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もう夏真っ盛りだというのに、エピソードも2023年初頭にの収録分をようやくアップロードです(色々と滞っていてすみません)。
今回も、人生と映画、生活と映画は併走していくというテーマのラスト。私、教授のセレクトで、五社英雄監督の『鬼龍院花子の生涯』を取り上げます。
トークの中でも触れましたが、今や「(当時の)邦画メジャー作品」こそマイノリティで、とにかく観られること、語られることが少なくなってしまったという印象があり、その中でも今回は「ポピュラー」な部類に入る本作。
ポリティカリー・コレクトレスやジェンダーに関する話題、議論が盛んな昨今の映画状況ではありますが、些か露悪的であったり、暴力的であったりもする時代の表現の中にも、現代に通じる意識というのは、明確に映画という芸術は詳らかにしてきた、というようなことを表明したくて番組を制作しています。
今回は、まさにその暴力であったり、反社会的風俗であったり、あるいは性表現の中に、それでも現代に有効な切り口の示唆も含めて語っている内容になります。
また、1980年代当初。もはや下火になっていた日本映画というジャンルにも、まだ「映画俳優」という視点で、見事な俳優たちの魅力についても語っています。
特に、五社英雄監督の「演技を引き出す」豪胆な演出と相まっての各出演者ごとの魅力について語っています。
個人的に、前のめりに楽しく話し込んでしまった回となりましたが毎度のこと、ご容赦ください。(教授)
CAST/ 教授、村上、ちょり
STAFF/ DIRECTOR & EDITER:Prof M
THUMBNAIL DESIGN:Prof M
ILLUSTRATION:CHORI SOUND STICKER:Prof M
番組に対するご意見、ご要望、苦情などはこちら↓
今回のエピソードも2023年初めての収録です。
人生と映画、生活と映画は併走していくというテーマで村上君のセレクトで、デヴィッド・クローネンバーグ監督の「クラッシュ」を取り上げます。
自動車事故に対して性的興奮を得る人々を通して「生と性」そして死を通して「生」を浮かび上がらせた作品で個人的には「映画」が最も描くべきテーマに挑んだ作品だと思います。
今回も「セラピー」としての映画の側面。前回のエピソードではちょりさんの恋愛を通じてもアイデンティティの独白だったことに比較して、村上君の「疲れ果てた若者」への分析が聞きどころです。
映画作品についての言及から始まった当番組が、話していく中で「自分語り」に収束していく面白さ。
加えて、現代は特に「性」についての議論がクローズしがちな中で、そこから派生する「死生観」にまで発展してトークは展開します。
村上君を中心とした独白をお楽しみください。(教授)
CAST/ 教授、村上、ちょり
STAFF/ DIRECTOR & EDITER:Prof M
THUMBNAIL DESIGN:Prof M
ILLUSTRATION:CHORI SOUND STICKER:Prof M
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随分と久方ぶりの更新となりました。少しばかりの多忙を極め、収録したのは思い起こせば2022年末。かれこれもう5ヶ月ばかり月日が経ってしまいました。
というわけで、ようやく再開の運びとなりましたが、本当に時の流れは残酷でして、今回はキャプションは少なめに。
前々回から、非常に「恋バナ」めいた独白が続く我々ですが、今回から3エピソードは、ちょり、村上、教授の順番で、極私的に「セラピー」的に選んだ3作品のついてお送りします。
その一本目は、ミシェル・ゴンドリー監督「エターナル・サンシャイン」。
一風変わった恋愛映画ですが、早速ネタバレをしますが「ループもの」の一種。
特に、私、教授は全編に渡ってほぼ同じ話をループさせまくっている珍エピソード回となっております。
とはいえ、今回は聴いてみないとわからない、かなり変なテンションで語っております。
とにかく、言っておきたいのは、人生と映画、生活と映画は併走していく、ということであります。
それでは、どうぞ。(教授)
CAST/ 教授、村上、ちょり
STAFF/ DIRECTOR & EDITER:Prof M
THUMBNAIL DESIGN:Prof M
ILLUSTRATION:CHORI SOUND STICKER:Prof M
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「映画の晩年」=「映画という表現の終焉」という時代の空気感から「映画は何を描き、表現してきたか」について教授、村上、ちょりの「コメンテート・アクター」3人が語り合うポッドキャスト。
これまでの「SEASON 0」と題した各人の自己紹介的な作品セレクト、そして「批評」を経て今回から「SEASON 1」として本格的に番組は始動します。
今回は、2022年に亡くなったフランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダール監督特集としての第二弾。
いよいよ、ゴダール監督の作品、商業映画デビュー作品「勝手にしやがれ」を取り上げます。
ゴダール監督に「憑依」したい私の語りたいゴダールのミソジニー(女性嫌悪)性と恋愛体験における苦痛。そこに自己投影を回避したい村上。初めて観るゴダール作品に対して「現代」を代表しての冷静な視点で語るちょりの相変わらずの三者三様の映画論。
「難解」と語られるゴダール監督の作品をできるだけポップに、しかし「観たまま」「感じたまま」に素直に観てみれば「普通に面白い」という発見のある、当番組の目指したひとつの目的を体現したエピソードになっています。
つまり、すなわち映画史的な「技巧」や「価値」とは離れた部分で「作家(あるいは人)が作っているものは面白い」「映画って難解に感じても面白い」の一端を感じて貰えれば救いになると思っています。
今回もリモート収録の為、音声に時折ノイズが入ります。
お聞き苦しいところも多々ありますことをお詫び致します。
(教授)
CAST/ 教授、村上、ちょり
STAFF/ DIRECTOR & EDITER:Prof M
THUMBNAIL DESIGN:Prof M
ILLUSTRATION:CHORI SOUND STICKER:Prof M
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「映画の晩年」=「映画という表現の終焉」という時代の空気感から「映画は何を描き、表現してきたか」について教授、村上、ちょりの「コメンテート・アクター」3人が語り合うポッドキャスト。
これまでの「SEASON 0」と題した各人の自己紹介的な作品セレクト、そして「批評」を経て今回から「SEASON 1」として本格的に番組は始動します。
今回は、2022年に亡くなったフランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダール監督特集としての第一弾。
映画史においても最重要な「ヌーベルバーグ」という芸術運動の筆頭でもあり、とにかく後世への影響力が絶大な存在。
加えて、その「先鋭的」過ぎる表現から「難解」とも称される巨匠の作品を、もう少し「エンターテイメント」に引き寄せて語ってみようという試みとして、初期作品「アンナ・カリーナ期」の作品を取り上げる…その前に、更にそれらを読み解くために、更なる別の作品を参照してみようということで、今回はウディ・アレン監督の「アニー・ホール」を取り上げます。
トーク本編では、本作の主人公であるウディ・アレンが演じる主人公、アルビーに纏わる、教授、村上、ちょりの自分語りから、なかなか近年疎まれがちなトキシックでセンシティブな恋愛にまつわるトークから、ウディ・アレンのキャンセル事情まで何かと幅広く語っています。
そして、何より驚くほど、ジャン=リュック・ゴダール監督の作品とも類似点が多く、本作と比較しながら観るとわかりやすさが倍増するという企画意図にしっかりハマった妙な悦びに熱が帯びています。
今回もリモート収録の為、音声に若干違和感もありますが、ご了承くださいませ。
さらに、本編では「6回目」と発言しておりますが、正確には「7回目」です。失礼致しました。(教授)
CAST/ 教授、村上、ちょり
STAFF/ DIRECTOR & EDITER:Prof M
THUMBNAIL DESIGN:Prof M
ILLUSTRATION:CHORI SOUND STICKER:Prof M
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