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古代より日本の文化の中心的な役割を担っていた福岡。その福岡の歴史と文化を掘り下げて伝えていきます。※RKBラジオで毎週日曜21時30分から放送(毎年10月~3月)出演:坂田周大(RKBアナウンサー) 中島理恵(リポーター)番組ホームページ https://rkb.jp/radio/kodai/https://listen.style/p/kodai?IfTqat2t... more
FAQs about 古代の福岡を歩く:How many episodes does 古代の福岡を歩く have?The podcast currently has 288 episodes available.
February 15, 2019S4 20回目は梅の名所太宰府天満宮を歩きます。例年より開花がとても早かった梅の花。太宰府天満宮の梅も見頃を迎えています。曲水の宴は3月3日の午後1時頃から本殿へ向かって右の方にある曲水の庭で行われます。かつて天満宮はさいふまいりの方で大変賑わったといわれます。最近は中国語と韓国語が乱れ飛んで、平日も大変な人出です。中でも韓国の人に人気があるのは参道のつきあたりある牛の銅像。制作したのは彫刻家の富永朝堂。牛の背が宝満山をモデルにしたんだとか。境内にある11頭の牛の象の中で一番若いそうで、インスタ映えがするという理由でか、韓国の人が長蛇の列を作っています。楼門の前にあるのが実業家麻生太吉が奉納した石灯籠。麻生太吉は美人で有名だったお石茶屋のお石さんに惚れ、お石さんが茶店に通いやすくするためトンネルを掘った話は有名。今でもそのトンネルは竈門神社へ抜ける近道として使われています。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
February 08, 2019S4 19回目も神功皇后の田油津姫討伐の道です。今週も前週に続いて神功皇后の田油津姫の討伐の道を神社から辿っています。先週は朝倉市の太刀八幡宮、福成神社、筑紫野市の松尾宮、小郡市の老松神社まで尋ねました。今週は久留米市の赤司八幡宮から紹介します。この神社には三女神が降臨したのはここだという伝承が残っています。神功皇后は三韓に出兵する前と後の2回この神社に寄っています。その2回目が重要です。ここで朝鮮半島から帰るとここで応神天皇を出産したという伝承があるのです。しかも、この地には粕屋郡の宇美八幡と同じく蚊田という地名もあります。さらに、応神天皇が産湯を使ったという井戸、益影の井まで残っているのです。三女神が降臨した場所の話といい、神功皇后出産の地という伝承といい、何かしら注目される神社のようです。※写真は益影の井 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
February 01, 2019S4 18回目は神功皇后の田油津姫討伐の道です。神功皇后は秋月の古処山で羽白熊鷲を討伐、次に向かったのは田油津姫討伐です。そのルートを今週は神社からたどります。まず出てくのが朝倉市の太刀八幡宮です。ここへ軍勢を進め太刀を研いで、この神社に奉納、ここで軍事訓練を行いました。その協力にあたったのが水沼の君だったといわれます。次に向かったのは福成神社。ここでは宗像三女神に海路の安全を祈りました。この神社の近くにあるのが謡曲「綾の鼓」の舞台になった桂の池。主人公の源太老人の地蔵尊もあります。源太老人は斉明天皇の女官に恋をしますが、思いがとげられず桂の池に身投げします。さらに、女官も身投げするという物語。横を流れる桂川には「宮殿橋」=ぐうでんばしがあり、斉明天皇の橘の広庭に仕えた女官の宿舎「女御呂木」」=めごろぎもあり、斉明天皇について調べている人にとっては重要な場所と思われます。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
January 25, 2019S4 17回目は神功皇后の足跡を辿ります。神功皇后の足跡を今回は「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんに聞きます。河村さんの話、前回は下関の豊浦宮を出発して香椎宮へやってきて、夫の仲哀天皇が急死するまでのお話でした。今回はその続きです。神功皇后はいよいよ朝鮮出兵の準備にかかるのです。その前に熊襲討伐にかかります。まず、古処山を拠点とする羽白熊鷲を討伐にかかります。羽白熊鷲とはどんな集団だったのか、日本書紀には「その人となりは強健で、翼があり高く飛ぶことができる、皇名に従わず常に人民を掠めている」とあり、河村さんの話では山を縦横無尽に動き回る山伏のような集団だったのでは、ということでした。結局、朝倉の層増岐野(そそきの)という場所で討伐、熊鷲は古処山の北東にある嘉麻市の増富山へ逃げていきます。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
January 18, 2019S4 16回目は沖の島遙拝についてお送りします。神宿る島・宗像沖の島とその関連遺産群は世界文化遺産に登録されましたが、その時評価されたのが古代から現代に続く信仰でした。その遙拝を調べてみました。実は、沖の島を遙拝する信仰が残っているのは、漁師さんの世界ばかりでなく、農村にもあるのです。その内の一つが福津市手光(てびか)というところに残る「沖の島ごもり」又は「万年願」ともいうものです。ここでは、毎年5月の田植え前に苗代ごもりという行事と共に沖の島を祈る「沖の島ごもり」が行われています。場所は手光公民館の目の前にある須賀神社の境内です。ここから沖の島の方向を向いて祭壇を作り、神職に祝詞(のりと)をあげてもらいながら沖の島をひたすら祈るのです。この沖の島ごもりが行われるようになったのは明治時代、赤痢が大流行して手光地区の人たちも大きな被害が出ました。このことから沖の島の遙拝が始まったそうです。そして、その場所は戦前までは沖の島が見える竹の山で行われていました。しかし、残念ながら今ではその場所は全く分からなくなっていました。そこで、昨年12月地元の人21名でその場所探しが行われたのでした。果たして、その場所は分かったんでしょうか... Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
January 11, 2019S4 15回目も志賀島を歩きます13日に迫った志賀海神社の歩射祭を前に志賀海神社と神功皇后の関係を見ていきます。この島は安曇族の拠点となった島です。安曇族は安曇の磯良らが神功皇后朝鮮出兵の際水先案内をした一族。ですから、神功皇后関連の話がたくさん残っています。本殿の右側にあるのがその安曇の磯良を祀った今宮神社です。今宮神社のすぐ横の林の中にあるのが長生き竹。朝鮮出兵の際、船の帆柱か、どこかに使われたといわれる竹で、ちょっと変わった竹です。何しろ節と節の間が長く、直径10センチ程の竹の節は1メートルくらの節の長さがあります。何でも神功皇后が朝鮮出兵のお礼に子孫が繁栄するようといって植えたとか。本殿の手前の蔵の中にはシカの角がたくさんあります。神功皇后が朝鮮に出兵する際、対馬で鹿狩りをして出兵に成功したところから後の世の武将達が戦勝祈願のためにシカの角を奉納したものだとか。1万本近くもあるそうです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
January 04, 2019S4 14回目になる今年1回目は志賀の島を歩きます。志賀の島はかつて朝鮮半島の国々との交易に携わった安曇族の拠点でした。この島の神社、志賀海神社には代々受け継がれてきた様々な祭、習慣といったものが現在も色濃く残っています。この島は8という数字を重んじます。様々な行事が8という数字をもとに行われます。1月13日に行われる歩射祭は、射手士は8人。祭りの世話人が8人。お宮に仕え舞を舞うのが8人の乙女、と言った具合。そして、歩射祭の前日行われる行事に胴結舞というものがあります。これは新参者の射手士を鍛える行事で、重さ1トンもある胴結というワラ束を一人の射手士に背負わせ、後ろから射手士が支えてあげながら歌に合わせて町内を練り歩くものです。そして、午後からは神社の北の方角、勝間の海岸にある沖津島へ渡って、ガラモという海藻を新参者を海に潜らせてとり、沖津宮へ奉納するのです。その後、歩射祭が行われるのです。こんな行事が志賀の島には残っているのです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 28, 2018S4 13回目は福津市の新原・奴山古墳を歩きます。神宿る島・宗像沖の島とその関連遺産群は世界遺産に登録されましたが、その構成資産の一つ、福津市の新原奴山古墳を福津市教育委員会文化財課の池の上宏さんの案内で歩きます。ここは、いつ来ても風が強く、当日も冷たい強風の中、古墳を歩きました。今回は古墳入門といった感じで古墳のイロハを伺いながら歩いています。前回紹介した縫い針に関連した神社~縫殿神社の祠が22号墳という宗像の君の墓だとみられる前方後円墳の円墳の上にあります。縫い針は近くの古墳から出土しています。鐘崎には織幡神社もあり、この辺はどうやら織物と結びついた地であったと思われます。池の上さんから耳よりの情報がありました。「みちびき沖の島」というアプリができたそうです。これをスマホに入れると沖の島がライブで見られ、又沖の島の方角や、沖の島が見えるポイントとを教えてくれるそうです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 21, 2018S4 12回目は福津市のカメリア・ステージ資料館を訪ねます。神宿る島・宗像沖の島とその関連遺産群は世界遺産に登録されましたが、その構成資産の一つに福津市の新原奴山古墳があります。福津市にできたカメリアステージ資料館には、その新原奴山古墳の出土品や福津市で出土したたくさんの出土品が非常にわかりやすく展示してあります。特別展示室には古墳ごとに出土品を展示。中でも奴山・正園古墳から出土した縫い針は注目です。何故なら、出土した近くには縫殿神社があり、洋裁に携わる人の信仰を受けている神社があるのです。針は2本~3本束になって竹の筒に入っています。この縫い針と縫い殿神社と関連があるのではないかと思われるのです。興味ある出土品です。新原・奴山古墳に行く前に是非見学したいところです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 14, 2018S4 11回目も神功皇后の足跡が残る神社を紹介していきます。朝倉市の美奈宜神社の社名の美奈宜は地名の蜷城(になぎ)からきているそうです。この地域は羽白熊鷲に苦しめられた地域だったそうで、これを救ってもらおうと神功皇后に頼むのです。すると、神功皇后は神に祈って塩干る玉を使って川の水をからからにし、川蜷に頼んで一晩で城を作り、塩満玉を使ってこれに城の壕に水を入れ、水攻めにして滅ぼしたということです。これが社名の由来だとか。皇后軍の羽白熊鷲の攻撃は朝倉市を流れる二つの川をうまく利用しています。羽白熊鷲の根拠地古処山を東の佐田川と西の小石川の両方から攻めています。その東の川近くに美奈宜神社が、西の川近くに大己貴神社があるのです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
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