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古代より日本の文化の中心的な役割を担っていた福岡。その福岡の歴史と文化を掘り下げて伝えていきます。※RKBラジオで毎週日曜21時30分から放送(毎年10月~3月)出演:坂田周大(RKBアナウンサー) 中島理恵(リポーター)番組ホームページ https://rkb.jp/radio/kodai/https://listen.style/p/kodai?IfTqat2t... more
FAQs about 古代の福岡を歩く:How many episodes does 古代の福岡を歩く have?The podcast currently has 288 episodes available.
January 04, 2020S5 14回目は神功皇后ゆかりの神社を歩きます。神功皇后と仲哀天皇が九州の熊襲討伐のため拠点としたのが下関です。そこで下関のゆかりの神社を歩きました。まず、訪ねたのは長門の国一の宮、住吉神社です。ここの由緒では神功皇后が朝鮮に出兵して勝利したので、戦に従った住吉大神からわが荒魂を穴門に祀りなさいといわれ、神功皇后が建てたといわれます。ここの神殿にお供えする水は、かつては蓋井島にある井戸から毎日運んでいたといわれます。しかし、天気が悪い日は運べないため、山田邑の井戸に移したということです。その井戸が今は中国自動車道の下に残されていました。水を運んだ楠の船は、その後根が生え大きなクスの木となって、今では船楠と呼ばれて大きな枝をのばしています。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 28, 2019S5 13回目は日田市で見つかった鉄鏡について現在太宰府の国立博物館では三国志展を開催中ですが、同時に展示されているのが日田市で見つかった「金銀錯嵌珠竜文鉄鏡」という鏡です。これは曹操の墓から見つかった鉄鏡と大変似ているということで話題になっている鏡です。鏡の大きさは曹操の鏡と同じ21センチ、厚さもほぼ同じ2.5センチです。鏡には龍の文様に金や銀が施されています。鏡の製作年代は曹操墓の鏡とほぼ同時代と見られるのです。この鏡は曹操墓の鏡の鑑定に当たった中国の研究者が大変似ていると発言しています。しかし、この日田の鏡の出土状況がよくわからない点が多々あるのです。日田から見つかった鏡は昭和8年に京都大学の先生が古物商から買い、発見者にその時の状況を聞きに行ってレポートを発表したといわれます。曹操墓から出た鏡は位の高い人の所持品だといわれます。一体どのような経路で日田へ持ち込まれたか謎です。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 21, 2019S5 12回目も神功皇后伝承の残る神社を訪ねます。福津市にある宮地嶽神社は主祭神に神功皇后を祀り、随従の勝村・勝頼大神を併せて宮地嶽三柱大神として祀ります。神社境内には古墳があります。古墳は大型の円墳で直径は34メートル。横穴式石室の長さは22メートルもあります。この石室に使用されている石材は目の前に広がる玄界灘から船によって運ばれてきたものといわれます。神功皇后はこの神社の近くの宮地嶽に登り、挑戦出兵の勝利を祈願したといわれます。話を「神功皇后伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんに伺っています。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 14, 2019S5 11回目は神功皇后伝承の残る神社を訪ねます。神功皇后は新羅出兵の準備のため朝鮮半島に近い糸島半島を回ります。染井神社には染井の井戸と呼ばれる井戸があります。ここで皇后は「この井戸水で鎧が赤く染まるとこの戦いに勝てる」いって鎧を井戸に沈めると鎧は真っ赤に染まったという伝承があります。その鎧をかけて干した松は鎧掛け松として現在もありますが、残念ながら枯れた松になって本殿横に置いてあります。本殿はこの井戸から少し離れたところにありますが、参道は苔が美しく、また本殿まわりは森に囲まれた大変静かな場所で心が安まるところです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 07, 2019S5 10回目はみやま市の女山にある神籠石についてみやま市の女山~と書いて「ぞやま」と読みます~には神籠石がおよそ3キロにわたって丁度首飾りみたいに山を一周しています。今回はこの神籠石についてみやま市瀬高郷土史会・会長の熊川猛司さんとみやま市高田町郷土史部・部長の久保田毅さんに伺いました。まず、女山と書いてなぜ「ぞやま」と読むのか、熊川さんに伺うと、一説にはこの地域には昔から女性の権力者が代々統治していて、この辺を女王山といっていた。しかし、それではあまりにも恐れ多いので、ぞやま、というようになったのだという説があるそうです。ですから、神籠石はその霊域を表すもの、という説と山城説の二つが平行して現在もあるということでした。そして、霊域を表すものの一つに神籠石の内側から祭祀に使ったとみられる古い時代の銅矛が見つかっているとのことでした。一体どういう目的で神籠石が作られたのか。謎を秘めた石です。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 30, 2019S5 9回目は糸島の巨石を訪ねます。糸島に神功皇后と関係のある巨石があるということで訪ねました。場所はJRの加布里駅と一貴山駅の中間にある神在神社の近くです。神が存在すると書いて神在(かみあり)、これはここを訪れ休憩された神功皇后がこの場所のあまりの静かさと幽玄な雰囲気に、「ここには神がいる」といわれたところから神在という地名がついたんだとか。ここの神社は6世紀ごろには創建されていたという古い神社です。この神社の横手の路地を150メートル程入った竹藪の中に大きな石がごろんと一つありました。まるで恐竜の卵風の丸い石です。外周16メートル、高さが4メートルもある巨大な石です。石の頭のほうにはしめ縄がはってあり、石の小さな割れ目には見学者のお賽銭がたくさん挟んでありました。地元の方の話では石が発見されたのはつい最近のことだといわれますが、既にパワースポットの対象になり、当日見学におとずれた方は沖縄から評判を聞いて見学にきたとおっしゃっていました。※写真は巨石 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 23, 2019S5 8回目はみやま市のオルレコースを歩きます。みやま市では11月30日に「九州オルレ みやま市清水山コース」というオルレを予定しています。その前にコースを歩いてみました。ここ女山にはコースの途中に神籠石がたくさんみられます。神籠石は霊域を表しているのか、山城の跡かは現在も意見が分かれるところ。現状は山城説に傾いているといわれます。その神籠石はコースの出発点近くにありました。山から水をぬく排水口の役目だとか。山全体では4カ所ありました。コースはその神籠石をすぎると急な坂道にかかり、まず目の前に高さ30メートル程の竹林が左右から現れます。竹林はかなりの距離ありますし、鬱蒼と茂った中に太陽の光が差し込んで幻想的な雰囲気を醸し出します。地元では神宿る竹林といっていました。 この竹林をすぎると展望台にでます。展望台はまさに360度、はるか雲仙から有明海まで展望でき、すばらしい景色を堪能できます。実施日は紅葉の一番美しいとき、清水寺の庭園の美しさも堪能できたのではないでしょうか。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 16, 2019S5 7回目も古代の山城、大野城を歩きます。大野城の頂上、大宰府口から登って頂上から少し下ったところに鳥居があります。扁額には毘沙門天とありました。山上には毘沙門堂があり、ここでは正月3日にお賽銭をあげるのではなく、お賽銭をいただいて帰るという行事があり、参拝客はお賽銭をいただいて帰り、翌年倍にして返すのだそうです。その鳥居のすぐ下の方に大宰府口城門の跡がありました。何でも3期に分けて作られ1回目は665年、城門の幅は9メートルあった、その左右に高さ6メートルの石垣を作り、その上に土塁を作り、さらにその上に柵を作った大変頑丈な城門だったそうです。二期目になると少し狭い城門になったんだそうです。この後、宇美の方に下っていきますと道路沿いに100間石垣が見えてきます。全長150メートル以上はあるという石垣です。石垣は道路からですと50メートル程離れた山の上の方になりますから、小さく見えますが、近づきますと大きな石垣がぎっしり積んであるのが分かります。※写真は100間石垣 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 09, 2019S5 6回目は大宰府の防衛ラインの一つ古代の山城を歩く倭国は白村江の戦いで唐と新羅の連合軍に敗れ、今度は倭国が攻められると思い防御の態勢をとります。その一つが水城になりますが、水城を作ったあとは山城を防衛ラインにします。その山城の一つが大野城であったわけです。その大野城を歩きます。大宰府側から登っていきますと目の前に飛び込んでくるのが土塁と礎石群です。最初の礎石群は尾花礎石群、又の名を焼米ヶ原ともいいます。焼米が今でもでてくる場所です。といっても礎石の上に立った倉庫が焼けて中の米が焼けたのではなく、米の炭化が進んで黒くなったものだそうです。ここの建物に保管してあった米は何でも四千石だったそうで、これは4000人が一年に食べる糧に当たるのだとか。ここからの大宰府側の景色はすばらしく、眼下に阿志岐山城のある宮地岳もよく見えます。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 31, 2019S5 5回目はこれから登場する3人の人物のプロフィールです。今回はこれから番組に登場する主な人物のプロフィールを紹介していきます。神功皇后、仲哀天皇、武内宿禰の3人です。3人はいずれも福岡と大変つながりの深い人物です。神功皇后は仲哀天皇のお后で息長帯日売の命(おきながたらしひめのみこと)といいます。この名前から推定して、海中に潜って漁をする海人族と関係があるという。息長氏はもともと琵琶湖の南東を拠点とした海人族だったという。母は葛城の高額比売で、新羅王子の子、天の日矛の5世の孫だとか。神功皇后は夫の仲哀天皇と熊襲を討伐するため香椎を拠点に活躍します。武内宿禰は二人につかえた人物。仲哀天皇は途中亡くなりますが、神功皇后と武内宿禰は福岡県内をぐるりと回り。新羅へ遠征したりします。この3人のプロフィールを神功皇后研究の第一人者、河村哲夫さんが詳しく紹介します。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
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