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古代より日本の文化の中心的な役割を担っていた福岡。その福岡の歴史と文化を掘り下げて伝えていきます。※RKBラジオで毎週日曜21時30分から放送(毎年10月~3月)出演:坂田周大(RKBアナウンサー) 中島理恵(リポーター)番組ホームページ https://rkb.jp/radio/kodai/https://listen.style/p/kodai?IfTqat2t... more
FAQs about 古代の福岡を歩く:How many episodes does 古代の福岡を歩く have?The podcast currently has 288 episodes available.
December 18, 2021S7 12回目も神功皇后の足跡をたどります。「神功皇后伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんに御案内していただいています。今週は遠賀郡の住吉神社から。神功皇后は朝鮮出兵に成功し戻ってきます。そして、出兵がうまくいったのもひとえに住吉の神のお陰であると言い、さらに、ここに一株の松を植えて、根元に白弊を納め「この松は神のお陰と共にいや栄えに栄えよ」と言われた。そこで、ここを若松と唱えて住吉三神を祀ったといわれます。この後、門司区の甲宗八幡宮、そして和布刈神社まで紹介します。綾杉さんの神社の話は下関の忌宮神社からこれで100社になります。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 11, 2021S7 11回目も神功皇后の足跡をたどります。神功皇后の足跡を神社からたどっています。今回は北九州市の旗頭神社からです。神功皇后が新羅へ出兵し、戻ってから武内宿禰が陣営を構えたのがここで、「いくさばる」といいましたが、現在は陣ノ原という地名になっています。北九州市八幡東区にあるのが乳山八幡宮。神功皇后は国見をしたあとこの付近で子供(のちの応神天皇)に乳を与えた聖地がここ乳山八幡宮。さらに豊浦宮をめざしますが、途中鷹尾山の頂上に皇子を立たせ、遙か関門海峡付近を展望し、「穴戸は近し」といったといわれます。その皇子が立った力石が境内に今でも残っているのが小倉北区の篠崎八幡宮。この後八幡西区の熊野神社、遠賀郡の住吉神社まで紹介します。案内していただくのが「神宮伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんです。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
December 04, 2021S7 10回目は神功皇后の九州での足跡を追います。神功皇后は第14代仲哀天皇の后で、仲哀天皇と共に熊襲討伐の為に九州にやってきます。そして、仲哀天皇は途中で亡くなりますが、神功皇后はそのあと熊襲を討伐し、田油津姫を討伐、新羅に遠征したりした後、ほぼ福岡県をぐるりと回り、各地に様々な伝承を残していった人物です。この番組ではシーズン1からとりあげて紹介しています。今回は神社から皇后の足跡をたどっていきます。シーズン6では豊裏宮帰還の部分、全ての福岡での仕事を終えて下関の豊裏宮へ戻る途中の神社、京都郡の生立神社から訪ねます。お話を「神宮伝承を歩く」の著者、綾杉るなさんに伺っています。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 27, 2021S7 9回目も筑紫野市の阿志岐山城の話しです。筑紫野市の阿志岐山城は宮地岳の山腹にあります。阿志岐という場所は大宰府政庁があったの都府楼からも近い場所にあります。従って、ここは政庁に勤める官僚たちが都へ帰る時の別れの場であり、付近一帯はなだらかな丘陵地でのどかな田園風景が広がっているところから、この場所が和歌遊びをする場所でもあったということで、ここでうたった歌が万葉集にもいくつか残っています。阿志岐は奈良時代には蘆城と書いたそうです。ここにはかつて30里ごとに置かれた駅(うまや)もあったとか。その重要な倭国の拠点だった大宰府を防衛するために阿志岐山城は作られたのではと見られています。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 20, 2021S7 8回目は筑紫野市の阿志岐山城です。8回目は筑紫野市の宮地岳という標高338.9メートルの山腹にある阿志岐山城を解明していきます。この山城は神籠石系の山城で7世紀はこの後半頃築かれたとみられる山城です。こう調査で確認されたもので土塁・石塁は総延長約1.34㎞もあるそうです。土塁はどうやって築かれたのか、ここにはパネルで詳しく説明してありました。当時の人のすぐれた技術について筑紫野市歴史博物館の小鹿野館長に詳しく伺いました。ただ、どうしても分からないのは、材料になる土塁や石塁を一体どこからどういう方法で運んできたのか、どこで石を切ったのかなど細かいことはわかっていないということでした。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 13, 2021S7 7回目は太宰府市の国立博物館の「海幸・山幸展」の仏像に注目現在太宰府市の国立博物館では特別展「海幸・山幸」展が開かれています。実はその展示品の中に大変注目される仏像があります。像の高さがおよそ30センチ程の仏像は非常にととのった形をした仏像です。長野県の安曇野のお寺~長野県北安曇郡松川村の観松院というお寺にある仏像で「銅像菩薩半跏像」と、いいます。それともう一つ、その仏像とよく似ていますが、上半身が失われた仏像が二つそろって展示してあるのです。こちらは長崎県対馬の浄林寺というお寺にある仏像です。何やら謎めいた仏像に注目し、九州国立博物館の企画課 特別展室・研究員の大沢信(おおさわ・しん)さんにお話を伺ってみましたら、二つの仏像、百済の同じ釜で作られたものだとか。しかし、一つは安曇野の山の中にお寺にあり、一つは対馬という島の寺にあるものです。一体どういうルートで別々の場所へ。一体誰が安曇野のお寺へ運んだのか謎なんです。 ※写真は観松院の銅像半跏像 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
November 06, 2021S7 6回目も邪馬台国=筑紫平野連合九州説の片岡宏二さんの3回目です。「邪馬台国論争の新視点」の著者、片岡宏二さんの「邪馬台国=筑紫平野連合説」を伺っています。先週までの話では説の中心になっている筑紫平野の範囲については、佐賀平野、筑後平野、そして両地区平野、つまり筑前・筑後にまたがる甘木・朝倉・久留米・小郡・浮羽の平野、の三つの平野をいうということでした。そして、不彌国の推定地については筑紫野市の常松遺跡あたりではないだろうか、ということです。さらに、魏志倭人伝に記載されている不彌国から投馬国へ至る水行20日、投馬国から邪馬台国へ至る水行10日、陸行1ヵ月という記述は実際は書いてなかったんではないか、といった説です。片岡さんの本には、ネットワーク化された筑紫平野は、邪馬台国時代にあって、完全ではないが、魏志倭人伝の記述の多くを満たすことから投馬国および邪馬台国の有力候補と考えると書いていらっしゃいます。今回ははクニについての話から、片岡さんが考える卑弥呼像について伺っています。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 30, 2021S7 5回目は片岡宏二さんの邪馬台国=筑紫平野連合説の話の2回目です。前回までの話は魏志倭人伝の方位と方向について、例えば伊都国から奴国は実際は東ですが、、倭人伝には東南と書いてあります。実は、これは伊都国から奴国へ行く途中通る日向峠の方向を指すもの、つまり、伊都国から奴国へ足を踏み出す方向をさすもの、だという説です。そして、邪馬台国九州説のポイントなるクニ、不彌国は一体どこなのか、ということに関しては飯塚説、宇美町近辺説といろいろあった中で、片岡さんは筑紫野市の常松遺跡あたりではないか、という説です。そして投馬国は、朝倉地方の小田・平塚遺跡群あたりではないだろうか、といった説を展開なさっています。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 23, 2021S7 4回目からは邪馬台国九州説を紹介シーズン6ではみやま市の郷土史家、村山健治さんの邪馬台国大和説を紹介しましたが、シーズン7では、みやま市の三船山を切り口にネットワーク化された筑紫平野こそ、邪馬台国の有力候補であるという説を展開なさってる方の邪馬台国九州説を紹介していただきます。「邪馬台国論争の新視点」という本をお書きになった小郡市埋蔵文化財調査センター所長の片岡宏二(かたおか・こうじ)さんです。1回目はその筑紫平野の範囲や魏志倭人伝の方位、方向といった話から邪馬台国九州説のポイントとなっている不彌国とは一体どこなのかまで伺っていきます。 Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
October 16, 2021S7 3回目はみやま市の古墳を巡ります。みやま市の女山周辺には二つの古墳があります。一つは車塚古墳といって畑の中にある前方後円墳です。ここからは、かつて畑を耕していた人が見つけた鏡が3つ見つかっています。その見つかった場所は古墳の後円部分です。現在2メートル程の石が置いてある下から見つかったそうです。その時は発掘に当たった専門の方がスケッチで鏡の形をとって残していらっしゃいます。ところが、その後実物の鏡は全て紛失。現在、そのスケッチだけが残っているのみだそうです。残念です。その近くにあるのが権現塚古墳。こちらは円墳です。この古墳は地元の郷土史家、村山健治さんが卑弥呼の墓の候補だとした古墳です。古墳の女山に近い部分には広場があって祭事につかわれた高坏などが出土、反対側には石棺などが見えていたそうです Learn more about your ad choices. Visit megaphone.fm/adchoices...more32minPlay
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