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今回の『福島放送室』は、一般社団法人Hamadoori13 代表理事の吉田学さんをお迎えした連続対談の最終回(第4回)です。
今回は、地域の枠を超えて人と人をつなぐ「一般社団法人 Hamadoori13」誕生のリアルな舞台裏と、これからの浜通りの未来像に迫ります。人々が戻り始めた地域で、コミュニティの再構築に悩む仲間たちを支えるために始まった「フラットなプラットフォームづくり」から、自発的な取り組みからソフトバンク財団等との連携へと広がった若手起業支援プログラム「フェニックスプロジェクト」の立ち上げ秘話までお話しいただきました。
トークの終盤では、10年・15年先にとどまらず「2100年」という100年スケールの未来を見据えて今やるべきこと、次の世代・その次の世代へ良いまちを繋ぐための想いを語っていただきました。4回にわたる吉田学さんシリーズの集大成となるエピソードをぜひお聞きください!
【今回のトークポイント】
「浜通り13」誕生のきっかけ:地域の困りごとを支え合うため、同窓生や仲間に声をかけて作ったフラットな情報・交流プラットフォーム。
若者の挑戦を支える「フェニックスプロジェクト」:産業づくりと若い世代の起業支援。事業成長にとどまらない、若者同士のコミュニティ形成という副次効果。
2100年を見据えた未来へのバトン:廃炉や地域の未来を100年スケールの長期視点で捉え、次世代のために今取り組むべきまちづくりの思考。
【エピソード概要】今回の『福島放送室』も、前回に引き続きいわき市からの出張レコーディング。阿部祥太郎くんをパーソナリティに迎え、「一般社団法人 Hamadoori13」代表理事の吉田学さんをゲストにお送りする全4回の第3回です。
今回は、学さんが長年勤めた会社員から一転し、自ら起業を決意した「震災直後の知られざるストーリー」に迫ります。アラームが鳴り響く福島第一原発の構内で、防護服に身を包みながら行った命がけの「建物の応急危険度判定」。極限の現場を自ら経験したからこそ見えた、故郷が再生するまでの「10年」という月日と、自らの手で環境を創り出すという覚悟。
そして、「前例のない環境だからこそ、自ら現場で動く若者たちが一番偉い」と語る、外から来て挑戦する人たちへの深いリスペクト。今の学さんの活動の根幹となる、熱い決意のエピソードをお届けします。最終話はいよいよ「Hamadoori13」の立ち上げという、未来編へ続きます!
【今回のトークポイント】
震災直後の極限ミッション:アラームが鳴り響く福島第一原発構内で、たった2人で行った建物の応急危険度判定(赤・黄・青の札貼り)の壮絶な記憶。
10年後を見据えた独立・起業:故郷が再び住める状態になるまでの長い期間を見据え、復旧のためのインフラや環境を「自らの手」で創り出すための決断。
挑戦者への圧倒的なリスペクト:「現場で動いている人が一番偉い」。リスクを背負いながらも、この地域のために自ら動く若者たちを全力で応援したいという温かく強い思い。
【エピソード概要】今回の『福島放送室』は、阿部翔太郎くんがパーソナリティを務め、「一般社団法人 Hamadoori 13」代表理事の吉田学さんをお迎えしてお届けするゲストトークの第2話!前回の少年時代や東京でのエピソードに続き、今回は学さんが地元・大熊町に戻り「東双不動産」で働いていた頃の思い出と、2011年3月11日の東日本大震災当日の壮絶な体験に迫ります。福島第一原発構内で見舞われた激しい揺れ、何度も現場と家族のもとを往復しながら奔走した緊迫の瞬間。そして避難先での社員100人以上の安否確認や、環境が一変してしまった子供たちに向き合う親としての葛藤など、過酷な運命を受け止めながら前を向き続けてきた学さんのタフなメンタリティとリアルな言葉が心に響くエピソードです。
【今回のトークポイント】
震災前にあった豊かな暮らしとローカルな思い出:大熊・富岡・浪江を横断して楽しんだ日々や、寿司屋から洋食屋へと変わった名物店「ビードロ」など、当時の温かい地域文化。
3.11当日のリアルな原発構内と命がけの行動:立っていられないほどの激しい揺れと緊迫の現場。家族や仲間の安否確認のため、危険な状況下で何度も現場へ戻り奔走したリアリティ。
避難生活の中での奔走と親としての葛藤:千葉・東京・横浜へと渡る避難の道中で社員の安否確認に追われた缶詰状態の日々、環境が変わった子供たちへの想い、そして「与えられた運命を受け止めて前へ進む」強いメンタリティの原点。
【エピソード概要】今回の『福島放送室』は、いつもと趣向を変えていわき市から出張レコーディング!ぎっくり腰をやってしまった山本に代わり、今回は阿部翔太郎くんがパーソナリティを担当します。ゲストにお迎えするのは、阿部くん自身も活動に関わり、普段から頼れる大先輩として慕っている「一般社団法人 Hamadoori 13」代表理事の吉田学さん。
第一話では大熊町での思い出深い少年時代や、地域をつないだスポーツ文化。そして上京時のエピソードなど、学さんの等身大で魅力的な人間味に迫る第1回です。
【今回のトークポイント】
Hamadoori 13が目指すフラットな場所:頑張っている人たちが等しく輝き、お互いの挑戦を温かく後押しし合えるプラットフォームとしての在り方。
大熊町で育まれた原点:大野小学校時代から始まった少年時代と、地域の絆を深めたソフトボールや野球などのスポーツ文化。
人との繋がりが生む安心感:阿部翔太郎くんとの出会いや、学さんのチャーミングで温かいお人柄が伝わる上京時代の思い出話。
全4回にわたってお届けした、広野町を拠点に活動する高橋優子さんへのインタビュー最終回です。今回は、高橋さんが主宰するコミュニティスペース「縁側の家」の原点となった幼少期の記憶や、そこで生まれる多様な人々との交流、そして震災から時を経て辿り着いた心境の変化について紐解きます。
最後の配信に合わせて、高橋さんより一言コメントをいただきました。
「会話内で「3月11日に波に乗ろう」は第6回とお話ししましたが、正しくは2026年の開催で第5回目でした。訂正してお詫びすると共に、第6回目(2027年)に皆さまとお会いできる事を楽しみにしています! 高橋優子」
今回の主なトピック
幼少期の自分を救った洋館と「縁側の家」への願い
「広野町には何もない」と悲観していた小学生時代に偶然出会った、小説家の美しい洋館の記憶。それが現在の「縁側の家」につながる記憶であり、今の子どもたちにとっても、偶然面白い場所を発見して地域への愛着や自己肯定感を持つきっかけになってほしいという願いを語ります。
純粋な衝動から生まれたイベント「3.11波に乗ろう」
高橋さんの「サーフィンがしたい」という衝動とアーティストらとの対話から始まった活動。3月の冷たい海に浸かり震災の記憶と向き合う時間や、秀シェフが振る舞う料理を囲み、たわいもないけれど愛おしい時間を共有する意味を振り返ります。
「当事者」の境界線を手放したパラダイムシフト
震災当初、自身の傷と向き合う中で、綺麗で楽しい側面ばかりを発信しようと必死になっていた葛藤。しかし、イベントに集まった次世代の若者たちの言葉に触れたことで、「福島の物語を囲い込んでいた」自分に気づき、長年抱えていた震災物語が優しくリリースされていく瞬間を明かします。
「ここにいたら優勝!」広野町の受け入れ力
Y字路で町を見守る「ワイジロのお地蔵様」のエピソードを交えながら、若者たちがいつか戻ってきたくなるような風景を残す、これからの文化資本のあり方を模索します。
今回の配信は、広野町を拠点に活動し、現在は東京との2拠点生活を送る高橋優子さん。全4回にわたってお届けするインタビューの第3回です。今回は、2011年の東日本大震災発生当時に東京で働いていた高橋さんが直面した孤独感や葛藤、そして広野町での新たな拠点づくりに至るまでのエピソードを紐解きます。
今回の主なトピック東京で被災したことによる強烈な疎外感と家族との避難生活イベント会社で働いていた2011年、東京のオフィスで被災。故郷が甚大な被害を受ける中、両親と数日間連絡が取れず、周囲の人々が次々と避難していく東京で「世界に1人彷徨う」ような孤独感と葛藤を抱えた当時の心境について振り返ります。
海と再会/サーフィンへの挑戦友人からの誘いで参加した伊豆でのダイビングやサーフィンを通して、海との繋がりを取り戻した心の変化が語られます。
警戒区域の「境界線」広野町での新たな拠点づくり東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故の発生に伴い、広野町は町内全域が「緊急時避難準備区域」に指定されました。その後、常磐線が再開した後もしばらくは終着駅でとなっていたこの場所に、外の人を迎え入れる居場所やコミュニティを作り上げていく軌跡を語ります。
今回の配信は、広野町生まれ育ちのサーファーで、現在は東京との2拠点生活を送りながらプラットフォーム「縁側の家」を運営する高橋優子さんをゲストに迎え、全4回にわたりお届けするインタビューの第2回です。今回は、日本での濃密な仕事の日々から、ヨーロッパへの渡航、そしてリーマンショックによる帰国までの激動の歩みをバランスよく振り返ります。
朝日カルチャーセンターでのオノ・ヨーコさんの講演会など、数々のユニークな企画立案と生活していた高円寺で熱量の高い日々。そして、仕事をやり切った感覚からヨーロッパへ渡ります。その後、複数のヨーロッパの街での暮らしを経て、リーマンショックによる突然の事業所閉鎖を経験。日本への帰国し、イベント運営会社で上海万博などの大型プロジェクトに携わることに至るまでのドラマをユーモアたっぷりに語っていただきました。
今回のトピック
仕事の熱狂を経て、ウィーンへ。新卒で入社した会社で、オノ・ヨーコさんをはじめとする斬新な企画を次々と仕掛けた会社員時代。夜は高円寺で熱く過ごし、大仕事を成し遂げた達成感(バーンアウト)をきっかけに、ヨーロッパへ渡るまでの経緯を語ります。
ヨーロッパでの「ハイムベー(ホームシック)」と、リーマンショックによる帰国劇ウィーンやドイツで過ごした4年間。充実した生活の中で、「海のない大地」での深刻なホームシックを経験する。その後、リーマンショックによる突然の事業所閉鎖を機に帰国を決断する。
今回の配信は、広野町生まれ育ちのサーファーで、現在は東京との2拠点生活を送りながら「縁側の家」を運営する高橋優子さん。全4回にわたってお届けするインタビューの第1回です。今回は、高橋さんのユニークでエネルギーに満ちあふれた半生のルーツや、広野町での強烈な幼少期・学生時代のエピソードを紐解きます。
物語の世界と地続きだった広野町での幼少期の記憶や、父との思い出、そして中学の指定ジャージが嫌すぎてインド行きを企てたエピソードから、音大・ドイツ留学を経て「人の役に立つような国際交流に携わりたい」という強い使命感に至るまでのモラトリアムな日々をユーモアたっぷりに語り合います。
今回の主なトピック
物語の世界と地続きだった広野町での幼少期お稲荷さんやお地蔵様に守られていると感じていた、神秘的で温かい広野町での記憶。遠洋航路から帰る父が「遊びの隊長」であり、数ヶ月ぶりに家に帰ってきた日の高揚感など、高橋さんの原点となる豊かな思い出を振り返ります。
ジャージ拒否からニューデリー亡命計画、そして音楽の「呪い」を越えて中学の指定ジャージを着たくない一心で、インドにいる叔父に「自分をニューデリーに連れていってほしい」と直訴の手紙を書いたエピソード。幼少期にピアノの才能を見出されたことで始まった日々から、葛藤の末にドイツ留学を経て新たな使命感を見出すまでの歩み。
今回の配信は、大熊町でキウイ農園の再生に挑む阿部翔太郎さんを迎えた全3回インタビューの最終回です。今回は、個人の事業からさらに視野を広げ、浜通り全体の「エリアの持続可能性」に向けた熱い議論が交わされます。
阿部さんが関わる広域連携組織「Hamadoori 13」での活動や、先輩経営者たちから受け取った経験(ノウハウ)をいかに次の世代へ繋ぐか。都市の「大企業」に依存する安心感に対抗し、ローカルに独立した小さな企業が群として連携する「擬似大企業」構想など、これからの地方における新しい経済と自給の形を語り合います。
## 今回のトピック
「浜通り全体」へ視点を広げる理由
一つの自治体という枠組みだけで10年、20年先の持続可能性を維持するのは難しいという危機感。奪い合いのゲームにしないために、エリア全体、ひいては日本全体をメタ構造で捉える必要性を語ります。
「Hamadoori 13」の先輩たちへのリスペクトと、ノウハウの継承
単なる資金援助以上に、農産物の契約や取引の掛け率など、具体的な「商売の処世術」を教えてくれた先輩経営者たちへの感謝。その貴重な経験値を自分たちの世代で終わらせず、次の世代へ繋ぐ架け橋としての役割。
今回の配信では、前回に引き続き大熊町でキウイの再生に挑む阿部翔太郎さんをゲストに迎え、より具体的な事業戦略と独自の労働観を深掘りします。
阿部さんは自ら町議会の議事録を読み解き、1980年代に未知の果実であったキウイ導入を決断した当時の町の人々の熱量を掘り起こしました。この歴史的なリスペクトを起点に、ニュージーランド産との端境期を狙った緻密な市場分析や、他地域のキウイを用いた先行販路開拓など、キウイのビジネス展開が語られます。さらに、東京のIT企業でのメディア業務と大熊町での農業を両立させる「超マクロと超ミクロ」の視点を併せ持った働き方にも注目。震災後に全てを失った場所から新しい文化を育もうとする阿部さんの姿勢をぜひお聞きください。
今回のトピック
町長が放った「私は好きです、うまい」の衝撃:1981年、誰もキウイを知らなかった時代に「新特産品」として導入を強行した当時の町議会議事録を発掘。自らの手で新事業を興そうとした先駆者たちのマインドに阿部氏が共鳴する。
データが導き出す「キウイ必勝法」:国内消費量の約8割を占めるニュージーランド産が品薄になる時期に、国産キウイをぶつける戦略。自社の収穫を待たずして、他県産を仕入れ販売することで市場のニーズと信頼を先に確保する徹底した実務思考。
ストリートビューが証明する再生の軌跡:震災前の梨畑、除染による更地となり、そして現在のキウイ園。デジタル上のアーカイブを遡りながら、土地の歴史をリスペクトしつつ、新しい風景を上書きしていくプロセスを可視化する。
「IT企業×農業」二足のわらじの相乗効果:東京のメディア企業で巨大なデータを扱う「マクロ」の視点と、大熊町で土に触れキウイを育てる「ミクロ」の視点。両極端な環境を往復することで、社会に対する解像度を高める。
次世代に手渡す「生き方の選択肢」:従来の「就職」という枠組みを超え、自らの意思で人生をミックスして楽しむ姿。阿部氏の活動を通じて、震災後の浜通りが「若者が自分らしく生きられる場所」へと変容しているリアルを映し出す。
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