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古代より日本の文化の中心的な役割を担っていた福岡。その福岡の歴史と文化を掘り下げて伝えていきます。※RKBラジオで毎週日曜21時30分から放送(毎年10月~3月)出演:坂田周大(RKBアナウンサー) 中島理恵(リポーター)番組ホームページ https://rkb.jp/radio/kodai/https://listen.style/p/kodai?IfTqat2t... more
FAQs about 古代の福岡を歩く:How many episodes does 古代の福岡を歩く have?The podcast currently has 288 episodes available.
December 07, 2018S4 10回目も神功皇后の足跡の残る神社を紹介していきます。日本書紀には神功皇后が小山田邑に斎宮を作らせたとあります。古賀市小山田には小山田斎宮という場所があります。ところが粕屋郡久山町山田という所にも斎宮があるのです。少々混乱をきたすのですが綾杉さんの説では仲哀天皇が亡くなった後、崩御の原因を明らかにするために籠もった場所が古賀市の小山田斎宮で、応神天皇出産の後香椎宮から疎開した宮処が久山町の斎宮ではないかとみています。その警備の面からみますと、地形上も敵に攻められないような地形の地に久山町の斎宮は建っており、そこへの入り口を武内宿禰がしっかり警備を固めていました。それが久山町の黒男神社です。トリアス久山の裏にあります。※写真は粕屋郡久山町の斎宮 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 30, 2018S4 9回目は神功皇后に関連する神社を紹介していきます。神功皇后と夫の仲哀天皇は下関から香椎へとやってきます。そして、香椎宮を拠点とするのです。ところが、ここで仲哀天皇が急死してしまいます。仲哀天皇の死については、「新羅を攻めよ」という、神がかりした神功皇后のおつげを聞かなかったために亡くなったのだ、という説と敵の矢に当たって亡くなったという説があります。各地の神社に残る伝承も様々です。そこで今週は神功皇后の伝承が残る神社を尋ねます。まず、紹介するのは敵の矢に当たって亡くなったという伝承のある小郡市の御勢大霊石神社から。ここの神社の拝殿の前には御本体所という仲哀天皇の剣と衣を納めたという場所があります。話は「神功皇后伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんに伺っています。綾杉さんの話では矢を射られた敵は熊襲ではなく、熊鷲ではなかったかということです Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 23, 2018S4 8回目は神功皇后の足跡を追跡します。神功皇后は那珂川市に裂田の溝という用水路を作ったりしますが、神功皇后は何故九州へやってきたのか、どういうルートでやってきたのか、という謎が残ります。今回は神功皇后研究の第一人者、「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんにその謎を解き明かしていただきます。神功皇后の夫は仲哀天皇です。河村さんの話では、二人が九州へやってきたのは熊襲が反乱を起こしたからでした。神功皇后は福井の気比の宮から、そして、仲哀天皇は和歌山からそれぞれ兵を率いて下関へやってきます。拠点を構えたのが豊浦の宮(忌宮神社)。そして、二人は別々のルートで香椎宮へやってくるのです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 16, 2018S4 7回目は福岡市東区に残る神功皇后の足跡を訪ねます。福岡市東区奈多は海岸の近くにある町です。ここの海岸近くにある志式神社。ここに神功皇后の足跡が残っていました。例年11月19日の夜行われる神事に「早魚神事」があります。早い魚と書いてハヤマと読みます。これは魚を早くさばいていく神事です。神事の由来は、神功皇后が朝鮮に出兵されるときここに軍議所が設けられたところから、神功皇后饗応の奉仕が早魚神事になったといわれます。神事は4人一組の地区の代表がもう一組の代表と塩鯛を裁いてヒレを座元に差し出す競争です。これを昔は競争で行っていました。勝った組がその年のいい漁場を手にすることができたんだとか。現在は、神事をきちんとふた組そろって行うようになったそうです。行事が始まるのは19日の午後7時すぎ、そこからお神楽がはじまり、早魚神事が始まるのは午前零時を回ってからとなっています。神社の拝殿の横には志賀海神社にあると同じ石の亀が一つありました。※写真は石の亀 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 09, 2018S4 6回目も奴国の中心地春日市を歩きます。奴国の丘歴史資料館の展示館を出ますとすぐ横の小高い丘は歴史公園になっています。歴史公園にはすぐ近くにある王墓の上石が置いてあります。この王墓の甕棺墓からは30面の中国の前漢鏡や銅剣、銅矛、銅戈などが出土しています。ここに眠っていたのは、志賀の島から見つかった金印~漢の倭の那の国王~の王よりも50年ほど前の王だとか。ふた石は重さが4トンもある重いものです。ここには甕棺が発掘当時のまま展示してある二つのドームがあります。王墓はここから歩いて5分程北へ行ったところにあります。王墓の近くにはあちこち空き地がありますが、これが王族の方の王墓があるところだとか。そのほんの先には武器などを作った巨大工場があった場所があります。この辺を歩くだけでも古代都市奴国を実感できます。※写真は王墓の上石 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 02, 2018S4 5回目は奴国の中心、春日市を歩きます。奴国の中心になっている遺跡は須玖岡本遺跡群です。その出土品は奴国の丘歴史資料館に展示してあります。王墓の副葬品として出土した草葉文鏡という前漢時代の大きな珍しい鏡を始め、坂本遺跡やタカウタ遺跡の極めて珍しい、様々な鋳型が展示してありました。目をひいたのはガラス玉や勾玉の鋳型。土製の鋳型です。粘土で作った鋳型に原料を流し込んで勾玉やガラス玉を大量に作ったのです。これは須玖五反田遺跡からの出土品。王墓のすぐ近くのタカウタ遺跡からはは把頭飾の土製の鋳型が出土。これは銅剣の握り手の部分に飾りがついているものの鋳型で、全国的にみても大変珍しいものだそうです。こういった様々な鋳型は、ここ須玖岡本遺跡群に奴国の巨大な工房があったことを証明しています。写真は多紐鏡の鋳型 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 26, 2018S4 4回目は那珂川市のとどろきの岡、安徳台を歩きます。とどろきの岡、安徳台は9万年前の阿蘇の大噴火の灰が積もってできた台地であるということでした。広さは福岡ドームの1.5倍もある台地です。人は住んでいません。みかん畑が一面に広がっています。ここには弥生時代のものから室町時代のものまで埋もれているそうです。弥生時代のものとしては甕棺が10基出土しています。中でも注目されるのは男女の甕棺。女性の甕棺の被葬者は年令が20代、身長が157センチ、男性の被葬者は50代で身長は167センチ、右腕に43個のゴホウラ貝をつけていました。ゴホウラ貝は南洋の海でしかとれない貴重な貝です。ですから、当時すでに南方の地域との交流があったのではないかと見られています。そして、歴史ガイドボランティアなかがわの白水さんの話では、その貝はひょっとすると呪力を高めるためのものだったのではないかと考えれば、ここは昔から神と交信する場所であったのではないだろうか。そうすれば神功皇后が岩を砕くために神に祈った場所として納得いく、ということでした。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 19, 2018S4 3回目は那珂川市の裂田の溝(さくたのうなで)を歩きます。裂田の溝は神功皇后が造った用水路です。伏見神社のすぐ近くにある那珂川の取水口、一の井手から約5キロ延びていて、古来、住民の生活用水として、或いは付近一帯の田畑に水を供給してきました。裂田の溝という名前は、用水路造成中に大きな岩にぶつかったため、神功皇后が神に祈ったところ雷により破砕されたというところからきています。このことはと日本書紀にも記載されています。その大きな岩は、現在風化防止のためセメントで覆われていますが、水路がここで大きく迂回していますので大きな岩があったことがわかります。 この水路に沿って遊歩道が作られていますし、ここではきれいな水のあるところにしかいないといわれるカワセミやオハグロトンボも目にすることができます。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 12, 2018S4 2回目も那珂川市を歩きますシーズン4は奴国から歩いています。2回目は那珂川市の伏見神社へやってきました。神社の横を那珂川が流れています。この神社はナマズと関係の深い神社です。ここにも神功皇后伝説が残っていました。神功皇后は新羅に出兵しますが、その時皇后の船を助けたのがナマズだといわれます。このためこの地域ではナマズは一切食べなかったといわれます。そこで、神社の近くにある池ではナマズが繁殖し、戦後近くを通りかかった米軍の兵士がこれをバーベキューして腹を太らせたという話が残っていました。また、神社の境内の銀杏の古木には、凱旋貝といわれるこれも神功皇后朝鮮出兵の折皇后の船を助けたという二枚貝が入っていました。神功皇后ゆかりの神社にある古木には何故か不思議なことに二枚貝がいるのです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 05, 2018S4 シーズン4 那の国からのスタートです。シーズン4が始まりました。1回目は奴国の中心地だった那珂川市から歩ます。那珂川市は10月1日に町から市になったばかりです。ここには奴国があったばかりでなく、市の中心を流れる那珂川には神功皇が造ったといわれる裂田の溝(さくたのうなで)という古代の用水路が流れています。日本書紀にも記載されているこの裂田の溝は現在もちゃんと残っていま。この那珂川を中心に歩きます。1回目は現人神社です。ここは全国に数千あるといわれる住吉神社発祥のといわれます。なのに、住吉神社ではなく、なぜ現人神社といわれるのか。これには神功皇后が深く関わっているというお話です。案内を引き受けていただいた「歴史ガイドボランティアなかがわ」の白水恵子さんの深くて詳しい説明が聞けます。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
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