今日は、「レギュラトリー・サンドボックス」という制度についてご紹介します。日本では、規制のサンドボックス制度とも呼ばれています。
この制度は、新しい技術を実用化したサービスや新しいビジネスモデルなどの実施が、現行の規制のもとでは困難である場合に、対象者を限定してその規制を一時的に緩和し、実証実験を行うことを可能にする制度です。「サンドボックス」というのは「砂場」のことですが、これは砂場のように安全な限られた場所を設定した上で、まずやってみるための制度であることを意味しています。
この制度を最初に導入した事例は、イギリスの金融行為規制機構(Financial Conduct Authority: FCA)という金融機関に対する規制や監督を行う政府機関が、2014年10月に開始した「プロジェクト・イノベート」というプログラムに含まれる制度だったと言われています。イギリスでは、この制度によって、フィンテック事業の実証実験が進められました。
因みにフィンテックというのは、ファイナンス(金融)とテクノロジー(技術)を合わせた造語で、情報技術を用いた新しい金融サービスを意味しています。代表的な例として「分散型台帳技術」が挙げられます。従来、台帳情報を含む情報システムは各企業が個別に管理していたため、例えば取引関係のある企業間で生産と流通の同期化を図ろうとしても、データベースの形式や管理方法が異なり、簡単にデータを連携できないという問題がありました。一方、データを一元管理する第三者機関を立ち上げ、中央管理される台帳に各社が合わせようとすればコストがかかります。そこで、データベースの一部を共有して複数の参加者が同じ帳簿を共有する形で管理することを可能にした技術が、分散型台帳技術です。「ブロックチェーン」というのは、この分散型台帳技術の一種で、取引履歴を暗号技術によって1本の鎖のようにつなげ、改ざんが困難で障害によって停止するリスクが低いという特徴を持っています。ネットワークで流通するビットコインという仮想通貨は、この技術に支えられています。
さて、このレギュラトリー・サンドボックスは、その後シンガポール、香港、台湾などで導入され、金融サービス以外の事業領域でも適用されるようになってきました。日本では、2016年に策定された「第5期科学技術基本計画」の中で、Society 5.0という将来ビジョンが提唱された後、その実現に向けた課題が政府の未来投資会議において議論される過程で、レギュラトリー・サンドボックスの創設が検討され始めました。
それ以前から、日本には新事業のサポートを目的とする規制緩和が、さまざまな制度によって導入されていました。例えば、2013年には「国家戦略特区法」が成立して、特定のエリア内で規制を緩和する仕組みが導入されています。
また、「産業競争力強化法」が2013年に成立し、2014年から施行されたことを背景として、新たに2つの制度が導入されています。一つは、事業者が新事業を開始する際に、予め現行規制の適用範囲に入るかどうかを確認するための「グレーゾーン解消制度」です。もう一つは、新事業を行おうとする事業者から規制の特例措置の提案を受け、安全性などの確保を条件として、企業単位で規制の特例措置の適用を認める「新事業特例制度」です。
このグレーゾーン解消制度と新事業特例制度は、いずれも事業段階にある案件を対象にしている訳ですが、新技術の社会実装を進める際には、その効果や安全性を確かめるための実証段階が重要になります。そこで、2018年に「生産性向上特別措置法」が公布・施行され、これに基づいて「新技術等実証制度」、いわゆる「規制のサンドボックス制度」が創設された訳です。
この制度により、期間や参加者を限定して実証を行い、その結果を規制の見直しにつなげるという取り組みが行われるようになりました。なお、生産性向上特別措置法は、3年間の時限立法でしたが、その後は産業競争力強化法に統合されています。
この「規制のサンドボックス制度」は、企業やプロジェクトを適用の単位としており、「プロジェクト型」と呼ばれるものですが、日本型サンドボックス制度が検討される過程では、これと別に自治体主導による地域単位での規制改革の要望に対応するために「地域限定型サンドボックス制度」の創設が検討されました。実際、これは改正国家戦略特区法により導入されています。この地域限定版サンドボックスは、自動車の自動走行、無人航空機(ドローン)の利用、そしてこれらに関連する電波利用を特に対象にしています。
こうして2018年6月に発表された「未来投資戦略2018」では、この制度を活用して規制・制度改革を行う方向が示された訳です。
現行の規制は、様々な官庁の所管となっているため、規制緩和の適用に関する従来の制度では、膨大な手続きが必要だったと言われています。この問題を改善するためだと思いますが、規制のサンドボックス制度が導入される際には、内閣官房に「新技術等社会実装推進チーム」という一元窓口を設置し、そこで事業者からの申請を受け付け、関係府省に事前確認を行い、各制度に割振るといったサポート体制がとられています。
首相官邸の成長戦略ポータルサイトは、これまでの認定プロジェクトの詳細が掲載しており、いま企業がどのような新技術の社会実装を目指しているのかが分かり、なかなか興味深い情報源になっています。2021年6月時点で成長戦略会議事務局がまとめた資料によると、2018年6月以降、フィンテック、モビリティ、IoTなどの分野で21計画140者が認定されているということです。
ただ、規制というものは、もともと必要性があって制定される訳ですが、技術進歩が非常に早い領域では、その社会実装に規制の方が追いついていないことがあります。そういう領域では、規制緩和の仕組みを議論する前に、まず健全な規制のあり方に関する検討を要する場合があるという点に、私は注意を促しておきたいと思います。
今回のまとめ: レギュラトリー・サンドボックスとは、新技術の事業化が現行規制のもとでは困難である場合に、対象者を限定してその規制を一時的に緩和し、実証実験を行うことを可能にする制度です。