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カントの純粋理性批判の内容を紹介しています。
認識論だけでなく、近代哲学を語る上では避けて通れない重要文献である純粋理性批判ですが、podcastの中でその全貌を話すことは、スピーカーの能力的にも難しいため、
面白いと感じた部分や次シリーズのショーペンハウアー回に特につながりが深い部分を抽出してお話ししています。
今回はショーペンハウアーの思想の面白さ、生涯、時代背景を主に話しながら、そこへ繋がったカントの思想、東洋思想に触れ、さらにショーペンハウアー哲学の継承先でもあるニーチェの思想についても少しだけ紹介しています。
カントを起点とするドイツ近代哲学の代表格であるヘーゲル、ショーペンハウアー、マルクスは、「世界と私」について説明し尽くせるだけの力が哲学にあると信じ、それぞれの視点を持って説明を試みました
(マルクスはドイツ・イデオロギーで狭い意味での哲学にはそのような力はないと批判もしていますが)。
それぞれが展開する論理の根底にはどんな世界観があったのか想像しながら楽しめる会になっていたら幸いです。
印刷術が知識を広げ、社会の形を変えたように、AIは私たちの暮らしをどう変えるのでしょうか。シリーズ最終回は、「翻訳のコストがほぼゼロになること」と「考えることの前提が変わること」を手がかりに、AIの先にある社会を想像します。言語の壁が薄れたとき、国家や文化はどうなるのか。AIと一緒に下した判断は、誰の意思で、誰の責任なのか。AIを思考の「眼鏡」にたとえながら、知識が広がる可能性と、考え方が偏る懸念の両方を語ります。
印刷術が眼鏡や望遠鏡へとつながったように、AIも社会に思いがけない変化をもたらすのでしょうか。その問いの前段として、今回はChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)の仕組みをたどります。単語のベクトル化から、文脈や単語同士の関係性に注目するTransformerまで。「川のほにゃららに座った」という穴埋めを手がかりに、AIが自然な文章を生み出す理由と、「言いたいこと」を持つとは何かを考えます。
48-6としてアップロードしたものが、48-7の音声になっておりました。申し訳ございません。48-6回を再アップロードしました。
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20世紀最大の哲学者のひとり、マルティン・ハイデガー。その主著『存在と時間』を入り口に、「"存在する"とはそもそも何なのか」という、誰もが見過ごしてきた問いをたどり直すシリーズです。轟孝夫さんの2冊(『ハイデガーの哲学』『ハイデガー存在と時間入門』)を片手に、存在忘却・現象学との出会いと決裂、ナチスとの関係をめぐる誤解、そして「技術とは存在を開示するものだ」という技術論まで、3部構成で歩いていきます。難解で知られる哲学を、日本語の「ある」という感覚や、フィルムカメラのような身近な体験を手がかりに、肩の力を抜いて味わってみてください。
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