今回は、ヨシロウさんの甥っ子くんの話に触発されて私(エン)が「親の役目ってなんなんだろうなぁ」と最近考えているので、その話をしてみました。
内容は本編を聞いてもらうとして、ここでは収録後ひとりで悶々と考えた内容を、編集後記として書いてみます。
ヨシロウさんのお兄さんがそうというわけではなく、子供に興味をもてない親というのは一定数いるそうです。極端な場合、それはADHDなどの診断が下ることもあるでしょう。しかし一般的なケースにおいてはそもそも「子供」に興味がもてないとか「他人」に興味がもてないという言い方、表現方法が解像度の低さを表していて、溝を深めている原因の一端がそこにあるのではないかと思いました。
「野菜食べないんだよね」とか「寿司食べないんだよね」と同じことです。野菜の中でも何を食べられないのか、どう調理すると食べるのか食べないのか、寿司のネタの中でも食べるものはあるのかないのか、生魚が嫌なのか酢飯が嫌なのか。
子供の話題に興味がないのか、ファッションに興味がないのか、健康に興味がないのか、遊びに興味がないのか。他人の言動に興味がないのか、評価に興味がないのか、自分が興味のあるジャンルなら子供や他人の話でも興味をもてるのか。
ところで、どうしても興味がもてないなら、対象とのコミュニケーションを興味をもてる形にデザインするという方法もありそうです。最近読んだマンガに、「阿武ノーマル」という作品があります。主人公はサイコパスのOLで、普通の人として暮らすためにあの手この手で典型的なシチュエーションを用意し、そこに巻き込まれる一般的な人のリアクションから「普通」の感覚を学習していきます。「自分の客観的な評価を変化させるためにどう学習するか」が目的なので、他人に興味をもたないまま、主人公は着々と人間関係を築いていきます。
もうひとつ、「ドラハチ」という作品もあげてみます。こちらは野球マンガで、万年最下位の球団にドラフト8位(ドラハチ)で入団した高卒捕手が主人公です。幼馴染にプロポーズしたところ、「今年中にチームを優勝させてMVPになれたら結婚してくれる」というので、そのためにあの手この手で活躍して球団を優勝に導くというお話です。
どちらの作品も共通しているのは、主人公の感情らしい感情はほとんど描かれず、目標のためにやれることを徹底的にやるところです(この2作品に限らず、最近そういう主人公増えた気がしますね)。もちろんマンガなので表現は極端ですし、この主人公たちが良いか悪いかはまた別の議論として、「興味のある目標さえあれば、それ以外に対する興味関心はあまり関係ないのかもしれない」と思ったという話でした。興味があるかどうかと、どう接していくかは別問題なのかなと。興味はないけど、子供をよく観察してる親御さんもいますから。(興味がないからこそよく見てる、とも言えるかもしれません)
それに、この話は育児に限った話でもなさそうです。仕事だって、興味のあることとないことがあります。それを、お金やキャリア、達成感など何らかの目的のために、興味をもてるように工夫して関わっていくものだと思います。私は現在、不動産投資のメディアにかかわっているのですが、正直興味はあまりありません。それでも学べば楽しい面もあるもので、けっこう楽しんでやっています。自分の中では、子育ても同じような感じです。はじめから「子供に興味津々!」なわけではなくて、一生付き合っていく生き物がいて、それを好きになれなかったらこの先の人生がしんどくなりそうなので、好きになるために勉強したり観察したりして、やっているうちにだんだん好きになってきた感覚です。正直、育児に関しては「子をこさえたからには責任もて、興味がないなんて知ったことか」でいい気もするんですが、そうすると今度は「責任」の認識の差が問題になってくるんでしょうかね……なんだか話がまとまらなくなってきました。
そうですねぇ。まぁいろいろな考え方があるのだと思いますが、僕の親父が兄に対し「子供に興味を持て」と言ったのは、やはり「てめぇのガキなんだから、お前が興味を持って面倒を見ろ。」なんだと思うんですよね。
なのでエンさんがおっしゃったように「責任」の認識の差が議題になるのかもしれません。
「子供に興味がなくたっていいからさー、そういう性質なのもあるかもしれないけどさー、あなたはその子の親なのだから、もう少しの責任感を持ちましょうよ」と。
あ、ここでラジオに出てきた「責任」という言葉が出てきましたね。あのときはこの話をしたかったのかもしれません。
https://pocket.shonenmagazine.com/episode/14079602755107859038
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