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27歳で3社転職!?製薬業界を渡り歩いた男の人生物語。
1社目:外資系製薬会社(2年半)
2社目:内科系の会社(2年半)
3社目:抗がん剤の世界へ(8年間)
「どうやって、余命数ヶ月の父親の大腸がんの治療をしてあげたらいいかわからない」
父の主治医から発せられたこの一言が、Yoshiさんの人生を180度変え、転職にも影響しています。
がんについて何も知らなかった自分。
父親を救えない現実と向き合った時、新しい道を切り開いていきます。
1.野球とラジコンと機械いじりの小学時代
大阪・阿倍野の生まれ。自営業で、両親が飲食店を営み、子どもの頃はお金のかからない遊びが中心。小さい頃からよくやっていたのは、近所での野球。
小学校の高学年くらいになると、「自分で組み立てるタイプのラジコン」。ネジを回したり、パーツをつなげたりするのが楽しくて、時間を忘れるほど没頭。
小さい頃から「機械いじり」が好きな少年でした。
2. 卓球漬けの中学時代
小学生の頃、少年野球チームに入ってはいたものの、中学では一転して卓球部に入ることになります。
その理由は、中学の野球部に入るには「坊主頭」にしなければならないというルールが単純に”嫌”。
また卓球部には、ちょっと面白い特徴があり、顧問の先生が「卓球をまったく知らない人」だったということ。最初の頃はまだ形だけの指導が、2年生になる頃には「もう自分たちで練習メニュー決めていいよ」と、完全に放任状態に。
これが、Yoshiさんにはすごく合っていたんです。
そして中学1〜2年生の頃はかなり卓球に熱中して、早朝練習と放課後の練習。さらに夜8時半ごろから地元の卓球クラブに通うという、卓球漬けの生活。
その結果、大阪の大会でベスト8に入る実力をつけることになります。
別に卓球が最初から好きだったわけじゃない。でも、やっているうちに「頑張る」ってこういうことかもしれない、そんな気持ちになっていった中学時代。
3. 自分たちで考える卓球練習が楽しかった
卓球の練習方法を探すために、卓球の本を読んだり、技術解説を調べたりして、「こんな練習やってみよう」と毎日のように話し合って決めていた。
形式にとらわれず、工夫しながら取り組むのがすごく楽しい。
Yoshiさんは2年生のときには部長を任され、自分たちで練習を組み立てる自由さのなかで、一生懸命に卓球と向き合っていました。そうやって試行錯誤しながらやっていたことが、夢中になれた理由のひとつだったのかもしれません。
今振り返ると、この時から
「どうすればもっと良くなるか」
「同じやり方じゃなくて、他の方法はないか」と
工夫するのが好きだった少年。
卓球部という枠の中で、自由に考え、仲間と工夫して動いていたあの時間は、Yoshiさんの「らしさ」が自然と出ていた瞬間だったのかもしれません。
4. アメンボが教えてくれた進路のヒント
高校時代、最初は文系を選ぼうかと思いながら、最終的には理系を専攻。
理由はシンプル。
昔から「メカニズム」や「仕組み」を知るのが好きだった。
当時は、ちょうどバイオテクノロジーが注目され始め、生物工学などの学科が次々と新設。「生き物の仕組みを技術に応用する」という分野に興味を持ちます。
進路を決めるにあたっていろいろな大学を調べている時、ある学科の紹介文に目が止まりました。
「アメンボが水の上を歩ける仕組みを人間の技術に応用する研究」
「えっ、それって本当にやってるの?」と思いましたが、読んでいくと納得。
アメンボの足には細かい毛があって、撥水性を持っている。だから水の表面張力をうまく使って浮かぶように歩ける。――そんな自然の仕組みを、工学的に応用する研究があったんです。
その紹介を見たとき、「これは面白い!」と心から思いました。
それがきっかけで、生物の仕組みを研究する大学の工学系学部を目指すようになりました。
5. メカニズムが気になる性格
Yoshiさんは何かを「作る」よりも、
「どう動いてるのか」
「中身がどうなってるのか」を考えるのが好き。
たとえば、ラジコンを作るときも、動かすのが楽しいというより、「どんな構造で動いてるのか」が気になって仕方なかった。
この「メカニズムを知りたい」という好奇心によって、目に見えている物事の表面だけじゃなくて、「その裏にある構造はどうなっているのか?」と、つい掘り下げたくなるんです。
6. ジェットコースターの仕組みが気になった高校時代
高校生になり、女の子と遊園地に。もちろんジェットコースターにも乗って、「キャーキャー」と盛り上がる、あの感じ。
でも、ジェットコースターから降りたあとに感想を聞かれて、Yoshiさんが答えたのは、
「これ、どうやって坂を登ってるんやろうな?どんな仕組みなんやろ?」
女の子が期待していたのは、「怖かったね」「楽しかったね」といった共感や感情の共有。でも、Yoshiさんは完全に構造やメカニズムのほうに意識が向いていて……正直、ちょっと気まずい雰囲気になりました(笑)。
7.テニスサークルの部長の大学時代
理系としては珍しく、大学ではテニスサークルの部長として、ほぼ毎回参加。登録メンバーは200〜300人。夏の合宿では観光バス3台で移動するほどの大規模サークル。部長としての経験は、理系の勉強とは違った学びを与えてくれた貴重な時間でした。
8. 理系から製薬会社MRへ:自分に合った道を見つけるまで
理系の学生だったため、教授から大手食品会社など研究所への推薦の話がありました。しかし、研究室でずっと実験を続ける自分の姿が想像できず、早々に研究職の道は諦めて一般の就職活動を行うことに。
最終的に選んだのは、製薬会社のMR(医薬情報担当者)。
基本的には薬の営業という仕事内容で、理系の知識を活かしながらも、人とのコミュニケーションが中心となる職種。研究室にこもるのではなく、外に出て働ける環境に魅力を感じたのです。
9.キャリアのスタート、1社目:アメリカ系大手製薬会社
新卒で入社したアメリカの大手製薬会社では、早々にそれなりの成績を上げることができましたが、この会社には大きな課題がありました。
製薬業界では「新薬」の存在が営業のやりがいにおいても非常に重要と考える傾向があります。新しい薬は、医師からの需要も高いため、貢献感も高く、多くのMRが新薬を扱いたいと考えています。
ところが、この会社では、なかなか画期的な新薬が出てこない。細かい改良品のような市場価値がそれほど高くない薬がパラパラと出る程度で、営業としてのやりがいを感じにくい状況でした。
10. 転職、2社目: 内資系製薬会社
25歳頃、同じエリアを担当していた内資系製薬会社の先輩MRから「うちの会社で画期的な新薬が出るから、転職しないか」という誘いがありました。
この会社では、当時としては画期的な骨粗鬆症の治療薬を扱うことになりました。骨折リスクを減らす確かなエビデンス(科学的根拠)があり、従来の治療とは異なるアプローチの薬で、非常にやりがいを感じたのです。
新薬の発売に携わり成功をおさめますが、在籍期間は2年半で、薬の発売から1年半という短い期間でした。
11. 人生を変えた出来事
転職を考え直すきっかけとなったのは、父親の大腸がん発症でした。
当時、名古屋でMRとして働いていましたが、大阪の実家で治療を受ける父に呼ばれ、病院での説明に同席。製薬会社にいるとはいえ、がん領域の薬は扱ったことがなく、専門知識はない。それでも父からは「薬のことはお前が分かるだろう」と期待されていました。
しかしながら、父の病気がかなり進行した状態で発見され、余命が数ヶ月という厳しい現実。この経験が、その後のキャリアに大きな影響を与えることになったのです。
12. 転職、3社目: 製薬会社で抗がん剤担当
担当していた骨粗鬆症治療薬の競合企業からヘッドハンティングを受けました。私が発売した薬を、彼らが新たに発売する骨粗鬆症治療薬に切り替えてほしいというもので、当然断りました。ただ、その会社には抗がん剤の部署があり、父のことをきっかけに抗がん剤の仕事に興味を持っていました。ヘッドハンティング会社に抗がん剤の担当としてなら話を聞いてみたいと伝えたところ、そのまま選考に進み、未経験ながらも抗がん剤担当MRとして3社目となる転職をすることになったのです。
3社目では8年間勤務し、34歳まで製薬会社で抗がん剤領域の仕事を担当。
入社時(27歳): 営業として入社
2年後: マーケティング部門に異動
3年後: プロダクトマネージャーに
プロダクトマネージャーとは、マーケティング部で薬の販売戦略を考える製薬会社の中でも花形部門です。そこからはずっとマーケティング業務に従事し、基本的に抗がん剤領域の製品をマーケティングとして担当していました。
13. 転機となった出来事
35歳直前に大きな転機が訪れました。自分が担当していた製品が「販売移管」となったのです。これは、自分の会社ではなく別のメーカーに販売をしてもらう。つまり自分では売らずに販売を別の会社にやってもらうという本社の決定でした。
自分が担当していた商品を別の会社に渡すことになり、当然自分が売る薬がなくなってしまいました。
幸い、会社は3つほどの選択肢を用意してくれました:
抗がん剤のマーケティング部で製品の担当をする
他の領域のマーケティングで新薬の担当をする
販売移管先の会社との窓口業務を行う
全て悪い話ではありませんでしたが、結果的に選んだのは4つ目の選択肢――会社を辞めるという選択でした。
「何をやってるか、わからない会社を紹介してください」
転職エージェントにこんな無茶振りをした男がいる。
その男の名は吉水さん。
彼は今、人的資本の最前線で活躍するプロフェッショナルだ。 しかし、その道のりは常識を完全に覆すものだった...
今回の「人生配信オンリーワン」では、転職6回、「理系研究者→銀行員→外資系コンサル→起業家」という異色の経歴を持つ吉水さんが登場。彼の型破りな人生ストーリーは、あなたの「常識」を完全に覆します。
衝撃の連続!吉水さんの"非常識"キャリア
1.論文で就職した男
就職活動をほとんどせず、論文1本で研究職内定
2.研究所脱出大作戦
憧れの研究職に就くも、数ヶ月で退職願
理由は「誰も喋ってくれないから」
3.役員直談判事件
希望部署への異動を役員に直接メールで要求
4.銀行転職の奇跡
IR業務で財務知識の必要性を痛感
「金融を学ぶなら銀行か証券」と1社のみ応募
5.突然の英語面接地獄
銀行勤務中に突然のヘッドハンティング
6.外資系コンサルでの7年間
よく喋るから仕事が途切れない法則
月のタクシー代32万円の激務時代
7.8人でのMBO(買収)挑戦
会社の一部門を丸ごと買い取る大胆な決断
創業メンバーとして新会社設立
8.突然の「飽き」と新たな挑戦
「シェア100%で4000社しかない」衝撃の気づき
5年間築いたキャリアを捨てる勇気
社長にブチ切れられても貫いた信念
今すぐ視聴する理由
この配信を聞けば、あなたも気づくはずです。
人生は思っている以上に予測不可能で、それこそが最高に面白いということを。
吉水さんの型破りなストーリーは、きっとあなたの固定概念を打ち破り、新しい可能性を発見するきっかけになるはず。
「人と違う道を歩む勇気」
そして、このエピソードは、あなたの人生観を根本から変える可能性を秘めています。
「計画通りにいかない人生」を歩んでいるあなたへ
それは失敗ではありません。 それは、あなただけの特別な道なのです。
特に印象的だった名言
「好きでやってると、人がそれを評価してくれる」
「自分でやってる感がすごくあったんで、寝ずにできた」
「僕以外誰がいるんですか?」
このエピソードから学べること
✅ 吉水流キャリアハック術
❌ 世間の常識:「キャリアプランを立てて計画的に転職せよ」
〇 吉水流:「好き嫌いだけで70%偶発的る」
✅ 「好き」を仕事にする本当の意味
好きなことは評価される、そして仕事が途切れない
✅ 人生の流れに身を任せる技術
計画通りじゃなくても、目の前の問題解決に集中すれば道は開ける
✅ 「普通」にこだわらない勇気
常識に縛られず、自分らしい道を切り開く思考法
✅ チャンスの見極め方
限られた機会を確実に掴む戦略的アプローチ
✅ 失敗を恐れない行動力
「だめでも元に戻ればいい」という前向きマインド
✅ 専門性の築き方
目的意識を持って必要なスキルを戦略的に習得
✅ キャリアの転機を見極める感覚
安定を捨ててでも挑戦する価値がある瞬間の見分け方
こんな人におすすめ
転職を考えているけど踏み切れない人
理系出身で文系職種に興味がある人
失敗を恐れず挑戦したい人
「普通じゃない」キャリアを歩みたい
人生の転機を迎えている人
今すぐ再生ボタンを押してください
月のタクシー代32万円の激務時代から、突然の「飽き」まで。
理系研究者が辿った予想外すぎる人生の軌跡を、ぜひあなたの耳で確かめてください。
きっと、あなたの人生観が変わります。
生まれた瞬間から話題の人!
フランス→サウジアラビア→ベルギー→中国と4か国を渡り歩いた48歳の驚愕人生。
「この人、マジで何者?」
病院で生まれた瞬間から大騒ぎだった男の波乱万丈ストーリー
想像してみてください。
あなたが生まれた瞬間、病院の先生たちが「黄疸が出た!」と大騒ぎ。
検査をしても検査をしても異常なし。 困り果てた医師が父親に尋ねると...
「すみません、私、日本人なんです」
これが吉水さんの人生の始まりでした。
1.【フランス時代】4-5歳
パリ郊外でフランス人として育つ
親友はジョセフィーヌちゃんとヨハンナちゃん
フランス語ペラペラ(でも現在は話せない...)
2.【サウジアラビア時代】幼稚園〜小学校
サウジアラビアに到着初日に見た雨が...最初で最後の雨だった
想像を絶する環境:
機関銃を持った武装警備員がうろつく日常
「人さらいが来る」という恐怖の中での生活
定期的な「犬狩り」でペットを室内に隠す文化
1年間雨が降らない砂漠の国
そんな中で出会った運命のアニメが...
3.ガンダムとの衝撃的な出会い
なぜサウジアラビアでガンダム?
女性が映るコンテンツは検閲で持ち込み禁止
でもメカ好きなアラブ人にはロボットアニメが大人気
砂漠で活躍するガンダム(哀戦士編)が完璧にマッチ
これが後の人生を決定づける瞬間でした
4.「理系じゃないと殺される」—6歳の少年が下した究極の選択
あなたは6歳の時、何を考えていましたか?
ゲーム?
アニメ?
それとも将来の夢?
しかし、サウジアラビアで過ごした一人の少年は、まったく違うことを考えていました。
「この国で生き残れるのは、医者と科学者だけ」
6歳でサウジアラビアに住んでいた吉水さん。
そこで聞いた話は、あまりにも衝撃的でした。
「革命が起きたら、ビジネスマンや教師は殺される。
でも医者と科学者だけは生き残れる。
なぜなら、人を治すことと科学は、 国や宗教が変わっても価値が変わらないから」
この話を聞いた瞬間、少年の心に決意が芽生えました。
「絶対に理系になる」
5.砂漠の国での奇跡の幼少期
「バザーで売れ残った皿を買った5歳児」
周りがゴム鉄砲に群がる中、たった一人売れ残りの皿を購入する少年
「この子が気の毒だった」と正直に答えて大人をドン引きさせた天才エピソード
既に5歳でお金の勘定をしていた異才ぶり
6.【ベルギー時代】ベルギーでの4年間が生んだ奇跡
「日本人になるための壮絶な自己改造計画」
古い漫画から最新作まで全てを「暗記」レベルで習得
同世代が知らない昭和の名作まで完全制覇
サブカルチャーを「勉強」として取り組んだ異常な努力
7.逆カルチャーショック地獄
帰国後、吉水さんが見たものは…「日本の子供たちについていけない絶望」
三鷹と三重の田舎で感じた孤独感
テレビ番組の話題に全くついていけない疎外感
「帰国子女」という名の呪縛
壊れていない自動販売機の列。
誰も盗もうとしない平和な光景
「こんなに恵まれた国があるなんて」
この瞬間、彼は決意しました。
「もう二度と海外には行かない」
7.400円の牛丼で号泣した中学生
吉野家のカウンターで、友達の前で400円の牛丼で号泣した男の壮絶人生ストーリー
「日本って...こんなに豊かな国だったんだ」
8.理系学生×落語研究会の異色コンビネーション
大学時代の吉水さんは、まさに「二刀流」でした。
昼間:電気電子工学の研究に没頭
有機発光素子の研究
1日18時間の実験漬け
暗室での発光組織観測
夜:落語研究会でお笑い修行
JAL機内番組で落語に目覚める
サッカー部との掛け持ち
理系研究者とお笑い芸人の二面性
9.「面白い」を追求する独特な価値観
「面白いって、ちょっと違うことだと思うんです」
吉水さんの「面白い」の定義:
王道は抑えつつも、変わったものを好む
みんなが見ていないところに着目
違う視点で物事を捉える
この価値観が、彼の研究への情熱と お笑いへの愛を同時に支えていたのです。
なぜこの配信を聞くべきなのか?
✅ あなたが得られるもの:
視野の広がり - 常識を覆す国際的体験談
困難への対処法 - 極限環境での適応力の秘密
キャリアの多様性 - 6回転職した人の思考法
エネルギー - 聞いているだけで元気になる人柄
✅ こんな人におすすめ:
刺激的な人生体験談を聞きたい
自分の可能性を広げたい
困難を乗り越えるヒントが欲しい
単純に面白い話を楽しみたい
推薦コメント
「顔を見ているだけでエネルギーをもらえる不思議な人です」
今回の「人生配信オンリーワン」は規格外
・生まれた瞬間から話題の人。 4カ国を渡り歩き、現在は6社目。
・幼少期をサウジアラビアで過ごした帰国子女
・ 銃と犬狩りのある国で育ち、ガンダムに人生を変えられた男。
- 小学生時代に「日本人になる」ための驚愕の努力 - 漫画・アニメ知識で同世代を圧倒する理由
これほど濃い人生を送った人の話、聞かない理由ありますか?
今すぐ視聴する理由
この配信を聞き逃すということは...
❌ 日本の豊かさを再認識する機会を失う
❌ 本当の国際感覚を身につけるチャンスを逃す
❌ 努力の本質を学ぶ機会を見逃す
❌ 純粋な感動を体験する時間を無駄にする
でも今なら...
✅ 30分で人生が変わる体験ができる
✅ 明日から日常を新しい目で見ることができる
✅ 本物の国際人の思考を手に入れられる
✅ 感動と学びの両方を一度に体験できる
この続きが気になりませんか?
教授との研究方針の対立とは?
なぜ研究職を諦めることになったのか?
その後の人生にどんな展開が待っているのか?
第2話では、吉水さんの社会人編がスタート!
6回の転職体験談
人的資本コンサルティングの世界
現在の仕事に至るまでの軌跡
今すぐ再生して、あなたの常識を覆してください。
※この人生体験談は実話です。フィクションではありません。
普通の人生なんてつまらない。
一人一人が持つ「オンリーワン」な人生ストーリーを 深掘りするポッドキャスト番組です。
「モヤモヤして、自分が何やりたいか、わかんない。
まだ先生になるのは早い。
よし、それじゃ、勝手にいろんな職場を見に行こう」
これが田中さんが「仕事旅行社」を立ち上げることになった原体験の第一歩なのです。
そして、
「自分で人生を選択して欲しい。そういう人を増やしたい。
みんなが「俺これやりたいんだよ」「私これやりたいんだよな」みたいな感じで目をキラキラさせながら、子供のように前向きに生きてくれたらいいなと思ってる。そういう人が増えると嬉しい」
こんな想いで「仕事旅行社」を15年も経営されている田中さんはどんな人生を歩まれてきたのか?
1.テストも異性の目も気にしなかった小学生時代。
神奈川県平塚市での自然に囲まれた生活。
田舎でもなく都会でもない、ちょうどいい環境でした。ただ、育った地域は学校の周りが田んぼだらけの場所だったので、自然遊びをたくさんしていました。
川遊びと自由な日々。
当時は投網(とあみ)で、魚を取ったり、発泡スチロールに乗って川を流れていったりと、かなり自由に自然の中で遊んでいた少年だったのです。
2.バスケ部補欠の中学時代
中学に入ると、双子の兄と一緒にバスケ部に入部。
2人とも大した運動神経ではなかったので、部活では基本的に補欠。
たまに試合に出られる程度でしたが、ここでも双子の兄の方が試合に出る機会が多い。
田中さんは補欠をずっと続けているのも嫌でしたし、兄がいることも気になって、途中で部活を変えてしまいました。兄がいることと、補欠であることの両方が嫌だったんでしょうね。
ここでも双子の兄は、ずっと追いかけても届かないような一貫性を持っている人になっていました。
4.アメリカの大学に行くことになった 運命を変えた一言
双子の兄は、高校時代、アメリカに2年間留学。
その兄の友達に英語で話しかけた時の一言は、
「はあ?」
兄の友達は、田中さんの英語が聞き取れない。それを「カチン」ってきただけでなく、兄が翻訳をしていることがすごく嫌。
「あ、英語ぐらい喋れなくちゃいけない」と思って、この屈辱的な一言が、彼をアメリカのミズーリ州にある大学へと向かわせた!
ところが、英語がわからない。
大学の授業で、宿題が出ているかどうかさえわからない。
授業が終わると、先生に「宿題出てましたか?」と聞きに行く英語初心者生活。人口6000人の田舎町で遊ぶところもないため、ひたすら勉強するために図書館に通い詰めた青春時代。
日本では生徒会で目立っていたのに、アメリカでは「空気のような存在」。自分で話さないとダメ。
自分で行動しないとダメ。
まさにカルチャーショック。
5.ラスベガスの誘惑と転落
ひたすら勉強していた大学時代。
ところが田舎すぎて嫌になり、ラスベガスの大学に編入。
その結果、21歳を超えてカジノに通い詰める日々。
カジノで勝っても負けても授業に出ない生活に転落。
さらにバイトは本人の観光ガイド。日本語しか話さない。
楽しすぎて、勉強しなくなりました。
このままではダメだと、再び、ミズーリ州の大学に戻ります。
ビジネスマーケティングで学位を取り、無事に卒業となりますが、話はここで終わりません。
家族は教員一家だったため、教員がいいなと思い、教職を取ることに。
しかし教職は日本の大学しか取れない。
なんと日本に帰国し、国際基督教大学 (ICU)で更に2年半、教職の資格を取るために勉強することになります。
6.金融業界での4年間とミスマッチ
国際基督教大学 (ICU)卒業後、さぁ先生になろうかなという時期になって、考えが変わります。
・教職の世界は狭い。
・一般社会でもまれたい。
・まだ先生になるのは早い。
その結果、最終的に就職したのは、金融業界。
その仕事は富裕層の資産を増やすだけ。
本当にやりたかったのは投資教育。
さらに金融が好きで入社したわけでない。
やりたいことと違う。
やりたいことが出来ていない。
7.運命を変えた仕事探訪
金融業界のミスマッチに気付いた田中さん。
でも、モヤモヤして、じゃあ何やりたいんだかわかんない。
まだ先生になるのは早い。
よし、それじゃ、勝手にいろんな職場を見に行こう。
セミナー、イベント、勉強会……気になった場にはとにかく顔を出しました。出会った人に「少しお話を聞かせてもらえますか?」とお願いし、興味が湧けば「オフィスに遊びに行ってもいいですか?」とさらに踏み込みます。こうして実際の職場に足を運ぶうちに、働き方の多様性を肌で感じるようになりました。
ある日訪ねたベンチャー企業。
そこで田中さんは、それまで自分が抱いていた「仕事=厳しいもの。その大変さの対価として給料をもらう」という価値観が揺さぶられる体験をします。最初に勤めた職場には、まさにその空気があった。しかし目の前に現れたのは真逆の世界——楽しさや創造性が前面に出ていて、人が生き生き働いている。「あ、僕もこういう生き方をしたい!」とスイッチが入りました。
8.「仕事旅行社」誕生秘話
複数の職場を訪ね歩くと、それぞれの文化・働き方・価値観の違いがよく分かります。
比較対象が増えるほど、自分の軸や「ここは合う/合わない」の感覚もクリアになる。田中さんは、フィールドワークを重ねるほどに視野が広がり、自分にフィットする働き方を“選べる”感覚が芽生えていったと話します。これは単なる情報収集ではなく、「体感知(たいかんち)」——体で得たリアルな気づきでした。
この原体感をもっと多くの人に届けたい——そうして形になったのが「仕事旅行社」という会社です。
いろいろな職場に1日訪問して、現場の空気を感じたり、そこで働く人と対話したりできる“仕事版・社会見学ツアー”のようなプログラム。キャリアに迷う人、転職を考え始めた人、若者への進路支援を考える教育関係者など、幅広い層が利用できるコンセプトとして生まれました。
9.仕事旅行社が15年続く理由と永遠
「お金を稼ぐためじゃない。
誰かの背中を押したい。
おせっかいおじさんになりたいんです」
自分の過去を振り返って、1つの場所にいて、世界を知らずに苦しんでる人たちが「もっと自分のままでいいんだよ」っていうのを人に提供したいと思ってるんですよ。
できる限り多くの人にそういう視野を広げる体験をしてもらって幸せになってもらいたい。
自分で人生を選択して欲しい。そういう人を増やしたい。
みんなが「俺これやりたいんだよ」「私これやりたいんだよな」みたいな感じで目をキラキラさせながら、子供のように前向きに生きてくれたらいいなと思ってる。そういう人が増えると嬉しい。
この配信で得られる3つの宝物
1. 失敗を恐れない勇気
田中さんの人生は失敗の連続です。でも、その失敗こそが今の成功の礎になっています。失敗から学び、次に活かす思考法が学べます。
2. 本当にやりたいことを見つける方法
「教員→アメリカ留学→金融→起業」という一見バラバラな経歴に隠された、人生の軸の見つけ方が明らかになります。
3. コンプレックスを原動力に変える技術
「兄へのコンプレックス」「英語への苦手意識」「金融業界でのミスマッチ」...すべてが今の彼の原動力です。あなたのコンプレックスも武器になります。
今すぐ再生ボタンを押してください
田中さんの人生から学べることは、教科書には載っていません。 リアルな体験談だからこそ、あなたの心に響く何かが必ずあります。
人生は一度きり。 でも、生き方は無限大。
田中翼さんの波乱万丈な人生ストーリーが、あなたの人生を変える最初の一歩になるかもしれません。
なぜ今、この話を聞くべきなのか?
「自分を認めてあげられない人」
田中さんは自分をこう表現しました。 そして、その経験こそが「仕事旅行社」という革新的なサービスを生み出したのです。
「本当はそのままでいいんですよ。
兄は兄だし、他の人は他の人。
自分のやりたい方向、自分に適したやり方、自分のありたい姿があるのに、周りの人ばっかりを見て、自分を劣っているって思っちゃっている」
これは現代人の多くが抱える悩みそのものではないでしょうか?
田中さんの現在の成功
「仕事旅行社」創設者
大人向けの職業体験サービス
「大人のキッザニア」として注目
多様な選択肢と可能性を提示するサービス
父親から「チャレンジしなさい」と言われて育った梶さん。
現状維持は衰退。
チャンスを逃がさず、チャレンジしないと次の楽しみ、ワクワクがない。
この言葉を聞いて、どう思いますか?
現状に満足していませんか?
チャレンジしていますか?
色々なことに悩みながらも、梶さんの向上心が高く、前を向いて進む姿に、きっとあなたも刺激を受けます。
そして、色々なことを深く考えている21歳の等身大の悩みと気付きが、あなたの心に響きます。
1.第一志望の大学に落ちた衝撃
双子の姉が受かって、私が落ちた大学受験 - 運命か、実力か、それとも?
「なぜ同じ勉強法で、姉だけが合格したのか?」
梶さんは、双子の姉と二人三脚で大学受験に挑んだ。
同じ戦略、同じ勉強法、同じ努力量。これまで成績も維持し、お互い切磋琢磨してきた最強のパートナーシップ。
しかし、結果は残酷だった。
姉は第一志望校に合格。
梶さんは不合格。
その差は、わずか1点未満。
2.「悔しい」では表現できない、複雑な感情の正体
「悔しかった」という言葉では片付けられない、もっと複雑で深い感情が梶さんの心に渦巻いていました。
姉が受かったことで「自分たちのやり方は間違っていなかった」と証明された安堵感
でも自分だけが落ちた現実への困惑
1点未満の差に、「何が悪かったのか」、悩み続ける日々
母親の「あなたはこの大学に行くべきだった」という言葉への複雑な想い
これは単なる大学受験の失敗談ではありません。
3.「運命だよ」と言われても納得できなかった理由
あなたは大学受験で第一志望に落ちたとき、どう感じましたか?
「自分に足りないものがあったから」
「もっと勉強すべきだった」
「努力が足りなかった」
そんな風に考えませんでしたか?
21歳の梶さんも、まさにその渦中にいました。
4.母の言葉に隠された真実
「もう導かれて今の大学に入るんだよ、運命なんだよ」
受験に失敗した梶さんに、母親はこう声をかけました。
でも梶さんは思った――
「実績がないのに、すがっちゃいけない」
「成果を出すまでは、認めちゃいけない」
この21歳の想いの奥に、実は多くの人が抱える「完璧主義の罠」が潜んでいたのです。
5.生徒会長として輝いた過去が教えてくれること
梶さんは高校時代、生徒会長として活躍していました。
「自分が引っ張るぞ!」
そう意気込んでいたけれど、実際は姉や同級生たちが支えてくれていた。
でも、そのことを素直に認められずにいました。
なぜなら――
「自分一人でできないと意味がない」
「弱いところがあってはいけない」
「運や相性で片付けてしまったら負けだ」
そんな思いがあったから。
6.21歳が気づいた「成長の本質」
ポッドキャストの対話の中で、梶さんは重要な発見をします。
「向上心」と「不足感」は違う。
苦手なものを無理やり克服しようとするエネルギー
本当に伸ばしたいことに注ぐエネルギー
この2つを混同していたことに気づいたのです。
「暗記が大嫌いなら、ボイスレコーダーや携帯を使えばいい」
「苦手なことは他の方法で補って、得意なことを伸ばせばいい」
シンプルだけど、多くの人が見落としている真実でした。
なぜ、この話があなたの人生を変えるのか
この対話を聞いて、あなたはこう感じるかもしれません:
「私も同じような経験がある」
「完璧主義で苦しんでいるのは自分だけじゃない」
「運や相性を認めることって、実は大切なことなんだ」
梶さんの就職活動への影響も明らかになります。
「この会社に行きたい」と必死に勉強しても、社風や文化に合わなければ採用されない。
それは能力不足ではなく、単純に「相性」の問題という考え方もありますよね。
この配信で明かされる深いテーマ
📌 比較の呪縛から解放される瞬間「比較の対象が姉から自分に変わった」と語る梶さん。
それはいつ、どのような瞬間だったのか?
📌 「負債」という感情の正体
梶さんが抱える「負債感」。
それはネガティブなのか、それとも成長の原動力なのか?
📌 運命論 vs 実力論
「スピリチュアルになっちゃうんですけど、何か得るべきものを教えられているのかな」という梶さんの言葉の真意とは?
📌 母親の預言的な言葉
「この大学に行くべきだった」という母の言葉は、単なる慰めなのか、それとも深い洞察なのか?
なぜ、この配信を聞くべきなのか?
✅ 挫折を成長に変える思考法が学べる
梶さんの体験から、失敗や挫折をどう捉え直し、未来への原動力に変えるかのヒントが得られます。
✅ 比較から解放される方法がわかる
身近な人との比較に苦しんでいる方に、新しい視点を提供します。
✅ 人生の「正解」について考え直せる
一見すると「失敗」に見える出来事が、実は別の意味を持つかもしれない。そんな人生の奥深さを感じられます。
✅ 現在進行形のリアルな成長記録
梶さんの物語は完結していません。
今もなお続く成長の過程を、生々しく聞くことができます。
配信のハイライト
過去の自分が今の自分を見た時に、誇りに思ってもらえるか。
運とか相性って片付けちゃ負けでしょ。
そんなのダメでしょ。認めてはいけない、
自分が足りないことに気付けるから、成長できる。
これらの言葉の裏にある、梶さんの深い内面世界に迫ります。
今すぐ再生して、あなたの人生観を揺さぶる体験を
この配信は、単なる体験談を超えて、人生の意味、成長の本質、そして真の成功とは何かについて深く考えさせてくれます。
梶さんの率直で深い語りは、きっとあなたの心に響き、新しい視点を与えてくれるはずです。
『人生配信オンリーワン』では、毎回異なるゲストの人生に深く迫り、その中にある普遍的な真理や学びを共有しています。あなたの人生にも、きっと新しい光が差し込むはずです。
引っ込み思案の少女が、なぜ「挑戦し続ける人」へと変貌したのか?
あなたは信じられますか?
親に「あなたって、とても引っ込み思案だよね」と心配されるほど控えめだった少女が、今では積極的にチャレンジし続ける大学生になっているという事実を。
今回の「人生配信オンリーワン」では、就職活動中の大学生、21歳の梶さんが、驚くほど素直に等身大で、これまでの人生について赤裸々に語ってくれました。
1.「目立ちなさい」父親の一言が全てを変えた
小学生の頃、父親から繰り返し言われた言葉:
「目立ちなさい」
「チャンスがあるならチャレンジしなさい」
最初は「父が言うんだから正しいんだ」と素直に従っていた梶さん。
とにかく「打席に立て」と解釈していました。
2.一人じゃ無理だった
父親に「目立ちなさい」と言われても、「一人じゃ無理だった」と梶さんが振り返る、双子の姉との関係。
明るくポジティブな姉についていこうとする中で、いつしか「負けたくない」という気持ちが芽生えます。
引っ込み思案だった少女は、双子の姉との切磋琢磨により、チャレンジする人生に変わっていきます。
3.とにかく褒められたい
「父親に褒められたい」から始まった挑戦の数々。
引っ込み思案だった梶さんは小学校時代、なんと児童会長を務めることになります。
この変化の根底には何があったのか?
「両親に褒められたい」
「姉に負けたくない」
「まわりに頼られたい」
そして、周りからも認めてもらえ、「前に出るタイプ」として周りに認識されるようになります。それが大きな喜びとなっていきました。
この変化に自分自身も居心地の良さを感じ、「自分はリーダーに向いている」という確信を持つようになります。チャンスがあればトップに立ちたいという気持ちに変わったのです。
この小学校での出来事が、大学でリーダーシップに興味を持つキッカケにもなっていきます。
4.中学時代の挑戦、合唱コンクールの指揮者物語
中学では学級委員や合唱コンクールでは指揮者など、チャレンジは続きます。
なぜ指揮者に挑戦したのか?
これを「チャンス」だと捉えていたからです。
「こんな機会は今しかない。
別に自分が音楽家になるわけでもないし、手を上げれば指揮者という経験ができるなら、やってみればいいじゃん」
そんな感覚でした。自分がどこまでできるか試してみたい気持ちもあったかもしれません。
この「とりあえずやってみる」という価値観も、父親の「いろんなことにチャレンジしなさい」という言葉から来ています。
姉と切磋琢磨しながら、以前だったら考えられないような挑戦を積み重ねていく中で、その気持ちや良さが自分の中で強化されていったのです。
そして「これが正しいんだ」という感覚が、経験を通して確信に変わっていったのです。小さな挑戦の積み重ねが、今の梶さんを形作っています。
5.高校時代の挑戦、生徒会長として「痛い気付き」
高校2年生での新しい挑戦は、生徒会長。
そして副会長に双子の姉。
「私は自分の役割を全うすべきだと思って、牽引力が大事だと思っていた」
ところが
「姉がいなかったら、きっと組織は回らなかっただろうな」
この瞬間、梶さんは重要な真実に気づきます。
「引っ張っていくだけじゃダメなんだ」
「人との調和、それが自分にはまだまだ足りなかった」
「一人では絶対に気づけなかった」
なぜ多くの人が、梶さんのような気づきを得られないのでしょうか?
実は、梶さんも最初は気づけませんでした。
「一人じゃ絶対に気づけなかったし、それまでがひどかったんだと思います」
しかし、梶さんには決定的な「違い」がありました。
それは
「あ、ごめん」とか「本当に助かったな」って真剣に思う瞬間があった
この「気付く力」こそが、梶さんを普通の高校生から、深い洞察力を持つ人へと変化させたのです。
6.大学で見つけた「新しい自分」
小学校から高校までずっと一緒だった双子の姉ですが、大学は姉と別々の道を進むことになります。
「初めての一人の状態で、本当に結構不安でした」
しかし、ここでも梶さんの「チャレンジ精神」が光ります。
「自分一人でも、自分を諦めちゃいけないと思って、小さいチャレンジをたくさんしよう」
そして現在21歳の梶さんが目指すのは
「どんな人に対しても、全てを理解することは難しかったとしても、少しでも理解のある人でありたい。
想像力を働かせられる大人になりたい。」
7.挑戦への感謝 - 家族の支えがくれた機会
父親から教わった「様々なことにチャレンジする」という姿勢を実践してきた結果、今振り返って感じることは何より感謝の気持ちです。
確かに、チャレンジの機会は自分で掴み取ったと言えるかもしれません。
でも正直なところ、父をはじめとする家族が背中を押してくれなかったら、きっと行動に移すことはなかったでしょう。
新しいことに挑戦するって、一人では怖いものです。でも家族がそのきっかけを与えてくれたからこそ、今の自分があるのだと思います。
挑戦することの大切さを教えてくれた父、そして支えてくれた家族に、心から感謝しています。
なぜ今、この配信を聞くべきなのか
現代社会では多くの人が「変わりたいけど変われない」という悩みを抱えています。
梶さんの物語は、環境と人間関係、そして小さな挑戦の積み重ねがいかに人を変えるかを実証する、リアルな成長ストーリーです。
特に注目すべきは、梶さんが「頑張らなきゃできない」と正直に認めながらも、その動機が「人との繋がり」や「自分ならではの発見」へと昇華されていく過程。
これは多くの人にとって、自分の人生を見つめ直すきっかけとなるはずです。この感動的な人生ストーリーを、あなたも体験してみませんか?
梶さんの率直で等身大の語りは、きっとあなたの心に響くはずです。
このエピソードで学べること
✅ 真のリーダーシップとは何か
一人で引っ張ることだけがリーダーシップではない
周りの人との調和の重要性
支えてくれる人への感謝の気持ち
✅ 成長するための「気付く力」
自分の足りない部分を認める勇気
周りからの学びを素直に受け入れる姿勢
「現段階での答え」という謙虚な考え方
✅ 人生を変える「チャレンジ精神」
小さなチャレンジから始める重要性
一人になっても諦めない心
背伸びせず、着実に歩む方法
なぜ今、この話を聞くべきなのか?
現代社会では、多くの人が「一人で頑張らなければ」という重圧を感じています。
しかし、梶さんの体験は教えてくれます:
「人は一人では成長できない」
「周りの人との関係性の中でこそ、本当の自分が見えてくる」
この21歳の等身大の体験談は、年齢を問わず多くの人に深い気づきを与えてくれるはずです。
ポッドキャスト「人生配信オンリーワン」は、様々な人の人生経験を通じて、あなたの人生に新しい視点をお届けします。
1.兄弟から学んだ「失敗を避ける技術」
兄がいて、小さい頃から彼らの失敗を目の当たりにしてきた「なるさん」。親に反抗して叱られる姿、間違った方向に進んで後悔する様子を見て、「自分はこうならないようにしよう」と自然に学んでいったのです。
一方で、兄たちの良い部分も真似をして、効果的な勉強法や物事への取り組み方を身につけてきた。「他人の失敗から学ぶ」という独自の成長戦略を小さいころから身に付けていました。
2.カナダで「徹底的な日本語禁止ルール」
なるさんが19歳の時に、カナダでワーキングホリデーに行きましたが、この時も「失敗を避ける技術」を使っていました。
ワーキングホリデーに行った失敗談として、なるさんは、こんな話を聞いていました。
現地で日本人のコミュニティに入ってしまう
結局日本語で会話することが多くなる
関西弁がうまくなって帰国(笑)
英語力はほとんど変わらない
時間とお金をかけて海外に行ったのに、これでは本当にもったいない。
この失敗パターンを避けるため、なるさんは何をしたのか?
日本語を一切話さない
日本人から日本語で話しかけられても、常に英語で返答
日本語を話したがる人とは距離を置く
時には「残念だな」と思いながらも、英語での会話を貫く
なぜこれほどストイックになれたのか
失敗が本当に嫌だったからです。
先輩方の失敗談を聞いて、心の底から「これは避けなければ」と思いました。この強い危機感が、失敗をたくさん聞いて、厳しい環境をあえて進むなるさんの価値観になっています。
3.厳しい環境をあえて進む
多くの人が「厳しい環境で頑張る」と言いますが、実際にはそれができずに苦労しています。
できない理由:
楽な方に流されがち
日本人同士の居心地の良さに甘えてしまう
明確な目標設定ができていない
できる理由:
答えは単純で、本当に失敗が嫌。
先輩や兄弟の失敗を見て育った経験から、失敗することの痛みや後悔を疑似体験してきたからこそ、それを避けるためなら多少の困難も受け入れられるのかもしれません。
4.自己理解が深いのは、なぜか?
なぜ、なるさんは自己理解が深いのか?
これまで特に意識していなかったのですが、改めて考えてみると、その理由はコーチングとの出会い。
きっかけは22歳の学生時代の就職活動。
その際にプロのコーチと出会い、その時に学んだメソッドとマインドは、今でも強く印象に残っている。
そこから、セルフコーチングなどの手法を継続的に実践。
自分の感情や考えを言葉にして整理する習慣が、結果的に自己理解を深めることにつながっている。コーチングに出会えたこの経験は、なるさんにとって大きな財産となっています。
5.そして今、業界変革への挑戦
ITエンジニアとして実力を磨きながら、 ついに彼は自分の事業「ブライティ (Brighty)」を立ち上げます。
その使命は、「コーチングの民主化」。
現在、コーチングは「ブラックボックス」状態。
受けたらどうなるのか分からない
自分に合うコーチが見つからない
効果が見えない
これらの課題を解決し、コーチングを身近な存在にする。 それが彼の壮大なビジョンです。
6.無料で提供する、その真意とは?
現在ブライティは完全無料。 なぜ無料なのか?
「まずは多くの人に繋がって欲しい」
収益よりも、まず価値提供。
ユーザーが本当に喜ぶ機能を追求し、 その先に持続可能なビジネスモデルを構築する。この考え方こそが、彼の一貫した成長戦略の現れです。
7.夢は日本のコーチング業界を変える
「コーチングって、あれね!受けたことあるよ」
この言葉が日本中で聞かれる日を目指して。
日本最大のコーチ登録数
最高精度のマッチング
AIを活用した革新的なサービス
彼の挑戦は、まだ始まったばかりです。
今すぐ聞く価値がある3つの理由
1. 失敗を恐れる人への最強の処方箋
兄の失敗から学んだ、リスクを成長に変える思考法
2. 20代で身につけた自己理解の深さの秘密
多くの人が一生かかっても得られない自己理解を、どう獲得したのか
3. 業界変革への具体的な戦略
無料提供から始まる、コーチング民主化の壮大な計画
この配信を聞けば、あなたも「失敗を恐れる人生」から「失敗を活かす人生」にシフトできるかもしれません。
なるさんの人生戦略、その全貌を今すぐお聞きください。
ポッドキャスト「人生配信オンリーワン」では、型破りな人生を歩む人々の深い洞察をお届けしています。
福岡の田舎から世界17カ国へ!
ITエンジニアが語る「コーチング民主化」への挑戦「自分の知らない世界を知ることが、人生を変える」
中学生でアメリカに飛び、19歳でカナダで挫折を味わい、そして今、「コーチングの民主化」に人生を賭けるITエンジニア・なるさんの壮絶な人生ストーリーが今、明かされる。
1.「OOをやりなさい」と言われた記憶がない少年時代福岡の田舎で生まれ育った。
男3人兄弟の末っ子として、自由奔放に過ごした少年時代だった。
両親から「何をやりなさい」と言われた記憶がない。
毎日のように外で遊んでは、町中のすべての生き物を見つけて家に持ち帰っていた。
2. 中学生でアメリカ単身ホームステイ → 人生が180度変わった瞬間
中学は、田舎にあるごく普通の中学校。
いや、「普通」と言ってもヤンキーが多く、少し荒れた学校だった。
そんな中学校に、ある日「アメリカの姉妹都市との交流でホームステイ募集がある」というお知らせが来た。すぐに「行きたい!」と手を挙げたのは、クラスでたった一人の僕だけ。
海外に行ってみたいという気持ちが、ずっとあったからだ。
当時、僕の住んでいた田舎では、外国人を見ることすら珍しかった。
だからこそ、実際にアメリカへ行き、ホームステイを経験したときは衝撃の連続だった。
見るものすべてが違う。
車の走る方向も、トイレの使い方も、食べ物も、習慣も――
「本当に、こんなにも違う世界があるんだ!」と感動した。
まるでドラえもんの秘密道具で、知らない世界に来たみたい。
それまでの価値観がガラッと変わった瞬間だった。
自分の知らなかった世界を知る。
この体験が、後の破天荒な人生を決定づけることになる。
中学時代にアメリカでのホームステイを経験して以来、意識はずっと「海外」に向いていた。
進学した高校は、いわゆる進学校。周囲の多くの生徒が大学進学を目指し、当たり前のように勉強に取り組んでいる環境だった。
その雰囲気に自然と乗ることができ、特別に目立つことはなく、シンプルに「勉強する」ということをまじめに続けた高校時代。
高校時代の勉強漬けから一転、大学では花を咲かせます。
海外に行きまくり、気づけば4年間で17カ国を旅するバックパッカーに。
カンボジア、パラグアイ、オランダ、アメリカなど。カナダではワーキングホリデーで10か月滞在。
現地のホステルに泊まり、毎日知らない人と話す。
「明日どこに行こうかな?」と予定も決めず、ホステルで出会った人と一緒に観光地を巡る旅。それが心地よくて、刺激的だった。
旅の中で出会った人たちとの会話は、毎回、自分の価値観を揺さぶってくれた。
たとえば、イスラエル人と出会い、彼とブラジルを一緒に旅した経験。
彼には兵役の経験があり、日本では想像もつかないような話をたくさん聞いた。
同じ年齢でも、まったく違う世界観、生き方、考え方がある。
大学ではサークルを5つほど掛け持ちし、なかでも海外交流サークルではインドネシアに行く機会もあった。海外で働くことにも興味を持ち、現地で職探しまで行った。
「新しい世界を知りたい」という気持ちは止まらなかった。
世界に飛び出したことで、それまで自分にかかっていた“蓋”が一気に外れたのだった。
「海外に行きたい!」という想いで、大手メーカーを希望。
パナソニックのインターンに参加するが、このインターン経験が人生を変えることになります。
「大手企業では会社の中のネジの一つ。
基盤は良いが、それも取るに足らない小さな部品になってしまう」
誰もが羨む大企業での貴重な経験が、逆に大手志望は止めるという人生の方向性を決定的に変えたのです。
そして、なぜ彼はITベンチャーの道を選んだのか?
ITベンチャーへの道を選んだ理由は、19歳の時、カナダの10か月間のワーキングホリデーから学んだ危機感。
たくさんの移民が暮らすこの国で、仕事を探す日々。
最初は勢いだけでなんとかなると思っていた。
でも、すぐに現実にぶつかりました。
元気だけじゃ仕事はもらえない
自分には「専門性」がない。
履歴書に書けるようなスキルもない。
自信があったはずの英語も通じない。
気づけば、「自分って、何もできないんだな」と痛感していました。
でもその感覚こそが、価値観を大きく変えるきっかけになったのです。
日本にいたときには味わったことのなかった「危機感」。
環境が変わっただけで、こんなにも自分の力のなさを思い知らされるのかと愕然としました。
「このままじゃダメだ」
そう強く思ったあの日から、自分を変えることに本気になりました。
「安易に日本食レストランで働くのはやめよう」と決め、現地企業でのインターンシップに挑戦。
わずか3週間という短期間だったが、学ぶことは多かった。
たった3週間でも、学校で3か月学んだ時よりも英語が一気に伸びた。やはり実践に勝る学びはない。
8.失敗を避けるのではなく、失敗から学ぶ。
実は「失敗が嫌い」なタイプ。でもだからこそ、「失敗しないために、先輩や周りの人の失敗から学ぶ」というスタンスを持ち、どんどん準備し、自分を追い込んでいった。
あえて厳しい環境に身を置く。
そのほうが、自分の力になると信じていた。
カナダにいる日本人の中には、ずっと日本人同士で行動している人たちもいた。そういう人たちは関西弁がうまくなっていたりして、そうはなりたくなかった。
「英語を伸ばしたい」という強い気持ちがあったので、あえて日本語を一切話さないと決めた。現地で日本人と話すときも、英語で通した。
少しストイックかもしれないが、「自分の能力をつけること」にとことんフォーカスしていた。
「この先、自分には何が残るんだろう?」
そう問い続けた10か月。
スキルも、経験も、人との出会いも、自分の中にしっかり刻まれていった。
あのカナダでの時間が、今の自分の軸をつくってくれたと思っている。
このエピソードで得られるもの
価値観を180度変える体験談
中学生でのアメリカホームステイが人生の転機となったリアルな体験
大学4年間で17カ国を回った「無計画バックパッカー旅行」の真実
カナダで直面した「自分は何もできない」という現実と、そこから学んだ教訓
今すぐ視聴する理由
🔸 あなたの価値観が変わる
なるさんの体験談は、あなたの「常識」を覆すかもしれません。特に、海外経験や挫折からの学びは、多くの人にとって新鮮な視点を提供します。
🔸 行動力の源泉がわかる
中学生でアメリカに行き、大学時代に17カ国を回る。この行動力はどこから来るのか?その秘密が明かされます。
🔸 キャリア選択のヒント
安定を捨てて挑戦を選んだ理由、フリーランスとして成功する考え方など、キャリアに悩む人必見の内容です。
🔸 人生哲学の深さ「人との出会い」を重視する旅行スタイルや、「新しい価値観」への探求心など、人生を豊かにする考え方が学べます。
特別な人生を送る人の共通点なるさんの話を聞いて気づくのは、特別な人生を送る人には共通のパターンがあることです:
未知への好奇心
挫折からの学び
人との出会いを大切にする
安定よりも成長を選ぶ
自分の価値観を持つ
このエピソードを聞けば、あなたも「普通じゃない人生」への第一歩を踏み出したくなるはずです。
人生配信オンリーワン
~なるさんの冒険と挑戦の物語~
今すぐ聞いて、あなたの人生を変えるきっかけを見つけてください。
※このエピソードは、実際の配信内容に基づいて作成されています。
海外約30カ国を旅した男は、なぜ
「日本人よ、もっと自由になれ」と言うのか?
固定概念を打ち破る勇気、あなたにありますか?
「楽しいか、面白いか」ーー藤原さんが人生の選択で大切にしているのは、たったこの基準だけ。
小学校、中学校、高校...多くの人が「周りに合わせること」を学んでいく中で、彼は違う道を選び続けてきました。
違和感を感じたら、すぐに方向転換。
その圧倒的な行動力が、彼を約30カ国近い海外体験へと導いたのです。
スーパーに買い物に行くと、店員さんが「今日どうだった?」と気軽に声をかけてくれる。店員さんとの自然な会話のやり取りがある。
日本とは異なる対応に、こんな感想を抱きました。
「マニュアル通りではない対応に、その方が、居心地がいい」
日本の完璧すぎるサービス、決まり文句の挨拶、マニュアル通りの対応。
それらが時として「窮屈さ」を生み出していることに、海外経験を通して気づいたのです。
「今日どうだった?」が普通の世界
海外では店員さんが気軽に「今日どうだった?」と話しかけてくる。
そんな自然な会話が日常にあふれています。
一方、日本では「いらっしゃいませ」という決まった言葉だけ。
会話はそこで終わってしまう。
「日本の物足りなさ」の正体が、ここにありました。
なぜ日本人は「一歩踏み出す」ことを恐れるのか?
海外体験の素晴らしさを友人たちに熱く語る藤原さん。
実際に行動を起こした人もいる一方で、多くの人は「いやー、でも...」と踏みとどまってしまいます。
それってもったいなくないですか?
日本の価値観だけじゃない、もっと多様な考え方がある。
もっと便利なサービスがある。
「なんで日本に導入しないんだろう?」と思うようなイノベーションに出会える。
閉鎖的な日本を変えるために必要なこと
「型にはまりすぎている日本」を変えるために、提案するのは段階的なアプローチです。
まずは自分の枠から一歩出る
そして最終的には海外へ
「もっと日本人は外に出てほしい」
そんな想いから生まれた今回の対話は、あなたの固定概念を揺さぶる内容となっています。
✅ 「楽しいか、面白いか」で人生を選ぶ勇気が湧いてくる
✅ 海外30カ国の体験から得た「本当の自由」とは何かがわかる
✅ 日本の常識に疑問を持つ新たな視点が手に入る
✅ 一歩踏み出すためのヒントが見つかる
✅ グローバルな考え方を身につけるきっかけが掴める
「日本ももっと元気になってほしい」
そんな熱い想いを語る藤原さんの生き方は、きっとあなたに新たな気づきをもたらすはず。
固定概念を破り、自分らしく生きる勇気を手に入れませんか?
今すぐ視聴して、あなたの人生に新たな可能性を見つけてください
「みんな自由だな」と感じた海外体験の全貌、そして日本人への熱いメッセージが詰まった藤原さんの人生物語をお見逃しなく!
「今日どうだった?」が普通の世界なぜ日本人は「一歩踏み出す」ことを恐れるのか?閉鎖的な日本を変えるために必要なことこの配信を聞けば、「日本ももっと元気になってほしい」
「先生なのに英語が話せないって、どういうことなんだろう...」
第1章:挫折からの這い上がり
1年半の浪人生活を経て、無事に大学に合格し、晴れて英文科に。
英語を話せるようになりたい!
大学で、英語教師の免許を取得!
英文科で学ぶも「話せない英語教師」への疑問が芽生える、、
第2章:衝撃の英語授業
「同級生の帰国子女がペラペラとネイティブの英語を話す横で、英語の先生がタジタジになっている...」
この瞬間が、藤原さんの人生を変えました。
英語を話したいという想いで大学に行ったのに、このままでいいのか?
このまま大学を卒業して、就職すると、簡単に辞められない。
「行くしかない」 - 就職を蹴ってワーホリとして、オーストラリアで英語の勉強をすることに。
まわりからは「なんで行くの?」「行く意味があるの?」とネガティブな反応しかなかった。
それでも、なぜ安定した就職を捨ててまで、オーストラリアに向かったのか?
ホームステイをしながら語学学校、英語の勉強。
語学学校での1ヶ月間の学びが終わり、さらに1ヶ月間、教師の卵の授業を無料で受けられることに。
りんごを投げる授業? 日本では絶対にない自由な教育スタイル。
「This is a pen.」の無意味さを痛感
現地で学んだ「生きた英語表現」の数々
「日本で学んだことが、まったく会話に役立たない...」
この気付きが、藤原さんの価値観を根底から覆しました。
さらに1年間のバックパッカー経験で、英語を話せるようになります。
バックパッカーから帰国後の現実:理想と現実のギャップ
第二新卒の厳しい現実
バックパッカー経験を理解してもらえない日本社会
就職活動をするも、中途採用の扱いとなり、就職が決まらない。
自分のやりたいことよりも、働けるところを探すことに。
新聞記事で応募した総合スーパーに就職。
しかし自分に合っていないと判断し、半年間で退職することに。
転機となった派遣という働き方
総合スーパーを退職することになり、次は失敗できない。
そこで選んだのが、大手通信会社での派遣社員での仕事。
実績を積み上げ、派遣社員 --> 契約社員 --> 正社員とステップアップ。
当時は電波調査業務を担当し、「めちゃくちゃ楽しかった」
「楽しい」とは?
何より一緒に働いている人は、良い人が多い。
まわりが助けてくれる。社風がいい。
成長、学びの機会が多い。色々なことにチャレンジできる。
スキルをアップしたい、向上したいという気持ちに対して、自由にやらせてくれる。今ではコールセンター部門でマインド醸成、人材育成業務で活躍中。
面白いかどうか? 自分らしいかどうか?
第1章:書道の面白さと自分らしさ
小学生から高校3年生まで7年間書道を習い、書道全国大会にも出場。
名前が雑誌に掲載されることも。
書道は心が落ち着くのが魅力。
筆跡心理学にも興味があり、文字から心理を読み取る考え方が面白い。
面白いのは、お手本通りに書くことではない。
自分らしさを表現することが、本当に面白い。
第2章:音楽の面白さと自分らしさ
現在... 40年ぶりにピアノを再開し、7年間ボイトレを続ける藤原さん。
彼が音楽に求めるのは、父から受け継いだクラシックの世界だけではありません。
「ジャンルにこだわらないアーティストっていいなと思う」
「カテゴリーを壊してもいいんじゃないか」
ここにも彼の人生哲学が表れています。
枠にとらわれず、「面白いかどうか」「自分らしいかどうか」 を基準に生きる。
筆跡コンサルタントへ!
藤原さんは自分理解を深めるために、多くの研修やセミナーに参加し、自分探しを行っている時に筆跡診断に出会います。
「藤原さんは組織で働くより、個人事業の方が向いています」
なんと、この言葉が筆跡コンサルタントとして起業のきっかけになります。
自分探しは一番難しく、ハードルが高い。
でも他人に言われると説得力が増し、自分に自信が持てる。
もっとイキイキできる一歩を踏み出せる。
そして、「できるだけ人がやってないような珍しいものをやりたい」。
この価値観から生まれたのが、
筆跡コンサル × カラーセラピー × キャリアコンサルの掛け算戦略
藤原さんの価値観とは
💬 面白いかどうか?
💬 自分らしさ
💬 頭で考えても仕方なくて、やってみないと分からない
💬 違和感を感じたらすぐに方向転換
日本は固い、、、固定概念があるのか閉鎖的。
もっと自由に、面白く、自分らしく!
人生配信オンリーワン - あなたらしい生き方を見つける番組です。
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