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【AIと対話し続けた研究者】ハーバード大×NTTリサーチで新たな学問「知性の物理学」を作る田中秀宣/自分の行動原理はAIと共に探れる/パーソナル哲学を探究する時代に【CROSS DIG 1on1】
https://youtu.be/rYCGuhtdfC8?si=SrjRvY_CNKfUsWO2
自分ってなんだろう??ってなりますよね。
いろんなことを「考えてる私」も、過去の経験の総和から導かれたひとつの考えを出力してるだけなのだとしても。
でも、思ったこと考えたことを「公開」していくのはやはり意味があるんじゃないかと思います。
多分4月のあいだに、いろんなことが私の中で「満了」になって、終了したみたいです。
先生をしていた時代からの呪縛「すべての人を教え導かないといけない」から、解放されたかも。
とにかく、自分が楽しいと感じるものが正義。
他人に評価されるためではない、自分のための時間を大切にしていきたいと思います。
腰痛自粛から4年が過ぎました。
心がすり減るような生活の中で、唯一の息抜きだったJazzDanceのレッスン。
そのレッスン中の怪我がもとで腰痛自粛からのゼロリセットだったのも、考えてみれば示唆深いけど。
つまり、私の無意識からの「止まりなさい」の指令だったのかなと思って。
ともかく、それまでやっていた心がすり減るような仕事を全部やめて、ようやく得た静けさと安心。
そこに慎重に少しずつ活動を取り入れ始めて、今に至るのですが、さて。
ゼロからのスタートだから、気楽にやっていたいろんなことが、ゼロじゃなくなってきてるぞ、と。
芽が出る段階を超えて、育ち始める段階にきている活動があるぞ、と。
そうなるとちょっと、今までみたいに気楽に何も考えず、次々と手を出すようなことでは、続かないというか、おかしなことになるな、と思うようになったので、ああ、お気楽なゼロベースな時期は終わってしまったんだなって、思ってます。
ゼロベースが好きなので、作ったものを手放して、またゼロから新しいことを始めたい、という気もします。
魂って何かというと、肉体じゃない部分。
死んだら脳も含めて肉体は消滅してしまうけど、本体は残って天に戻っていく、というふうに、なぜか分からないけど小さい頃から思ってます。
どっちかっていうとその、本体のほうが、本来の自分なので、この人生においては、思ったことはすべてやり尽くすくらいの勢いで、やっていかないといけないなーと思います。
と言いつつ、だらだらのんびりするのが好きすぎる。
ギアチェンジをして、がんばるタイミングが来ている気がします。
表現するっていうとなにか、すごい芸術家じゃないとできない感じがするかもしれませんが、そういうことじゃなくて。
自分はこんなことが好きなこんな人だよ、これからこういうことをしていきたいと思っているよ、ということが、スラスラッと話せたら、いろんなことがものすごくスムーズになるっていう意味です。
なんでもやりたいと思ったことをやっていく、これが起業のいろはのい、なんですが、そもそも、自分を制限し続けた結果、やりたいことが分からず、当然、何をやりたいか聞かれても話せない。
こんな人、とても多いですよね。
ご本人たちがそこに問題意識を感じてるかどうかは分かりませんが、私はとても問題だと感じています。
なので新しい講座を考えています。
featという詩の朗読のイベントに参加してきました。詩人としてではなくダンサーとして。ダンサーとして何かに参加するなど、ついぞないことだし、こういう自由な形で詩を読む人たちを見る経験も初めてでした。
朗読教室の生徒さんたちの朗読会とは違うことでした。
結局のところ、上手下手という、一元的な評価軸を捨てて、もっと多元的な評価軸でものを見ない限り、見えてこないものがあるんだなーと、思った次第です。
詩でもダンスでもアートでも起業でも、結局、自分はどうしたいのか、なにをしたいのかを「表現」できてこそ、何かが起きてくるわけで、
私は、岩のようにカチコチになってハマった枠から一歩も出ない人をなくしたい。
みんなが新しいことに自由に出会っていける人になってくれることが、社会の風通しを良くするし、それがこれからの時代に必要なスキルなんだと思います。
表現するっていうのはなにも、絵や歌やダンスに限らず、日常の言動でもじゅうぶん、表現していると思う。
そう考えると、誰もがアーティストであるとも言える。
もちろん起業もアートだしね。
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