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こんにちは、おぐりんです。
ここでいう「第1.5の場所」という言葉には、ただの比喩を超えて、家庭や学校、職場といった従来の枠組みに収まりきらない“もうひとつの居場所”を指す思いがあります。私自身、こうした場所に何度も救われ、また多くの人がそこから力を得てきたのを目にしてきました。だからこそ、この概念を少し掘り下げて共有したいと思うのです。
「サードプレイス(第3の場所)」という言葉を聞いたことはありますか?
家庭(第1の場所)でも職場(第2の場所)でもない、心地よい中間地帯。社会学者レイ・オルデンバーグが提唱したこの概念は、カフェや地域の集いの場を語るときによく使われます。
けれど、私がつくりたい場所は、少し違うかもしれません。
それは“中間”というよりも、家庭に近い「第1.5の場所」。家庭のような温もりと、仲間のようなつながりが共存する、そんな場です。
引用記事:https://ogu-rin.com/blogs/20250828
こんにちは、おぐりんです。
「移住ライフ」という言葉をよく耳にするようになりました。
地方移住や二拠点生活、働き方や暮らし方を大きく見直す人も増えていますよね。SNSやメディアでも「田舎でのんびり」「都会からの脱出」といったフレーズが並び、移住が一種の“理想の選択肢”として語られることも少なくありません。
でも私は、どこかで「移住=ゴール」と語られる風潮に違和感を覚えています。
移住は終着点ではなく、むしろプロセスの一部ではないでしょうか?
引用記事:https://ogu-rin.com/blogs/20250827
こんにちは、おぐりんです。
「コワーキングスペース」と聞くと、どんなイメージを思い浮かべますか?
多くの場合、それは“机を借りて作業する場所”。けれど実際には、「コー(共に)ワーキング」が起こりにくいのが現状ではないでしょうか。
私は、むしろそこに教育的な意味や、地域に根づいたシェア文化の可能性を見ています。
働くためだけの空間ではなく、人と人が出会い、学び、共鳴することで地域全体の未来を変えていく。そんな空間こそ、これからの時代に必要とされる「コワーキング」なのだと思います。
引用記事:https://ogu-rin.com/blogs/20250826
こんにちは、おぐりんです。
美味しいものに出会ったとき、あなたはどうしますか?
「ひとりでじっくり味わいたい」と思う人もいれば、「誰かに食べてもらいたい!」とすぐにシェアしたくなる人もいます。食の喜びは人によって受け止め方が異なりますが、その違いこそが面白いポイントでもあるのかもしれません。
私は迷わず、後者です。美味しさや感動は、分かち合うことで喜びが広がると感じているからです。そしてそれは単に食事の話にとどまらず、人生全般に通じる感覚でもあると思っています。
引用記事:https://ogu-rin.com/blogs/20250825
こんにちは、おぐりんです。
大学時代に学んだ心理物理学の基本原理「ウェーバー・フェヒナーの法則」。
これは、人間の感覚は刺激の大きさに比例せず、その比率や対数に応じて変化を感じるという考え方です。
たとえば100gの重りに5g足されれば違いがわかるけれど、1kgの重りに同じ5gを足してもほとんど気づかない。人は“絶対量”ではなく“相対的な変化”に反応するのです。
私はこの法則を知ったとき、「これは研究室の中だけの話ではなく、人生のあらゆる場面に当てはまるのでは?」と強く感じました。単なる数式や理論にとどまらず、人間の心理や行動の根底にある“慣れ”や“感覚の限界”を言い表しているように思えたのです。
引用記事:https://ogu-rin.com/blogs/20250824
こんにちは、おぐりんです。
「子どもの夢を現実的に修正するのは親の役目か?」
そう聞かれると、私ははっきり「違う」と答えます。
なぜなら、“現実的”という言葉は、結局その大人の経験や想像の枠でしかないからです。特に、初めての挑戦やイノベーションは、当時の常識では「非現実的」にしか見えません。歴史を振り返れば、多くの発明や発見は「そんなの無理だ」と言われながらも実現してきました。
引用記事:https://ogu-rin.com/blogs/20250823
こんにちは、おぐりんです。
「テレビの報道は完全に中立であるべきか?」という問いは、シンプルに見えてとても複雑です。中立性という言葉は聞こえが良いですが、その実現には多くの壁があります。現場で取材や編集をする人間、放送するメディアの構造、背後にある経済や政治の影響──これらが複雑に絡み合っています。
NHKのような公的メディアは、中立性が何より重要だと思います。国民全体に向けた情報発信であれば、できる限り立場や色を排除し、あらゆる層に受け入れられる努力が欠かせません。中立を求められる理由は、公共性と信頼性が社会全体の基盤を支えているからです。
一方で、民放などの商業メディアまで完全な中立を求めるべきかと言われると、私はそうは思いません。むしろ、自分たちの立場や色をはっきり示したほうが、今の多様な情報環境では誠実だと感じます。インターネットであらゆる情報が手に入る時代、すべての人に向けた“万人受け”はかえって曖昧さを生むことがあります。
引用記事:https://ogu-rin.com/blogs/20250822
こんにちは、おぐりんです。
週休3日は生産性を上げるか?
──このテーマは、ここ数年で急に現実味を帯びてきました。働き方改革やテクノロジーの進化に伴い、休みの取り方を見直す企業も増えています。
でも、私はまず「日数そのもの」よりも「成果と仕組み」の方が大事だと思っています。形式だけを変えても、中身が伴わなければ生産性は上がらないどころか、逆効果になることもあるからです。
引用記事:https://ogu-rin.com/blogs/20250821
こんにちは、おぐりんです。
「公共の場での完全禁煙は必要か?」と聞かれると、タバコを吸わない私でも反対します。なぜなら、自由は尊重したいからです。一方で、他人に迷惑をかけないためのルールも必要です。自由とは好き勝手に振る舞うことではなく、互いの権利と快適さを守るバランスの上に成り立つもの。だからこそ、このテーマには単純な賛否以上の視点が必要だと感じます。
私はタバコが嫌いで、一度も吸ったことがありません。でも、喫煙そのものを否定する気はありません。原則、吸いたい人は吸えばいい。ただし、公共の道端や歩きタバコのように他人に影響を与える吸い方は別問題です。受動喫煙の健康被害や匂いの付着、景観の悪化は、非喫煙者にとっては避けたい現実です。
引用記事:https://ogu-rin.com/blogs/20250820
こんにちは、おぐりんです。
感情や直感で「これだ!」と感じた瞬間と、ロジカルな思考で「本当にいけるのか?」と確かめる時間。あなたは、この2つの間で揺れ動いたことはありますか?
私は、感情を原動力にしつつも、それだけでは動けない性格です。
「これ、本当に合ってるのかな?」と疑う自分が必ずいて、その答えを探すためにロジカル思考を補助ツールとして使います。
感情は火をつけ、ロジックはその火が長く燃え続けられるように薪をくべるような存在。両方があるからこそ、自分の行動はより確実になります。
引用記事:https://ogu-rin.com/blogs/20250819
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