Cinéma de Canard〜映画の晩年〜:THE PODCAST

Cinéma de Canard〜映画の晩年〜:THE PODCAST

By CiS CREACTIVETV & FilmFilm Reviews
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Cinéma de Canard〜映画の晩年〜:THE PODCAST episodes

  • S1-E5:わたしたちにとっての生活と映画、そしてセラピー③ 五社英雄監督「鬼龍院花子の生涯」

    もう夏真っ盛りだというのに、エピソードも2023年初頭にの収録分をようやくアップロードです(色々と滞っていてすみません)。

    今回も、人生と映画、生活と映画は併走していくというテーマのラスト。私、教授のセレクトで、五社英雄監督の『鬼龍院花子の生涯』を取り上げます。

    トークの中でも触れましたが、今や「(当時の)邦画メジャー作品」こそマイノリティで、とにかく観られること、語られることが少なくなってしまったという印象があり、その中でも今回は「ポピュラー」な部類に入る本作。

    ポリティカリー・コレクトレスやジェンダーに関する話題、議論が盛んな昨今の映画状況ではありますが、些か露悪的であったり、暴力的であったりもする時代の表現の中にも、現代に通じる意識というのは、明確に映画という芸術は詳らかにしてきた、というようなことを表明したくて番組を制作しています。

    今回は、まさにその暴力であったり、反社会的風俗であったり、あるいは性表現の中に、それでも現代に有効な切り口の示唆も含めて語っている内容になります。

    また、1980年代当初。もはや下火になっていた日本映画というジャンルにも、まだ「映画俳優」という視点で、見事な俳優たちの魅力についても語っています。

    特に、五社英雄監督の「演技を引き出す」豪胆な演出と相まっての各出演者ごとの魅力について語っています。

    個人的に、前のめりに楽しく話し込んでしまった回となりましたが毎度のこと、ご容赦ください。(教授)


    CAST/ 教授、村上、ちょり

    STAFF/  DIRECTOR & EDITER:Prof M

    THUMBNAIL DESIGN:Prof M

    ILLUSTRATION:CHORI SOUND STICKER:Prof M

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    2 hr 15 min
  • S1-E4:わたしたちにとっての生活と映画、そしてセラピー② デヴィッド・クローネンバーグ監督「クラッシュ」

    今回のエピソードも2023年初めての収録です。

    人生と映画、生活と映画は併走していくというテーマで村上君のセレクトで、デヴィッド・クローネンバーグ監督の「クラッシュ」を取り上げます。

    自動車事故に対して性的興奮を得る人々を通して「生と性」そして死を通して「生」を浮かび上がらせた作品で個人的には「映画」が最も描くべきテーマに挑んだ作品だと思います。

    今回も「セラピー」としての映画の側面。前回のエピソードではちょりさんの恋愛を通じてもアイデンティティの独白だったことに比較して、村上君の「疲れ果てた若者」への分析が聞きどころです。

    映画作品についての言及から始まった当番組が、話していく中で「自分語り」に収束していく面白さ。

    加えて、現代は特に「性」についての議論がクローズしがちな中で、そこから派生する「死生観」にまで発展してトークは展開します。

    村上君を中心とした独白をお楽しみください。(教授)


    CAST/ 教授、村上、ちょり

    STAFF/  DIRECTOR & EDITER:Prof M

    THUMBNAIL DESIGN:Prof M

    ILLUSTRATION:CHORI SOUND STICKER:Prof M

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    1 hr 51 min
  • S1-E3:わたしたちにとっての生活と映画、そしてセラピー① ミシェル・ゴンドリー監督「エターナル・サンシャイン」

    随分と久方ぶりの更新となりました。少しばかりの多忙を極め、収録したのは思い起こせば2022年末。かれこれもう5ヶ月ばかり月日が経ってしまいました。

    というわけで、ようやく再開の運びとなりましたが、本当に時の流れは残酷でして、今回はキャプションは少なめに。


    前々回から、非常に「恋バナ」めいた独白が続く我々ですが、今回から3エピソードは、ちょり、村上、教授の順番で、極私的に「セラピー」的に選んだ3作品のついてお送りします。

    その一本目は、ミシェル・ゴンドリー監督「エターナル・サンシャイン」。

    一風変わった恋愛映画ですが、早速ネタバレをしますが「ループもの」の一種。

    特に、私、教授は全編に渡ってほぼ同じ話をループさせまくっている珍エピソード回となっております。

    とはいえ、今回は聴いてみないとわからない、かなり変なテンションで語っております。

    とにかく、言っておきたいのは、人生と映画、生活と映画は併走していく、ということであります。

    それでは、どうぞ。(教授)


    CAST/ 教授、村上、ちょり

    STAFF/  DIRECTOR & EDITER:Prof M

    THUMBNAIL DESIGN:Prof M

    ILLUSTRATION:CHORI SOUND STICKER:Prof M

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    1 hr 50 min
  • S1-E2:【特集・ジャン=リュック・ゴダール②】ジャン=リュック・ゴダール監督「勝手にしやがれ」〜海が嫌いでも、山が嫌いでも、都会が嫌いでも、恋に落ちていく我々の、「勝手にしやがれ」について〜

    「映画の晩年」=「映画という表現の終焉」という時代の空気感から「映画は何を描き、表現してきたか」について教授、村上、ちょりの「コメンテート・アクター」3人が語り合うポッドキャスト。

    これまでの「SEASON 0」と題した各人の自己紹介的な作品セレクト、そして「批評」を経て今回から「SEASON 1」として本格的に番組は始動します。

    今回は、2022年に亡くなったフランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダール監督特集としての第二弾。

    いよいよ、ゴダール監督の作品、商業映画デビュー作品「勝手にしやがれ」を取り上げます。

    ゴダール監督に「憑依」したい私の語りたいゴダールのミソジニー(女性嫌悪)性と恋愛体験における苦痛。そこに自己投影を回避したい村上。初めて観るゴダール作品に対して「現代」を代表しての冷静な視点で語るちょりの相変わらずの三者三様の映画論。

    「難解」と語られるゴダール監督の作品をできるだけポップに、しかし「観たまま」「感じたまま」に素直に観てみれば「普通に面白い」という発見のある、当番組の目指したひとつの目的を体現したエピソードになっています。

    つまり、すなわち映画史的な「技巧」や「価値」とは離れた部分で「作家(あるいは人)が作っているものは面白い」「映画って難解に感じても面白い」の一端を感じて貰えれば救いになると思っています。

    今回もリモート収録の為、音声に時折ノイズが入ります。

    お聞き苦しいところも多々ありますことをお詫び致します。

    (教授)

    CAST/ 教授、村上、ちょり

    STAFF/  DIRECTOR & EDITER:Prof M

    THUMBNAIL DESIGN:Prof M

    ILLUSTRATION:CHORI SOUND STICKER:Prof M

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    1 hr 43 min
  • S1-E1:【特集・ジャン=リュック・ゴダール①】ウディ・アレン監督「アニー・ホール」〜海が嫌いでも、山が嫌いでも、都会が嫌いでも、恋に落ちていく我々の、「勝手にしやがれ」を読み解く為のテキスト〜

    「映画の晩年」=「映画という表現の終焉」という時代の空気感から「映画は何を描き、表現してきたか」について教授、村上、ちょりの「コメンテート・アクター」3人が語り合うポッドキャスト。  

    これまでの「SEASON 0」と題した各人の自己紹介的な作品セレクト、そして「批評」を経て今回から「SEASON 1」として本格的に番組は始動します。

    今回は、2022年に亡くなったフランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダール監督特集としての第一弾。

    映画史においても最重要な「ヌーベルバーグ」という芸術運動の筆頭でもあり、とにかく後世への影響力が絶大な存在。

    加えて、その「先鋭的」過ぎる表現から「難解」とも称される巨匠の作品を、もう少し「エンターテイメント」に引き寄せて語ってみようという試みとして、初期作品「アンナ・カリーナ期」の作品を取り上げる…その前に、更にそれらを読み解くために、更なる別の作品を参照してみようということで、今回はウディ・アレン監督の「アニー・ホール」を取り上げます。

    トーク本編では、本作の主人公であるウディ・アレンが演じる主人公、アルビーに纏わる、教授、村上、ちょりの自分語りから、なかなか近年疎まれがちなトキシックでセンシティブな恋愛にまつわるトークから、ウディ・アレンのキャンセル事情まで何かと幅広く語っています。

    そして、何より驚くほど、ジャン=リュック・ゴダール監督の作品とも類似点が多く、本作と比較しながら観るとわかりやすさが倍増するという企画意図にしっかりハマった妙な悦びに熱が帯びています。


    今回もリモート収録の為、音声に若干違和感もありますが、ご了承くださいませ。

    さらに、本編では「6回目」と発言しておりますが、正確には「7回目」です。失礼致しました。(教授) 

    CAST/ 教授、村上、ちょり

    STAFF/  DIRECTOR & EDITER:Prof M 

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    ILLUSTRATION:CHORI SOUND STICKER:Prof M

    1 hr 48 min
  • S0Fin-E6:イ・チャンドン監督「ポエトリー アグネスの詩」〜詩と映画が浮かび上がらせる「物語」の強度と、「血」によって描かれる「創作」の本質〜
    「映画の晩年」=「映画という表現の終焉」という時代の空気感から「映画は何を描き、表現してきたか」について教授、村上、ちょりの「コメンテート・アクター」3人が語り合うポッドキャスト。
     今回で自己紹介がてらの「SEASON 0」は終了。
    ここまで成り行きで「日本映画」が続いた当番組初の外国映画。私、教授のセレクトでイ・チャンドン監督の「ポエトリー アグネスの詩」を取り上げます。
    映画と詩の類似した関係。映画の持つ「詩的」な表現が物語の強度に繋がり、教授、村上、ちょりの「映画語り」の中にも「詩性」が宿るトークになっていると思います。
    映画の中に描かれる「尊厳」や、映し出される「社会」の有り様。ジェンダーという言葉では単純に語り得ない「性差」によって浮かび上がる感情。ちょりさんの口から語られた「女性性」の強さと弱さに対しての言及と、「創作は血を流して行われるべき」と語られることへ「生きろ」と反抗をぶつける村上君。ただただその血を流し、破滅的な中から「芸術」で社会に反抗することに耽溺する私、教授との三者三様のトークが聴きどころです。
    今回はリモート収録の為、音声に若干違和感もありますが、ご了承くださいませ。(教授)
    CAST/
    教授、村上、ちょり
     STAFF/ 
    DIRECTOR & EDITER:Prof M
    THUMBNAIL DESIGN:Prof M
    ILLUSTRATION:CHORI
    SOUND STICKER:Prof M
    1 hr 46 min
  • S0-E5:大林宣彦監督「海辺の映画館 キネマの玉手箱」〜映画への偏愛、戦争への妄念は、次の世代にバトンを渡せるか?〜
    「映画の晩年」=「映画という表現の終焉」という時代の空気感から「映画は何を描き、表現してきたか」について教授、村上、ちょりの「コメンテート・アクター」3人が語り合うポッドキャスト。
    その「SEASON 0」はそれぞれの自己紹介を兼ねて、2エピソードずつ作品をセレクトし、語っていきます。
    今回は私、教授のターン。
    これまでのトークの中で表出してきた「戦争」もしくは「作家主義」というワードに引きずられる形で、敬愛する大林宣彦監督の遺作であり最新作「海辺の映画館 キネマの玉手箱」についてのお話。
    上映時間3時間弱。ほぼ戦争と、それに纏わる日本の忌まわしく繰り返される戦争の歴史、そして、その戦争とともに生み出されたテクノロジーとしての「映画」への言及。
    それを、一人の映画監督のイマジネーションによって、時代や歴史に抗ってみせる意欲作。
    勝手に、満場一致の大喝采、絶賛回になると思いきや、当然ながら映画と人の数だけ価値観も感じ方も違う、そんな当たり前のことに気付かされるエピソードになっています。
    現代人としての良識や素朴な視点をぶつけるちょりさんの極めて現実的な視点と、私、教授と、映画学校で映画を学ぶ村上君との視点がぶつかり合うことは、まさに「生活と芸術」という安易な二項対立かもしれないし、あるいは本質は同じことのループかもしれないと思うほど、今回は迷走がちに同じ話をしています(笑)。
    とはいえ、その混乱と迷走も、本作の作風とシンクロしながらお楽しみください…と雑にまとめてはいけないので、懺悔しますと、この作品を取り上げるにはまだまだ我々には早すぎました!(笑)というエピソードになっています。
    (教授)
    CAST/教授、村上、ちょり
    STAFF/
    DIRECTOR & EDITER:Prof M
    THUMBNAIL DESIGN:Prof M
    ILLUSTRATION:CHORI
    SOUND STICKER:Prof M
    1 hr 48 min
  • S0-E0:【期間限定配信】ジョセフ・コシンスキー監督「トップガン:マーヴェリック」〜映画の雑談・お試し回〜
    ここまで、試行錯誤の4エピソードを配信。プラス雑談回を1エピソード配信。ということで5回ほど配信してきた当番組。
    次回収録までスケジュール調整中の為、今回は#000と題して、我々が初めて収録した雑談エピソードとして、ジョセフ・コシンスキー監督の…というよりも、世界的な「スター」俳優であり、映画プロデューサーであるトム・クルーズの主演作「トップガン:マーヴェリック」についてのお話です。
    当番組は、いわゆる「旧作」についてメインでトークするという趣旨の為、リアルタイムで劇場公開されている作品については、本来セレクトから外れてしまう作品ながら、番組作りのきっかけになった「映画の晩年」について極めて意識的な「大ヒット作」であるということで、収録しました。
    トーク中にも触れていますが、本作が「特殊な作品」として、恐ろしいまでの「感想が統一」されている作品であるということ。
    それは「単純明快」なストーリーラインや、アメリカ映画特有の「ご都合主義の魅力」によって、作品の「解釈」が分かれないという点。
    むしろ、情報過多で入り組んだストーリーラインが好まれる「ハイ・コンテクスト」な作品が頻発している現代のエンタメ映画の状況に対して「異色な作品」であります。その為、我々も「普通のこと」しか言えない…というジレンマの元、いつも以上にワイワイ話しております。
    そして、この日はロマン・ポランスキー監督の(現時点で)の最新作「オフィサー・アンド・スパイ」についても興味深いトークを行っていたのですが、諸事情により「お蔵入り」になってしまったので、後日、再収録の予定です。
    また、エピソード「#001」や「#002」の収録前に行われた為、告知やトーク内容に整合性のないものも多々ありますので、ご了承くださいませ。
    CAST/教授、村上、ちょり
    STAFF/
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    ILLUSTRATION:CHORI
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    28 min
  • S0-E?「映画の雑談」〜ジャン=リュック・ゴダール追悼企画会議〜
    2022年9月13日。フランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダールが死去しました。
    当番組は、サブタイトルにある「映画の晩年」に象徴されるように、これから「映画はどうなっていくのか?」という悲観から、どうやら「映画が映画であった」という表現の「型」のようなものは、これからの時代、様々な事情で淘汰されていくことに対しての「映画」の検証、あるいは「観直し」を目指して制作されました。
    その中で、名作、傑作とされていても、意外に観ていないような作品、あるいは駄作と呼称されるような作品を取り上げて、言葉を与えて作品を捉えていこうという趣旨で毎回拙い語りを繰り広げています。
    そんな中、非常に気になっていた存在が、まさにゴダールでした。
    映画をアートとして引き上げた「巨匠」という冠がつくような巨大な「アイコン」として存在しているゴダール。
    非常に神格化された存在故に「難解」という評価になり、やがてが「とっつきにくい」存在として、近年あまり観られていないという印象で、そのうち取り上げねば、と思っていた「作家」でもあります。
    とはいえ、膨大なフィルモグラフィーと、長いキャリア。
    そしてゴダールという「映画史」を語る上で外せない存在ながら、この日本では気軽に「全作品」を鑑賞できる機会もない…という状況の中、何から話せば良いか…という企画会議という名の雑談を収録しました。
    いつもは「本題」ばかりを生真面目に語るようなスタイルですが(まぁ結果的にはいつもと変わらないトークになってしまいました…)、今回は番外編として、雑談をお楽しみください。(教授)
    CAST/教授、村上、ちょり
    STAFF/
    DIRECTOR & EDITER:Prof M
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    ILLUSTRATION:CHORI
    SOUND STICKER:Prof M
    19 min
  • S0-E4:佐藤肇監督「吸血鬼ゴケミドロ」〜“カルト映画”としての本性。もしくはポピュリズムによって醸成される付加価値について〜
    「映画の晩年」=「映画という表現の終焉」という時代の空気感から「映画は何を描き、表現してきたか」について教授、村上、ちょりの「コメンテート・アクター」3人が語り合うポッドキャスト。
    その「SEASON 0」はそれぞれの自己紹介を兼ねて、2エピソードずつ作品をセレクトし、語っていきます。
    前回の「マタンゴ」回から導き出された「意外にも(?)」傑作だったという結論に反して、本作「吸血鬼ゴケミドロ」はトーク本編でも言及している通り、手放しで「傑作」と評価することが難しい作品。
    この忌憚なく、辛辣な批判に関しても、聴きどころではありますが、一方で「カルト映画」として、現在も概ね「愛されている作品」という側面もあります。
    このアンビバレントな魅力こそ、本作が「カルト映画」として愛される由縁でもあり、その偏愛が、例えばクェンティン・タランティーノ監督「キル・ビル Vol.1」での引用にも繋がっている点でもある。
    …しかし、一方で本作の持つ「トンチキさ」「ツッコミどころ」がネタとして消費され、作品論としてのテキストが乏しい作品でもあるということを、村上君は義憤として指摘しています。
    あらゆる映画を愛することも、楽しむことも重要でありつつ、それが一方向に話が進んでいくよりも「酷評」を通じて見えてくるものも提示したい。加えて「面白がることで生まれる再発見」と「面白がられることで蔑まれる」という両側面について語っているテキストです。(教授)
    CAST/教授、村上、ちょり
    STAFF/
    DIRECTOR & EDITER:Prof M
    THUMBNAIL DESIGN:Prof M
    ILLUSTRATION:CHORI
    SOUND STICKER:Prof M
    1 hr 36 min

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現代は「映画の晩年」という定義のもとで、そもそも「映画は何を描いて来たのか」もしくは「映画でしか表現できないものは何なのか」について、あまり語られることが少ない作品をセレクトし語っていくポッドキャスト。