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古代より日本の文化の中心的な役割を担っていた福岡。その福岡の歴史と文化を掘り下げて伝えていきます。※RKBラジオで毎週日曜21時30分から放送(毎年10月~3月)出演:坂田周大(RKBアナウンサー) 中島理恵(リポーター)番組ホームページ https://rkb.jp/radio/kodai/https://listen.style/p/kodai?IfTqat2t... more
FAQs about 古代の福岡を歩く:How many episodes does 古代の福岡を歩く have?The podcast currently has 288 episodes available.
November 21, 2020S6 8回目は古賀市の船原古墳から見つかった玉虫装飾の馬具について古賀市の船原古墳では、この程日本で初めて玉虫装飾の馬具が見つかりました。玉虫は緑色に赤く筋の入った大変美しい虫で、日本では法隆寺の玉虫の厨子がよく知られています。この玉虫厨子は7世紀の中程に作られたもので、この船原古墳の玉虫装飾の馬具はそれよりも古くなります。玉虫装飾の馬具は杏葉という部分で、馬の尻を飾るものです。この玉虫装飾の馬具は韓国の新羅時代の王陵から数点見つかっています。船原古墳からはこれまでに新羅関連の馬具が見つかっており、この玉虫自体、日本の玉虫か、あるいは新羅から伝わった馬具なら新羅の玉虫か、は現在のところ分かりません。静岡県藤枝市の玉虫研究所の芦沢七郎さんは、玉虫は寒い場所にはあまりいないといわれていることから、かつて、朝鮮半島と人的交流のあった時代に日本の玉虫が新羅に持ち込まれたのではと見ていますが、、、。これからどういった調査結果がでてきますか。※写真は玉虫装飾の馬具と復元した馬具 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 14, 2020S6 7回目は糸島半島の神功皇后の足跡を歩きます。今回は糸島市のふるさとガイドのみなさんに糸島に残る神功皇后伝説の地を案内していただきます。最初に訪れたのは糸島のJRの福吉駅ちかくの家族風呂として知られる「まむしの湯」。ここは赤米が栽培される所としも知られていますが、このすぐ近くに浮嶽という山が見えます。この浮嶽は標高が800メートルちかくあり、筑紫富士とも言われるほど美しい山です。神功皇后は、いろんな山に登り、朝鮮出兵の勝利を祈願していますが、この山にも登っていました。そして、この山には白龍伝説という話が伝わっていました。村の娘がある若者に恋をしますが、この若者が実は白龍であり、後に神功皇后の羽白熊鷲退治に大活躍するというもの。浮嶽にはこの伝説の伝わる白龍神社もあるそうです。」このあと、神功皇后が新羅遠征に向かう際、お腹の子供の出産が遅れるようお腹に抱いていった石があったという伝説の神社、鎮懐石八幡宮を訪ねます。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 07, 2020S6 6回目は宗像の君の刀について。宗像には「世界遺産、神宿る島・宗像沖の島と関連遺産群」という貴重な遺産があります。現在、この世界遺産に関しては、調査研究成果・5館連携展覧会として「ムナカタ~祈り・暮らし・交わり」展が開かれています。5館というのは、宗像大社神宝館、九州国立博物館、海の道むなかた館、福津市歴史資料館、九州歴史資料館といったところです。この内、6回目は九州国立博物館で開かれている、宗像海人の刀展にスポットを当てます。宗像の君がどんな刀を使っていたのか興味があるところです。お話を九州国立博物館・展示課研究員・小嶋 篤(こじま・あつし)さんに伺っています。まず、刀と剣の違いについては、刀は片刃のもの、剣は両刃のものをいうとのことでした。その刀が出土した新原・奴山古墳の北にある勝浦峯の畑古墳から出土した刀を調査、その結果、長さが40センチ程の太刀が標準の長さであることが分かったということです。この長さの刀は当時の刀としてては短い方で、しかも、刀の握りの部分も短く片手で刀を握っていたのではないかとみられています。これは、海人族である宗像氏が船の上での戦闘に有利な、片手で戦える短い刀を好んで使ったのではないかと、いうことでした。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 31, 2020S6 5回目はみやま市のこうやの人形についてみやま市のこうやの宮の人形のモデルとなったのは一体どういう人物であるのかはいろんな説があってはっきり分かりません。そこで、今回は「神功皇后伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんにこの人形について詳細に伺っていきます。まず、人形の並び方が、昔から地元に伝わる並び方を平成時代の台風の後代えたといわれます。そこで、昔の並び方で検証しますと、中央が鏡をもった男装の女性像でした。これが綾杉さんの説では、神功皇后ではないかというものです。その左の、かつて高貴な人が着る青い色の着物を着ている人物は応神天皇の可能性があるとか。右が七支刀をもった男性。これが武内宿禰の可能性があるということです。そして、他の人形より少し大きめな、平安朝の衣冠束帯の衣装を着た人物は物部の阿志賀野神。そして、左端のカッパ人形をいわれる裸の像は中国から渡ってきた技術集団の国栖(くず)といわれた人達を表した像である。といったのが綾杉さんの説です※写真はこうやの宮の人形~中央の人形~神功皇后? Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 24, 2020S6 4回目は何故天智天皇がしばしば瀬高付近に行ったのか、です。天智天皇がまだ中大兄皇子の頃、しばしば瀬高近辺に現れています。これは一つには朝鮮半島での状況に関係があるといわれます。朝鮮半島では日本と良好な関係だった百済が唐と新羅の連合軍に攻撃を受け、その救援のため、兵を集めに、この近くにいたと思われる海人族の安曇族に助けをもとめにやってきたという説があります。ここには有富という地区があります。ここの区長さんの話では、ここでは、昔はありとみといわず、あずみといっていたといいます。その証拠となるようなものが近くの神社、若宮神社に古くから伝わるカッパ風の人形が保存してありました。木彫りの人形で大きさは20センチくらい。男性像と女性像があり、女性像は着物を着た像です。注目されるのは男性像です。男性像は上半身裸で、髪の毛は長髪のザンバラ髪で、顔の表情は大きな目をかっと開き恐ろしい顔をしております。人形は全部で20体あり、この内、男性像が14体あります。区長さんの話では、この男性像は魏志倭人伝にでてくるジサイではないかということです。船が安全に航海できるように船に乗せられ、安全に航海できたときは褒美ももらい、危険な目にあうと、海に沈められたというのがジサイ。昔、この近くには安曇族がいたんでしょうか。ここにはそんな人形が伝わっているのです。※写真は若宮神社の人形 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 17, 2020S6 3回目もみやま市を歩きます。今回は、かつて邪馬台国山門説を村山健治さんが主張された時、卑弥呼の墓の候補地の一つにあげられた堤地区を歩きました。ここでお会いした堤新さんの家の玄関の横には長さ3メートル程の大きな岩とちょっと小さめの岩が二つありました。一つは卵形をしていて横たわっていてもう一つは立ててありました。石の前には小さな祠があり、家の方が大切にしているのが分かります。昔は「この石の上で遊んではいかん」と、うるさくいわれた、と堤さんはおっしゃっていました。堤地区は、回りよりも少し高くなっているとの話でした。また、近くには巨石が転々としていて、確かにかつて何かがここにあったことを想像させてくれますます。そして、この地区の外れにある神社からは遠く清水山が見え、その山を中心に一年を通し日の出の位置が変わっていくのが観察されるのだとか。村山さんはこの神社を農業用に観察した場所ではないかと見ています。※写真は堤さんの家の前にある巨石 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 10, 2020S6 2回目はみやま市にある「こうやの宮」です。みやま市の大神というところに小さな祠があります。普段は鍵がかかってみられませんが地区の方に許可を得ると見ることができます。この祠の中に木彫りの人形が5体飾ってあります。その中の一体が七支刀を持った人形なのです。七支刀はかつて百済から倭の王に贈られた刀剣で現在天理市の石上神宮にあります。その刀剣と同じ形の七支刀を持った人形がここにあるのです。七支刀は左右両方から枝刃がでた得意な形をした刀剣です。不思議なのは石上神宮の七支刀が発見されたのは明治になってから。しかし、このこうらの宮にある人形はそのずっと昔からこの町の人によって守られてきたものなのです。この謎多き七支刀の人形を紹介していきます。※写真は七支刀の人形 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 03, 2020S6 シーズン6の1回目は古代のみやま市を歩いた村山健治さん。この番組にふさわしい方がいました。古代のみやま市をくまなく歩き回ってついに邪馬台国山門説の本「誰にも書けなかった邪馬台国」を出版した村山健治さんにスポットをあてます。村山さんはみやま市に住み、たくさんの古墳の発掘作業に携わり、終にはここが邪馬台国であろうと推論するに至ります。そこで、村山さんがたどり着いた邪馬台国山門説を詳しく紹介していきます。村山さんの説は従来からいわれる不彌国を宇美町付近とし、ここからから船で宝満川を下り、筑後川へ出て、久留米付近にあった投馬国へ。さらに有明海へでて、今度は矢部川を上り瀬高付近にあった邪馬台国へたどり着くというコースです。みやま市をあるきますと古墳がたくさんあるのがわかります。付近には神籠石のある女山も横たわっているのです。古代史ファンにはたまらない魅力あるところです Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
March 28, 2020S5 26回目は日田市出土の謎の鉄鏡について大分県日田市で出土したといわれる鉄鏡があります。金銀錯嵌珠龍文鉄鏡といいます。名前の通り金が入り、銀が入り、トルコ石が入った貴重な鏡です。鏡の大きさは21センチ、中国の魏の曹操の墓から見つかった鏡と兄弟鏡といわれ話題になっている鏡です。歴史家の河村哲夫さんの話では、この鏡が日田市から出土したことから邪馬台国九州説の有力な証拠になるといいます。この鏡は卑弥呼が中国から銅鏡100枚と共に送られたものと解釈。実はこの鏡と同じ21センチの大きさの鉄鏡が岐阜県の飛騨から見つかっているのです。日田と飛騨は音が似ています。このことは、かつて、その地を統治した政権が統治圈の東の境目をヒタといい、そこを守った人物に鏡をもたせたものと推理します。それで、同じような鏡が日田と飛騨から出土したのだといいます。シーズン5は今回で終了。シーズン6は10月から始まります。ご期待下さい。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
March 21, 2020S5 25回目は神功皇后の熊襲討伐について今回は「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんに話をききます。神功皇后は熊襲討伐を旗印として仲哀天皇九州へやってきます。途中仲哀天皇は香椎で急死。その後、神功皇后は羽白熊鷲を秋月付近で討伐。次に山門の田油津姫を討伐へ向かいます。河村さんの話では ただ、税を納めないだけで天皇がわざわざ九州まで討伐にやってくるだろうかという疑問。この羽白熊鷲は熊襲といわれるが今ひとつ正体がよくわからないそうです。河村さんの話では、熊襲は山を働きの場とする集団ではないか。海の民の集団は安曇族であり、これは既に味方としてとりこんでいる。しかし、山の集団はこれから。だから、これをこの山の集団との戦いとみると、いろんなものが見えてくるということです。秋月付近の羽白熊鷲、山門の女山を拠点とする田油津姫、田川へ逃げた田油津姫の兄の夏羽。これを山の集団という観点から見ると、見えてくるものがあるということでした。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
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