Sign up to save your podcastsEmail addressPasswordRegisterOrContinue with GoogleAlready have an account? Log in here.
古代より日本の文化の中心的な役割を担っていた福岡。その福岡の歴史と文化を掘り下げて伝えていきます。※RKBラジオで毎週日曜21時30分から放送(毎年10月~3月)出演:坂田周大(RKBアナウンサー) 中島理恵(リポーター)番組ホームページ https://rkb.jp/radio/kodai/https://listen.style/p/kodai?IfTqat2t... more
FAQs about 古代の福岡を歩く:How many episodes does 古代の福岡を歩く have?The podcast currently has 288 episodes available.
January 30, 2021S6 18回目は神功皇后関連の神社を歩きます。お待ちかねの綾杉るなさんの案内で神功皇后関連の神社を歩きます。神社はシーズン5の風浪宮のつづき、久留米市の大善寺玉垂宮からです。この神社には神功皇后が新羅遠征からの帰途ここに船をつないだと言う伝承が残っています。この為、神社はかつては御船山大善寺といわれていました。そして、ここには「ニナガイ」の伝承が残っています。新羅との闘いの時に、神功皇后が干珠の玉を投げると海面が干潟になり敵の船がひっくり返りましたが、神功皇后の船は船底にびっしりついていた「ニナガイ」のお陰で無事だったという話です。このニナガイが今も境内の楠の木に残っているというのです。確かに楠の木をよく観察するとニナガイが入っている楠の木があるのです。そして、さらに神功皇后関連の神社を訪ね、境内の古い楠の木をよく捜すとニナガイが入っているから不思議です。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
January 23, 2021S6 17回目も太宰府を歩きます。太宰府の伝説を探して歩いています。観世音寺にきました。ここへくると全く空気がしんと静まって心が洗われる気が致します。観世音寺の裏へ回りますと、地元の方達が植えた万葉の花が植えてあったり、のんびりした田園風景が広がって、全く別世界の雰囲気です。そんな中にあるのが弘法水。観世音寺の山号が清水山といいます。その山号の由来となった清らかな水が湧き出てきているのが弘法水といわれる水。大きさは2メートル×1メートルほどの小さな池になっています。池の側のエノキの根元には観音菩薩と弘法大師の二つの石像が立っています。その二つの像がしずかに流れる清水に姿を写しています。この後、五条へ向かいます。太宰府市役所の裏を流れる川に注目。御笠川が流れていますが 、この御笠川、上流を岩踏川、下流を思川といったそうで、さすがに、古都太宰府には流れている川も大変趣のある名前になってるなと思わせます。 ※写真は弘法水 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
January 16, 2021S6 16回目も太宰府を歩きます。古都大宰府保存協会の学芸員、田中健一さんと太宰府の伝説をさがして歩いています。水城の東門をスタートし旧日田街道を都府楼の方へ歩いていきますと大きな鳥居が見えてきます。ここから左折すると太宰府天満宮へ行きます。ここにかつてあったのが団子屋さん。関屋の串団子として評判の店でした。ここから天満宮方面をみますと、わずかに見えるのが岩屋城跡。岩屋城は九州制覇をめざす島津軍に対し太宰府を守る高橋紹運が立て籠もった場所。そこで関屋の商人が島津勢を憎んで作ったのが串団子です。島津勢を串刺しにしてやろうという思いのこもった団子でした。これが「関屋の串団子」として評判を呼んだのでした。その店は現在は残念ながらありませんでした Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
January 09, 2021S6 15回目は大宰府の伝説を探して大宰府を歩きます。令和の時代に入り一時は大宰府が梅花の宴の地として大変にぎわいました。この番組でも梅花の宴が行われた大伴旅人の屋敷は一体どこであろうか、という場所探しもやりましたが、今年も、そんな大宰府を歩きます。今回は大宰府の伝説をさがして歩きます。御案内を古都大宰府保存協会・学芸員の田中健一さんにお願いしました。スタート地点は水城の東門跡から歩きます。大宰府の伝説はいろんなところにたくさんあります。東門跡をほんの400メートル歩いたところで、たくさんの話が埋まっていました。旧日田街道が二日市方面に通じた道路を歩きました。まず、街道沿いにでてきたのが衣掛天満宮。菅原道真公にちなむ神社です。ここには姿見の井という、道真公が旅に疲れた自分の姿を見たという井戸の跡があります。さらに神社には衣をかけた松が神社の扁額として残っていますした。ここから、ほんの少し歩いたところに宝満隠しという面白い名前と面白い伝承をもった場所もありました。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
January 02, 2021S6 14回目は神功皇后の足跡をたどります。神功皇后は第14代の仲哀天皇の妃で、仲哀天皇と共に九州にやってきて、ほぼ福岡県全体をぐるりと回り、各地に様々な伝承を残していった人物です。この番組ではシーズン1から様々な形でとりあげて紹介しています。何故なら、その足跡を追うということは古代の福岡を紹介することになるからです。今回は神功皇后の研究の第一人者、「神功皇后の謎を解く」の著者、河村哲夫さんに伺っていきます。神功皇后が活躍した時代は西暦390年から410年頃だといわれます。二人が九州へきたのは熊襲を討伐するためだといわれます。天皇は和歌山から、皇后は福井の気比神社からそれぞれ下関をめざすます。下関についた二人はここで拠点を設けます。豊浦宮といいました。現在の忌宮神社です。皇后はここで海にもぐり、干珠・満珠の玉を手にします。そして、福岡の香椎宮をめざすのです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 26, 2020S6 13回目も新原・奴山古墳を歩きます。福津市の世界遺産「神宿る島・宗像・沖の島と関連遺産群」の構成遺産の一つ、新原・奴山古墳を歩きながら、古墳とは一体どういうものか紹介していきます。その3回目は新原・奴山古墳の中で最も北の部分にある古墳、7号墳へやってきました。この古墳は方墳です。一辺の長さが24メートルある真四角の古墳です。少しだけ発掘調査されたところによりますと、古墳上部は小さな石が敷いてあり、ここからは赤っぽい琥珀が出ています。内部はレーダーで調査したとこでは、石室らしきものがあるそうです。この古墳の下は現在は畑になっていますが、かつては海でした。 そんなところから、ここではかつて祭祀が行われたのではないかという説があるそうです。そして、レーダー調査で分かった部分で、石室の中心が沖の島を指しているのだとか。これが何を意味するのかはわかりませんが、興味のわく7号墳です。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 19, 2020S6 12回目も新原・奴山古墳を歩きます。古墳のことを勉強するにはもってこいの古墳がある新原・奴山古墳です。ここには円墳が35基、前方後円墳が5基、方墳が一基有ります。今回は宗像の君の古墳だと思われる新原・奴山古墳で最大の前方後円墳、22号墳の前で話を聞きます。この古墳にはかつて後円部に登る入り口に鳥居があり、後円部上に祠がありました。鳥居の扁額には縫殿神社とありましたが、現在はありません。この縫殿神社はこの古墳の近くにありますが、そこから分祀されたものでした。ここには、かつて中国の呉の国から4人の機織りの乙女が倭の国にやってきた際、その一人を宗像の君がもらいうけ、縫い物を織らせたという伝承があり、その場所が縫殿神社だったということでした。また、面白いことに近くにある古墳からは縫い針もいくつか出土しているのです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 12, 2020S6 11回目は福津市の新原・奴山古墳から数年前から神社ブーブというのが始まりまして、この番組でも神功皇后関連の神社を紹介していますが、今度は古墳がブームになってきました。そこで、この番組では今週から代表的な古墳が集中している、~福津市の世界遺産「神宿る島・宗像・沖の島と関連遺産群」の構成遺産の一つ、新原・奴山古墳を歩きながら、古墳とは一体どういうものか紹介していきます。お話を福津市教育委員会・文化財課・史跡整備係長の井浦一さんに伺っています。新原・奴山古墳には前方後円墳が5基、円墳が35基、方墳が一基の計41基の古墳があります。展望所に立って玄界灘を前方にみますと、古墳全体が俯瞰できます。古墳の中に入っていきますと、まず、たくさんの円墳が見えてきます。丁度コスモスのシーズンに歩きましたので、古墳の中に咲いている美しいコスモスが殺風景の古墳に白や赤やピンクの鮮やかな彩りを添えていました。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 05, 2020S6 10回目も糸島を歩きます。今週も糸島の神功皇后関連の場所を捜して、糸島ふるさとガイドの皆さんの案内で糸島を歩きます。車で福岡市から糸島に向かい、県道49号を日向峠を越えていきますと、その県道沿いに見坂といいう場所に出ます。そこから田んぼの中の細い道を山の方へ少し上ったところに神功皇后の鞍掛石というがあります。この道は細い道ですが、なんでも昔から雷山登山道として知られた道路だそうです。横を小川が流れていて、その小川沿いに石はありました。鞍掛石はまるで馬の背に乗せた鞍そっくりの形、大きさです。まわりを玉垣風に石で囲ってありました。また、この日最後に訪ねた引津湾の岐志という場所にあった花掛神社のすぐ近くの海岸には、これまた神功皇后と関連のある、神功皇后袖敷き石という巨大な岩がありました。神功皇后伝承、糸島には数多く残っていました。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 28, 2020S6 9回目は糸島を歩くの2回目です。糸島ふるさとガイドのみなさんの案内で糸島の神功皇后関連の地を歩いています。今回は一貴山の大田神社から歩きました。この神社は天孫降臨の際、道案内をしたという猿田彦命と大田命が御祭神の神社です。うっそうとした竹林の中にあります。その昔、神功皇后が天目一箇神という山の鍛冶の神を祀られたといわれる神社です。この大田神社のすぐ近くにあるのが大きな楠の木の横にある仁王像。大きな屋根の建物の中に二つの仁王像がすっくと立っています。ここは夷巍寺(いきじ)の仁王門といわれるもので、寺は12もの僧坊をもつ寺だったとか。仁王像は阿形像、と吽形像があり、二つの像の近くには子供の成長を祈る人々の大きなわら草履がいくつもかけてありました。※写真は仁王像 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
FAQs about 古代の福岡を歩く:How many episodes does 古代の福岡を歩く have?The podcast currently has 288 episodes available.