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崩壊と再生の物語ーー長井さんの“悔し涙”が教えてくれるもの
会社を立ち上げたとき、パソコンもなかった。
アルバイト1人からスタートした小さな会社。
ゼロから会社を立ち上げ、順風満帆に見えた中で突然の“どん底”を経験した長井さん。
少しずつ実績を積み上げ、ついに念願の新卒採用へ。
「彼らは本当に優秀でした。相思相愛、この上ないご縁」
毎年2名ずつ、希望に満ちた若者たちを迎え入れる喜び——。
突然の悪夢
「億単位の取引先が経営破綻したんです」
長井さんの表情が曇ります。
続いて2番目の大口顧客も失い、会社は奈落の底へ。
「お互いに夢を語り合った若者たちを、私は幸せにできなかった。心の奥から離れないんです...」
コロナ禍という二度目の試練旅行業界の仕事がメインだった長井さん。
コロナで売上はゼロに。
「経営者として、社員を解雇する決断をしました」
その苦悩の表情は、画面越しでも痛いほど伝わってきます。
「1回目の危機はドロドロした、悪い雰囲気でのダラダラとした苦しみでした」
それは、ただの経営危機ではありませんでした。
夢と希望を語り合って入社してくれた若者たちを、
彼は、守れなかった。
「申し訳ない。ずっと、心に残ってるんです」
何が彼をそこまで追い詰めたのか?
その後、どんな判断をして、どうやって再び立ち上がったのか?
そこには、会社を経営したことがある人も、
就職したことがある人も、
夢を語ったことがある人なら、
きっと胸に迫る“物語”があります。
絶望から生まれた決断
「まず決めたんです。『観光業界の仕事から身をひく』と」
仮に今回の危機を乗り越えても、再び大きな自然災害や大きな疫病がやってくるリスクから逃れられないと言う判断から撤退を決意しました。
「まったく新しいビジネスモデルを作りたかった」と長井さん。
現在は企業の周年事業をサポート。——
周年記念イヤーを迎えて、何らかの事業を行える会社は、本当に素晴らしい会社であり、経営者は尊敬できる方ばかりです。
ある経営者は、仕事で使うユニフォームだけでなく、通勤するユニフォームも作られました。
その経営者の想いは、「パパお帰り!」と子どもに迎えられる時、きれいな恰好で帰ってもらいたい —— そんな従業員の小さな幸せも大切にする経営者もおられます。
そのような企業・経営者の皆さんとお仕事ができて自分自身が最高に幸せになれます。——
そんな従業員の小さな幸せも大切にする経営者に。
第2話の聴きどころは…
✅ 一番の得意先が経営破綻――絶望の淵で味わった「最大の通」
✅ 新卒で迎えた6人の若者と交わした夢と希望、それが崩れた瞬間
✅ 「もう観光業はやらない」と決めた理由
✅ たどり着いた新たな道――“周年記念事業”というユニークな挑戦
「もう同じ過ちはしない」と、静かに、でも力強く語る長井さんの声に、
あなたはきっと、自分の人生を重ねるでしょう。
▼番組への感想、MCへのメッセージは以下までお寄せください。
[email protected]
一般的なキャリアパスを拒否し、独自の道を切り開き、 広告代理店業界で30年生き抜いた男の物語をお届けします。
彼の言葉を借りれば「たまたま運がよかった」だけの人生。
しかし、その「運」の裏には何があるのか?
それは教科書には載っていない。
MBA課程でも教えてくれない。
ネット検索でも見つからない。
60歳を迎え、経営者として周年事業という新しいビジネスモデルに挑戦する長井さんが明かす、知られざる人生の軌跡です。
待望の子として生まれ、愛に包まれた少年時代
札幌で生まれ育った長井さん。ごく平凡な会社員家庭の子どもでしたが、両親が結婚10年を経てようやく授かった「待望の子」として、深い愛情の中で育ちました。
普通に『両親に愛されながら』と口にできる長井さんからは、常に感謝の気持ちにあふれ、長井さんの人生の基盤を作っています。
人生を変えた15歳の"嘘"と果たさねばならない約束
中学3年生の冬、父親が病気で入院。
そして進路を決める重大な局面を迎えます。 当時は男子校と女子校が分かれる時代。長井さんは共学の高校に行きたいという一心から、父親に嘘をつきます。
「お父さん、僕はバスケ部に入りたい。
そのために北海道No1のバスケ強豪校の東海大四高等学校に行きたい」
しかし、父は他界されます。
亡き父との約束を守るため、15歳の少年はバスケ部に入部することを決意します。
想像を絶する"スパルタ指導"の日々
「今の時代にあれをやったら、全国放送のテレビに出まくって、自殺者も出たでしょうね」
当時の高校バスケ部活動は、今では考えられないほどの厳しさ。
殴るなどは日常茶飯事。試合中でも平手打ちが飛ぶ環境でした。しかし長井さんの心には「やめる」という選択肢や気持ちはありませんでした。
「厳しかったけど、バスケ部の監督には深い愛情と感謝を感じていた」
驚くべきことに、長井さんと高校の同級生たちは今でもその厳しい指導者に感謝し、深い絆で結ばれています。現代では失われつつある師弟関係の本質が垣間見えます。
父への嘘で始まったバスケットボール生活は朝、昼、夜と休みがない日々。しかし、その選択が彼の人生の礎を築きました。約束を守り抜く強い意志、困難に屈しない精神力、そして今の「男らしさ」へとつながる人格が、この時期に形成されたのです。
人生の岐路での即断即決
高校卒業後、大学進学を勧める母親の言葉を受けながらも、長井さんは就職を決意します。
「妹が公立高校に受かったのに蹴って、俺と同じ私立の高校に入ると言い出して...」
母子家庭の経済状況を考え、大学に行かずに働くという自分の選択をした18歳。 美学ではない。ただそう思ったからという潔さが長井さんの人生の軸となっています。
「決めた、俺、行く」
人生を自分の手で切り開く男の物語就職は建材資材メーカーで工場の事務職と営業職を経験。
3年間の会社勤めを経て、21歳。
親友がニュージーランドから帰国した夜、朝まで飲み続けた酒席の末に出た一言。
「決めた、俺、ニュージーランドに行く」
翌日には退職を決意し、英語もままならぬ状態で海外へ飛び立ちました。
「そこに迷いはなかった。ただ、そう思った」
その時には、ニュージーランドで遊びに行く気持ちだったが
「そんな目標もなくただ遊ぶために外国に行ったってダメだ」
この親友の一言でスキーインストラクターの資格試験に挑戦することに。
決めたら資格は取る。
手のひらサイズの英和-和英辞書ジェムを片手に4ヶ月間、過去にないほどの網勉強。
そして、手のひらサイズの英和-和英辞書ジェムを片手に4ヶ月間、過去にないほどの猛勉強。
そして、英語ネイティブ含む合格者わずか10人未満という難関を突破。
30〜40人が受験して、ほとんどが不合格になる試験に、たった数ヶ月の準備で無事に合格。
日本に帰国し、玉越プロスキースクールにてスキー教師として新たな人生につながっていきます。
「結婚して、また会社員に」
27歳で下した新たな決断
スキーインストラクターとして充実した日々を送っていた長井さんですが、結婚を機に再び27歳で会社員の道として、広告代理店に就職。
自分の情熱だけでなく、家族を支えるという新たな責任を背負った決断でした。
一見脈絡のない人生の選択が、実は芯の通った「決める男」の生き様だったのです。
目が離せない人生のターニングポイント
わずか2〜3年で変わる激動の人生
営業マンから独立起業、そして30年の長期経営へ
「統計学的には30年続く会社は0.何%しかない」世界での生存術
18歳 - 就職。工場の事務職と営業職。
21歳 - ニュージーランドに渡航し、スキーインストラクターの資格を取得。
玉越プロスキースクールにてスキー教師。
27歳 - 結婚。再びサラリーマンへ転身。広告代理店の営業職 。毎日毎日飛び込み営業の日々
30歳 - 独立起業へ踏み切る大決断。 来年で創業30周年を迎える会社の経営者
聴けば聴くほど引き込まれる成功の3つの要素
市場を見抜く眼
- 右肩上がりの旅行業界という「青い海」に飛び込んだ
時代の変化を掴む先見性
- アナログからデジタルへの転換期に最先端技術を導入
現金サイクルの早い業界を選ぶ経営センス
- 運転資金が少なくても回せるビジネスモデル
彼の言葉はさらっとしていても、その内容は重い。
「運がよかっただけ」
「大したことないです」
しかし、その謙虚さの裏には、**「諦めの悪さ」「粘り強さ」「根性」**という、今の時代では語られにくい成功の本質が隠されています。
他では聞けない、リアルな経営者の声をお聴きください。
迷わず決断し、自分の道を切り拓く男の物語
長井さんのように人生の岐路で迷わず決断できていますか?
多くの人が悩み、考え込む場面で、なぜ彼はこれほど明確に自分の道を選べるのか?
その秘密と、バスケ、海外挑戦、プロスキー教師への道、そして家族のために選んだ新たな人生… すべてが詰まった30分のエピソードを今すぐお聴きください。
▼番組への感想、MCへのメッセージは以下までお寄せください。
[email protected]
あなたは今、ビジネスの世界で誰もが直面する「変化」と「藤井流の驚異の発想法」に触れることができます。
紙の温もりからデジタルの荒波へ
「さすがじゃないよね」
藤井さんが夜、歯ぎしりするほど悔しかった言葉です。
2003年、エンジニア向けキャリア雑誌の編集長として5年のキャリアを積んだ彼が下した決断は、当時としては革命的でした。
紙のメディアからWebへの完全移行。
Windows 95が登場し、Googleが台頭する時代の波を読み、藤井さんは「断絶」を選びました。命を削って一緒に紙媒体を支えてきた仲間たちと別れを告げ、未知のデジタル世界へ飛び込んだのです。
しかし現実は厳しかった...
「最初の半年で、紙の時代に育んだ熱いユーザーコミュニティを超えるものが作れなかった」
Web編集のスキル不足。経験のなさ。そして何より、期待を寄せてくれた仲間たちの「さすがだね」という言葉に応えられなかった悔しさ。
彼の大好きな「さすが」という言葉
「さすが」という言葉は、「流れる」と「石」で構成される漢字。
・「流れ」は変化への柔軟さ。
・「石」は揺るがない意志の強さ。
藤井さんはそれを失った自分に対して、夜も眠れないほどの悔しさを抱えていました。歯がすり減るほど歯ぎしりをして...
そして運命の皮肉。
やっと1年かけて軌道に乗せ、「よし、2年目はもっとジャンプするぞ!」と意気込んだ矢先、思いもよらぬ人事異動の辞令。
「起業支援の編集部へ異動」
これまでの全てを捨てる覚悟で飛び込んだWebの世界から、今度は起業支援の編集長へ。
藤井さんは会社を辞めようかとさえ考えました。
愛着を持ちすぎたエンジニア支援メディアへの未練。
「でも騙されたと思って、半年ちょっとやってみて」という言葉に背中を押されて、新天地へ。
人事異動から最初の3ヶ月
斜めから軽く見ていた起業家の世界
「ラーメン起業家」
「サラリーマン脱サラ」
藤井さんは起業家の世界を軽く見ていました。
エンジニアとして誇りを持ち、技術の精緻さに価値を置いていた藤井さんにとって、起業家の世界は別次元の話。
心の中で、藤井さんはまだ抵抗していたのです。
転機の訪れ
意外なインタビュー経験
そして4〜5ヶ月目、編集長として様々な人物をインタビュー。
エベレストを登った三浦雄一郎さん
漫画家・お笑いタレントの綾小路 きみまろさん
「クライマーズ・ハイ」の著者、横山秀夫さん
彼らとの対話の中で、藤井さんの中で何かが変わり始めます。
「そうか、この起業家的な生き方はエンジニアと同じなんだ」
「本当に大事な魂とか、腹に落ちて仕事をするという点で、エンジニアと起業家の世界は同じなんだ」
「騙されたと思って」始めた仕事が、気づけば情熱を注げるものに変わっていました。
武士道を読み、「腹」という概念に触れ、起業家精神との共通点を発見。「蛹の中でジュクジュクと自己変容する時間が、すごく大事だったんだろうな」
「握手の教え」
「突然の人事異動のショックを乗り切る方法」として藤井さんが語ってくれた「握手の教え」。
左利きと右利きの人が向かい合って握手しようとすると、握手ができないですよね。
そうすると、どちらかが利き手を変えると、握手はできます。
その場合、利き手を変えた人は、自分の持ち味を捨てたとも言えますよね。
そこで、お互いに握手をする立ち位置を正面から、隣に立つとどうなるでしょうか?利き手を変えることなく、握手ができますよね。
そう、正しい握手の仕方は...
お互いの持ち味は捨てない
立ち位置を変える
同じ方向を見る
そう、この考え方は突然の人事異動などキャリアにも生かせる人生の真髄。
藤井さんが18年愛したキャリアから突然切り離された時、自分の「持ち味」を捨てようとしていたのかもしれません。
しかし真の解決策は、立ち位置を変えること。
エンジニアの道から登ろうが、起業家の道から登ろうが、本当に大事な北極星は変わらないのです。
あなたも今、大きな変化の渦中にいませんか?
キャリアの転機に悩んでいませんか?
大切なものを手放さなければならないと思い込んでいませんか?
世界をつなぐ驚異の発想法
経理職員や新入社員の定着率に悩む人事担当者から相談を受けた時、藤井さんが取った行動は誰も想像できないものでした。
藤井さんは国会図書館へ向かい、臓器移植の「拒絶反応」に関する医学論文を徹底的に読み込んだのです。
「なぜ臓器移植の論文を?」
藤井さんの答えは明快でした。
「組織はオーガニゼーション。
人体も組織も、実はすごく似ているんです」
そう、臓器移植ヵら学んだ2つの重要な要素とは、
センスメイキング:
臓器移植が成功するのは、「全体の中の役割」を理解させること。
経理職員に対して、「経理は単に数字を合わせるだけではなく、営業活動をキャッシュ化して経済活動を支える重要な役割なんですよ」と全体の中の意味を伝えること。
イニシエーション:
臓器移植が成功するのは、「新しい臓器が、この体全体の中に入ったので歓迎しますね」という意識的なオンボーディング。
新入社員に対して、はじめの1週間のオンボーディングが大事なことと同じですよね。
人事担当者は驚きました。
「確かに、全体の意味を伝えていなかったし、新人を席に座らせて書類を読ませるだけだった...」
藤井流・創造的思考法藤井さんが人生を通じて磨いてきた独自の思考法。
アナロジー:
医学論文から人事管理への応用のように、異分野の知見を結びつける
アフォーダンス:
環境によって人が適応しようとする自然な力。
「ビール瓶を近づけると、手は自然とビールを掴む形になる」
「椅子に座ろうとするだけで、体は座る姿勢を取る」
この「アフォーダンス」の考え方は、キャリア転換、海外生活、プロジェクト管理など、変化に適応するあらゆる場面で活用できるのです。
藤井さんの人生哲学「バトンタッチ」「自分が面白いと気づいたことを、他の人にバトンしたい」
子供の頃から家庭教師として中学生に教え、サークルでは後輩にテニスを教え、今は近所のおばさんに卓球を教える藤井さん。
「遺伝子がDNAをバトンタッチするように、ミーム(文化遺伝子)も次の世代にバトンタッチしたい」
古代の知恵と現代をつなぐビジョン
「昔の人は死者が山にいて、子孫を見守っていると考えていた」
「『このままいけば、いい先祖になるよ』が最高の褒め言葉だった」
藤井さんが語る死生観は、私たちが単なる個人ではなく、過去と未来をつなぐ「バトン」の持ち手であることを教えてくれます。
「私たちの体の70%は生理食塩水。
それは太古の時代の地球の水と全く同じ成分。
私たちは昔の地球を持って歩いているんです」
藤井さんの視点は、あなたの日常を一変させてくれます。
困難な局面でも「アナロジー」で新たな解決策を見出す方法
環境変化に柔軟に対応する「アフォーダンス」の活用法
人生を「バトンタッチ」の視点で捉え直す喜び
あなたも藤井さんの驚異的な発想法と人生哲学に触れてみませんか?
▼番組への感想、MCへのメッセージは以下までお寄せください。
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あなたは今まで「時空と回転」「アナロジー」で人生を読み解く人に出会ったことがありますか?
大工の息子であり、食堂の息子である藤井さん(59歳)が語る人生ストーリーは、いままでにない新しく、面白い視点をもたらしてくれます。
ワクワクに貢献する人生藤井さんの人生は、ワクワクに貢献すること。
そのワクワクには下記のように沢山の意味があります。
枠がどんどん広がっていく「枠-ワク」
遊びが湧いてくる「湧く-ワク」
水が沸点に達して相転移する「沸く-ワク」
みんなで賑やかに久しく「和久-ワク」
漢字博士と呼ばれる藤井さん独自の面白い視点ですよね。
普通の職商人家庭から生まれた、非凡な視点小さい頃から大工である父の木材の削りカスの香りを嗅ぎ、道具の手入れを手伝い、その一方で母の食堂で割り箸を袋に入れ、お醤油を注ぎ足す日々。
「職人と商人、両方の世界を浴びてきた子供時代」
そんな環境が、藤井さんを職職人として、物作りの感性と対人関係の機微を同時に育んだのです。
算数、卓球、バイク...
すべてを貫く「時空と回転」の法則
小学4年生で算数に目覚め、中学では卓球、高校ではバイクにのめり込んだ藤井さん。 一見バラバラに見えるこれらの情熱に、彼は共通点を見出していました。
ーどうして回転する地球ゴマは斜めになっても倒れないのか?
ー卓球の球がどう回転するのか
ー巻き尺のテープがまっすぐ折れない長さは重心を考えて、どれくらいの長さなのか?
すべては時空と回転の法則で説明できるんですね。
驚愕のアナロジー思考!大学時代、藤井さんはセラミック材料研究でアルミナの白い粉を混ぜ合わせ、流動特性を研究していました。ブラジル時間まで電子顕微鏡をのぞき、赤いランプの下で写真現像に没頭する日々。
そして今、
「1人1人の人がアルミナの粉に見えるんです」
アルミナの粉末 → 一人ひとりの個性
レオロジー(流動特性) → 組織の活力と困難
バインダー(接着剤) → 人と人をつなぐ関係性
焼結後の空隙 → 組織内の新たな可能性
最終的な機能性 → 組織の対応力と価値
驚くべきことに、セラミック材料研究で培った視点が、現在の人と組織論に完全に活きているのです。
さらに藤井さんのアナロジー思考は続きます。
「組織が後ろ回転している、右回転している、、、」
一体どういう意味でしょうか?
たとえばイメージしてみて下さい。
・太陽のまわりを動く惑星
・原子核のまわりの動く電子
この惑星や電子をアナロジー(類似思考)で考えると、組織もリーダーを中心に動いている。リーダーによって組織は後ろ回転、右回転をするという発想は、まさに藤井さんのアナロジー思考。
全く異なるものの中に共通のパターンを見出す藤井さんの思考法は、新しい視点をもたらしてくれます。
生粋のエンジニアが情報サービスに就職?1980年代後半、プラザ合意による円高不況で「理系のメーカー離れ」が進行中。物づくりへの情熱を持ちながらも、藤井さんは違う選択をしました。
「人と情報の交差点に立って、社会のあり方や生き方を変えられるっていうのは面白いな」
物・金・人・情報—社会を動かす4要素の中で、「人と情報」の掛け算に可能性を見出した大胆な決断。
役員面接で起こした奇跡のプレゼン就職活動の役員面接官の前に置かれた2つのコップ。
日向と日陰に分かれた光の差に、面接を受けている藤井さんは驚くべきことに、役員に質問を投げかけました。
「この手の中にある酸素の量はどっちが多いと思いますか?」
日陰の方が寒いので、分子密度が高く、酸素が少ない。
日向の方は暖かいので、分子密度が低く、酸素が多い。
高速サーキットでは、日向から日陰への瞬間的な変化がエンジンを破壊する
これをバイクレースに適用すると、酸素が多い方がバイクの出力が大きくなる。それを理解し、チームが戦略を立て、ライダーが信頼して走る。
この掛け合わせが勝利をもたらす。すなわち、
「バイクレースに勝つには、「物の理(物理)」と「人の理(人理)」の2つを組み合わせないと勝てない」
理 (ことわり)とは、もっともな事。道理。条理。
「あなたの会社は人の理は優れているかもしれないが、物の理が弱い。それを組み合わせていないのがもったいない」
普通の就活生なら決して言えない直言。
しかし、この独自の視点が藤井さんのキャリアを切り開きました。
入社後の多彩なキャリアパス
財務部からスタートする意外な展開
営業として顧客と膝詰めで対話
編集者としてエンジニアのキャリアや起業家を支援
社内大学の教員として知識の体系化と伝承
広報・リサーチで労働市場の課題を探求する「社外おじさん」
古代の知恵と現代技術を結ぶ
「工」と「巫」の哲学「工学の『工』に人を加えると『巫』になる。工は天の声を地上の人に伝える存在」
普遍性を追求する「工学」に、個性や人間性を取り戻す—それが藤井さんの目指す未来です。
異分野の知識をつなぎ、意外な関連性を見出す藤井式思考法は、あなたの仕事や人生に新たな視点をもたらすかもしれません。
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「いや、そんなに簡単に割り切れるものなの?」
ベンチャー企業の日本法人トップとして、2年間必死に奮闘するも成果が出ずクビになった三輪さん。
その時何を思い、どう受け止め、そしてどう乗り越えたのか—
今回の「人生配信オンリーワン」では、ビジネスパーソンなら誰もが直面する「挫折」と「プロフェッショナリズム」の真髄に迫ります。
聴けば人生が変わる3つの物語
1. ベンチャー日本法人の挫折と受け止め方2年間必死に奮闘するも成果が出ずクビに。
最初は「商品が悪い」と矢印を外に向けていた三輪さんが、どのように「自分の能力不足」という覚悟に至ったのか。その心の動きに迫ります。
2. アメリカでの「完全ないじめ」体験
日本人だけのミーティングから排除される辛さ。
しかし、最終的にアメリカ人メンバーと「絶対に裏切らない信頼関係」を築くまでの逆転劇。異文化の中での生存戦略から学ぶものとは?
3. 革新的ビジネスプランと「守りに入らない生き方」
日本本社の反対を押し切り、現地ベンチャーキャピタルからの資金調達に奔走した「悪あがき」の日々。組織の論理と個人の挑戦心の狭間で何を選ぶべきなのか?
なぜこのエピソードを聴くべきか?
「プロフェッショナルとは結果を出すこと」
この当たり前の言葉の重みを、三輪さんは身をもって体験しました。限られた環境で、不利な条件でも結果を出せなかった自分を厳しく振り返る姿勢から、私たちは何を学べるのか。
会社員として、経営者として、一人の人間として—本当の「プロ意識」について考えさせられる20分です。
このエピソードで得られる3つの気づき
1. 「Let's be professional」の真髄アメリカでのビジネス経験から学んだ「プロフェッショナリズム」の本質。
「プロになれていなかった。結果を出せなかった悔しさ。」
日本とアメリカの仕事観の違いから見えてくる、真のプロの姿勢とは?
2. 「守り」ではなく「攻め」の人生哲学
「有限責任なのだから、どんどんチャレンジすればいい」という三輪さんの言葉に、あなたも勇気をもらえるはず。失敗を恐れず新しいことに挑戦する生き方とは?
3. 人間関係構築の極意
「名刺交換→お礼メール→飲み会」のステップで人脈を広げる具体的な方法から、SNS時代に失われつつある「深い人間関係」の作り方まで。三輪さんが部下に伝え続けてきた人間関係の極意を大公開!
この人生物語から得られるもの
挫折をどう受け止め、どう乗り越えるか
自分の能力と向き合う勇気
環境の変化が人に与える価値観の転換
失敗から学ぶ力、自分の弱さと向き合う勇気、そして何より「プロ」の定義を深く考えさせられる内容です。
聴けば人生が変わる瞬間
「いろんなものをポートフォリオで持つことが、健康寿命を伸ばすことにつながる」
複数の興味、複数の人間関係、複数のスキル
—多様性を持つことが人生をより豊かにし、長く健康でいられる秘訣だと三輪さんは語ります。
「外に出て視野を広げないと、新しい事業のネタも研究のネタも見つからない」
安全圏から一歩踏み出す勇気が、あなたの人生をどれほど豊かにするか、このエピソードが教えてくれるでしょう。▼番組への感想、MCへのメッセージは以下までお寄せください。
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「物づくり小僧」から始まった65歳のエンジニア人生
小学生の頃、自作のゲルマニウムラジオから音が流れた瞬間の感動。
「なんだこれは?」と目を輝かせた少年は、やがて秋葉原に通う「物づくり小僧」となりました。
そう語るのは、現在65歳になった三輪さん。
幼い頃に体験したこの「小さな魔法」が、彼の人生の方向性を決定づけました。
好奇心が人生を彩る
「古本屋で雑誌を買ってきて、この雑誌に書いてある、これが面白いから、じゃあ作ってみよう」
「自分が作ったものを雑誌に投稿してみよう」
ゲルマニウムラジオから始まり、アンプ、デジタル時計へと進化していく工作の腕。理系への道をまっすぐに進み、大学では電気工学を専攻し、大好きな「電気」の道を極めていきます。
メカ好きの血が騒ぐ
大学生活は興味の幅がさらに広がる時期でした。
カメラに夢中になり、フィルムの現像まで自分で
中古車を4万5千円で購入し、学生時代から車を所有
ホバークラフト製作に挑戦
バイト先でコンピューター導入のお手伝い
「面白そうだからやってみる。
面白くなかったらやめればいい」
そんなシンプルな哲学が、彼の人生を豊かにしてきました。
好奇心の源泉はどこに?
エンジニアだった父親の影響。
そして、今で言えば「ドラえもん」の理科版とも言える「なぜなに理科」という漫画本。
まだ新幹線さえ「夢の超特急」と呼ばれていた時代に、科学の不思議と可能性に魅了されたエンジニアの物語が、ここには詰まっています。
失敗を恐れない生き方
大学卒業後、大手電機メーカーに就職。
「最初に配属になった上司が、一生のメンターとして存在している」
入社して出会った上司との縁は、30年間の会社生活の支えとなりました。
時に反発しながらも、互いに成長し、深い絆で結ばれた師弟関係。
「その人に会ってなかったら、絶対に今の私はない」
そのメンターの後押しがあり、商品開発のためにアメリカに5年間の出向。
しかしアメリカで何億円も使って開発したのに事業化できなかった、、、
日本に帰国した時、クビになるかと思った。
でもクビにならなかったどころか、少し昇進もした。
チャレンジして、失敗しても殺されることはない。
最終的には『なんとかなるんじゃね』という人生哲学が構築されていった。
人の縁が導いた第二の人生
「私が大事にしているのは『人脈を私物化しない』こと」
人との縁を大切にしてきた三輪さんは、会社の方針が変わり、自分の居場所はないなと感じ、52歳での早期退職。
しかし何も決めずに退職し、半年間、職が決まらない苦しい時を経験。
最終的には、知り合いの紹介で転職。
転職後、わずか2年で年商200億円の新規事業を立ち上げる大成功を収めます。
一方で、中国のロボットベンチャーの日本法人立ち上げに挑戦するも大失敗。
それでも笑顔で語る理由とは?
「命は取られない。
侍の時代なら失敗したら切腹だったけど、今って本当にいい時代だよ」
三輪さんが語る「縁」の大切さ
65歳になった三輪さんが、人の縁を大事にし、「なんとかなる」というプラス思考で駆け抜けた波乱万丈の人生を語られています。
「周りの方々の縁に恵まれて、いろんなアクティビティができている」
「感謝の心」を持ち続ける三輪さん。
転職を経験しながらも、常に前向きに、そして楽しく人生を歩まれています。
今すぐ再生して、あなたの「なんとかなるさ」を見つけよう
「失敗したって、それはプラスになるんです」
小さな好奇心から始まり、大きな失敗も乗り越えてきた一人のエンジニアの人生哲学。 あなたがもっと自由に、恐れずに一歩を踏み出すきっかけになるエピソードです。
🎧 今すぐ聴こう!「人生配信オンリーワン」
昭和から令和へ、日本の技術革新と共に歩んできたダンディなエンジニアの人生哲学。 あなたの「好き」を仕事にする方法、人との縁の活かし方が、このエピソードには詰まっています。
理系少年の夢と好奇心が、どのように65年の豊かな人生を形作ってきたのか― 三輪さんの「オンリーワン」の物語を、ぜひお聴きください。
🎧 今すぐ聴いてほしい3つの理由
行動力の源泉を知る: 「面白そう」と思ったら即行動する姿勢は、どこから生まれるのか?
人生の師との出会い: 運命的な出会いがどのように人生を形作るのか?
失敗を恐れない生き方: 「失敗もたくさんある」と語る三輪さんの自己肯定感の高さの秘密
▼番組への感想、MCへのメッセージは以下までお寄せください。
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【山と旅を愛する技術者が語る】
コーチングで見つけた
"人の輝き"を引き出す人生配信
広島の田舎から世界40カ国以上へ —
三好の人生哲学と「原石を見つける旅」
あなたは自分の中に眠る"原石"に気づいていますか?
広島の自然の中で蛇や虫を捕まえて遊んでいた少年は、今や世界40カ国以上を旅し、多くの人の「輝き」を見つけ出すコーチングのプロフェッショナルに。
そんな三好の人生物語をお届けします。
三好の人生は、広島の田舎での自由な子供時代から始まります。
外で走り回り、自然と戯れる日々を過ごした彼は、中学を卒業すると「とにかく外に出たい」という思いから、岡山県の全寮制高校へ。
勉強漬けの高校生活を経て大学へ進学した彼が見つけたのは、意外にも「山登り」の魅力でした。
「山登りは確実に一歩一歩進めることができる。
現実はなかなか思うようにいかないことが多いけど、
山では誰もが平等に自分の足で歩くんです」
人生を豊かにした"飛び出す勇気"
大学時代は山登りサークルやバイトに没頭し、下記の通り、「とにかく行動する」という三好の哲学が形作られたのはこの時期です。
・ヒッチハイクで九州を旅行
・自転車で北海道一周
・京都から東京まで走破。
「あまり深く考えずに行動してみると、
良かったなと思うことが多いんです」
29年同じ会社で世界を飛び回るエンジニア
驚くべきことに、自由を愛する三好さんは卒業後、プラント建設の会社に就職し、29年間も同じ会社で働き続けています。
その理由は、仕事を通じて世界中を旅できること。
イラク、ベトナム、パキスタン、オマン...職場が世界に広がっていたのです。
人生の転機—コーチングとの出会い
13年前、キャリアに悩んだ時に出会ったのがコーチング。
「会社に相談しても予想通りの答えしか返ってこない」と感じていた三好にとって、コーチングの場での対話は目から鱗の体験でした。
「心の底から話せる環境があって、何でも言えるようになった。その対話が気づきや思考の整理につながる」
「人の話を聞くのが好き」
ポッドキャストに込められた思い
三好の最大の強みは「人が好き」という素直な気持ち。
そして「話すより聞く方が楽しい」という意外な一面。
「聞くことによって、その人のいろんなものが見えてくる。
その人の価値観や、『それすごいじゃん』というものを見つけるのが楽しい」
この「原石を見つける喜び」こそが、三好がポッドキャスト「人生配信オンリーワン」を始めたきっかけです。
身近な人々—例えば「普通のお母さん」も含めて素晴らしさを掘り起こし、多くの人に届けたいという思いから生まれた番組なのです。
人生のレールから外れることを恐れていませんか?
新しい一歩を踏み出す勇気が欲しいと感じていませんか?
三好の人生哲学と出会った人々の物語は、あなたの中に眠る「原石」を見つける旅のきっかけになるはずです。
「人生配信オンリーワン」—あなたの中の輝きを見つける旅に、耳を傾けてみてください。
えっ、都立高校を落ちた、、、
都立高校に落ちたとき、涙が止まらなかった。
クラスの多くは合格し、周りに知っている人はいない。
小中と9年間、遊んでばかりで勉強していない。学力が足りなければ受からない――それが現実だった。
でも、当時の自分はそれを理解できていなかった。
自己認識が足りなかった。
悔しさと孤独が押し寄せた。
でも、その感情が自分を突き動かした。
「負けず嫌いだから、乗り越えたい。負けたくない。」
わからないことは、わかるようになればいい。
悔しさは、ただの感情じゃない。
それは成長への原動力になる。
その経験があるからこそ、わかることがある。
勉強ができなかった自分が、努力してできるようになった。
だからこそ、「勉強が苦手な子の気持ち」や「彼らが見ている世界」がわかる。
勉強が出来ない子は
「どこがわからないのか、自分でもわからない。」
だからこそ、ただ教えるのではなく、投げかけをする。
「どこでつまずいた?」と問いかけ、相手の視点に寄り添う。
そうすれば、少しずつ道が開けてくる。
この考え方は、将来の人事にも応用できた。
新入社員が最初につまずくのは、仕事そのものではなく、環境への適応だ。
だから、まずはマナーや基本から学び、少しずつ「できること」を増やしていく。
できなかったことが、できるようになる。
そのプロセスを支えることが、成長を引き出す鍵になる。
優秀な人は、やっぱり優秀。だけど…
自分は「中の下」だった。
だからこそ、ものすごく優秀な人の言っていることがわからないことがあった。
「え、どういう意味?」
「それ、具体的にどうすればいいの?」
優秀な人の指示は、ときに難しすぎる。
でも、それでは伝わらない。
だからこそ、自分ならわかる。
「どう指示すれば、相手が動けるのか。」
「どう伝えれば、理解できるのか。」
優秀でなくても、伝え方ひとつで成果は変わる。
自分の経験が、そこに活かせる。
悔しい思いをしたからこそ、今の自分がいる。
そして、同じように悩む誰かに、伝えられることがある。
楽しい思い出って?
「特にないな…」と思ったけれど、仕事が終わったときの安堵感は確かにある。それに、やったことのないことに挑戦するのは、意外と楽しい。
たとえば、半年かけて9つの労働組合を1つに統合する仕事。
大変だったけど、飲み会ではみんなと笑い合えた。あの時間は、確かに楽しかった。
何かを突き詰めると、それが自分のものになっていく感覚がある。
人事の経験も、伝えていくことで新しい価値が生まれる。
「過去を振り返ると、意外と楽しい思い出ってあるかもしれない。」
そう思えると、今の時間も少し違って見えてくる。
やったことがないから楽しい
やったことがないこと、わからないことに挑戦すると、壁にぶつかる。
不安になる。でも、なんとかなる。
「よし、やってみよう!」と踏み出せば、その先には意外な楽しさが待っている。
楽観的に考えて、一つずつ課題をクリアする。
それが、成長の証。
人生は山あり谷あり。晴れの日もあれば、雨の日もある。
でも、どんな天気でも前に進めば、新しい景色が見えてくる。
なんとかなる
「なんとかなるさ。」
そう思えたら、きっと何でもうまくいく。
この言葉を強く実感したのは、40歳で転職したときだった。
「なんとかなる。」そう信じて飛び込んだ。
家では、笑っている家族の顔が見たい。
だから、愚痴は言わない。
口に出したことは、自分に跳ね返ってくる。
だから、言葉にするなら前向きなことを。
母親に言われたことは「人と比べるな。」
優秀な姉がいた。でも、親は比べることなく、ただこう言った。
「自分でやりなさい。」
母親から「勉強しなさい」と言われたことはない。
放っておかれたけど、それは信じられていた証だった。
だから、自分も部下の面談では比較しない。
勉強ができなかった経験があるから、できないことのつらさがわかる。
「どこか良いところを見てほしい。」
そう思っていた自分がいた。
優秀な人ほど、つい比較してしまう。
でも、エリートには「できない人の気持ち」がわからないことが多い。
だからこそ、伝え方が大事。
「わかった?」と聞けば、相手は「はい」と答えるしかない。
そうじゃなくて、「どうだった?」と聞く。
そうすれば、本当に理解できたかがわかる。
質問がないか聞けば、多くの人は「ありません」と答える。
でも、それが本当に理解したサインとは限らない。
大事なのは、相手が本当に「わかった」と思えるまで対話することだ。
やる力
知識だけでは足りない。
「経験して、失敗しなさい。」
失敗しなければ、本当の意味で身につかない。
だから大事なのは、「失敗する勇気」と「人に聞く勇気」。
でも、会社では「失敗しないようにどうするか?」が求められる。
もちろん、それも大切。だけど――
熱い鍋に触れなければ、「熱い」とは実感できない。
だからこそ、挑戦し、時には失敗しながら、
「どうすればうまくいくか?」を自分の力でつかんでいくことが大事なのだ。▼番組への感想、MCへのメッセージは以下までお寄せください。
[email protected]
人生を変えたのは、たった一度の尻を叩かれた瞬間だった—
あなたは想像できますか?
中学では全く勉強せず、先生を泣かせるほどの少年が、 たった3ヶ月で1年分の教科書を暗記して、親を驚かせるほどの成績に変貌する姿を。
そして、その少年が、のちに4万人の人生を決める重大な提案を社長に認められ、最後は転職した会社の取締役になるまでの歩みを。
松井さんの変化のきっかけ
高校入学後の授業一日目、早速、遅刻してしまいます、、、
新しいクラスで、名前も顔も知らない同級生がいる中、担任に教壇に来いと呼ばれ、怖くて恐れられていた先生に新しい出席簿でお尻を叩かれた。
尻を叩かれた痛さと同級生に大笑いされた屈辱。その「痛さと恥ずかしさ」が、松井さんの人生を大きく変えるターニングポイントになりました。
「初めて、学校は勉強するところなんだ、と気づいた」という松井さん。 その日から猛勉強を始めて、わずか3ヶ月で1年間分の教科書を覚えた。
そこから生まれた彼の人生哲学
「できないことができるようになれば、うまくいくようになる」
これが、その後の人生の数々の挑戦を乗り越える原動力となるのです。
知らないことへの飽くなき好奇心
大学受験は、苦手な英語で志望校は不合格。
苦手な英語を克服するために「英語をやるぞ」と決意。
入学した大学の英語研究会(ESS)に入ったものの、それは「 Eating, Sleeping,Smoking 」の略でした。
英語が飛躍的に上達したわけでもないのに、大手百貨店の旅行事業部に入社すると英語研究会に入っていたという理由だけで、海外経験ゼロのまま「ヨーロッパへ添乗員として2週間行ってこい」と言われた新入社員時代。
徹夜すること2日、ノート三冊に2週間の添乗中の行動内容を書き込み、無事に添乗は終了。 その時の添乗ノートは、後に会社でコピーされ添乗員マニュアルとして使われることに。自分の経験が認められるようになり、その後も「できないことをできるようにすること」に全力投球。
4万人の運命を左右した提案
当時、経営雑誌として発行されていたハーバードビジネスレビューの特集「新会計基準 退職給付債務」を何度も何度も読んでやっと理解した「退職給付債務」の問題解決。
4万人が加入する厚生年金基金の不足金の解決に決着し、誰も答えを持たない中で厚生年金基金の解散という重大な提案を行い、経営の決断が下されるまでの壮絶な日々。
「あまりにも荷が重すぎて、会社を辞めた」と、さらっと語る松井さんの言葉の裏には、苦悩と責任感があったことでしょう。
あなたの人生にも響く「松井理論」
✅できないことができるようになること、それが成長
✅課課題に直面したら1日中考え抜け、答えが出なければもう1日考えろ
✅何事にも好奇心を持ち、知らないことに挑戦し続ける
問題児から企業幹部まで人生の大変革を経験した松井さんの言葉には、あなたの明日を変えるヒントが詰まっています。
▼番組への感想、MCへのメッセージは以下までお寄せください。
[email protected]
会社に翻弄され続けた36年間。
しかし坂野さんは、屈辱をキャリアの武器に変えた—
突然の異動通告。
理由も説明もなく、積み上げてきたものを一瞬で失う感覚。
「新しい部署であなたの経験を活かしてほしい」
このキレイ事のような言葉の裏で、坂野さんが味わった現実は違いました。
あなたは会社から理不尽な異動を言い渡されたことがありますか?
坂野さんは5回も経験しています。半年や1年で突然の配置転換。理由は明かされず、時には「玉突き人事」という、単なる人員の穴埋めのための異動もありました。
「自分が今まで積み重ねてきたことを全否定された気分でした。何もかもが無駄になった気がして...」
これはサラリーマンとして経験する最も苦い現実の一つ。
特に今、若い世代が台頭する中で、中堅社員が突然の配置転換で存在価値を問われる時代。
坂野さんはどう乗り越えたのか?
突然の配置転換、、、「単なるモチベーションが下がるという生易しいものではありません。メンタルをやられるほどの打撃です」
しかし坂野さんは、この苦い経験を将来の武器に変える方法を見つけました:
「すべて将来のネタになる」
異動先での最初の1年間は、ただ指示に従うだけのサンドバッグ状態。
しかし坂野さんは、この時間を利用して徹底的に学び、2年目には「まるで何年もそこにいたような顔」で仕事ができるようになりました。
そして今、坂野さんはこの経験をキャリアコンサルタントとして活かそうとしています。
📣このエピソードから学べること
✅ 理不尽な状況から心を切り替える実践的な方法
✅ ミドル世代が抱える特有の悩みとその突破口
✅「外の世界」に踏み出す大切さとその最初の一歩の踏み出し方
✅ キャリアを「防災訓練」に例えた新しい自己啓発アプローチ
苦しみを笑い話に変えられるまでの道のりは長く、泥臭いものです。
しかし、その先には新たな可能性が広がっています。
坂野さんの物語は、会社に翻弄される全てのサラリーマンに、新たな希望の光を投げかけます。
あなたの職場での苦しみを、未来への武器に変えるヒントが詰まっています。▼番組への感想、MCへのメッセージは以下までお寄せください。
[email protected]
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