静岡から福島県富岡町へと移り住み、長年「富岡校」の寮長として子どもたちの成長を見守ってきた荒木信彦さんの2回目の配信です。富岡高校に通う生徒が暮らす桜風寮(おうふうりょう)の寮長となり過ごした日々から震災当日の緊迫した状況から避難生活まで、当時のリアルな記憶を紐解きます。
🎙️ 今回のハイライト
地域に開かれた「富岡校」の寮生活
全国から集まるトップアスリートの卵たち(サッカー、バドミントン、ゴルフ)120名を支えた日々。全国各地から来る学生と地域をつなげる苦労などもありましたが、徐々ににその関係が変わり地域を支える形ができてきた経緯を語ります。
「親代わり」としての24時間
勉強指導から夜間の急病対応まで、まさに24時間365日体制。世界へ羽ばたく子どもたちのために、荒木さんが「抑止力」として寄り添った教育方針とは。
2011年3月11日
120名の寮生たちの安否確認と、刻一刻と迫る津波の恐怖。混乱の中で荒木さんが下した決断と、寮生たちを守り抜くための必死の行動を振り返ります。
混迷を極めた避難の道程
川内村への避難、そして原発事故の報を受けての郡山への再避難。ガソリン不足や情報の断絶といった極限状態の中で、全国から迎えに来る保護者たちへ子どもたちを引き渡すまでの、長く緊迫した2日間。
富岡への想いと、止まらない縁
震災後、一度は静岡へ戻ることも考えた荒木さん。しかし、教え子たちの「戻ってきてほしい」という声と、富岡への強い恩義が、彼を再びこの地へと引き戻しました。