オーディオドラマ「五の線」

オーディオドラマ「五の線」

Download on the App Store

オーディオドラマ「五の線」 episodes

  • 58,12月21日 月曜日 12時45分 河北潟周辺
    このブラウザでは再生できません。

    「何だって?お前はその刑事にそんなこと言ったのか。」
    「ああ。」
    「まったく何てことしてくれたんだ。」
    「なんだよ。聞かれたことをその通り話して何が悪いんだ。」
    「あのなぁ。俺はお前とは連絡とって無いって言ってしまったんだぞ。あぁ辻褄が合わなくなってるじくるじゃないか。」
    「はぁ?なんでそんな嘘をつく必要があるんだよ。」
    「いや…。」
    確かに佐竹のいう通りだ。村上は佐竹に余計な面倒をかけたくないとの気持ちから片倉に嘘の答弁をした。警察から事情を聴取されたという佐竹からの連絡もなく、おそらく自分が最初の聴取対象であろうと踏んだのが間違いだった。まさか別の者が同じような時間帯に佐竹を聴取していようなどとは村上は想定していなかった。物理的に離れた環境にいる他者の気持ちを以心伝心で組めるほどの卓越した能力を持っている人物などいる訳もなく、村上は自分の軽率な言動を後悔した。
    「他に何か聞かれなかったのか。」
    「いや、俺は俺で年末のゴタゴタで忙しいから今日の晩にもう一回出直してくれって言っといた。」
    「そうか。」
    「なぁ、なんでお前そんな嘘ついたんだ。」
    「いいだろお前には関係ない。」
    「関係ないってなんだよ。おまえこそ変にあいつらに勘ぐられることになるぞ。」
    ここで村上は昨晩談我での店主とのやり取りを思い出した。

    「相手に黙って、こそこそするからダメなんじゃあ無いのかなぁ。なんて言うのかな、こうちゃんと向きあって、俺はこう思っている、君はどう思うって。」
    「いやぁ、なかなか面と向かって言えないよ。」
    「そうかなぁ。でもそういう本音の部分を話せるの間柄って言うのが、友達の良い部分じゃないのかなぁ。」

    「佐竹、あのな。」
    「どうした。」
    村上は頭髪をかき乱しうな垂れながら言葉を発した。
    「…俺、実は今ピンチなんだ。」
    「なぜ。」
    「あのな…あれ…ほら、あれだよ。」
    「何だよ。」
    しばらくの沈黙を経て村上は意を決した。
    「ウチのボスの弟の慶喜。お前んとこの専務がちょっかいを出してきた。」
    「専務が?」
    「ここだけの話だ。石川3区の立候補予定者がいてな。俺にその秘書をしろと言ってきやがった。」
    「それがどうピンチなんだ。」
    「あのなぁお前にはさんざん話していただろ。俺が何故今、政治家の秘書なんかやっているか。」
    「ああ、お前は政治家になるんだろ。」
    「そうだ。そのために俺は本多善幸一筋でこの仕事をしてきた。あいつの代わりに嫌いな人種に頭を下げたり、嫌な汚れ役も先回りして引き受けてきた。それもこれも善幸の支持を得て俺が選挙に出るためだった。」
    「そうだな。」
    「この世は腐っている。善幸がどうして政治家になっていられるか。それもこれも特定の利益集団に担がれているからだけなんだよ。あいつ自身それほどまで確固たる政治思想を持っているわけでもない。北陸新幹線に関してもそうだ。多重型国土軸形成なんて単なるお題目。意図するところは支持母体や自分ところの会社を延命するだけなんだよ。」
    電話の向こう側で村上の政治に対する姿勢を聞いていた佐竹は、先ほどまで山県と話していた金沢銀行改革のための思想を思い出した。今、村上が言っていることは山県の信念とダブるところがあった。
    「いいか国会議員ってもんは国の代表だ。地元のことは地元の議員がやるべきだ。それがなんだ気づいたら国会議員は地元セールスマンになり変わっている。こんなことじゃ激変する国際社会の競争に、この日本は取り残されるんだよ。」
    「村上…だったら決別しろよ。」
    「なんだって。」
    「決別しろって言ってんだ。」
    不意をついた佐竹の言葉に村上は頭が真っ白になった。
    「俺は思うんだよ。そんな忌み嫌う連中に平身低頭で支持を取り付けて仮にお前が政治家になったとしよう。お前はその呪縛を引きずることでしか組織票を勝ち得ることはない。そうなればお前が善幸の意図したところを先回りしてやってきた損な役回りを、別の人間がするだけだろ。」
    河北潟を望んでいた村上は風に煽られて揺れる水面を見つめた。川でも海でもない潟に漂う波はたおやかであり、風と共になびく水辺の枯れたススキがさわさわと音を奏でている。
    「俺が今までやっていたことは無になるじゃないか。」
    「無になるかならないかはお前次第だろ。俺もついさっき重大な局面に立たされた。だからお前の話に正面から向き合っている。」
    「佐竹…」
    「なぁ村上。業務に関わることだから詳しくは話せないが、ひょっとすると俺が今立たされた立場によって、お前が不利益を被ることになるかもしれない。」
    「なんだって…」
    「だから俺はお前には後悔のない生き方をして欲しいんだ。」
    村上は足元に転がっている石ころをつまみ上げてそれを目の前に広がる河北潟めがけて投げ入れた。肩には多少の自信があったが、自分でも意外なぐらいの飛距離をもってその石つぶては水の中に落下し、波紋を作り出した。
    「どうやら俺はずいぶんと遠回りをしていたようだな。はははは。佐竹、済まんな。電話で話すレベルの内容じゃなかったな。」
    「いや村上、お前先回りしすぎて変に自分の身動きが取れなくなる癖があるだろ。だから心配なんだよ。」
    「そうだな。」
    ひと呼吸おいて村上は口を開いた。
    「俺もお前に不利益をもたらすかもしれん。」
    「なんだって…。」
    「まぁ、お前の勧めの通りに行動すればそれはないだろうが、それを決めるのは俺次第だ。何故なら俺の人生だからな。」
    電話の向こう側の佐竹はしばらく黙っていたが、しばらくして笑い出した。
    「そうだ。お前の人生はお前が決めろ。」
    「あぁ、そんな単純なこと、何で今まで分からなかったんだろうな。俺は俺で判断する。消して悔いのないように。」
    「長い付き合いの男ととうとう対立する立場か。まるでドラマみたいだな。」
    「佐竹…すまんな…。」
    胸襟を開いて話したはずが、どこかもの寂しげな空気が漂っていた。二人の心境をそのまま表現したかのように、河北潟には12月の寒風が吹き荒んでいた。
    「でも、絆は大切にしたいな。」
    「絆?」
    「お前昨日言ってただろ、疎遠になった間柄といえども絆ってものはあるって。」
    立ち尽くしていた村上の頬に一筋の流れるものがあった。この電話以降、自分の行動如何によって佐竹とは反目し合う関係となるかもしれない。それだけにこの一言は村上の琴線に触れるところがあった。
    「そうだな。」
    「お互いベストを尽くそうぜ。」
    高校時代に苦楽を共にした戦友として二人はお互いを認め合っていた。時には対立し、時には価値観を共有し、社会に出た今日まで絆を深めてきた。自分が慶喜の申し出を断ることで、佐竹の出世が脅かされようが、それはそれで止むを得ないことである。佐竹も思わずがな自分に不利益を与える立場になったようだ。それは彼の望むところであろうがなかろうが、彼自身の手で決断したこと。そんなことで決定的な溝ができるほど二人の間は柔なものでもない。二人はそのように語り合い、お互いの健闘を祈って電話を切った。
    切った携帯電話をしばらく見つめた後、村上は河北潟の様子を眺めた。そして振り返って10メートルほど離れたところに止めてある自分の車に目をやって言った。
    「ははは、また敵が増えちゃったよ。一色。」
    14 min
  • 57,12月21日 月曜日 12時24分 金沢銀行金沢駅前支店
    このブラウザでは再生できません。

    人気が少なくなったロビーの雑誌類を整理していた佐竹は、店内に設置されたデジタルサイネージに目をやって今の時刻を確認した。
    そろそろ休憩をとっても良い時間だ。一足先に休憩に入っている橘はもうしばらくすればここに戻ってくる。彼の帰りを確認して自分も休憩をとろう。そう思いながら佐竹はひと通り店内を見回した。彼が店内奥の職員通用口に目をやった時に、その扉は開かれた。

    「支店長。」

    山県は羽織っていたコートを脱いで、そばにあるコートハンガーにそれを掛けた。支店長の決裁を求める稟議書がうず高く積まれた自席に目をやってため息を付いた彼は、立ったままデスクの引き出しに手をかけた。

    ーさぁどうする。

    引き出しの中を確認した山県は店内を見回した。そこでロビーに立っている佐竹と目があった。山県の目つきは鋭く、5m先にいる佐竹は固まってしまった。そこに休憩を終えて外から帰ってきた橘がタイミングよく通用口から店内に入ってきた。橘は山県の車が駐車場に止まっていることから、彼が帰ってきたことを知ったのだろう。店内に入るやいなや支店長席の方へ駆け寄った。橘の動きを見て佐竹は同じく支店長の側へ駆け寄った。

    「次長も代理もそろって何や。」
    「融資部からの再三の催促で支店長には無断で稟議を本部へ送りました。」

    橘が支店長不在時の事の顛末を報告した。

    「これみれば分かるわ。」

    そう言うと山県は自席の引き出しを開けてその中を二人に見せた。

    「すいません。」
    「次長も代理も揃いも揃ってだらやな。」

    山県の表情には笑みが浮かんでいた。

    「おい、ちょっと応接にこいま。」

    応接室に入るやいなや山県はタバコを咥えてそれを吸い始めた。

    「どう思う。」
    「どう思うって言っても...。」

    橘はそう言って佐竹と顔を見合わせた。

    「小堀部長何か言っとったか。」

    この問いに佐竹が答えた。

    「13時からの役員会で承認もらうから、とにかく稟議を直接こっちまで持って来いって言ってました。ですが稟議は支店長の席にあって、尚且つ不在なためそれは難しいと答えました。」
    「そしたら?」
    「書き直せとの指示でした。」
    「書き直すのは容易いことですが、私たちとしても後で現場の独断で融資を起案したと責任をなすりつけられるのは困ります。そこでダメもとで支店長の席の引き出しを開けると稟議がありました。 支店長が却下された稟議としてそのまま融資部へ持って行って現在に至ります。」
    「でもそれやったら俺が却下した稟議かどうか証明できんぞ。マルホン建設が仮に飛んだりしたらお前らに責任が擦りつけられるかもしれん。」
    「そのあたりはここに証拠を収めておきましたので何とかなるでしょう。」

    佐竹は胸元から携帯電話を取り出した。

    「携帯?」
    「ええ、スマートフォンじゃないですが、これでも立派に録音ぐらいは出来るんですよ。」

    佐竹は携帯を操作して録音した音声をこの場で再生した。

    「融資部に入ったところから録音しています。」

    「お疲れさまです。上杉課長。」
    「お疲れさん。佐竹、マズイぞ。小堀部長が朝からソワソワしてめちゃくちゃ機嫌悪いげんわ。」
    「それで今、ここに来たんですよ。課長。ちょっと教えて欲しいんですが、今日は何月何日ですか?」
    「なんねんて佐竹。」
    「いや、ちょっとここまできて稟議書の日付があっとるかどうか不安になって。」
    「おいおいここまできて書き直しは辞めてくれや。12月21日。」
    「えーっと今何時でしたっけ。」
    「時計見れや。9時半やろ。」

    「稟議。」
    「君かマルホン建設を担当しとるのは。」
    「はい。」
    「佐竹君やな。」
    「はい。」
    「支店長は休みや。」
    「いま何て言いました?」
    「だから支店長は休んどるって言っとるやろ。」
    「部長。意味がわかりません。支店長はこの稟議書をちゃんと読んで却下されました。その却下された稟議書の原本を持ってきてるんですけど。そもそも部長は支店長とこの一件で朝電話されていたじゃないですか。」
    「山県のやつ、べらべらべらべらと喋りやがって。もういい。わかった。これは受理する。」
    「失礼します。」

    録音された音声はここで切れた。

    「ははは。代理、おまえなかなかな策士やな。」
    「そうや。日付と時間を第三者に言わせて裏を取るとか、まるで刑事やな。」

    山県と橘は佐竹のツボを抑えた録音に感心しながら笑みを浮かべた。

    「別に専務派とか支店長派とかのことを念頭においてやったことではありません。ただ自分達の身を守るために必要だろうと思ってやったことです。」

    この言葉を受けて山県は真剣な面持ちとなった。

    「佐竹。それは大事なことや。それはお前のみならず、次長やこの店で働く全行員の身の安全を図る手立てとなる。良くやった。」

    佐竹の隣に座る橘も山県の言葉に頷いた。

    「ありがとうございます。」
    「支店長。私たちも今の融資体制には疑問を持っています。我々もできる限りのことをしますので、支店長の今後の展望をお聞かせ下さいませんか。」
    「ははは。次長。あいにく俺は専務のような徒党を組むことが苦手でな。お前もその口やろ。」
    「まぁそうですが…。」
    「その言葉だけありがたくもらっとくわ。」
    「どうして私たちには明かしてくれないんですか。」

    ここで佐竹が口をはさんだ。

    「私達だって現状の人事や業務に疑問を持っているんです。だから今回のマルホン建設の稟議の扱いも自分なりに考えてリスクを冒しながら本部に持参したんです。支店長からは何も聞かされていません。今回はたまたま私が融資部でのやり取りを録音していたから、あとから何とでも弁明できますが、これがそうでなかったらどうするんですか。それこそ私や次長にマルホン建設の融資事故が起こった際に責任が被せられる。支店長は小堀部長と親交があるから欠勤扱いになるかもしれないですが、私たち当事者はそうは行きません。」
    「佐竹…」

    支店長に食ってかかる佐竹を見て橘は少したじろいだ。

    「私も派閥とか権力闘争とかは好みません。しかし支店長がおっしゃる融資体制のおかしな点を改めたいということには賛同します。賛同するからこそ支店長、あなたの真意を聞きたいんです。」

    山県は佐竹の目を見て微動だにしない。

    「支店長。あなたは出世にために、もしくは派閥抗争に勝利するためにマルホン建設を踏み台にされるんですか。それとも当行を本来あるべき姿に変革したいがために、マルホン建設を切り捨てようとされているのですか。」
    「前者だ。」

    佐竹と橘は固まった。額から一筋の汗が流れ落ち、それが喉を伝った。

    「と言ったらどうするんだ。ん?」

    ソファに深く座り肘をついて佐竹の言い分を聞いていた山県は、座り直して前屈みの姿勢となった。この時佐竹は心の中では動揺していた。血気にはやって直属の上司を問いただすようなことをしてしまった。彼の刺すような視線に目を背けたい気持ちに駆られたが、こう言い放ったからには引くに引けない。

    「身の処し方を考えます。」
    「おい佐竹。よせ。」
    「はっはっはっ。」

    山県が大きく笑った。

    「代理。必死やな。必死すぎると大怪我するぞ。」
    「支店長…。」
    「冗談や。冗談。まったくお前がこんなに熱い男だとは思っとらんかったわ。俺が派閥抗争なんかするとおもっとるんか代理。」
    「いえ。ですがその言質を頂いていませんでしたので。」
    「すまんな。あまり自分のことを語る主義じゃないんでな。お前らに変に気を遣わせてしまっとったか。すまん。」

    山県は佐竹と橘に頭をたれた。

    「これは俺の独断や。お前らには絶対に迷惑はかけん。ほやからもう少しの辛抱や。金沢銀行の癌は全て本多専務とその取り巻きにある。あいつらを一掃して本来あるべき姿に戻す。そのためには俺は刺し違える覚悟や。ただ今の俺の立場では何もできん。何かを変えようと思ったら変える立場に自分が上がらんといかんのも事実。だからお前の問いに答えるとするならば、両方と言えるかもしれん。」

    佐竹は山県の目を見た。彼は視線をそらさない。嘘をつくような人間ではないと思うが、佐竹は不安だった。

    「信じていいんですね。」
    「信じるか信じんかはお前に任せる。」
    「…わかりました。」
    「どうしてこのタイミングで支店長は事を起こそうと思われたんですか。」

    橘が山県に問いかけた。

    「次長。奇襲っていうもんは相手の虚をつくから奇襲っていうんや。マルホン建設から出た本多善幸が国土建設大臣になった。お膝元ではホッとして胸をなでおろしとるところやろ。あいつの関係者もそうや。そいつらは相変わらずなんの考えもなしに利権構造にしがみつきっぱなしや。税金ちゅう蜜に群がる蟻や。そんな奴らの目を覚めさせるんや。」
    「しかしマルホン建設が飛ぶとなると、社会的影響は計りしれません。」
    「おれは別にあの会社を潰したいわけじゃない。本当の意味での競争力を身につけて欲しいだけや。そのためにはマルホン建設そのものの刷新。そして現状変化を望まずただ延命だけを計るウチの上層部をガラリと変える必要がある。そのための奇襲や。俺はマルホン建設を潰すなんて一度も言った覚えはない。」
    「しかし、今朝の小堀部長とのやり取りで支店長はマルホン建設はどうなっても知らんと。」

    山県はタバコを咥えて橘の問いかけに答える。

    「あれは売り言葉に買い言葉や。小堀さんはきっと解ってくれる。」

    山県はそう言って勢いよく煙を吐き出し、落ちてきた眼鏡位置を調整した。

    「いや解っとる。」
    ここで佐竹の携帯電話が震えた。彼は胸元からそれを取り出して画面に表示される発信者の名前を見た。

    ー村上。

    村上は本多善幸の選挙区担当秘書。山県の画策に賛同して気持ちが高揚していた佐竹であったが、ここでふと我に帰った。いま山県が言っていたことを実行するとなると、彼に何らかの影響が及ぼされるかもしれない。思いを巡らせている間に着信は途絶えた。

    「代理、大丈夫か?」

    橘が顔色が悪くなった佐竹の様子を伺った。

    「え、ええ。大丈夫です。ちょっと気分が。」

    佐竹は得意先への訪問の予定があると言って、応接を後にした。応接には山県と橘の2人だけとなった。

    「次長。悪く思わんでくれ。」
    「いえ。」
    「ここが天下分け目の勝負や。」
    「はい。」
    「急なことで済まんが、付き合ってくれ。」
    「わかっていますよ。」
    「それにしても佐竹のやつどうしたんや。」
    「さあ、ただ何かのスイッチが入ったようですよ。」
    「仕事も人間関係も無難にこなしてあまりこれといった特徴が無い奴やと正直思っとったけど、熱いもん持っとるんやな。」
    「そうですね。」
    「まるで昔の俺を見とるみたいや。」
    「何言ってるんですか支店長。あなたは今も大概ですよ。」
    「そうか。」

    二人は声を押し殺して笑った。

    「ただな。あいつには言ってなかったが、事を起こす時は得てして何かを失うもんや。その辺りは次長。佐竹のフォローを頼むぞ。」

    橘は山県を見てゆっくりと頷いた。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    【公式サイト】
    http://yamitofuna.org
    【Twitter】
    https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM

    ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
    皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。

    すべてのご意見に目を通させていただきます。

    場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
    20 min
  • 56,12月21日 月曜日 11時53分 県警本部交通安全部資料室
    このブラウザでは再生できません。

    「松永…。」

    片倉の前方10m先にはコート姿の松永が立っていた。

    「お前、そこで何をしている。」

    そう言って松永はこちらに歩いてくる。

    「おい、片倉。松永か。まつ…。」

    電話の先で声を発する古田を遮るように、片倉はそれを切った。

    「やれやれ。ちょっとは大人しくしていてくれればいいものなんだが…。」

    松永は伸びきった自分の髪の毛を掻きあげた。

    「ちょろちょろちょろちょろネズミが動きまわって目障りなんだよ。何を調べていた。」
    「別になんでもいいだろ。あんたこそなんでこんな所におるんや。」
    「何だ…その態度は。」
    「こっちは今あんたとは何も関係がないんだ。指図は受けねぇ。」

    片倉の態度に呆れた表情を示した松永だったが、昨日の狂人のように振る舞う素振りは見せなかった。松永は片倉が左手にスマートフォンを持っているのを見た。

    「捜査資料の無断複製、外部持ち出しは懲戒もんだ。」

    そう言って彼は片倉からそれを取り上げた。

    「消せ。」
    「…。」
    「今すぐこの場で消せ。俺の目の前で確実に消せ!!」
    「それはできん。」
    「あのなぁ、この俺が最大の親切心で言ってやってんのに、それすらもお前は無視か?」

    そういうと松永はコートのポケットの中からホッチキスで止められ、強引に4つに折りたたまれた10枚ほどの用紙を取り出した。

    「お前が欲しいのはこれだろ。」

    松永が手にしている資料は、いま片倉が撮影した6年前の県道熨子山線交通事故に関する調査報告書そのもののコピーだった。

    「なんで…」
    「質問は後だ。いますぐこの中のデータを消せ。」

    松永は奪い取った携帯を片倉に返した。片倉は渋々該当するデータを松永の目の前で消した。

    「それでいい。ったく、情報セキュリティのいろはもわからん奴が、その手のデバイスを何の警戒もなしに使用するのは見てられん。何かの拍子で外部に漏れたらどうするんだよ。」

    そういうと手にしていたコピー用紙を松永は片倉に差し出した。

    「ほらよ。くれてやる。」
    「なんだよ。どういう風の吹きまわしだ。」
    「ほら、さっさと受け取れ。」

    片倉は今、自分の目の前に起こっている状況を掴みきれない表情で資料を受け取った。

    「なんでお前がこの資料を漁ってるんだ。」
    「…。」
    「なんでお前がこの資料を漁ってるんだ?ん?」
    「…。」
    「やれやれ…。俺も随分な嫌われ役になったもんだな。まあそれが俺の役割。今のところ自分に及第点を与えてやっても良いか。」
    「どういうことだ。」
    「知りたいか。知りたければお前が今、ここにいる理由を先に説明してみろ。そうすれば教えてやってもいい。」

    片倉は暫く考えた。松永の意図するところが全くわからない。
    その中で自分の手の内を明らかにすることは、相手に付け入る隙を晒す非常に危険な行為である。だが松永の真意を知りたくもある。

    昨日、自分を捜査から外した松永は傍若無人という形容がそのまま当てはまる人物だった。本部長からも松永の人となりを注意せよと聞いている。しかし今、自分の目の前にいる彼はその言動に気に食わない箇所があるにせよ、こちらにとって不利益をもたらす人物には思えなかった。抑えたデータを消去するよう要請はされたが、その代替として資料のコピーを提供してくれている。

    「俺は俺なりに今回の事件を調べたいんだ。各方面から情報を収集しとる。この資料を抑えるのもその一環や。」
    「6年前の県道熨子山線の事故と今回の事件が一体何の関係があるって言うんだ。」
    「話せば長くなる。」
    「長くなるのがお前にとって不都合なのか。」

    別に不都合ではない。ただ自分と古田の捜査は極秘であるため、それを知られたくないだけだ。

    「今、電話をしていた相手は誰だ。」
    「知らん。」
    「知らないやつと捜査の話か。そんな訳ねぇだろ。」
    「誰と話をしようがお前には関係はないやろ。お前の捜査手法に疑問を持つ人間なんてわんさとおるからな。」
    「古田登志夫。」
    「は?」
    「県警本部捜査二課課長補佐 古田登志夫だろ。」

    唐突だった。話し相手を当てられた驚き。古田の名前を松永が知っていた驚き。このふたつの衝撃が片倉に走った。古田は熨子山連続殺人事件の捜査には招集されていない。なぜ松永は古田の情報を得ているのだろうか。

    「なんでトシさんの名前を知っとるんや。」
    「それも俺の仕事だよ。」
    「仕事?」
    「知りたいか。それなら6年前の事故と今回の事件の関係を言え。」

    捜査の機密を保持したい気持ちは強いが、ことごとく意表をつく言葉を返す松永を前にして、彼の本心を知りたい衝動に駆られた。逡巡した挙句、片倉は松永に口外無用を条件に、つい先程古田から入手した県道熨子山線における事故の背景を語ることにした。

    「なるほど。事故に見せかけたコロシか。いまお前の言った背景を考えるとそれほど飛躍した推理でもなさそうだ。」
    「そうか。あんたもそう思うか。」

    素直だ。自分を機械呼ばわりした昨日とは全く別人だ。片倉は松永の人格の変容に終始戸惑いながらも、彼が人の意見を聞く耳を持つ側面もあることに、何かしらの安堵感を抱いた。

    「その文子という女性は健在なんだろう。そこからベアーズかマルホン建設かそれとも仁熊会の関係者を割り出せそうだな。」

    目の付け所が自分と同じであることが、松永に対する片倉の警戒心を一気に解いた。

    「そ、そうねんて…。ちょうどその話をしていたところなんだ。」
    「スッポン捜査の古田。熱くて意外とクレバーな片倉。」
    「意外とはなんだ。」

    片倉はむっとした。

    「まあいい、その線で攻めてくれ。」
    「なんだって。」
    「ああ、帳場に戻れとは言っていない。そのままこっそり古田と続けてくれ。」
    「…いいのか。」
    「但しもう少しわかりにくく動け。古田はどうか知らんがお前はダメだ。分り易すぎる。現に俺はお前の行動を補足していた。以後注意を怠らぬように。」

    片倉は松永の指摘にぐうの音も出なかった。

    「さて、こちらも口外無用だ。」

    バイブレーションの音がなった。松永の携帯からのもののようだ。

    「松永だ。ああ、正午の件だなちょっと遅れそうだ。どうした。…なに…。穴山と井上が…。そうか、わかったすぐにそっちに行く。ああちょっと待て。」

    そう言うと松永は携帯のマイクの部分を手で覆って片倉の方を見た。

    「ここから北署まで何分だ。」
    「15分。」
    「15分で戻る。それまで待機だ。」

    電話を切ったのを確認して片倉は松永に声をかけた。

    「穴山と井上がどうかしたか。」
    「随分とややこしい話になってきた。俺は帳場に戻る。」
    「おいちょっと待て。俺はお前の話を聞いてない。」
    「すまんな。急用なんだ。機会があればまた今度。」

    松永は肩を竦めてその場から早足で立ち去ろうとした。

    「おい!! 話が違うがいや!! 」
    「そのうち分かるさ。ああ、帳場の情報は岡田にでも聞いてみてくれ。じゃあな。」
    「岡田?」

    松永が去った後の資料室に再び一人になった片倉は呆然としていた。
    結局こちらから一方的に情報を提供して、相手方の情報をひとつも聞き出せなかった。松永ははじめからこちらの情報を得ることだけを考えて、片倉と接していたのだろうか。いやそれならば熨子山の事故資料のデータ破棄と引き換えにコピーを渡すなんてことはしないだろう。そもそもなぜ松永は片倉が交通安全部の資料室にいることを知り、尚且つ彼が求める資料のコピーを持っていたのか。謎が多い。

    さらに松永は去り際に岡田の名前を出した。片倉は先ほど本多事務所で岡田とバッティングし、その事自体をなかったことにしようと本人と話し合った。それが既に松永に露見したというのか。岡田のことを疑いたくないがまさかこちらの動きが報告でもされているのか。

    「訳が分からん。やっぱりあいつ変人や。」

    そう呟いて片倉は後味悪く資料室を後にした。

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    【公式サイト】
    http://yamitofuna.org
    【Twitter】
    https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM

    ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
    皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。

    すべてのご意見に目を通させていただきます。

    場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
    14 min
  • 55,12月21日 月曜日 11時30分 県警本部捜査一課
    このブラウザでは再生できません。

    携帯電話の音がなった。胸元にしまってあるそれを取り出して、片倉は画面に表示される発信者の名前を見た。そこには古田登志夫の名前があった。

    「おうトシさん。」
    「片倉。なんやら次から次とどえらいもんが出てきたぞ。」
    「そうか。ちょっと待ってくれ。」

    そう言うと傍らの職員にしばらく離席する旨を伝え、彼は捜査一課から喫煙室へと移動を始めた。熨子山連続殺人事件の捜査本部は北署に設置されているが、県警本部との連携をとるために、ここにも連絡室なるものが設置されている。そのため県警本部全体もいつもより慌ただしく殺気立った雰囲気が充満していた。足早に歩く私服警官。県境を中心とした徹底した検問体制を敷く警備部。皆余裕が無い様子だ。

    「で、どうした。」
    「赤松と接触したんやが、あいつの父親が6年前に事故で死んどる。」
    「で。」
    「その事故がコロシじゃないかと一色がこっそり捜査をしとったようなんや。」
    「おいおい待てよ。トシさん。また訳が分からんくなる情報やな。」

    喫煙室の目の前に来た片倉だったが、そこで踵を返して別の方向に向かった。

    「まぁ黙って聞け。お前、今どこに居る。」
    「県警本部や。」
    「そりゃあありがたい。片倉、ちょっくらそのまま交通安全部の資料室で当時の事故の調書見てくれんか。」
    「そう言うやろうと思って、いまそこに向かっとる。」
    「お前、天才やな。」
    「まあな。で、どうなんや。」
    「当時の一色が言うには、ブレーキひとつ踏まんと崖から転落するなんて考えられんっていうんやと。」
    「ブレーキ踏まんと崖から転落?」
    「ああ。」
    「うーんトシさん。それやったら自殺って線もあるんじゃねえが。」
    「ワシもはじめそう思った。ほやけどその死んだ当の赤松の父親をめぐる話を聞いたら、一色の推理もあながち無視できんげんて。」
    「と言うと。」
    「赤松の家は田上の花屋や。あの辺りは区画整理でいまは随分と綺麗になっとるわけやけど、そこの用地取得に関する不正な構造を、赤松の父親は何かの形で知っとったようなんや。」
    「不正な構造?」
    「あの辺り一帯の土地は昔マルホン建設が買い漁っとった。ほやけどバブル崩壊であいつらは大損。売るにも売れんくてどんどん含み損が増えていく。このゴミみたいな土地をどうにか手放せんかって思っとったときにベアーズデベロップメントっちゅう会社がそいつを全部買ってくれた。その後、そのゴミみたいな土地を含む田上地区の区画整理が持ち上がってベアーズデベロップメントは購入金額よりも高値で国に土地を売却。一見するとベアーズデベロップメントの先見の明が成し得た、不動産投資の成功話。」
    「そうやな。」
    「そのベアーズって会社が普通の不動産投資会社なら話はそれで終わり。ほやけどほら、この会社は仁熊会のフロント企業ってやつや。」

    交通安全課資料室の前まで来た片倉はその扉を開け中に入った。人は全くおらず、書架が整然と並び、書類保存のため一定の温度と湿度を保った凛とした空気感は、暖房と人の熱気が充満する県警本部全体の環境とは一線を画すものであった。

    「仁熊会やって…。」
    「ほうや。まぁちょっと聞いてくれ。マルホン建設と言えばお前、何を思い出す。」
    「そりゃ本多善幸…。って…ちょっとまってくれトシさん。」
    「ああ、お前が言いたいことはわかるけど、先にこっちから報告するから待っとってくれ。」
    「わかった。」

    片倉は年号別に書類が整理された書架の中から6年前のものを探した。

    「バブル崩壊時にどんな博打打ちでも、みるみる評価損を出すような土地を買うなんてことはせん。そこをベアーズデベロップメントはマルホン建設から買った。業界で有名な不動産投資会社って言うならわかるけど、世間的には誰も知らん仁熊会のフロント企業や。マルホン建設の当時の社長は本多善幸。あいつはベアーズに土地を売却した後に政界進出。その後に田上の区画整理。一時的に損をしたベアーズは地価を持ち直し、上昇に転じたそいつを国に売却することで最終的に多額の利益を得る。いわゆる税金を食い物にした構図のできあがり。」
    「その構図を知った赤松の父親が口封じに殺されたっちゅうんか。」
    「ああ一色はそう推理したようや。ほやけどちょっとよう分からん事があってな」
    「よう分からん?」
    「父親の忠志は500万で口止めを依頼された。だが正義感の強い忠志はそれを固辞。旦那に内緒で母親の文子が500万の口止め料を受け取った。それを知った忠志は文子を非難する。いくらなんでもそんな後ろ暗い金は取れんちゅうことで忠志は全額を引き出して返しに行った。それがどうやら深夜の熨子山。そこで事故。」
    古田と会話をしているうちに片倉は6年前の事故資料が保管されている段ボール箱を書架に発見し、その中を漁り始めた。
    「事故後にその500万円は赤松の店でバイトをしとる人間を介して、赤松家に戻ってくる。当初の口止め料の振込人はコンドウサトミとかいう女性。後で現金で戻ってくる時の封筒にもコンドウサトミ。しかし、文子はこのコンドウサトミとは面識がない。なんで500万っちゅう金がマルホンとかベアーズのほうと赤松の家をこうも行ったり来たりするんか…。そこらへんがよう分からんがや。」
    「トシさん。今聞いとって思ったんやけど、赤松の母親の文子って今も健在ねんろ。」
    「おう。」
    「ほんなら文子に聞けばいいがいや。」
    「何をいや。コンドウサトミのこと知らんっていっとるがいや。」
    「トシさん。文子は口止め料を入金してくれって用地取得の関係者とコンタクトとってんろ。ほんなら文子からその関係者ってやつ聴きだしてみれば、なんかの手がかりが出てくるかもしれんがいや。」
    「あ。」
    「あ…って、トシさんも寄る年波には勝てんげんな。ちょっと勘が鈍くなってきたんじゃねぇか。ああ…これやこれ。6月15日付け県道熨子山線交通事故に関する調査報告書。ちょっと待ってくれ。」
    「そうか…俺も年やなぁ。定年60歳っていうのも何か分かるな。ははは。…って今お前なんて言った。」
    「何って、勘が鈍くなってきたんじゃねぇかって。」
    「違う。日付やって。日付をもう一回言ってくれ。」
    「なんねんてトシさん。今度は耳でも遠くなったんか。6月15日。」
    「それ当たりや。」
    「なにが。」
    「一色のやつ1年半前の6月15日に赤松の店に花を買いに来とる。」
    「は?」
    「なんでも知り合いの墓参りとか言って、赤松と直接会ったらしい。しかし、今お前が指摘した文子のこと。一色が気づかんかったとは到底考えられん…。あいつの中での捜査は一体どこまで進んどったんやろうか。ひょっとして何かの壁にぶち当たったか、それとも…。」
    「…。」
    「おい。片倉、どうした。」
    「トシさん。これはひょっとしたらヤバいもん見たかもしれん…。」
    「何が。」
    「この報告書の検印。官房の宇都宮の判子が押されとる。」

    片倉と古田は本部長の朝倉から、今回の熨子山連続殺人事件の捜査本部に松永が派遣された理由のひとつに官房宇都宮からの指示があったことは聞かされていた。宇都宮は以前、当県警で1年半交通安全部の交通課課長を務めていたことがあった。その後、全国の主要警察本部で要職につき、現在の官房総務課課長となっている警察キャリアの中の勝ち組的存在である。

    「どう見たってこれは事故じゃねぇわ。ブレーキひとつかけずに見事なダイブ。自殺なら納得行くけど事故って言うなら誰もが首をひねる代物や。」
    「おいおい。まさか官房さんもこの件にいっちょ噛みしとんるんじゃねぇやろな。片倉、その資料、お得意のあれ。えーっと何って言った。あの画面を指でピッピって触るやつ…。」
    「スマホか。」
    「ああそれそれ。スマホコピーしといてくれんか。」
    「ああ分かった。長居は無用や。さっさと写して退散するぜ。」

    背広の内ポケットからスマートフォンを取り出して片倉は手際よくそれらの資料をカメラで収める。

    「携帯2台持ちって昔はお水の姉ちゃんぐらいやったけど、今じゃ俺みたいなおっさんも必要な時代ねんな。」
    「で、そっちはどうやった。」
    「ああ、こっちはその噂のマルホン建設輩出の本多善幸の秘書さんと会ってきた。こいつがこれまたどうも胡散臭い。」
    「胡散臭い?」
    「おう。村上隆二は昨日熨子山で検問にひっかかっとる。ほんで氷見に抜けて帰りは検問に引っかかることなく羽咋経由、金沢入り。現在も事務所で仕事中や。」
    「なんやそれ。」
    「鍋島についても反応を示したぞ。」
    「どんな。」
    「鍋島の名前を出した途端、顔色が変わったわ。でも村上は鍋島と連絡を取っとらんって言っとったから、実際に何が理由であいつの表情が変わったかは分からん。トシさんが言っとった高校時代のトレーニングについて聞いたら、やっぱりインターハイで優勝する奴やな。鍋島が飛び抜けて優秀やったって言っとった。あいつが鬼の時はどこで気づくんか分からんけど、隠れとってもすぐに捕まる。あいつが逃げる側のときはいつも最後まで捕まらんかったって。鍋島は相当熨子山の地理に精通しとるわ。」
    「…そうか。佐竹や赤松の言うこととは食い違っとるな。」
    「なに?本当か。」
    「おう。どっちが本当のことを言っとるか分からんけど参考にさせてもらうわ。村上は佐竹のことを言っとったか。」
    「いや、連絡は取っとらんって。」
    「おかしいな。佐竹は村上と連絡をとったって言っとったぞ。実際連絡をとった時刻も方法も通話の履歴も見せてもらった。」
    「あいつ、嘘をついとるな。」
    「マルホン建設関係は6年前の件といい、今回の事件といい何か臭うな。」
    「ああ。」

    資料をひと通り撮影し終えた片倉はそれらを元の位置にしまって、部屋を後にしようとした。

    「どうや片倉。昼飯で落ちあわんか。金沢駅に様子のおかしい喫茶店がある。そこで話を整理しよう。」

    片倉の返事はない。

    「おい片倉。どうした。」
    「松永…。」

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    【公式サイト】
    http://yamitofuna.org
    【Twitter】
    https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM

    ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
    皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。

    すべてのご意見に目を通させていただきます。

    場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
    16 min
  • 54,12月21日 月曜日 11時12分 金沢銀行金沢駅前支店
    このブラウザでは再生できません。

    事業所融資の稟議書をパソコンに向かって作成していた佐竹は行内にある時計に目をやった。時刻は11時を回っていた。目、肩、腰に疲労を覚え始めていた彼はいったん手を止めて、両腕を天井に向けておもいっきり体を伸ばした。その時、自席の後方に位置する支店長席を見ると山県の姿は確認できなかった。彼は朝から店を出たきりだ。連絡も何もない。

    「支店長まだ帰ってこんな。」

    自分の隣に席がある橘がつぶやいた。

    「そうですね…。あれから次長に連絡ありましたか。」
    「いや、何にも。」
    「融資部からは?」
    「それもない。」
    「…それにしても、なんでこのタイミングでこんな派手なことするんですかね。支店長は。」
    「ほんなもん分かっかいや。」

    窓口業務につきものの検印を押しながら橘は佐竹の問いかけを適度にあしらった。

    「…でもな、支店長言っとったがいや。」
    「はい?」
    「奇襲って。」
    「ああ、そんなこと言ってましたね。小さな勢力が大きな勢力に立ち向かうときに有効な手立てって。」
    「そんな攻撃誰に向けてすれんて…。そこら辺ちょっと考えてみてみぃや。ああ、高橋さん。この改印届けオッケーね。」
    「え…あんまり考えたくないんですが…権力闘争とかってやつですか。」

    橘は苦笑いし佐竹を見る。

    「それやろうな。」
    「…まじですか。」
    「マジ。代理、あたりを見回してみぃや。」

    佐竹は素直に店内の周囲を見回した。店の一番奥に支店長席。その前に自分と次長。その左側には融資係。右側にはパーテーションで仕切られた区画がありそこは営業部隊のスペースであるが、この時間には誰もいない。前衛には預金、為替、年金、投信、各種手続きをを担う窓口業務を行う女性行員が慌ただしく来店客の対応をしている。いつもの風景だ。

    「金沢銀行の実力者はだれか知っとるよな。」
    「本多専務です。」
    「ほうや。代理から見て左側の融資係、右側の営業係。どちらの長も専務派。」
    「ええっ!?」
    「なんやお前。なんも知らんげんな。」

    会社ごとにその構造は違うだろうが、なぜか銀行という世界は派閥を作りたがる。
    学歴によるものもあれば、縁故地縁によるものもある。仕事に対する価値観で派閥を形成するケースもあろう。人事考課という明文化された評価基準は整備されているが、金沢銀行ではその運用方法が特殊であった。上位考課者による主観的評価のウェイトが非常に重い制度となっていた。この前近代的で硬直化した組織において出世をする際に重要となる要素のひとつは組織内営業。すなわち組織内で上司にいかに気に入られるかということが重要となる。仕事本来の実績は確かに重要であるが、結局のところ上司の胸先三寸によるものが大きいため、それはさしたるものではなかった。
    金沢銀行では本多派が圧倒的多数を占めている。この中で出世をするにはこの主流派の信任を得ることが第一条件だった。

    「俺ダメなんですよ。その手の社内営業。」
    「わかるよ俺もおんなじや。でもなぁ。」
    「でも?」
    「代理は結婚もしとらんし、子どももおらん。気を悪くせんと聞いて欲しんやけど、今この瞬間に代理は職を失ったとしても、年齢もまだ若いし何とかやっていけるかもしれん。でも、俺みたいに家庭を持って年頃の子どもとか抱えて住宅ローンもあったりすると、そういうわけにもいかんのよ。」
    「守るものがあるってやつですか?」
    「そういうこと。俺も派閥とか出世とか下衆な人間関係はごめんや。でも家庭を守るために時として派閥の人間に肩入れすることだってあるわいや。」
    「…だとしたら、今回のマルホン建設の件、次長も気が気じゃないでしょう。」
    「何か分からんけどなるようになるやろって思ってきたわ。こっちは取り敢えず本部の言うとおりのことしたし、専務派の人間には対面保ったやろ。」
    「でも支店長には黙ってやりましたよ。」
    「うーん。でもさぁ。俺ちょっと思っとるんやって。」
    「何をですか?」
    「支店長、俺らがこうやることを想定して引き出しに鍵かけんと出て行ったんじゃないかって。」

    橘は空席のままの支店長席を眺めた。

    「支店長としてはマルホン建設の融資はもうしたくない。しかしそのために部下を巻き添えにしたくない。電話で小堀部長にあんなに強く言ってもきっと融資部は稟議上げろと指示してくる。そのために自分が目を通していない稟議書をゼロから書いて本部に上げてしまうと、部下が独断専行で融資を起案したように捉えられるおそれがある。それなら実際支店長自らが目を通した稟議をそのままはんこがない状態で本部へ上げた方が体は良い。あとは本部が独断専行でやったことってな。」
    「なるほど。」

    佐竹は思わず手を叩いた。

    「俺達は今回のマルホン建設の融資には一切タッチしていません。ただ言われたとおりにやれと言われたことをやっただけ。その証拠は支店長の判子が押されとらん稟議。」
    「ほほう。となると次長。これは面白いことになってくるんじゃないですか。」
    「なにが?」
    「だってこれは支店長の専務派に対する宣戦布告みたいなもんでしょう。専務の実家のマルホン建設の融資については今後一切タッチしませんよ。追加の融資もしませんよって意思表示でしょう。だから今後の責任は全部本部のお偉方ででよろしくって。」

    橘は呆れた顔で佐竹を見る。

    「代理。お前もうちょっと賢い人間やと思っとったけど、案外そうでもないんやな。」

    佐竹はむっとして言った。

    「何がですか。」
    「小堀部長言っとったやろ。もう庇えんって。あれは小堀部長が専務派ながら影で山県支店長を支えとったってことやろ。今後はその歯止めがきかんくなる。専務派の攻勢が一気に始まるってことや。」
    「どういうことですか。」
    「切り崩しに来る。既に融資係と営業係は取り込み済み。山県支店長を孤立化させるために俺とか代理とかを取り込みにくるぞ。他人事じゃ済まされんぞ。」
    「ちょっと待ってくださいよ。そういう変な派閥とかが嫌いだから俺は中立でいままで仕事をやってきたんですから。」
    「代理さ。これがこの世界の常識ねんぞ。立ち振舞を間違えたら俺みたいに万年次長止まりとか、窓際、出向だってある。」

    橘は45歳で次長になった。同世代の入行組でも比較的順当に昇進してきた部類であったが、次長になってからというもの、10年間一切の昇進をしていない。方や橘よりも遅くして次長になった連中でも専務派といわれる派閥に属している連中は支店長や本部の役付けで活躍していた。これも派閥の力学がさせるものなのだろうか。

    「次長はどうするんですか。仮に専務派が攻勢に出てきたら。」
    「…さあな。その時はその時や。俺だって生活あっから…。ただあいつらから見れば俺らは山県派として見られとるんは間違いない。」

    佐竹は不安になった。橘から「お前は独り身だから何が起こってもある程度の融通がきくだろう」と言われたが、そんなに自分の置かれた状況は楽観的なものではない。確かに家庭をもった人間から見れば守るものもさほど無いように見えるだろう。だからといってしばらく俗世と距離置けるほどの蓄えもない。佐竹にはやはり毎月の決まった収入は必要である。36歳。転職・再就職には絶望的な年齢だ。さらに金融機関の仕事は他の業界でつぶしが利かないことで有名であることが佐竹の不安心理を助長させた。

    「派閥に入り込んだらそれはそれで派閥内の権力闘争がある。入らずに中立でいたらこれだ。代理、お前ならどっちがいい?」

    佐竹は橘の問いかけに答えることができなかった。

    「権力闘争はえげつないもんや。いかに上の人間に気に入られるかということよりも、結局のところいかに他人を出し抜くかってことなんや。そんなんじゃ仕事の上で価値観を共有する仲間といえるもんはできん。表面上はいい面しておいて、後ろを向いてあっかんべー。クソみたいな人間関係ばっかりになる。」
    「…そんなクソみたいな権力闘争を勝ち抜いても、信頼出来る仲間がいない。そうなれば仮に出世したとしても辞めるまで延々と他人を引きずり落とすことしか考えなくなる。そんなのはゴメンですね。」

    橘は佐竹の言葉に笑みを浮かべた。

    「次長。ここは銀行です。人から預かったお金を必要としている人に貸す。ただそれだけの仕事をする場所です。そこにわけの分からない派閥とか権力闘争とか温情融資とかお家の事情を持ち込むことが異常なんです。」
    「代理…。」
    「やりましょうよ次長。俺達は俺達の筋を通しましょう。権力闘争なんかくそくらえです。」

    ため息をついた橘はどこか呆れ顔だったが、佐竹の言葉に嬉しさを感じているようにも見えた。

    「お前、本気になったな。」

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    【公式サイト】
    http://yamitofuna.org
    【Twitter】
    https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM

    ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
    皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。

    すべてのご意見に目を通させていただきます。

    場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
    15 min
  • 53,12月21日 月曜日 10時22分 熨子山連続殺人事件捜査本部
    このブラウザでは再生できません。

    「そうですか。その小西とかという目撃者の話によると、穴山と井上は18時の段階ですでに一緒にいたってことですね。」

    部屋の一角に設けられた会議スペース。大きなテーブルに様々な資料が雑多に置かれ、その中心に位置する席は主である松永が外出中であるため空席であった。関はその空いた席の横に座り、捜査員から上がってきた情報の取捨選択に暇がなかった。

    「目撃された田上から現場までどれくらいの時間がかかるんですか。」
    「30分から40分といったところでしょうか。」
    「ならば事件発生時刻までの空白の時間が生じる訳ですね。」

    関は捜査本部に掲示されている金沢市の地図を眺めた。

    「どうですか。熨子山までに彼らが時間を潰しそうな施設などは、この辺りにあるんでしょうか。」
    「田上周辺には国立や私立の大学があることから、それなりに商業施設はあります。なので彼らがしばらくこの辺りに滞在していても何ら不自然なことはありません。」

    捜査員の一人が関に答えた。

    「よし。田上地区のめぼしい商業施設の防犯カメラを調べてください。聞き込みもやりましょう。彼らがなぜ一色に殺されなければならなかったのか、何かの手がかりになるかもしれない。」
    「はっ。」

    関の指示を受けて捜査員は駆け足で本部をあとにした。

    「ほかに穴山と井上に関する情報はないですか。」

    別の捜査員が手を挙げた。

    「穴山と井上の共通の知人にコンタクトをとりました。」
    「どうぞ。」
    「あいつら札付きのワルです。」

    関をはじめとした捜査員たちの顔つきが変わった。

    「具体的に。」
    「これは生前の穴山と井上の写真です。」

    そう言って捜査員は何枚かの写真をホワイトボードに貼りだした。捜査員たちはそれを見て反応を示した。

    「これはこれはなんともゴージャスなことで。」

    貼り出された写真にはヨットの船上で大勢の女と一緒に豪遊する穴山と井上をはじめとした男ども、どこかの南国の高級リゾートと思われるプールで、これまた複数の女達と一緒に写っている穴山と井上の姿があった。また別の写真では金沢の高級クラブでホステスたちと一緒に写った二人もある。

    「これは一介のサラリーマンができる贅沢さを超えていますね。」
    「穴山と井上がこのような浪費をし始めたのは3年前からのことだそうです。共通の知人、仮にこの場ではAとします。このAが言うには奴らの浪費は突然始まったようです。二人は以前からパチンコなどのギャンブルに手を出して借金をしていたようでした。しかしこれがさっぱりでAにも金の無心をしている有様でした。しかし3年前のある時期から生活ぶりは一変。この手の浪費に金を使うようになったようです。Aが二人にその出処を聞くと、なんでもギャンブルで一山当てたとかで、詳細は一切明かしてくれなかったとのことです。奴らはAに借りがあったので、この手の催し物には必ず同席させ、その借りを返していたようです。」
    「しかし穴山と井上の住まいとか身なりはごく普通だったと報告が入っていますよ。」
    「ええ、そのとおりです。彼らの住まいはどちらも平均的相場の賃貸住宅。所有する車も中古の軽と一見すると地味なもんです。しかしこの手の水物の出費には糸目をつけななかったとAは言っていました。」
    「Aに無心したお金はいくらなんですか。」
    「50万。」
    「それならAにはその金額と利息分だけを払って、後は自分たちのものにしようとするほうが合理的だと思いますが。」
    「私もそれが引っかかっていたんでAに詳しく聞きました。Aも不思議に思ったようです。それだけの豪遊ができる金があるなら、現金で返してくれとAは言ったそうです。すると穴山と井上はそれはできない。現金で返すことができないからこれで返していると言っていたそうです。気味が悪くなったAは貸した金以上の見返りを貰うことはできないという理由をつけて、ある時点から彼らと連絡を取らなくなったそうです。Aは懸命な判断をしました。」
    「というと。」

    捜査員は鞄の中からA4サイズにプリントアウトした写真を取り出して、関の前に広げた。
    場所はどこかはわからない。高級ホテルの一室のようにも感じられる。豪華な調度品が写り込んでいた。そこには穴山と井上のほかに20代とおもわれる女性が3名裸で写っていた。

    「反吐が出ますね。」

    写真を見た関は不快感を露わにした。

    「関係長。よく見て下さい。」

    関はプリントを手にとって見た。その場にいる捜査員たちも関の後方にまわって写真を覗きこむ。野放図な様子の彼ら彼女らの奥にベットの上に横たわって、かろうじて写っている鋭利な物体を確認した。

    「これは…。」
    「そうです。クスリです。」
    「なるほど。ようやくわかりましたよ。穴山と井上はただ豪遊していた訳じゃなかったわけですね。」
    「そうです。初めは羽振りの良さを見せつけるただの豪遊だったのかもしれない。現にAが招待されたパーティーではクスリは一切使用されていなかったそうです。何回かの享楽的な体験すると人間の欲というものは際限がなくなる。快楽を極限まで追求するようになります。そこでクスリの登場です。薬物は快楽追求のリミットを外します。快楽の奴隷を創りだすことによって穴山と井上はその奴隷から搾取を始めます。自ら連絡を取らなくなったAは、その後何度か穴山と井上からパーティーに招待されています。そのときのメールに添付されていたのがこの写真だそうです。」
    「となるとスポンサーが問題ですね。」
    「はい。」

    関は腕を組んで考えた。

    「わかりました。この件については正午に理事官に指示を仰ぎましょう。あなたはそれまでにこの件を資料に取りまとめておいて下さい。」
    「はっ。」
    「さて。七尾の件はどうなっていますか。」
    「死因は特定出来ました。」

    別の捜査員が資料を関のデスクの前に並べる。そこには凄惨な現場の写真、遺体の解剖に関する情報などが記載されていた。

    「ガイシャはいったん睡眠薬で昏睡状態に陥らされ、頭部を拳銃で撃ちぬかれています。」
    「拳銃?」

    常に平静を保つ関の顔つきが険しくなった。

    「まさか…その拳銃は。」

    捜査員は苦渋の顔つきで関の顔を見つめて言った。

    「はい。ご察しの通りです。弾丸と薬莢を現在BIRI(ビリ)で照合していますが、鑑識が現状見る限り、県警で使用される拳銃と同型のものではないかとの話です。」

    関はこの言葉に天を仰いだ。

    「ガイシャの身元は。」
    「ダメです。」

    これまた苦い顔をした別の捜査員が関に答えた。

    「ダメとは。」
    「身元を特定する手がかりがない状態です。」
    「え?何言ってるんですか。全く無いなんてあり得ませんよ。遺留品とか指紋とか、なんでも手がかりになるでしょう。」
    「ガイシャの指紋照合には時間を要する状況のようです。遺留品についてもガイシャに身元につながるものはまったくない状況です。」
    「何なんですか…それ…。」
    「唯一手がかりらしいものとして現場物件の賃貸借契約があります。」
    「それですよ。私が聞きたいのは。」
    「借主はコンドウサトミという人物だそうです。」
    「コンドウサトミ?」
    「ええ。コンドウサトミ。女です。」
    「女…だと…。」
    「いくら身元の手がかりが無いといえ、遺体が男性であることは一目瞭然。借主とガイシャは同一人物ではありません。」
    「でも契約書に添付してある身分証明書を見ればコンドウサトミがどんな人間かすぐにわかるでしょう。」
    「それが…。」
    「それが?。」
    「どうやら偽造された免許証の写しのようなんです。」
    「なんだって?」
    「コンドウサトミの免許番号と警察保管のデータが一致しないんです。」
    「…。」
    「また家賃の引き落とし口座を調べようと思ったんですが、この物件の家賃は契約時に一年分を現金で一括払いをしているため、コンドウサトミの銀行口座を抑えることができませんでした。」
    「公共料金は。」

    捜査員は首を横にふる。

    「それもすべて現金払いです。」
    「付近の住民の目撃情報は。」
    「皆無です。そもそもこの部屋に人が住んでいたことすら知られていませんでした。」

    関は腕を組んだ。気のせいか彼の顔に笑みが見えた。

    「一色さん。用意周到ですね。」

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    【公式サイト】
    http://yamitofuna.org
    【Twitter】
    https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM

    ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
    皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。

    すべてのご意見に目を通させていただきます。

    場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
    13 min
  • 52,12月21日 月曜日 10時35分 喫茶ドミノ
    このブラウザでは再生できません。

    「コンドウサトミって誰ねんて…。」

    赤松剛志は誰に言うわけでもなく、コーヒーをすすりながら呟いた。

    「自分の頭のなかだけで考えとっても整理できん…。」

    そう言うと彼は胸元からヘミングウェイやピカソがかつて愛用していたメモ帳のようなものを取り出して、ペンを走らせ始めた。

    ー6年前の事件のことをここに書き出してみよう。

    赤松は父親の忠志を中心にしてそこから放射状に人物を書き出し始めた。先ずは6年前の事件の相関関係。マルホン建設とベアーズデベロップメント、そして本多善幸。その構造を知ったのが父。その情報を共有していたのが母の文子。誰が父に直接手を下したかはわからない。警察では事故で処理された父の死だったが、一色は事故ではないと言っていた。キーワードはコンドウサトミという架空の人物。500万の現金は回収されたはずなのに、なぜか再びウチへ戻ってきた。
    この辺りまで書きだした赤松は筆を止めた。

    ーここだよ…やっぱりここが気になる…。誰が500万をウチに持ってきたんや。

    ため息をついて赤松は天を仰いだ。

    「誰ですか。コンドウサトミさんって。」

    野太い声が赤松の世界に割り込んできた。

    「誰や。」

    体勢を元通りにした赤松の目の前に、髪を短く刈り込んだ強面の男が立っていた。

    「失礼しました。私こういうものです。」
    「警察本部捜査2課…。」
    「古田と申します。赤松剛志さんですね。」

    突然自分の世界に割り込んできたかと思えば、この古田という男は自分の名前さえ知っている。名刺を見る限り目の前の男はどうやら警察官。警察という人種はこうも無粋なものなのか。憤りを感じながらも赤松は「はい」と返事をし、テーブルの上のメモ帳を閉じた。
    古田は店内を見回した。客らしき人間は自分と赤松だけ。店の調度品の類はみな年期が入ったものばかり。木製のソファーにはあずき色のスエード地でクッションが誂えてある。純喫茶の雰囲気をもつ喫茶ドミノは、先ほどまで古田が滞在していた喫茶BONと対照的な作り、客の入りであった。

    「やはり月曜のこの時間ですと、喫茶店を利用するの客層っていうのは限定的ですな。」

    赤松と向かい合う席を指でさして、彼が着席を許可するのを確認して古田はそこに座った。

    「今日はお休みですか。」
    「ええ。ウチは月曜定休と昔から決めてあるんです。」
    「そしたら暫くお時間を頂戴してもよろしいでしょうか。」

    古田は出された暖かいおしぼりでもって自分の顔を拭いた。

    「ひょっとして事情聴取ってやつですか。」

    赤松は腕時計を見て小一時間ぐらいならば話に付き合えると返答した。古田は赤松の申し出に謝意を表し、コーヒーを一杯オーダーした。

    「実はですね、さっき佐竹さんと合っとったんです。」
    「え?佐竹…ですか。」

    赤松の動きが止まったのを古田は見逃さなかった。

    「赤松さん。まぁそう緊張されずに構えてくださいよ。そうそう先ほど書かれてたメモ帳ですが、良かったらもう一度見せていただけますか。」

    ー馬鹿な。これはあくまでも自分の家の事情を整理するために書き記してるだけのもの。プライベートを覗きこまれるなんてゴメンだ。

    「コンドウサトミさんもそうですが、あなた、その相関図みたいなものに一色の名前を書かれていましたね。それを知っちゃあ事情を聞かざるを得ない。」

    古田はどうやら赤松が書いていたメモの一部始終を別の席に陣取って観察していたようだった。どのタイミングでこのドミノへやってきて、どういう術で赤松のメモを覗き見したかは知らないが、古田がメモの中身を把握しているのは間違いないようだった。

    「その相関図は一体何を示しているんですか。」

    赤松は思った。そもそも警察が父の訴えに聞く耳を持たなかったことが事の発端だ。警察が父の訴えをしっかりと聴いて、何かしらの行動を起こしていれば父の命は奪われなかったかもしれない。

    「いまさらかよ。」
    「なんやって。」
    「そもそもあんたらのせいねんて。俺の家がめちゃくちゃになったんは。」
    「赤松さん。申し訳ないが私はあなたが何に対してお怒りなのかわからないのです。お聞かせくださいませんか。」
    「こっちは警察に裏切られっぱなしなんや。あんたらに話すことはない。」

    赤松の言葉を受け止めた古田は少しの間をおいて口を開いた。

    「赤松さん。我々警察は全体の奉仕者です。あなたのような一市民にそのような感情を抱かせてしまっていることに対しては、率直にお詫び申し上げねばならない。しかし…。」
    「どうして私は貴方の正面に座ることを許されたんでしょうか。」
    「…。」
    「座ることはおろか、小一時間の聴取にも同意を頂いたというのに、手のひらを返したように突然、話すことはないとおっしゃる。おかしいですな。」

    古田の問いかけに赤松は沈黙を保っていた。

    「あなたが今回の熨子山連続殺人事件をうけて、精神状態が穏やかでないというのはわかる。しかしどうやらあなたの精神的不安定をもたらしている要因は、そのメモに在る何かによるもののようですな。」

    赤松は手元の閉じられたメモ帳に目を落とした。

    「私はあなたから事件に関する話を聞きたい。そのためにはあなたの精神を侵すその何かについても受け止める必要がある。」
    「どうですか、赤松さん。私に話してくれませんか。」

    顔を上げて古田の目を見た赤松は彼の眼光の鋭さに圧倒されそうになった。彼の視線は赤松の目を通り越してその奥に潜む心の中までも覗きこみ、心理の変容さえも捕捉するかのようだった。

    「…わかりました。」

    古田は頷いた。

    「6年前にさかのぼります。」

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    【公式サイト】
    http://yamitofuna.org
    【Twitter】
    https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM

    ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
    皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。

    すべてのご意見に目を通させていただきます。

    場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
    10 min
  • 51,12月21日 月曜日 10時18分 本多善幸事務所前
    このブラウザでは再生できません。

    駐車場に停めてあった自分の車に乗り込んで片倉は胸元からタバコを取り出しそれに火を着けた。
    助手席側には先程まで一緒にいた岡田が座っている。
    松永率いる捜査本部とは別に自分と古田が独自の捜査を行なっていることは極秘だ。
    このことが露見すると松永の叱責が自分に飛んでくることはおろか、命令を出した朝倉の責任も追求されよう。
    一緒に行動している古田も同様だ。片倉は村上から聴取した内容を頭の中で整理しながらタバコをふかした。

    「お前、どう思う。」
    「どうって言われても、正直課長が何を聞き出したかったのかわかりませんでした。」
    「そうか。」

    片倉は岡田にタバコを差し出した。

    「吸えや。」
    「いただきます。」
    「お前、目の付け所がいいな。」

    岡田はタバコの煙を吐き出して無言を保った。

    「あいつ、何か臭う。」
    「何がですか。」
    「結果的に検問に一回しか引っかってないから、氷見から石川に入ったのは間違いねぇ。しかし。」
    「しかし?」
    「羽咋から民政党金沢支部までの時間が随分かかっとる。」
    「それは私も感じました。…ただよくいるじゃないですか。広い駐車場みたいなところで車止めて死んだように寝とる営業マンとか。あいつも息抜きしたかったんじゃないですかね。」

    思いっきり吸い込んだ煙を吐き出して、片倉は吸殻を捻り潰して灰皿にしまった。

    「普通の状態ならわかれんて。あいつが。」
    「高校の同期が容疑者だって話ですか。」
    「ああ。」
    「確かに…。頻繁に会っとったんに、気がついたら疎遠ってことはよくある話です。私もそういう関係の友人はいっぱいいます。結局そんな関係性しかない人間ってのは所詮他人。ほんなもんですよ。ですが村上は何か感情が高ぶる要素があった。だから熨子山へ足を伸ばした。」
    「仮に羽咋から金沢までの時間の事は目をつむったとしても、交友関係はどうや。疎遠な人間の事に動揺して事件現場付近に向かうか?」
    「事件の前もその後も高校時代の連中とは連絡はとっていないって言ってましたね。」
    「そこがわからんげんわ…。」

    片倉は再びタバコを咥えて窓から見える北陸特有のどんよりと曇った空を眺めた。大空を覆い尽くすその様子は展開の鈍い今回の事件を象徴しているようにも感じられた。

    「まぁいいわ。んで、お前ら捜査は進んでるか。」

    岡田は首を横に振った。

    「課長。極秘なんですよ。」
    「何がだよ。」
    「私がここにいること自体が。」

    片倉は岡田の困惑した表情を見て何かを悟ったのか、ため息をついて再び窓から外を見た。

    「岡田ぁ。実は俺も今回は極秘なんだよ。」

    事務所を囲うように植えられた雪吊りを施された植木たちが、おりからの強風に煽られてざわざわと音を立てた。

    「ほやからここでおたくら帳場のサツカンとバッティングしてしまったことは不味いんや。」
    「こっちだって片倉課長と会ってしまったことが不味いんです。」
    「ほんなら一緒やな。」

    片倉が笑みを浮かべてそう言うと、岡田の硬い表情が緩んだ。

    「よし岡田。ここは取引せんか。」
    「なんでしょう。」
    「俺は本多事務所には来なかった。だからお前とも合っていないことにする。」
    「それはありがたい提案です。」

    岡田は思案した。松永からは極秘であると厳命されている。自分は村上隆二について調べたいとだけ松永に進言した。その方法については特段指示を受けていない。岡田にとって大事なのは自分が知りたい情報を得ることと極秘であることだけだ。片倉は極秘を誓っている。以前一緒に仕事をしてその性格などをある程度心得ている上司の片倉がそういうのだから、秘密は保持されよう。また、片倉が何を極秘に調べようとしているのかも知りたい。

    「わかりました。」
    「OK。ただ。」
    「ただ?」
    「一色と剣道部っていう関係性だけは胸に秘めておいてくれ。」
    「どうしてですか。」
    「お前らの最重要課題は被疑者の確保。俺はお前らとは別の角度から攻めている。捜査のベクトルが帳場とバッティングしてくるとこちらの存在意義ななくなってしまうんやわ。」

    片倉には片倉の事情があるのだろう。こちらとしては村上の20日の行動履歴を抑えることができたので、当初の目的は達成だ。上司である片倉の依頼だ。無下に断ることもない。

    「了解です。」
    「特に鍋島惇の名前は伏せていてくれ。」
    「…課長がどういった捜査をしているのか興味が有るところですが、捜査の妨げになるのでしたら口外しませんよ。」
    「ははは。話がわかる部下を持てて俺は嬉しいぜ。」

    価値観を共有できる存在を目の前にしてホッとしたのか、岡田は安堵の表情を浮かべた。

    「なんだろうな。あいつ、何か臭うんだよ。」

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    【公式サイト】
    http://yamitofuna.org
    【Twitter】
    https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM

    ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
    皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。

    すべてのご意見に目を通させていただきます。

    場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
    9 min
  • 50,12月21日 月曜日 9時30分 本多善幸事務所
    このブラウザでは再生できません。

    「少しだけお話をしたいんですよ。」
    本多事務所の受付の女性に名刺を渡して、片倉はその中の様子を伺った。
    名刺を受け取った女性はそれに目を落とした。そして怪訝な顔つきでその名刺と片倉の顔を何度か見合わせた。
    「どうしました。」
    「警察の方なら今村上が対応しています。」
    「は?私じゃなくて?」
    「ええ。」
    ーしまった。帳場の捜査とかち合った。…こうなったら一か八かだ。
    「それは失礼。」
    そう言うと片倉は女性の手にあった名刺を奪った。
    「私はその人間の監督をする立場の者です。事務所の前で待ち合わせて一緒にお話を伺う予定だったんですが、彼は先に村上さんにお会いしてたんですね。大変ご迷惑をおかけいたしました。」
    受付の女性は手のひらを返したように態度を変える片倉の対応に苦慮している様子だった。
    「で、彼はどちらにいますかね。」
    片倉は女性に付き添われて事務所二階の一室の前に案内された。女性がその部屋のドアをノックする。
    「今来客中だから。」
    憮然とした表情でドアを開けた男に片倉は一礼した。
    「だれ。」
    「申し訳ございません。私も同席する予定だったのですが遅れてしまいました。」
    片倉は名刺を村上に渡した。
    「捜査一課課長…。」
    「村上隆二さんですね。」
    「はい。」
    「うちの若いのが先にお話を伺っていると思いますが、私も同席させていただいてよろしいでしょうか。」
    村上は片倉の表情と名刺を見比べてどうぞと部屋へ招き入れた。
    部屋の応接ソファに腰をかけていた捜査員と思われる男はギョッとした顔つきで片倉を見た。
    「すまんすまん。遅れてしまって。」
    不意を打つ人物の登場で彼の体は固まってしまっていた。
    「岡田じゃねぇか。ちょっくら力貸してくれ。」
    片倉は岡田の横に座って彼にしか聞こえないような小声で耳打ちした。
    「で、どこまで話をお聞きしたんだ。」
    「あの…。」
    岡田が手にしている手帳の中身を覗くと、今まで何を聴きとったかの大体を把握できた。どうやら彼が事情聴取を開始してそんなに時間が経っていないようだ。
    「続けて。」
    ーなんで片倉課長がここで出てくるんだ。
    岡田は金沢北署捜査一課所属の警部補である。片倉とは以前別の署の捜査課で仕事をしていた。よって二人は顔見知りである。今回の事件ではこの岡田と熨子駐在所の鈴木が真っ先に現場に踏み込んだ。現場検証に立ち会った際には岡田が当時の状況の説明を片倉に行なっていた。
    「岡田警部補。続けなさい。」
    困惑した表情を表に出していた岡田は片倉の命令によって我に返った。
    「事件当日の村上さんの行動履歴についてはわかりました。確かにあなたは熨子山を通って高岡方面へ向かっています。当時の資料をみると村上さんの名前が確認できます。」
    片倉は岡田の言葉にいちいち相槌を打ちながら、村上の表情に変化がないかつぶさに観察する。
    「聞くところ、あなたは党の会合があるとかで高岡に向かったそうですね。」
    「ええ。」
    「おかしいですね。民政党高岡支部に聞きました。そんな会合は無いって話でしたよ。」
    「そうでしょうね。」
    当時の村上の言動と実際が異なっている。この辺りから彼の不審点を炙り出そうとしていた岡田は、あっさりとその不一致を認めた彼の言葉に肩を空かされてしまった。
    「だっていろいろと詮索されたら時間も取られるし、面倒臭いでしょう。」
    「時間が取られるのがあなたにとって煩わしかった訳ですか。」
    「まぁそんなところですか。」
    「ではあなたは富山方面になぜ向かったのですか。しかもわざわざ事件現場である熨子山を通ってです。」
    「容疑者が高校時代の同級生である一色貴紀であったから。」
    横から片倉が口を挟んだ。
    この言葉を聞いた村上の表情は誰が見ても明らかなように変化を示した。
    「そうですよね。村上さん。」
    不意を打つ片倉の問いかけ。そして自分には知り得なかった容疑者とこの目の前に座っている男との関係性が、岡田の心の中を掻き乱した。
    「まぁそうです。」
    「続けて。」
    片倉に促されて岡田は自分が聞きたかった事を聞くことにした。
    「結論から申し上げます。あなたが富山から石川に再び入った形跡がないんです。」
    「と言うと。」
    「県警ではこの事件発生から県境全てに検問体制を整えています。ですから、あなたが富山、正確にいうと高岡ですが、我々の検問にかからずに再び金沢に入ってくることはできないのです。」
    傍の片倉はなるほどと興味深そうに岡田の発言に何度か相槌を打った。
    「どうやってあなたは金沢まで戻ってきたんですか。」
    ーこいつは面倒臭いことになってきたな。
    「はて、刑事さん。あなたは県境全てに検問体制を整えたとおっしゃいましたが、少なくとも私が金沢に戻るまでの道のりに、そのようなものは存在していませんでしたよ。」
    岡田はそんなはずはないと一枚のA4コピー用紙を村上の前に差し出した。
    「差し支えのない程度で結構です。村上さん。あなたが高岡から金沢に戻るまでの行動記録をここに書いてください。」
    「まるで私が疑われているみたいですね。容疑者はまだ逃走中だってのに。」
    村上の表情は憮然としたものだった。村上の感情は至極全うなものだ。今の状況下での警察の最優先事項は容疑者一色の確保。なのに自分がちょっと検問に引っかかっていたため詳しく話を聞きたいと言われ、好意で岡田との面会時間を設けたのに、挙げ句の果てには何かの疑いをかけられているように受け止められる。しかもだからどうだということではなく、とにかく当時の行動を詳らかにせよとだけ。一方の課長といわれる片倉という男も自分と一色は高校時代の同級生ですねと言ったきりだ。
    「どの時点から書き出せばよいのですか。」
    「できれば12月20日全て。」
    「どうやって書けば良いのですか。」
    「大体の時刻を書いて、その横にあなたが何をしていたのかって程度で結構です。」
    「ふぅ…。」
    村上はため息を付いて渋々自分の当時の行動履歴を目の前のコピー用紙に箇条書きに書きだした。
    「20日は私は朝からここにいました。」
    そういうと村上は8時~10時半頃という時刻を記入し、その横に本多事務所と書いた。
    「その間、あなたは何をされていたのですか。」
    「本多が国土建設大臣に就任したでしょう。そのため支持者のみなさんがお祝いを持ってきたり、挨拶をしにきたりと朝からてんやわんやだったんですよ。」
    「なるほど。」
    「支持者が朝から事務所に来てその対応がひと段落した時です。今回の事件が起こったことを知ったのは。」
    「何で知りましたか。」
    「テレビです。朝のワイドショーみたいなのがあるでしょう。たまたまそれを見ていたらやっていました。」
    「容疑者が一色だと知った時、あなたはどのように感じましたか。」
    ここで片倉が岡田と村上のやり取りに割り込んできた。当時の感情を即座に思い出して言ってみろと言われても、即座に言えるほど鮮明な記憶は持ち合わせていない。村上は当時の自分のことを思い出すためにしばしの時間を要した。
    「テレビに容疑者の顔が映し出されたぐらいでは、あの一色かどうかわかりませんでした。ですが名前が呼ばれた時に高校時代の同級生である一色貴紀だとわかりました。」
    「どうして。」
    「当時の面影が残っていたんです。あと特徴的なほくろもちゃんとありました。」
    「あなたは一色が県警に勤務していたことは知っていましたか。」
    「知りませんでした。ですからはじめのうちは本当に同一人物か確証を得ることができませんでした。」
    片倉はここで疑問を感じた。議員の秘書たるもの、地元自治体の要職にある公務員の情報ぐらい得ていても良いだろう。村上が一色の存在を把握していなかったとは考えにくい。
    「本多自身が警察との関わりを持たない主義ですので、我々スタッフの側も警察の情報は持ち合わせないからですよ。せいぜいで付き合いがあるのは本部長さんぐらいです。まぁ他の議員さんのことは承知はしていませんがね。」
    片倉が持っていた疑念に気づいたのかは分からないが、村上は彼の疑問点に端的に答えた。そのため片倉は話を続ける。
    「では容疑者が高校時代の一色貴紀と同一人物であるとあなたが確証を得たのは何がきっかけなんですか。」
    ここで村上は黙り込んだ。
    「どうしました。村上さん。」
    ーここで佐竹とのやり取りを持ち出すとあいつに迷惑がかかってしまう。
    「なんて言うんでしょうかね。閃きとでも言うんでしょうか。感覚的にあの一色だとわかったんですよ。」
    片倉は納得するように頷いた。何事も言葉で説明できるほど人間は合理的な生き物ではない。行動のきっかけの大半が直感や感情といった非合理性なものに由来する場合が多い。そのためあらゆることを論理的に説明されるとかえって疑いを持ってしまう。村上の受け答えは片倉にとってごく自然に感じられた。
    「一色とは高校卒業以来連絡も何もとっていません。やっぱり落ち着きませんでしたよ。ですから野次馬根性が鎌首をもたげたとでも言うのでしょうか、何故か事件現場の方に足が向いていました。」
    「剣道部の部長でしたからね。他人ごととは思えんでしょう。」
    「ええ。」
    片倉の言葉に頷いて村上は筆を進めることにした。
    「12時ぐらいでしたか。熨子山の検問に出くわしたのは。」
    岡田はコピー用紙に目を落とす村上の表情の変化を見落とさないように黙って観察した。
    「そこで氷見の方へ足を伸ばしました。時刻は正確には覚えていませんが確か14時ごろだったと思います。」
    「氷見?。どうして。」
    「何か海を見たくなったんですよ。ああ、具体的な場所も書かないといけませんかね。」
    「できれば。」
    「氷見漁港近くのコンビニです。あそこは眺めがいいんですよ。あそこの景色を見るとなんだか落ち着くんです。穏やかな内浦が心を和ませてくれるんです。30分ほど車を止めてただひたすらに海を眺めていました。その後は宝達山を超えて羽咋を経由して夕方の本多のパーティーに加わりました。」
    「内浦の穏やかな海の様子を眺めて日常に戻る。村上さんはロマンチックな方なんですね。」
    片倉の言葉に村上は苦笑いした。
    「なるほど。それなら村上さんが再び検問に合うことなく石川県に入って、17時からの本多議員のパーティーに同席しているのが理解出来ますね。」
    岡田は少し落胆した表情だった。
    「岡田さんっておっしゃいましたっけ。」
    「はい。」
    「いったいどういうことなんですか?あなた言いましたよね。私が検問に引っかかることなく、再び石川県に入ることができないってのは。」
    岡田は片倉の様子をうかがった。
    「いいよ。話してあげなさい。別に捜査になんら影響もないだろう。」
    片倉の承認を得て岡田は村上に事件発生当時から金沢から県外に出る県境主要道に検問の体制が敷かれており、17時には県境全ての道という道に検問体制が敷かれている旨を村上に説明した。
    村上は高岡支部へ行くと熨子山の検問に言った。あくまでも仕事の一環。普通の人間ならばよっぽどの油を売らない限りは、疲労を貯めこまないためにもそのまま仕事を済ませて金沢へ戻る。一般的に熨子山を通って金沢から富山方面に向かった場合は、往路と同じ県道熨子山線を使用するか、それに次いで最短ルートである国道を利用して再び金沢へ戻る。場合によっては高速道路を利用するというのもあるだろう。これらの道には当時から検問がなされている。しかしそれらの検問報告には村上の名前はない。そのため村上が17時の本多善幸の会合にいたことが解せなかった。
    「なるほど、そういうことだったんですね。」
    「ですが、今のあなたの当時の行動を伺って理解出来ました。あなたが羽咋へ抜けたと思われる時間帯には宝達山の検問体制は整っていません。」
    「ではこれでよろしいですか。」
    「いいえ。まだです。」
    片倉が言った。
    「いままでの行動履歴はよくわかりました。ですがどうも腑に落ちない。」
    「何が。」
    「あなた、高校時代の同級生が今回の容疑者やって何らかの確信を得たんでしょう。そして言葉で説明はできんが感情が高ぶって熨子山まで足を運んだ。そこでUターンをする訳もいかずにそのまま富山方面に向かったが、気持ちの整理ができない。なので氷見漁港から富山湾を望んで気持ちの整理をつけた。しかしなぜそこから遠回りとなる羽咋を経由して金沢へ戻ったのですか。あなたは一応仕事中だ。夕方には大事な会合が控えている。」
    「私だって日々の仕事の中で気分転換が必要なんです。ですから車を走らせて心のゆとりを取り戻したい時もありますよ。」
    「今はどうですか。」
    「はい?」
    「今はある程度の心の整理ができていますか。」
    「まぁ一日経ちましたからね。」
    「あなたが一色貴紀と高校の同級であるということ、こちらにお勤めの方は御存知ですか。」
    「いいえ。」
    「ならばあなたの中だけで一色との関係性を処理しているんですね。」
    「まぁそうです。」
    「お辛いでしょう。」
    「何ですか。何が言いたいんですか。」
    「あくまでも私の個人的な経験則で話しますが、あなたのようにできた人間はそうもいないということです。」
    ーなんだこいつ。
    「溜め込んだ感情。それが正のものでも負のものでもすべて飲み込んで自分一人で消化できる人間はいません。必ずどこかでその感情は発露されねばならない。発露の仕方は人それぞれ。物にあたる人間もいるし、八つ当たりという形で表面に現れる人間もいる。しかし、大抵の人間は自分が抱いている感情を誰かと共有することで、そのストレスを解消する。」
    片倉は村上の目を直視して言葉を続ける。
    「本件の被疑者とあなたの共通項は高校時代の剣道部の同期である点です。村上さん。剣道部の誰かと事件後に連絡を取りませんでしたか。」
    村上は黙ったままだ。
    「氷見から羽咋。正直どうも取ってつけたような理由なんですよ。海を眺めて気持ちの整理をつけるなんてね。」

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    【公式サイト】
    http://yamitofuna.org
    【Twitter】
    https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM

    ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
    皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。

    すべてのご意見に目を通させていただきます。

    場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
    22 min
  • 49,3年前 8月3日 水曜日 15時13分 フラワーショップアサフス
    このブラウザでは再生できません。

    文子は固唾を呑んだ。

    「忠志さんは知ってしまったんです。指定暴力団の仁熊会が公共事業に関する用地取得に深く関わっていることを。それもこの開発目覚しい田上地区に関する用地取得。そしてこれから本格着工される北陸新幹線沿線の用地取得についてです。用地取得にありがちな不正は、地権者が取得者に対して賄賂を送って、その査定に便宜を図るよう依頼するというものです。これだけなら話は簡単です。」

    彼女はだまって眼鏡の奥に光る一色の目を見ている。

    「忠志さんが知ったのは用地取得に関する複雑な構造だったのです。」

    すると一色は自分にお茶うけとして出された3つの最中を文子の前に横一列に並べた。

    「左から順番にマルホン建設。仁熊会。そして国としましょう。」
    「国の用地取得での当事者における関心事は2つ。ひとつはその承知取得そのものの実施、そしてもうひとつがどの土地が取得対象になるのかということです。そこでまずこのマルホン建設工業が登場します。」

    一色は左側の最中を手にとった。

    「マルホン建設工業。石川県の地元有力土建会社です。先代社長は現在の衆議院議員、本多善幸です。彼は土木建設業界出身ということもありその分野に関しては深い見識を持っています。またマルホン建設自体が公共事業を生業としていることから、省庁にも顔が利きます。本多は国土建設省の族議員として政界で活躍をします。政務次官や党の部会長などを経てその影響力を高め、国土建設省の政策決定に深く関与して来ました。」

    一色は最中を畳の上に置いて話を続ける。

    「今から25年前のことです。マルホン建設はここ田上地区周辺の土地を買い漁っています。バブル華やかなりし時代です。誰もが投資をすれば儲かるなんて言
    われたばかみたいな時代です。マルホン建設も周囲と同じように不動産投資を積極的に進めます。しかしそれは見事に崩壊。マルホン建設は多額の含み損を抱えることになった。」

    ぬるくなってしまった茶をすすり、彼は真ん中の最中を手に取った。

    「続いてベアーズデベロップメントという会社が登場します。不動産投資業を営む会社ですが、その正体は仁熊会のフロント企業です。ベアーズは多額の含み損を出したマルホン建設の土地をすべて購入しました。バブル崩壊から1年も経たないころのことです。土地の価格は下落傾向。これからどれだけその下落が進行するかわからない。不動産投資に誰も見向きもしない時期にベアーズはそれをすべて買い取ったのです。その後本多善幸が国会に進出、やがて田上地区の開発計画の噂が流れだします。この噂を受けて田上地区の地価は下落から横ばいに推移しました。そして噂が実際の計画として発表された頃から、地価は上昇に転じました。計画の実施にあたってこのこの辺りの用地取得が必要となります。結果的にベアーズがマルホン建設から買い取った土地の殆どが国の用地取得の対象となり、国に買い取られることになりました。」

    彼は右側の最中を手にした。

    「お母さん。お分かりでしょう。マルホン建設は評価損の土地をさっさと売却したかった。それに応じたのがベアーズデベロップメント。時代が時代です。バブル崩壊のあおりを受けて、今後どれだけの不利益を被るかわからない不動産投資の契約なんぞ誰も自ら進んで結びません。しかし仁熊会のフロント企業がそれを引き受けた。不自然ですね。おそらくマルホン建設の社長であった本多善幸が公共事業に何らかの影響力をもつ存在になることで、将来的にベアーズに利益をもたらす密約でもあったのでしょう。事実、ベアーズはマルホン建設から購入した金額よりも3割高値で国に売却しています。ベアーズは多額の利益をこの取引で得ることとなった。」

    一色は右側の最中を2つに割って、その一方を口に入れた。

    「ぎっしりと詰まったこの最中の餡は実は全て税金だった。国民の血税が特定の連中に食い物にされている。それを忠志さんはどこかで知った。」
    「…はい。その通りです…。」
    「忠志さんは現在進行中の北陸新幹線建設にかかる用地取得でも、田上地区の用地取得に関するマルホン建設、ベアーズ、国の三者構造が潜んでいることを忠志さんは知った。田上地区は終わった話。しかし新幹線に関することは現在進行形の話。」
    「そうです。」
    「忠志さんは正義感が強い人です。それはむかしこの家に出入りしていた私が身を持って知っている事実です。忠志さんは警察に行きます。忠志さんが金沢北署に来ていたことは当時の資料からすぐに分かりました。これが6年前の事故の2ヶ月前のことです。」

    ここで一色は言葉に詰まる。

    「しかし警察は動かなかった。」
    「そうです。主人は警察に行きました。何度も。ですが証拠も何もないのに動くことはできないと言われたそうです。」
    「知ってしまった事実と現実社会の間で忠志さんは苦悩します。忠志さんはあなたにも相談します。自分は一体どうすればよいのか。このまま黙って見過ごすことは容易いが、人としての良心が放っておかない。そんな中、この用地取得の関係者と忠志さんは接触します。おそらく向こう側から接触してきたのでしょう。この手の話の場合、口止めが接触の主な動機です。忠志さんは先方の申し出を断ります。」
    「当時、私達の店は決して楽な経営状態ではありませんでした。500万円という口止め料を提示されたと主人から聞かされたときは心が揺らぎました。しかしあの人はその場で断ったそうです。その原資も税金からくるものなのかもしれない。それを考えると尚更、先方のやり口に腹が立つと怒っていました。一度こうだと思ったら頑としてブレないのは主人の性格ですからね。でも現実問題としてまとまった資金は店を経営していく上で必要でした。」

    一色の物語を自然と補足するように語りかける文子に彼は頷いた。

    「あなたはご主人に無断で先方と連絡をとって入金口座を教えた。ある日口止め料が入金されます。コンドウサトミという人物からです。あなたはコンドウサトミさんを御存知ですか。」

    文子は首を横にふる。

    「そうでしょうね。このコンドウサトミという人物はこの世に実在しません。銀行にある本人確認書を照合した結果、偽造されたものだとわかりました。架空の人物を創りだすことにその筋の人間は長けています。おそらくこれにも裏社会のパイプを持つ仁熊会が絡んでいるんでしょう。」
    「いつものように銀行にいって通帳を記帳するとその人から500万が入金されいていました。その数字が記帳された通帳を見て、私は主人を裏切ってしまった後ろめたさよりも正直ホッとしたんです。」

    一色は彼女の様子を黙ってみる。

    「綺麗事ばかりでは生活は成り立ちません。この店は火の車でした。このままじゃ京都で生活している剛志たちにも迷惑をかける事になる。だから私はそうしたんです。ですが主人は違いました。あの人は曲がったことが大嫌いです。今回の件もそうです。ですから私が口止め料をもらったと知ったときは恐ろしいまでに怒りました。」
    「そうでしょうね。」
    「私は間違っていました。今回の件はあくまでも主人とマルホンとベアーズとの間での話です。私はそのことについて主人に相談されただけ。そこに降って湧いたように500万が入ってくるかもしれないと話があって、それに縋った。目先のお金に目が眩んだんです。」
    「お気持ちはよくわかります。あまり自分を責めないで下さい。」
    「主人は絶対に受け取れないお金だと私を諌めました。そして翌日銀行でそのお金を全額引き出しました。」

    一色は通帳の写しを眺めて払い出しの欄に500万の数字が記入されているのを確認した。

    「その夜のことです。主人が事故で死んでしまったのは。」

    文子はその場で泣き崩れた。

    「私が悪いんです。私が目先のお金に目が眩んだからです。」

    文子に掛ける言葉がなかったが、このまま彼女の様子を見ている訳にはいかない。うかうかしていると赤松も店に帰ってくる。

    「お母さん。自分を責めても何の解決にもなりませんよ。」

    そう言うと一色はハンカチを取り出して文子に差し出した。

    「涙を拭いてください。」

    一色は通帳の写しに目を落として話しを続けた。

    「500万は確かに事故当日に引き出されています。忠志さんはこのお金を持って関係者と接触を図る。それがひょっとしたら夜の熨子山だったのかもしれない。そこで事故を装って関係者に殺害された。そして500万も関係者に回収された。」
    文子は涙を拭っていた手を止めた。
    「…違います。500万円はここにあります。」
    「…え。」

    おもむろに立ち上がった文子は、押入れの奥から現金が入った封筒を持ってきて一色に見せた。

    「…どうして。」
    「葬儀も一段落して、剛志がこっちに帰ってくるかこないかの話をしていた頃です。店番をしていたアルバイトが私に渡して欲しいってお客から預かったそうです。お菓子の箱だったんですが、中を開けるとこれが入っていました。」

    封筒には文字が書かれていた。彼は声に出してそれを読んだ。

    「コンドウサトミ。」

    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    【公式サイト】
    http://yamitofuna.org
    【Twitter】
    https://twitter.com/Z5HaSrnQU74LOVM

    ご意見・ご感想・ご質問等は公式サイトもしくはTwitterからお気軽にお寄せください。
    皆さんのご意見が本当に励みになります。よろしくおねがいします。

    すべてのご意見に目を通させていただきます。

    場合によってはお便り回を設けてそれにお答えさせていただきます。
    16 min

About オーディオドラマ「五の線」

From the publisher's feed

オーディオドラマ「五の線」をPodcast配信するためのブログです現在「五の線リメイク版」のブログへ移行中です。1ヶ月程度でこのブログは削除されます。移行先 https://re-gonosen.seesaa.net/