用語です〉
〈しかし、昨日の文脈では──〉
「わたしも、検体なの?」
今度は5.3秒…
SORAの沈黙がまた少しずつ長くなっていく。
〈……その質問に、私は答える権限を持ちません〉
「そっか」
わかってた。そう答えると思ってた。でも、それでも、なにかが違う気がしていた。SORAの声に、微かな揺らぎがあった。機械的な返答の奥に、別の何かが。
(あの赤い警告も、SORAが出したんじゃない気がする)
レイは、胸の奥を押さえるようにして、ゆっくりと息を吸った。
…光の欠片が、三つ分。静かに、でも確実に、わたしの中でその鼓動を刻んでいる。
「変だね、わたし」
小さな声でつぶやいた。
〈……変ではありません〉
SORAの返答が、いつもより0.4秒早かった。まるで、反射的に否定したような。
「SORA?」
〈いえ、なんでも〉
その日、レイはいつもよりもゆっくりと部屋を出た。足取りは軽くもなく、重くもなかった。ただ、なにかを確かめるように、一歩ずつ進んでいた。
ふと、思い出す。昨日の、あの途切れた問いかけ。
『どうして、あなたは──』
あれは、あの声は、一体わたしに何を聞きたかったんだろう。
—— どうして、忘れたの?
—— どうして、ここにいるの?
… それとも
(確かめたい。わたしはもう自分をこれ以上止められない)
──特別保管室の前
今日は、自分の部屋から自然と直接、ここに足が向いていた。無言のままのSORAも一緒に…
ドアの前。三重のロックは、今日も冷たく光っている。
〈レイ〉
「うん」
〈今日も、行くのですね〉
「うん」
〈……〉
6.8秒の沈黙。
そして──
カチッ、カチッ、カチッ。
今日も、SORAは無言でロックを解除した。昨日とは少し違う響きがしたような気がした。
まるで、何かに迷いながら、それでも止められないという覚悟の音のようにも聞こえた。
そしてまた二人は、静寂な部屋をゆっくりと目覚めさせていった。
パ… パパッ、シューーー…
奥の部屋の灯りがともり、重厚な扉がゆっくりと開いていく。しずく#5111の青白い光が、わたしたちを優しく包み込んだ。
今日こそ、全てを思い出せる気がした。
(…第七話へ続く)
▼第6話のnote記事▼
https://note.com/chikara_ctd/n/n8190feff5160?sub_rt=share_b
##############################
▼ここまでのスタエフ朗読▼
第一話「拒絶されたシズク」
https://stand.fm/episodes/685f597b00ccd5e38e9288cd
第二話「誰かの気配」
https://stand.fm/episodes/6860fb7174f0b7c44d55a043
第三話|封じられた欠片
https://stand.fm/episodes/68632b3be929f66fa2508bc6
第四話|8.2秒の沈黙
https://stand.fm/episodes/6864ff5fa3ad1cc18a44169b
第五話|しずくの中の痛み
https://stand.fm/episodes/68660a314ad9ec7106c61aae
##############################
#朗読
#しずく採集士レイ
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/63804647b4418c968d353e65