逆をいえば、自分が望んで独裁者になる事はできないのであり、他者…所謂イエスマンばっかに取り囲まれた状態でしか生まれないのです。
それが血統的なモノになったり、学閥とかのヒエラルギーであったり、兎角“無駄な抵抗”として諦め、自分の責任まで放棄した結果が、
“独裁者”という幻影に惑わされ、その脅威に怯える窮屈な生活を享受しなければならないという、自縛行為の成れの果てが、腐敗堕落の
正体です。
それを判断するのは、いつの時代でも青年の意志であり、それを受け入れられずに駄々を捏ねるのは、年齢ばっか喰ってロクな事をしてこなかった
“ガキの所業”であって、故に批判されたくない一心で子孫に嘘偽を延々と語り継げば、歴史観も妄想に成り果て現実を直視できず、その責任を
他人に押し付ける、完全に“人外”という堕落に至るのです。
#独裁者の孤独 #民意なき所に独裁者は生まれない #子供が怖い大人達