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🔶仏旗の由来と国際的な意義
仏教には、世界中の仏教徒が共通して掲げる「仏旗(ぶっき)」という旗があります。これは1950年にスリランカで開催された「世界仏教徒連盟(WFB)」の第1回会議において、国際的な仏教の旗として正式に採択されました。お釈迦さまの教えを仰ぎ、仏道を歩む世界中の人々を一つに繋ぐ大切な旗印として、各国の寺院や法要の際などに掲げられています。
🔶五色の輝きが表すお釈迦さまの徳
仏旗は青、黄、赤、白、橙(だいだい)の五色で構成されており、それぞれにお釈迦さまのすぐれた徳(特徴)が象徴されています。青は「頭髪」の色で乱れのない心を、黄は「身体(金色)」の色で揺るぎない心を、赤は「血液」の色で大いなる慈悲の心を、白は「歯」の色で清らかな心を、そして橙は「聖者の法衣(けさ)」の色で、あらゆる迷いから離れた不動の心を表しています。これらの色が重なり合うデザインには、真理の光が世界を照らす願いが込められています。
🔶世界共通の誓い「三帰依文」
色とかたちによる象徴が仏旗であるならば、言葉による共通の拠り所が「三帰依文(さんきえもん)」です。「帰依(きえ)」とは、サンスクリット語の「さらな(saraṇa)」の訳語で、「拠り所とする」「全てをお任せする」という意味です。お釈迦さま(仏)、その教え(法)、そして教えを学び伝える集い(僧)の三宝(さんぼう)を敬うこの誓いは、2500年前から変わらぬ仏教徒の入門の言葉であり、世界中どこの寺院でも共通して唱えられています。
🔶宗派を超えた仏教徒の連帯
世界には多くの宗派があり、長い歴史の中で教えのかたちも多様化してきました。しかし、第二次世界大戦後の1950年、悲惨な戦争を繰り返さないために世界中の仏教徒が協力し合う必要性が叫ばれました。そこで、細かな教えや文化の違いを超えて、「共にお釈迦さまの弟子である」ことを再確認するために定められたのが、この仏旗と三帰依文なのです。これらは、平和への祈りと国際的な協力の精神を象徴する、仏教界の羅針盤といえます。
🔶今週のまとめ
仏教には「仏旗」と呼ばれる万国共通の旗があり、1950年の世界仏教徒会議で正式に採択されました。
旗に使われる五つの色は、お釈迦さまの身体の特徴や徳を象徴しており、それぞれに慈悲や知恵の意味があります。
「三帰依文」は仏・法・僧の三宝を拠り所とする誓いの言葉で、世界中の仏教徒が共通して唱えるものです。
仏旗や三帰依文の統一は、第二次世界大戦後の平和への願いと、宗派を超えた国際協力の精神から生まれました。
考え方や文化が違っても、同じお釈迦さまの教えを歩む旗印を持つことで、私たちは世界と繋がることができます。
次回テーマは「降誕会(ごうたんえ)──親鸞聖人のお誕生日」です。
どうぞお楽しみに。
お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。
お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
ゲスト:「terakoya 和多志家(「わたしや)」の蓮田大華(はすだ たいが)さん
🔶現代教育の現実と子供たちの自己肯定感
現在、不登校の小中学生は約30万人を超え、過去最多を記録しています。これに伴い、日本の子供たちの自己肯定感は先進国の中でも最低水準にあるといわれており、「自分にいいところがある」と思えない子供が増えているのが現状です。学校教育に馴染めず、自分の殻に閉じこもってしまう。そうした子供たちの心の叫びに対し、現代の教育システムがどう応えていくかが大きな課題となっています。
🔶デジタル社会とSNSがもたらす影響
現代の子供たちは常にデジタルの刺激に晒されています。NTTの調査によれば、小学6年生で約6割、中学生では約9割がスマートフォンを所持しています。SNSは便利である反面、子供には刺激が強すぎ、依存性や「見えないいじめ」の温床となる危険も孕んでいます。オーストラリアやアメリカの一部の州でSNSの利用制限が議論されているように、情報過多な社会の中で、いかに自分を見失わずに生きていくかが問われています。
🔶仏教における「情操教育」と「教化」の歩み
仏教には、明治時代から続く「少年教化(しょうねんきょうけ)」という長い歴史があります。これは単に知識や作法を教えるのではなく、命の尊さや情緒を育む「情操教育」を指します。お寺で開催される「日曜学校」や「子供会」といった活動は、非日常的な空間でお経を読み、お話を聞き、仲間と交流することを通じて、学校や家庭では得られない豊かな情緒を育む大切な役割を担ってきました。
🔶「情緒」と「知性」の優先順位
教育において知性を磨くことは重要ですが、蓮田大華さんは「情緒(心の育み)」が先にあるべきだと説いています。何のために勉強するのか。それは自分の心や情操を豊かにし、自分や他者を大切にするためであるべきです。情緒という土台があってこそ、初めて知性は正しく活かされます。AIが正解を提示する時代だからこそ、自らの心で答えを見つけ出すための「心の土台」作りが必要不可欠です。
🔶金子みすゞの詩にみる命の多様性
浄土真宗の門徒でもあった詩人・金子みすゞさんの「みんなちがってみんないい」という言葉は、仏教の慈悲の心を象徴しています。阿弥陀さまという仏さまは、個々の違いを否定せず、ありのままの姿を丸ごと受け入れてくださいます。それぞれの個性を尊重し、認め合うこと。教育に馴染めない子供たちも含め、あらゆる命がそのままで尊いのだと全肯定する仏教のまなざしこそが、現代教育の閉塞感を打ち破る鍵となるのかもしれません。
🔶今週のまとめ
現在、不登校の増加や自己肯定感の低下など、子供たちを取り巻く教育環境は深刻な課題に直面しています。
SNSの普及による強い刺激や「見えないいじめ」から子供を守るため、大人がそのリスクを理解する必要があります。
仏教には「教化」を通じて子供たちの情操を育んできた長い歴史があり、お寺はその拠り所としての役割を持っています。
知性を磨くこと以上に、まずは情緒(心)を育むことを優先する教育のあり方が、今の時代には求められています。
「みんなちがってみんないい」という教えの通り、個々の違いを認め合い、命を丸ごと肯定する視点が大切です。
次回テーマは「仏教の旗」です。
どうぞお楽しみに。
お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。
ゲストは「terakoya 和多志家(わたしや)」の蓮田大華(はすだ たいが)さん。
お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
ゲスト:「terakoya 和多志家」の蓮田大華(はすだ たいが)さん
🔶教育の基盤としての寺子屋文化
江戸時代、日本各地に広がった「寺子屋」は、お寺や民家を舞台に、読み書きそろばんといった「実学」を教える地域密着型の教育機関でした。この寺子屋こそが当時の日本の高い識字率を支え、明治5年の「学制(がくせい)」発布以降の近代教育の確かな土台となりました。お寺と教育は、歴史的に切っても切り離せない密接な関係にあり、学びを地域で育む精神は今もなお受け継がれています。
🔶改革者としての二宮金次郎(二宮尊徳)
教育の現場で親しまれてきた「二宮金次郎」といえば、薪を背負いながら本を読む銅像のイメージが強いですが、彼は生涯で600以上の農村を復興させた偉大な改革者でもありました。金次郎が大切にしたのは、学びと行動を一致させること。単に知識を得るだけでなく、それを身近な人や社会のためにどう活かすかを考える。この「生きた学び」こそが、実学の本質であるといえます。
🔶『仏説観無量寿経』にみる独自の解釈
二宮尊徳は、浄土真宗で大切にされる『仏説観無量寿経(ぶっせつかんむりょうじゅきょう)』の言葉、「光明遍照(こうみょうへんじょう) 十方世界(じっぽうせかい) 念仏衆生(ねんぶつしゅじょう) 摂取不捨(せっしゅふしゃ)」を独自に解釈していました。彼はこの「如来の光」を、日々恵みを与えてくれる「太陽」に例えて農民たちに説きました。難しい教理を、農作業に励む人々の生活に即したメタファー(比喩)を用いて分かりやすく伝える。ここにも、学びを生活に結びつける彼の姿勢が表れています。
🔶現代に活きる寺子屋式の異学年交流
現在、熊本市中央区新大江で「terakoya 和多志家(わたしや)」を運営する蓮田大華(はすだ たいが)さんは、学年の枠を超えた教育を実践されています。同じ年齢で区切られる学校教育とは異なり、異なる学年の子供たちが同じ空間で学び合うことで、自然と教え合いやコミュニケーションが生まれます。「誰かに教えること」は最大の学びであり、この伝統的な寺子屋のシステムは、現代においても非常に画期的な学習方法として注目されています。
🔶「積小為大」の精神と継続の力
二宮尊徳の教えに「積小為大(せきしょういだい)」という言葉があります。小さなことを積み重ね、習慣にしていくことで、やがて大きな事を成し遂げられるという意味です。これは現代の子供たちにとっても、そして私たち大人にとっても極めて大切な視点です。5月23日(土)には、熊本市国際交流会館(または新都心プラザホール)にて映画『二宮金次郎』の上映会も予定されています。彼の生涯を知ることは、私たちの教育や生き方を見つめ直す貴重なご縁となるでしょう。
🔶今週のまとめ
江戸時代の寺子屋教育は、日本の近代教育の基盤となり、高い識字率と商業の発展に大きく寄与しました。
二宮金次郎(尊徳)は、学びを日常生活や社会復帰に繋げる「実学」を重んじた改革者でした。
尊徳は『観無量寿経』の教えを、農民に馴染み深い「太陽」に例えて説くなど、独自の柔軟な解釈を持っていました。
現代の「寺子屋」的な異学年教育は、教え合う環境を通じて子供たちの心と知識を育む優れた手法です。
「積小為大」の教えの通り、日々の小さな積み重ねを大切にすることが、豊かな学びと人生に繋がります。
次回テーマは「仏教と現代教育(後編)」です。
ゲストの蓮田大華さんと共にお送りします。どうぞお楽しみに。
お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。
ゲストは「terakoya 和多志家」の蓮田大華(はすだ たいが)さん。
お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
🔶仏教用語禁止クエストにみる言葉の浸透
最近、インターネット上で「仏教用語禁止クエスト」というRPGが注目を集めています。これは、選択肢の中に仏教用語が含まれていると即座にゲームオーバーになるという斬新なルールですが、実はクリアするのは至難の業です。私たちが何気なく使う「ウロウロ(うろうろ)」という言葉さえ、煩悩が漏れ出ている状態を指す「有漏(うろ)」という仏教語が語源です。それほどまでに、仏教は私たちの言葉の中に深く浸透しています。
🔶隠元禅師がもたらした豊かな食文化
食べ物の名前にも仏教の足跡が多く残されています。例えば「インゲン豆」は、江戸時代に中国から来日した黄檗宗(おうばくしゅう)の開祖、隠元隆琦(いんげん りゅうき)禅師が日本へ持ち込んだことに由来します。隠元禅師は他にもスイカ、レンコン、タケノコなどを伝え、さらに木魚(もくぎょ)や煎茶の作法である茶礼(されい)を広めるなど、日本の生活文化に多大な貢献をされたお坊さんです。
🔶「ありがとう」と「挨拶」に込められた真意
私たちが日常で交わす美しい言葉も、その根源をたどれば仏教に行き着きます。「ありがとう」は、『法句経(ほっくきょう)』などに説かれる「人間に生まれることの難しさ」を指す「有り難し」という言葉が語源です。また「挨拶(あいさつ)」は、禅宗の「一挨一拶(いちあいいっさつ)」という言葉に由来します。本来は師匠と弟子、あるいは修行僧同士が言葉や動作によって悟りの深さを試す真剣勝負の場を指していましたが、それが転じて敬意を込めた交流の言葉となりました。
🔶現代と仏教で意味が反転する言葉の妙
時代とともに、本来の意味とは逆のニュアンスで使われるようになった言葉も少なくありません。「無学(むがく)」は現在では「学問がない」という意味ですが、仏教では「もはや学ぶ必要がないほどの悟りの境地(阿羅漢果)」を指します。また「分別(ふんべつ)」があることは一般に良しとされますが、仏教では物事を主観で区別してとらわれることを意味し、むしろ何にもとらわれずありのままを見る「無分別智(むふんべつち)」こそが尊い知恵であると説かれます。
🔶「我慢」と「ご冥福」の本来の捉え方
現代では美徳とされる「我慢(がまん)」も、本来は仏教が戒める「七慢(しちまん)」の一つで、自分に固執し他を軽んじる「慢心」を意味します。また、葬儀で使われる「ご冥福を祈る」という表現も、注意が必要です。浄土真宗では「冥福」が指す「冥界(死後の暗い苦しみの世界)」へ行くことはなく、阿弥陀さまの導きで即座に仏とならせていただく(往生即成仏)ため、この言葉は用いず、「お悔やみ申し上げます」と伝えるのが作法です。
🔶今週のまとめ
「仏教用語禁止クエスト」というゲームが示す通り、私たちの日常会話は意識せずとも仏教用語であふれています。
インゲン豆やスイカなどを伝えた隠元隆琦禅師のように、お坊さんは日本の文化や食の発展に大きな役割を果たしました。
「ありがとう」や「挨拶」といった言葉には、命の尊さや心の交流を重んじる仏教の精神が宿っています。
無学や分別のように、仏教本来の意味と現代の解釈が大きく異なる言葉を知ることで、真理への理解が深まります。
我慢や冥福といった言葉の由来を正しく知ることは、自分の心のあり方や、大切な方を送る際の手次ぎを整える助けとなります。
次回テーマは「仏教と教育」です。
どうぞお楽しみに。
お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。
お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
🔶2度の震度7がもたらした甚大な被害
2016年(平成28年)4月14日午後9時26分、そしてそのわずか2日後の16日未明。熊本を襲ったのは、観測史上類を見ない「2度の震度7」という激震でした。災害関連死を含め276名もの尊い命が失われ、家屋の倒壊や墓石の転倒など、街の景色は一変しました。震災から10年が経過した今、お寺の建物の歪みや修復された墓石を目にするたび、あの時の恐ろしさと震災の爪痕の深さを改めて思い知らされます。
🔶SNSの有用性とフェイクニュースの恐ろしさ
震災当時、情報のライフラインとなったのがSNSでした。断水時の給水情報や入浴支援など、生活に直結する情報の拡散には目を見張るものがありました。しかしその一方で、ライオンが逃げ出したという虚偽の情報(デマ)が拡散されるなど、情報の真偽が問われる事態も発生しました。混乱の中で何を信じるべきか、SNSの便利さと隣り合わせにある「情報の不確かさ」への危機管理は、現代の防災における大きな課題となりました。
🔶法然上人の歌にみる月明かりの慈悲
不安な夜、ふと見上げた夜空に輝く月明かりに救われた記憶があります。法然上人が詠まれた「月かげの いたらぬ里は なけれども ながむる人の 心にぞすむ」という歌があります。月明かり(仏さまの慈悲)は、どのような寂しい里にも平等に降り注いでいますが、その光を仰ぎ見る人の心の中にこそ、月は静かに宿ってくださるという意味です。暗闇の中で自分を包み込んでくれる月明かりは、まさに阿弥陀さまの救いの光そのものでした。
🔶震災における心のよりどころとしての仏教
仏教の教えは、直接的に震災という現実を消し去るものではありません。しかし、どのような絶望の淵にあっても「私を見捨てない仏さまがご一緒である」という確信は、折れそうな心を支える大きなよりどころとなります。目に見える救済だけでなく、目に見えない「心の支え」があることは、人が独りではないと感じ、前を向くための静かな、しかし確かな推進力となるのです。
🔶10年を経て語り継ぐ防災とご縁の絆
震災から10年が経ち、街は復興が進みましたが、人と人との繋がりの大切さは変わりません。災害を乗り越える力は、日頃からの近所付き合いや地域の絆の中にあります。災害はいつどこで起こるかわかりません。10年という節目に当時の記憶を風化させることなく、常に「防災」の意識を持ち、互いに支え合える「ご縁」を日々大切に育てていくことが、私たちに課せられた大切な役割です。
🔶今週のまとめ
2016年の熊本地震から10年。2度の震度7という激震がもたらした記憶は、今も私たちの心に深く刻まれています。
震災時はSNSが有用な情報源となる一方で、デマの拡散という恐ろしさもあり、情報の扱い方を学ぶ機会となりました。
法然上人の歌「月かげの」に象徴されるように、どんな苦難の時でも平等に注がれる仏さまの光が、心の支えとなりました。
宗教の役割は、どうしようもない不安に寄り添い、「独りではない」という安心感を人々に届けることにあります。
10年の節目に改めて防災の意識を高め、地域の人々との繋がりという「ご縁」を大切にしていくことが、未来への備えとなります。
次回テーマは「仏教と言葉(ありがとうの由来)」です。
どうぞお楽しみに。
お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。
お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
🔶灌仏会の由来とルンビニの花園
4月8日は「花まつり」です。お釈迦さまのお誕生日をお祝いするこの行事は、正式には「灌仏会(かんぶつえ)」と呼ばれます。およそ2,500年前、現在のネパールにあるルンビニの花園でお生まれになったお釈迦さまを祝し、色とりどりの花で飾られた「花御堂(はなみどう)」が作られます。天から「甘露(かんろ)の雨」が降り注いだという伝承にちなみ、誕生仏の像に甘茶をかける風習が今に伝わっています。
🔶白い象の夢と摩耶夫人の誕生
お釈迦さまの誕生には神秘的なエピソードがあります。母である摩耶夫人(まやぶにん)が、白く大きな象が体の中に入ってくる夢を見られ、お釈迦さまを身ごもられたといわれています。お生まれになったお釈迦さまは、すぐに七歩歩まれ、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言葉を発せられました。これは「この世に生きるあらゆる命は、何ものにも代えがたい尊いものである」という、命の平等を宣言されたお言葉です。
🔶「花まつり」という名称の意外な歴史
お釈迦さまのお誕生日を祝う行事自体は非常に古く、日本では推古14年(606年)に法興寺(ほうこうじ/現在の飛鳥寺)で行われた記録が『日本書紀』に残されています。しかし、「花まつり」という呼び名の歴史は意外にも浅く、明治34年(1901年)にドイツへ留学していた僧侶らが、ベルリンのホテルで開催したのが始まりです。
🔶ドイツ語「ブルーメンフェスト」から広まった名称
当時、ベルリンに集まった憲法学者の美濃部達吉(みのべ たつきち)さんら18名の日本人は、お釈迦さまの生誕を祝う「ブルーメンフェスト(ドイツ語で「花の祭り」)」を開催しました。このイベントがドイツで大いに盛り上がり、大正5年(1916年)に日本でも日比谷公園で大規模な「花まつり」が挙行されたことで、この名称が全国に定着しました。伝統的な仏教行事が、ヨーロッパの文化と交わって新しい名前を得たという非常に興味深い歴史があるのです。
🔶宗派を越えた仏教共通の喜び
花まつりは、浄土真宗、浄土宗、日蓮宗、禅宗など、宗派の垣根を越えてお祝いできる仏教共通の祭典です。熊本でも、仏教連合会による「稚児(ちご)行列」が下通り・上通りのアーケードで行われるなど、地域に親しまれています。かつて甘いものが贅沢品だった時代、甘茶を分かち合うことは大きな喜びでした。時代は変わっても、甘茶の風味を楽しみながら、お釈迦さまが示された「命の尊さ」に思いを馳せる大切なひとときです。
🔶今週のまとめ
4月8日はお釈迦さまの誕生日を祝う「花まつり(灌仏会)」で、ルンビニでの誕生を伝えています。
お釈迦さまは誕生の際「天上天下唯我独尊」と仰り、すべての命が等しく尊いことを示されました。
「花まつり」という名称は1901年にベルリンで開かれた「ブルーメンフェスト」が語源となっています。
渡辺海旭和上や美濃部達吉氏らがドイツで始めた祭りが、現在の日本の花まつりのルーツとなりました。
宗派を越えて甘茶や稚児行列を楽しみ、命の恵みを分かち合うのが仏教共通の願いです。
次回テーマは「熊本地震(発生から10年)」です。どうぞお楽しみに。
お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。
お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
🔶良寛和尚の辞世に見る諸行無常
江戸時代の曹洞宗の僧侶であり、歌人としても知られる良寛(りょうかん)和尚の辞世の句に「散る桜 残る桜も 散る桜」という歌があります。今を盛りと咲き誇り、枝に残っている桜も、やがては等しく散っていく。この歌は、仏教の根本的な教えである「諸行無常(しょぎょうむじょう)」を鮮やかに示しています。私たちは今、精一杯に生きていますが、同時に誰もがいつかは命を終えていく存在であることを、散りゆく桜の姿を通して良寛さんは優しく、しかし厳かに語りかけています。
🔶親鸞聖人九歳の決意と「仇桜」の歌
浄土真宗の宗祖・親鸞(しんらん)聖人は、わずか九歳の春に京都の青蓮院(しょうれんいん)で出家されました。その際、得度(とくど)の儀式の導師を務められた慈円(じえん)和尚が、夜も更けたため「儀式は明日にしましょう」と提案されました。しかし、聖人は「明日ありと思う心の仇桜(あだざくら) 夜半(よわ)に嵐の吹かぬものかは」という歌を詠み、今夜のうちの出家を懇願されました。「明日もあると思っているこの心は、嵐が吹けば夜のうちに散ってしまう桜のように儚いものです」という決意は、慈円和尚の心を強く打ち、その夜のうちに儀式が執り行われました。
🔶花の終わりを彩る日本語の感性
日本語には、花の終わりを表現する独特の言葉が数多く存在します。桜は「散る」、梅は「こぼれる」、椿は「落ちる」、牡丹は「崩れる」といったように、それぞれの花が命を終える姿を繊細に捉えています。これらは単なる自然現象の描写ではなく、命が尽きゆく瞬間にもその個性に合わせた美しい名前を与えようとした、先人たちの深い慈しみの心の表れといえるでしょう。
🔶「死」を「往く」と捉える往生の教え
では、人の命の終わりはどう表現されるのでしょうか。「死ぬ」や「終わる」といった言葉がありますが、浄土真宗においては「往(ゆ)く」という言葉を用います。これは「往生(おうじょう)」、すなわち「浄土に往(い)き生まれる」ことを意味します。命が終わればすべてが消えてなくなるのではなく、阿弥陀さまの導きによって仏さまとして新しいステージへと生まれていく。死を「終わり」ではなく、次への「始まり」として捉えるこの教えは、死の恐怖に立ちすくむ私たちに大きな安心を与えてくれます。
🔶桜の散り際が問いかける今を生きる姿勢
桜の美しさは、その華やかさとともに、潔く散っていく儚さにあります。私たちは一日の終わりを迎えるたびに、確実に人生の最期へと近づいています。しかし、その終わりをただの「消滅」と見るか、お浄土への「往生」と見るかによって、今を生きる心持ちは大きく変わります。散りゆく桜を眺めながら、自らの命の尊さと、阿弥陀さまに抱かれた「必ず救われていく命」であるという喜びに出会ってほしい。桜という花は、そのような問いを私たちに投げかけているのです。
🔶今週のまとめ
良寛和尚の「散る桜 残る桜も 散る桜」という歌は、すべての命が等しく無常であることを教えています。
九歳の親鸞聖人が詠まれた歌は、明日をも知れぬ命の儚さと、今この瞬間に仏道へ進む強い決意を示したものです。
日本語には「散る」「こぼれる」「落ちる」など、花の終焉を慈しむ豊かな表現が備わっています。
浄土真宗では死を「終わり」とせず、お浄土へ「往(ゆ)く(往生する)」という希望ある言葉で捉えます。
桜の散り際を見つめることは、自らの命のあり方に向き合い、仏法に出会う尊いご縁となります。
次回テーマは「花まつり」です。どうぞお楽しみに。
お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。
お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
🔶お釈迦さまと乳粥にみる食の原点
仏教において「食」は命の根源であり、悟りへの道とも深く関わっています。かつて過酷な苦行で命を落としかけたお釈迦さまを救ったのは、村娘スジャータが捧げた一杯の「乳粥(ちちがゆ)」でした。この供養によって体力を回復されたお釈迦さまは、極端な苦行では真の悟りを得られないと気づき、中道の教えを見出されました。乳粥という一つの料理こそが、仏教の歴史を大きく動かす原点となったのです。
🔶「醍醐味」の語源と仏教の深い縁
私たちが日常的に使う「醍醐味(だいごみ)」という言葉は、仏教経典の『涅槃経(ねはんぎょう)』に由来しています。経典では、牛乳を精製する過程を五段階(乳・酪・生酥・熟酥・醍醐)で示し、最後に出来上がる最高級の乳製品を「醍醐」と呼び、それを仏の教えに例えました。また、カルピスの名称も、この最高級の乳漿を意味するサンスクリット語「サルピル・マンダ」を参考にして生まれたといわれており、仏教と食には意外な繋がりがあります。
🔶浄土真宗における肉食と親鸞聖人の歩み
仏教では不殺生戒(ふせっしょうかい)に基づき肉食を避ける文化がありますが、浄土真宗では伝統的に肉食を禁じてきませんでした。これは、自らの修行や功徳によって仏になるのではなく、阿弥陀さまの無差別な救いの中に生かされているという教えに基づいています。親鸞聖人ご自身も「非僧非俗(ひそうひぞく)」として一般の人々と同じ生活を送り、食の制限を設けませんでした。ちなみに、聖人が好まれたのは「小豆(あずき)」であり、現代でも「御正忌報恩講(ごしょうきほうおんこう)」などの法要では伝統的な小豆粥が振る舞われています。
🔶仏事の食事「お斎」に込められた意味
法事などで供される食事を「お斎(おとき)」と呼びますが、これは本来、僧侶が食事を摂る決まった時間を指す「斎時(さいじ)」に由来しています。私の祖父である高千穂正史(たかちほ まさふみ)は、法事の席で「亡き人の思い出を語り合うことこそが、何よりのご馳走である」と説いていました。形としての料理だけでなく、共に亡き人を偲び、命の繋がりを確認するその豊かな時間が、私たちの心を育む糧となるのです。
🔶命をいただく感謝の作法と追憶
私たちは日々、多くの命に支えられて生かされています。浄土真宗では、食前には「多くのいのちと、みなさまのおかげにより、このごちそうを恵まれました。深くご恩を喜び、ありがたくいただきます」と唱え、食後には「尊いいのちを、おいしくいただきました。御報謝(ごほうしゃ)に努めます。おかげでごちそうさまでした」と合掌します。飽食の時代だからこそ、食前食後の言葉を通じ、命への感謝と亡き人への追憶を大切にしていきたいものです。
🔶今週のまとめ
仏教と食には密接な関係があり、お釈迦さまを救った乳粥は仏教の原点ともいえます。
「醍醐味」という言葉は、牛乳の精製過程で最高の味を仏の教えに例えた経典の言葉が語源です。
浄土真宗では修行による制限を設けず、ありのままの生活の中で命をいただく感謝を説きます。
法事の食事「お斎(おとき)」は、亡き人の思い出を分かち合う「心のご馳走」をいただく場です。
食前食後の言葉を通じて、多くの命に支えられている事実を喜び、感謝を深めることが大切です。
次回テーマは「仏教と桜」です。どうぞお楽しみに。
お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。
お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
🔶お彼岸の由来と波羅蜜多の心
3月20日の「春分の日」は、お彼岸の中日です。お彼岸の語源は、サンスクリット語の「パーラミター」を音写した「波羅蜜多(はらみった)」であり、「悟りの岸へ至る」ことを意味します。太陽が真東から昇り、真西に沈むこの時期、私たちは西に沈む太陽の姿に「西方浄土(さいほうじょうど)」を想います。科学的な目線を超えて、阿弥陀さまの限りない命と光の救いに心を寄せる、それが浄土真宗のお彼岸の歩みです。
🔶外陣の広さにみる「聴聞」の精神
浄土真宗の本堂には、阿弥陀さまを安置する「内陣(ないじん)」と、参拝者が座る「外陣(げじん)」があります。特徴的なのは、参拝者が座る外陣が非常に広く造られている点です。これは、お救いの話を聞く「聴聞(ちょうもん)」を何よりも大切にするためです。多くの人が集まり、共に教えを聞くための場所が、お寺の設計そのものに組み込まれているのです。
🔶お寺から生まれた落語の伝統
お寺の本堂には、僧侶が教えを説くための「高座(こうざ)」や、話を補足するための黒板、マイクが備えられています。実は、日本の伝統芸能である「落語」の起源は、お坊さんの法話にあります。江戸時代の僧侶で「落語の祖」と呼ばれる安楽庵策伝(あんらくあん さくでん)上人は、法話を基に滑稽な話を生み出しました。寄席の用語である「前座(ぜんざ)」も、法話の前に司会を務める若い僧侶が由来となっています。
🔶蓮如上人が説く「聴聞」の極意
浄土真宗の中興の祖である蓮如上人は、『蓮如上人御一代記聞書(れんにょしょうにんごいちだいきききがき)』の中で「仏法は聴聞に極まることなり」と説かれました。聴聞とは、阿弥陀さまの救いのお話を、そのまま真っ直ぐに聞き届けることです。「なぜこの私が救いの目当てとされたのか」という慈悲の物語を繰り返し聞かせていただく「法座(ほうざ)」は、お寺にとって最も重要な場なのです。
🔶お墓参りから法話への一歩
お彼岸といえばお墓参りですが、それだけでなく、ぜひお寺の本堂で開催される「法話」にも足を運んでいただきたいのです。最近ではお寺の掲示板やSNSで情報を発信する寺院も増えています。亡き人を偲ぶお墓参りという尊いご縁をきっかけに、仏さまの心を聞かせていただく。それが、自分自身の命を見つめ直し、豊かな人生を歩むためのお彼岸の本来の過ごし方といえます。
🔶今週のまとめ
お彼岸はサンスクリット語の「波羅蜜多」を語源とし、悟りの世界であるお浄土を想う期間です。
浄土真宗のお寺は教えを聞く「聴聞」を重視するため、参拝者が座る外陣が広く造られているのが特徴です。
落語の祖とされる安楽庵策伝上人は僧侶であり、落語の形式や「前座」などの用語はお寺の法話が由来です。
蓮如上人は「仏法は聴聞に極まる」と示され、仏さまのお救いをそのまま聞くことの大切さを説かれました。
お彼岸はお墓参りだけでなく、お寺で法話を聞くことを通じて仏さまの心に触れる尊いご縁の場です。
次回テーマは「仏教と料理」です。どうぞお楽しみに。
お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。
お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
🔶震災から15年、記憶と現実へのまなざし
2011年3月11日、午後2時46分。宮城県三陸沖を震源としたマグニチュード9.0の巨大地震は、津波や震災関連死を含め2万2,000人以上の尊い命を奪いました。震災から15年が経過した今なお、福島県の大熊町や双葉町など7市町村には帰還困難区域が残り、避難生活を余儀なくされている方々がおられます。仙台市立荒浜小学校の跡地のように、校舎の2階まで津波が押し寄せた記憶を留める遺構は、私たちに自然災害の脅威と命の重さを静かに語り続けています。
🔶心の傷「PTSD」とサバイバーズ・ギルト
被災された方々が抱える苦しみは、目に見える被害だけではありません。死の危険に直面した体験が強烈なストレスとなり、悪夢や不安、現実感の喪失を引き起こす「PTSD(心的外傷後ストレス障害)」に苦しむ方が多くおられます。また、「なぜ自分だけが生き残ってしまったのか」と自らを責める「サバイバーズ・ギルト(生存者の罪悪感)」という心の痛みもあります。こうした心の傷は、生活基盤が整い、日常を取り戻し始めた頃に、ふとした拍子に表面化することが少なくありません。
🔶臨床宗教師の誕生とその役割
震災をきっかけに、公共空間で心のケアを担う「臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし)」という存在が注目されました。これは欧米の「チャプレン(宗教を背景に施設等でケアを行う専門職)」をモデルに日本で生まれたものです。布教や伝道を目的とするのではなく、相手の価値観を尊重しながら、被災された方の悩みや孤独に寄り添います。宗教者の本来の役割は、何かを教え導くこと以上に、苦悩の中にいる方と同じ場所で「ただ、そこにいる」ことにあるのです。
🔶「ただ聴く」という寄り添いのかたち
被災地における宗教者の主な活動は、相手の話を丁寧に聴く「傾聴(けいちょう)」です。家族を突然失った悲しみ、伝えられなかった後悔、あるいは日常の些細な愚痴。誰にも言えずにいた思いを言葉にすることで、整理のつかない感情が少しずつ和らいでいくことがあります。災害がいつどこで起き、いつ命を落とすかわからないという人間のありのままの現実に直面したとき、宗教者は共に立ち止まり、その苦悩を分かち合う「聴き手」としての役割を担います。
🔶カフェ活動を通じた安らぎの提供
臨床宗教師の実践の一つに、被災された方々の集いの場となる「カフェ」の活動があります。温かいコーヒーやお菓子を囲みながら、宗教者と住民が肩を並べて語らう場です。つらい記憶を無理に引き出すのではなく、安心して集まれる場所を提供し、対話のきっかけを作ります。誰かに思いを打ち明けられる場があることは、明日を生きていくための小さな、しかし確かな支えとなります。15年という月日が経っても、失われたものは戻りませんが、悲しみを抱えたまま共に歩む営みは続いています。
🔶今週のまとめ
東日本大震災から15年が経ちますが、今なお震災の記憶と帰還困難区域という現実が残されています。
被災地では震災による直接的な被害だけでなく、PTSDやサバイバーズ・ギルトといった心のケアが重要です。
臨床宗教師は、布教ではなく公共空間で人々の苦悩に寄り添う、日本版チャプレンとしての役割を担っています。
宗教者の役割は、何かを説くこと以上に「そこにいる」こと、そして相手の話を丁寧に聴くことにあります。
カフェ活動などの集いを通じて、つらい記憶や孤独を抱える人々の心が和らぐ場を支援し続けることが大切です。
次回テーマは「春のお彼岸(おひがん)」です。どうぞお楽しみに。
お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。
お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。
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仏教にまつわる色々なお話を、分かりやすくお話していただく番組です。仏教由来の言葉、豆知識、歴史、迷信、風習、教義、作法などなど。 出演は、熊本市中央区京町にある仏嚴寺の高千穂光正さん。お相手は、丸井純子さん。
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