🔶震災から15年、記憶と現実へのまなざし
2011年3月11日、午後2時46分。宮城県三陸沖を震源としたマグニチュード9.0の巨大地震は、津波や震災関連死を含め2万2,000人以上の尊い命を奪いました。震災から15年が経過した今なお、福島県の大熊町や双葉町など7市町村には帰還困難区域が残り、避難生活を余儀なくされている方々がおられます。仙台市立荒浜小学校の跡地のように、校舎の2階まで津波が押し寄せた記憶を留める遺構は、私たちに自然災害の脅威と命の重さを静かに語り続けています。
🔶心の傷「PTSD」とサバイバーズ・ギルト
被災された方々が抱える苦しみは、目に見える被害だけではありません。死の危険に直面した体験が強烈なストレスとなり、悪夢や不安、現実感の喪失を引き起こす「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」に苦しむ方が多くおられます。また、「なぜ自分だけが生き残ってしまったのか」と自らを責める「サバイバーズ・ギルト(生存者の罪悪感)」という心の痛みもあります。こうした心の傷は、生活基盤が整い、日常を取り戻し始めた頃に、ふとした拍子に表面化することが少なくありません。
🔶臨床宗教師の誕生とその役割
震災をきっかけに、公共空間で心のケアを担う「臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし)」という存在が注目されました。これは欧米の「チャプレン(宗教を背景に施設等でケアを行う専門職)」をモデルに日本で生まれたものです。布教や伝道を目的とするのではなく、相手の価値観を尊重しながら、被災された方の悩みや孤独に寄り添います。宗教者の本来の役割は、何かを教え導くこと以上に、苦悩の中にいる方と同じ場所で「ただ、そこにいる」ことにあるのです。
🔶「ただ聴く」という寄り添いのかたち
被災地における宗教者の主な活動は、相手の話を丁寧に聴く「傾聴(けいちょう)」です。家族を突然失った悲しみ、伝えられなかった後悔、あるいは日常の些細な愚痴。誰にも言えずにいた思いを言葉にすることで、整理のつかない感情が少しずつ和らいでいくことがあります。災害がいつどこで起き、いつ命を落とすかわからないという人間のありのままの現実に直面したとき、宗教者は共に立ち止まり、その苦悩を分かち合う「聴き手」としての役割を担います。
🔶カフェ活動を通じた安らぎの提供
臨床宗教師の実践の一つに、被災された方々の集いの場となる「カフェ」の活動があります。温かいコーヒーやお菓子を囲みながら、宗教者と住民が肩を並べて語らう場です。つらい記憶を無理に引き出すのではなく、安心して集まれる場所を提供し、対話のきっかけを作ります。誰かに思いを打ち明けられる場があることは、明日を生きていくための小さな、しかし確かな支えとなります。15年という月日が経っても、失われたものは戻りませんが、悲しみを抱えたまま共に歩む営みは続いています。
🔶今週のまとめ
東日本大震災から15年が経ちますが、今なお震災の記憶と帰還困難区域という現実が残されています。
被災地では震災による直接的な被害だけでなく、PTSDやサバイバーズ・ギルトといった心のケアが重要です。
臨床宗教師は、布教ではなく公共空間で人々の苦悩に寄り添う、日本版チャプレンとしての役割を担っています。
宗教者の役割は、何かを説くこと以上に「そこにいる」こと、そして相手の話を丁寧に聴くことにあります。
カフェ活動などの集いを通じて、つらい記憶や孤独を抱える人々の心が和らぐ場を支援し続けることが大切です。
次回テーマは「春のお彼岸(おひがん)」です。どうぞお楽しみに。
お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。
お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。